マイペースな彼女

ちょこ

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第7話*時間のセンス*

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 お仕事の日々には導入手順というか、モチベーションをあげる順番のようなものがある。

 出勤し、身支度を整えて席についた私は8:50、まずメールのチェックをする。宣伝や定期連絡とわかるものは後回しにして、それ以外のものにザッと目を通し、緊急の内容があれば必要な対応をする。

 それから、その日にやらなければならないことをおおまかに考え、終わったらお茶を淹れに席を立つ。

 給湯室へ行くついでにトイレに寄ると、毎朝必ずおなじ人がメイクをしているのに出会う。廊下ですれ違う人も、作業途中であろう人も、見かける人はだいたい一緒で、私だけじゃなく、たいていの人が日々おなじように動いているのだと感じる。

 みんなそれぞれにエンジンをかけ、順を追って身体を温めてから、ケガなくルーチンワークをこなしていくイメージだ。

 もう少し広い範囲で見れば、トイレに行く時間やお風呂の時間もなんとなく決まっているし、仕事の行き帰りの電車の時間だって、だいたいどの時間のどの車両に乗ると決まっている。曜日ごと、季節ごと、アポイントの具合なんかで多少の違いはあっても、仕事をしたり、遊んだり、出かける場所や選ぶものまで、おおよそ一緒だったりする。

 そういうふうにリズムを作り整えていくのが、平和で効率的に仕事をし、生活していくコツなのかもしれないと私は思っている。



 けれど、恵子にとってはそんなことはないらしい。

 今朝、恵子は始業チャイムが鳴り始めるのとともに立ち上がり、
「これ、田中さんからでーす」
などと言いながら、預かったみやげ菓子を配り始めた。
 メールチェックや、朝一番にかけることにしている電話や、連絡メモの回覧や、とりあえずの一区切りを目指して働く人たちに声をかけ、そんな人たちのペースをちょっぴり乱していく。
 そうこうしているうちに、今朝までに届いた注文FAXの仕分けに混乱した誰かのデスクでお菓子が転がり、悲鳴があがったりする。

 あと少し、ほんの数分待てば、フロアの中は落ち着きをみせるだろう。わざわざ朝の慌ただしい時間、始業直後のこのタイミングで、みやげ菓子を配る必要があるだろうか。

 私は恵子のマイペースを不思議に思わずにはいられない。もっとみんなの時間について考えてくれたらいいのに。

 そんなふうに思うことは他にもあった。

 昼休みを告げるチャイムが鳴り、あちこちで席を立つ気配がする。私もお昼にしようと顔をあげると、いつも通り目の前に恵子の背中が見えた。パソコンの画面には靴が表示され、恵子はいつも通りインターネットを閲覧中だ。

 そんな恵子のところに恵子のランチ仲間である仲良しさんが迎えに来る。

「え、もうそんな時間?」
 驚いた声をあげた恵子はバタバタと出掛ける支度を始めた。

 おなじことが何日かに一回、繰り返される。仲良しさんがやってきて、恵子は驚いた声をあげる。パソコンの画面に浮かぶのが、食べものだったり、バッグだったりするけれど、それ以外は毎回まったくおなじに繰り返される。

 恵子は毎日、チャイムや周りの気配に気が付けないほど夢中で、インターネットを見ているのだろうか。そろそろお昼だなとか、感じることはないのだろうか。恵子はいったいどんな時間の感覚を持っているのだろう。

 そして驚くことに、恵子は毎日残業している。席を外している時間やゲームをしている時間や、そんなふうに余裕がたっぷりあると見て取れるのに、なぜか毎日残業している。
 もうすぐ定時という時間に席を離れ、チャイムが鳴ってから戻って来ると机の上に書類を並べ始め、恵子はまるで終業時刻から仕事を始めるかのような雰囲気だ。

 どう見ても根っからのマイペース。そんなんでよく経理が務まるものだと思うけれど、異動の話もないから、きっと務まっているのだろう。

 そんな恵子のマイペースを会社も許している。むやみにカラー印刷をするなとか、長電話禁止とか細かいことが指摘され、経費の削減目標が発表されたりもする。それでも、恵子が勤務態度で怒られることも、残業代がカットされることもない。


 みやげ菓子を配る時間なんて、目くじらを立てる必要もない些細なことかもしれない。残業代がいくらかさもうが、私の腹が痛くなるわけではない。それでも、なんだか私はあれこれと納得がいかないのだった。



 今も恵子は席を立っている。そろそろ五時だ。戻ってきた恵子はこのタイミングで、朝みんながしているように、エンジンをかけるのだろうか。



(―マイペースな彼女― 第7話 「時間のセンス」おわり)


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