なりすまし

ちょこ

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*催促する女*

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 頭が痛い。目のうしろ、奥のほうで、キリキリと刺すような痛みが日に数回、ここ何日も感じられる。それだけじゃない。胃が締め付けられることも、じっとりと膨らんでくる吐き気を感じることもある。言葉で言い表せないなにか、怒りや不安や焦りが、身体に不調をきたしている。

 あの男はなにをもたもたとしているんだろう。気が揉めて、気が揉めて、仕方がなかった。

 はぁーっと大きく息を吐いて、わたしはスマートフォンのアプリを閉じた。思いのほか大きな音となったため息にドキリと心臓が脈を打ち、そのことがまたわたしをイヤな気分にさせる。本当にうまくいかない。あれも、これも、気に入らない。

「ああ、もうっ、どうしてこんなに時間がかかっているのかしら。いいかげんにしてほしいわ」

 誰に言うでもなく文句はこぼれる。

「まあまあ」

 穏やかな声がしてハッとする。

「ごめんなさいね。イライラしちゃって」

 優しい顔をした男はなにも言わず静かに首を振った。

「でもあなたのことなのよ。放ってはおけないじゃない」

 男の静かさに、わたしはいつもちょっと悲しくなる。

「あなたが一文字ずつ画面に打ち込んで、莫大な時間をかけて紡いできた作品を、見ず知らずのひとに盗まれるなんて、まさかそんなことが起こるなんて、想像したことすらなかったわ」

 話ながら頭に血が上っていくのがわかる。

「許せない! そんなの絶対に許せないわ!」

 声に乗る怒りを制御することは難しそうだった。荒ぶる声を自分ではどうすることもできない。

 それでも、男はなにも言わずパソコンの画面を見ていた。すっかり止まってしまった手を眺めているようにも見える。静かで穏やかな、どこか特別だと思わせる雰囲気をまとって、男は小さな部屋の小さな机で、小さな箱のようなパソコンに向かっている。

 そんな姿を見て、わたしは深呼吸をする。できるだけ音を立てないように気を付けながら、鼻から大きく息を吸い込み、一瞬、息を止めてから、今度はゆっくりと息を吐く。鼻から出された息が身体に沿って下に居り、床を這って遠ざかっていく様をイメージする。

 わたしの怒りなど、きっとこの人にはわからないだろう。わたしがどうして怒っているのか。どんなに怒っているのか。静かに澄み渡るこの人の世界には浸透しない理論や感情なのだから。

 わたしが特別なのではない。この人が特別なのだ。そして、そういう人が心を込めているものを汚されたのだと思うと、どうしようもないくらいに腹が立った。だから行動する。わたしの気持ちはこの人にはわからないだろうけれど。

「ごめんね、そろそろ行くわね」

 主同様静かな部屋の空気を乱している心苦しさに部屋を出る。

 許せない。本当に許せないわ。小説が盗作されていると知った瞬間から、どうするべきかを考えていた。この人はなにもしないだろう。優しいし、どんなことにも無頓着。たぶん怒らないだろうし、きっと止めさせようなんて考えもしない。だったらわたしがなにかせねばなるまい。

 どうしてやろう。ただ謝らせるだけではつまらない。二度とこんなことができないように怖がらせて、ぜったいに再びやろうなんて思えないくらいに失望させてやる。あるかどうかも怪しいけれど、全財産を身ぐるみ剥いで奪い取って、どん底をみせてやる。あの人には内緒で。

 まったく、あの男はなにをもたもたしているのだろう。まさか、焦らして報酬をつり上げようと企んでいるのだろうか。それならそれでいいから、さっさとやることをやらせよう。清らかな人間などいないのだ。あの人以外は。まったく。

 身体の中で荒ぶる怒りに乗るようにして、わたしは手にしたままだったスマートフォンのアプリを開いた。



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