3 / 7
第3話*おばあちゃん登場*
しおりを挟む「ちょっとー、取れたー?」
小声とは言えない声がして顔をあげると、恵子の隣におばあちゃんが現れていた。いつの間にかイスの横にほとんど触れるくらいの距離で立っていて、急に名前を呼ぶのだから、恵子もさぞびっくりしたことだろう。
恵子が驚いた声で言った。
「えっ、もう止めちゃったの?」
あれ? 今、恵子は「止めちゃった」とか言った?
デスクトップの右下を見ると時刻は10:15と表示されている。もう止めちゃった……、私は恵子の言葉を心の中で反芻し、ああ、またかと思った。
「予定枚数終了って言ってるよ」
興奮気味のおばあちゃんの声は決して小さくない音量だったので、聞き耳を立てずとも聞こえてくる。
「ほんとに? 私、その段階にさえも一度もならなかったよー」
「また瞬殺よ、イヤんなっちゃうわね」
恵子とおばあちゃんは声をひそめることもなく話を続けている。
おばあちゃんと言っても、このおばあちゃんは本当のおばあちゃんではない。
彼女も恵子がランチを一緒に食べに行く仲間のうちの一人だ。年齢的には恵子よりも年上で、噂に聞く勤続年数ではお局さまと言っていいくらいなのだけれど、さすがにまだおばあちゃんと言われる年齢ではない。
それでも、彼女は雰囲気がとてもおばあちゃんっぽい女性だった。
彼女は今どきの女子大生が着ていてもおかしくないような可愛らしいミニスカートや、体にフィットするニットを好んで着ていて、細身で茶髪の後ろ姿が二十代前半の女のコのように見えた。
けれど、正面から動いている彼女を見ると印象は一変する。
しっとりとしているのに乾いているような、たるんと力の抜けたような真っ白い肌の質感や、ゆっくりゆっくりと歩く動作が、どうにも都会のおばあちゃんっぽくって、服装や年齢とは別なところで彼女はおばあちゃんに見えた。
今、恵子の隣に立つおばあちゃんも、後ろから見たらオレンジ色の短いスカートからほっそりとした足を出し、キレイにセットされた髪はツヤツヤとしていて、どこのお嬢さんが来ているのかというくらいなのだけれど、私語にしては大きすぎる声や話し方を耳にしてしまうと、おばあちゃんとしか思えなかった。
恵子とおばあちゃんは某アイドルグループのファンだ。いつも楽しそうになにごとか話題を見つけては、キャアキャア言って喜んでいる。
おばあちゃんがアイドル主演のドラマを見逃してしまった翌朝の騒ぎは特にひどい。今日のように恵子の席へやって来たおばあちゃんは、一挙放送はまだか、だの、再放送の予定はいつだのと、休み時間の女子高生のような騒ぎをする。
今朝はそういうときに次ぐ恒例の事件があったらしい。
おばあちゃんはアイドルのコンサートチケットが一瞬にして売切れてしまい、購入できなかったことを恵子に報告に来たのだった。同様の騒ぎを今年だけでもう二回、私は目撃しているから、少なくとも今回が三回目ということになる。
「イヤんなっちゃうわね」
おばあちゃんはそう言っていたけれど、毎度毎度、騒動を耳にしてぼやきたいのは私の方だ。
大ファンだからと言って、勤務時間中に自席に座ったまま、堂々とプレイガイドに電話をしていていいはずはない。
そんなことをする人を私はこの会社に来て初めて見た。それも、一人でこっそりとするならまだしも、あっちとこっちで二人も。言わずもがな、おばあちゃんと恵子のことだ。
気づいていながら注意できない私も同罪かも知れないが、大人には言っていいことと悪いことがあるように、言えることと言えないことがある。
くだらない弁明を考えていると、今日はいつもと違う会話の続きが聞こえてきた。
「誰か取れた人がいないか、内線してみるね」
おばあちゃんはそう言って、ゆっくりと恵子の席を離れていくではないか。
「よろしくー」
恵子がおばあちゃんの後姿に声をかけるのを見ながら、私はため息を堪えられなかった。なんと、他にもお仲間がいたらしい。
もしかして、そんなことをしてはいけないと思っている私の方がおかしいのだろうか。
「ねえ、ニュース見た? 女子アナと半同棲だって。相手の女子アナってだれよー?」
午後は午後で、お菓子の小袋を手にしたおばあちゃんが、興奮した声を出しながら歩いて来る。
いったい仕事中にどのタイミングでニュースを目にするのだろう。そんなことを思いながら、こちらに向かってくるおばあちゃんの顔を見ると、おばあちゃんはまるで嫉妬している恋する乙女みたいに、抜けるように白い顔の頬だけを赤く染め、くちびるを尖らせていた。
おばあちゃんだなんて思ったら失礼かもしれない。そうも思うのだけれど、彼女のゆっくりゆっくり歩く姿や力の抜け具合は、やっぱりおばあちゃんなのだった。
恵子の座る隣に立ち、後ろ姿しか見えなくなったおばあちゃんは、また全然おばあちゃんには見えないのだけれど。
(―マイペースな彼女― 第3話 「おばあちゃん登場」おわり)
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる