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臆病な聖女様
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始まりは妹のためだった。
スラム街に生きる私達姉妹は、毎日生きるのもギリギリの日々。ただでさえグズでノロマな私には、劣悪すぎる世界だった。どんなに苦しくても、どんなに助けを求めても…誰も助けてはくれない。必死に生きようとしても、どうしても、うまくいかなかった。
救いのない世界で、妹はどんどん元気をなくしていった。光のない瞳で、ぽつりと彼女は言った。
「この世に…神様なんて、いないんだね。」
私はその言葉に、ただうなずくことしかできなかった。この世に神がいるなら、妹のことを見て見ぬふりはしないだろう。もう、ダメダメな私はいい。どんな風に死んでも構わない。でも、私の妹だけには…救いが訪れてほしい。
だから、私はこんな話をしていた。
「神様は、いるよ。お姉ちゃんにはね、神様のお告げが聞こえるんだよ。」
ウソだ。私がどれだけ必死に祈ってもただの一人にも届かない。神の声が聞こえているならば…私はもっとマシな人間だっただろう。
私がそんなことを言ったのは…妹に明るい表情をしてほしかった、それだけ。こんな薄っぺらい言葉でしか、彼女を笑顔にしてあげられなかった。
私は必死で神のお告げをでっちあげて、妹に語った。近いうちに、私達に救いがやってくると。妹は力なく笑ってくれた。もしかしたら、彼女は私の言葉がウソだとわかっていたのかもしれない。それでも。笑ってくれた妹のために、私はお告げを実現させようとした。グズな私は、ばれないように色んな方法を探りながら、できるかぎり慎重にお告げを実行した。
大人から金品をこっそり奪い、震える手で妹の衣の隙間に忍ばせた。
小さくなりながら貴族街に忍び込み、美しい花を盗んで家の床に植えた。
私が作り上げたささやかな奇跡を前に、妹は笑顔を見せてくれるようになった。とても幸せそうな生き生きとした顔。
「神様って、本当にいるんだね!」
そう笑う妹の姿が見たくて、私はずっとお告げを繰り返した。ささやかな幸福の言葉を伝え、それが現実になるように動いた。普段は何もできないグズな私も、一度神の言葉として口にしてしまえば不思議と実行する勇気がでてきた。せめてこの子の前では…私は救いと呼べる存在になりたい。必死で聖女を演じ続けた。
必死に聖女を演じていると、ある日変化が起こった。
「聖女、様…私達にも救いを…!」
声をかけてきたのは他のスラム町の住民だった。妹だけでなく、他の人も私のお告げを信じるようになっていったのだ。作り上げた言葉しか話せない私を、特別な力を持つ聖女として崇めはじめた。
驚いたことに、彼らは私に貢物をささげだした。小銭やパンなど…私たちにとっては貴重なものばかり。彼らの生活も楽ではないはずだ。今日を生きるのもやっとで、誰かに貢ぐ余裕などあるはずがない。
私は受け取るのも怖くて必死に断ったが、彼らは絶対に貢物を引っ込めなかった。なにがなんでも…彼らは何かに救いを求めたかったのだろう。
しかたなく、私は彼らにもお告げを与えた。必死に願う彼らをほおってはおけなかったし…なにより、ウソだと話せばそれを知った妹が悲しむ。だからウソをつきとおすしかない。大丈夫…きっと何とかなる…。お金ももらえるし、悪い事じゃない…はず…。
私はより聖女らしくなるため、昔拾ったボロボロの聖書に書いてあった奇跡を自分の手で作り上げた。ささやかな奇跡では失望されてしまう。より派手な奇跡を演じた。
事故に見せかけ他人を傷つけ、自分の手で治療した。
街に火を放ち、燃え盛る家を用意していた泥水で消火した。
盗んで、奪って、汚して…聖女の奇跡を自分の手で作りあげていった。
いつ失敗するかビクビクおびえていたが、慎重にしていたおかげか失敗することはなかった。信者の前でお告げを語り、裏でそれを実行する。何の力を持たない詐欺まがいの言葉に、自分の手で意味を持たせる。震えは止まらなかったけれど、そんな私を皆信じてくれた。これでいい…これで、いいんだよね?
そうしているうちにいつの間にか私を信仰する人が増えていった。みんなでお金を出し合って私のために教会を建ててくれた。
「聖女さまにこの教会を捧げます!ですので今後も…我々に救いの言葉を授けてください!」
信者たちは必死で私をまつり上げた。さすがに恐怖を感じてきた私は逃げ出そうかと考えた。でも…そうすれば彼らはどうなる?私を見る瞳の奥には深い闇。お願い…そんな目で、見ないで。どうしていいか、わからなくなる。
私は必死に彼らに奇跡をみせつけた。毎日、毎日。自分の手を汚し、あらゆることをした。そうしなければ、彼らは聖女を信じなくなる。救いなんてないと、皆わかってしまう。そうすれば…私はどうなる?立派な教会を与えられた私は、毎日聖女らしく啓示を与え、必死になってどんどん奇跡を作り上げた。
そうして休む暇もなく奇跡を作っていると、教会はより大きくなっていった。どんどん、救いを求めている人がやってくる。どんどん、後に引けなくなっていく…。私を見上げる信者の瞳が、この身を縛り付けた。もはや止まれない…やるしか、ないんだ。
信者が増えてきた私は彼らの力も借りようと思った。
最初はみんなで助け合えればと思っていた。けれど、気づけば私は人に商売をさせ、食べ物を取りに行かせていた。私のお願いを聞くやいなや、とりつかれたように働く信者たち。その姿が…なんだか少し怖かった。
それでも…スラム街は豊かになっていった。ボロボロだった街に笑顔があふれる。私は嬉しかった。グズな女のウソっぱちのお告げでも、ここまで皆を幸せに導けたんだ。救いになれたんだ…。
しかし教会の規模が増えるにつれて、私の奇跡を疑うものも増えていった。私が秘密裡に工作していることに感づく人もいた。バレたくない。絶対にバレたくない。誰か一人でも私を疑うのならば、救いは不確かなものになる。いつ信者の考えがひっくりかえるかわからない。
だから、そんな人は──いなくなってもらうしかなかった。
プライドの高い貴族の息子も、やり手の商家の主人も、生真面目な警官も、優しそうだったパン屋さんも…私を信じない者は誰であっても、消えてもらった。
私が直接手を下すことも、信者を使って彼らを消させたこともあった。信者はみな、私の言葉に従ってくれる。私が聖女でいるかぎり。だから、私に疑いを投げかける人には消えてもらわなければならないんだ。絶対。絶対。
ある日、私のもとに一人の女性が訪れた。悲しい顔で私に訴えかける。
「ねぇ…もうやめてよ、こんなの。これ以上見てられないよ…」
とても必死だった。彼女は私の奇跡を止めようとしているのだろうか?
