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第2話*上司の不在*
しおりを挟む期間限定。この言葉に弱い人は多いだろう。
かく言う私も、期間限定入手可能キャラクターが欲しくて、ここ数日、夜中までゲームをする日々が続いてかなり寝不足気味だ。
「今日は経理主任がお休みされることになりました。なにか急ぎがあれば佐藤さんに相談してください」
眠い目をこすりながら参加した朝礼で上司がそんなことを言った。
月末近くに主任が不在では、かなり大量の代理対応に追われてたいへんかも知れない。心配になって恵子の方に目をやると、席に座る恵子のうしろ姿がいつもと少し違って見えた。パソコンの画面こそ、なにか開いてはあるけれど、視線は完全にうつむいてしまっている。数字とにらめっこしているのだろうか。右手だけはかすかに動いているようだ。
「がんばって」
私は心の中でそっとエールを送ってから自分の仕事にとりかかった。
単純だけれどやたら枚数の多い資料を作成し、次々と出力を続ける。用紙はこまめに回収すべきだと、わかってはいるものの面倒で、労力節約とばかりにぜんぶを出し終えてから、まとめて取りに行く。
席に戻ろうとしてプリンターに背を向けると、偶然、恵子の手元のスマホが目に入った。見覚えのある画面に恵子が指を滑らせている。
私は自分の目を疑った。さすがにまさか、それはないだろう。なにごともなかったかのように歩いて、恵子の席を通り過ぎる。もしかしたら見間違えということだってあるじゃないか。
私は自分の席につくと斜め前方に見える恵子の背中をじーっと観察した。
頭はうなだれ、視線は完全に手元にある。よく見ると右手が細かな円を描くように小さく動き続けていた。
やはり、この手の動きは間違いない。私は確信した。これはデフォルメされたキャラクターをつなげていくパズルゲームをしているときの動きだ。私ももうずっとはまってプレイしているからわかる。
けれど、それを今ここでする? あからさま過ぎる。誰かに見られちゃうじゃないか。
私がそんなことを考えている間にも、恵子の席の近くを人が通りかかっている。誰かの足音を、人影を、察知する度にヒヤヒヤしてしまう。
恵子は可愛いものが好きだって言っていたし、あのキャラクターたちで遊びたいのはわかる。新しいキャラクターを集めたくなるのもわかる。もっと言えば私だって、できることならゲームをしていたい。でも、今はそれが許されない時間だ。
そうこうしていると、恵子の仲良しさんがやってきて、恵子のデスクをチラッと見た。よく恵子が一緒にランチに出かけている女性たちの内の一人だ。
「経理主任がお休みになっちゃって淋しいんでしょ」
仲良しさんは確かに恵子のデスクを見たはずなのに、ゲームのことにはまったく触れず、そんなことを言った。
「まーねー」
恵子は視線をあげ、可愛く返事をするものの、手元を隠す様子はまったくない。
ヒヤヒヤする私がおかしいのだろうか……。
心臓に悪いから、今日はもう早退したい。帰って、それこそなにも考えずにゲームをしていたい。
頭がすっかりおサボりしているところで、目の前のパソコンにポップアップが表示された。メールの受信を知らせているだけなのだけれど、サボっていることを注意されたみたいなタイミングにヒヤリとする。
メールは恵子の正面に座る、新人ちゃんからだった。
「恵子さんが朝からずっとゲームしててヒヤヒヤするんですけど。しかもすごくヘタだし」
そっか、ゲーム下手なのか……。
このフロアにある唯一のプリンターが恵子の席のすぐ先にあることもあって、このあたりは人がやって来やすい。印刷物を取りに来れば、自ずと恵子のデスクを目にすることになる。今も本部長が、まさにプリンターに向かって歩いている。
ああ、どうしよう、ぜったい見えちゃうよ。どうしようもないとわかりつつも、落ち着かない。
顔をあげるとメールをくれた新人ちゃんと視線があった。新人ちゃんもきっとおなじ気持ちなのだろう。私と新人ちゃんは、お互い諦めたように首を左右に振り合った。
そっか、恵子はゲーム下手なのか。
私語のメールは速攻削除するのが女子のたしなみだ。私は新人ちゃんからのメールをゴミ箱に入れながら考える。
あの期間限定キャラクター、そろそろ恵子はゲットできているのだろうか。
(―マイペースな彼女― 第2話 「上司の不在」おわり)
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