「──が、殺してるん、でしょ…?そんなの、しなくて…いいから」
ああ、この人も知ってしまったんだ。私の真実を。どうして…。
「もう聖女ごっこはおしまい…全部やめて、二人で逃げよう?」
ならば、消すしかない。イヤなのに。
「お願い…!優しかった──ちゃんに…戻って…」
残念だ…この世に神はいない。
「やっ!やめ、て…ッ…おね、…ちゃッ…!」
だから…消えたら命はそれっきり。
次の日も、教会には信者でいっぱいだった。
皆の前で聖なる啓示を語り聞かせる。震える口で、思いつくままに言葉を並べる。
信者たちは涙を流し感謝した。やはり聖女様は偉大なお方だと口々に話す。
私は…誰にも聞こえないように呟く。
「助けて…神様ぁ…。」
やっぱり、私の声は誰にも届かなかった。
スラム街に生きる私達姉妹は、毎日生きるのもギリギリの日々。ただでさえグズでノロマな私には、劣悪すぎる世界だった。どんなに苦しくても、どんなに助けを求めても…誰も助けてはくれない。必死に生きようとしても、どうしても、うまくいかなかった。
救いのない世界で、妹はどんどん元気をなくしていった。光のない瞳で、ぽつりと彼女は言った。
「この世に…神様なんて、いないんだね。」
私はその言葉に、ただうなずくことしかできなかった。この世に神がいるなら、妹のことを見て見ぬふりはしないだろう。もう、ダメダメな私はいい。どんな風に死んでも構わない。でも、私の妹だけには…救いが訪れてほしい。
だから、私はこんな話をしていた。
「神様は、いるよ。お姉ちゃんにはね、神様のお告げが聞こえるんだよ。」
ウソだ。私がどれだけ必死に祈ってもただの一人にも届かない。神の声が聞こえているならば…私はもっとマシな人間だっただろう。
私がそんなことを言ったのは…妹に明るい表情をしてほしかった、それだけ。こんな薄っぺらい言葉でしか、彼女を笑顔にしてあげられなかった。
私は必死で神のお告げをでっちあげて、妹に語った。近いうちに、私達に救いがやってくると。妹は力なく笑ってくれた。もしかしたら、彼女は私の言葉がウソだとわかっていたのかもしれない。それでも。笑ってくれた妹のために、私はお告げを実現させようとした。グズな私は、ばれないように色んな方法を探りながら、できるかぎり慎重にお告げを実行した。
大人から金品をこっそり奪い、震える手で妹の衣の隙間に忍ばせた。
小さくなりながら貴族街に忍び込み、美しい花を盗んで家の床に植えた。
私が作り上げたささやかな奇跡を前に、妹は笑顔を見せてくれるようになった。とても幸せそうな生き生きとした顔。
「神様って、本当にいるんだね!」
そう笑う妹の姿が見たくて、私はずっとお告げを繰り返した。ささやかな幸福の言葉を伝え、それが現実になるように動いた。普段は何もできないグズな私も、一度神の言葉として口にしてしまえば不思議と実行する勇気がでてきた。せめてこの子の前では…私は救いと呼べる存在になりたい。必死で聖女を演じ続けた。
必死に聖女を演じていると、ある日変化が起こった。
「聖女、様…私達にも救いを…!」
声をかけてきたのは他のスラム町の住民だった。妹だけでなく、他の人も私のお告げを信じるようになっていったのだ。作り上げた言葉しか話せない私を、特別な力を持つ聖女として崇めはじめた。
驚いたことに、彼らは私に貢物をささげだした。小銭やパンなど…私たちにとっては貴重なものばかり。彼らの生活も楽ではないはずだ。今日を生きるのもやっとで、誰かに貢ぐ余裕などあるはずがない。
私は受け取るのも怖くて必死に断ったが、彼らは絶対に貢物を引っ込めなかった。なにがなんでも…彼らは何かに救いを求めたかったのだろう。
しかたなく、私は彼らにもお告げを与えた。必死に願う彼らをほおってはおけなかったし…なにより、ウソだと話せばそれを知った妹が悲しむ。だからウソをつきとおすしかない。大丈夫…きっと何とかなる…。お金ももらえるし、悪い事じゃない…はず…。
私はより聖女らしくなるため、昔拾ったボロボロの聖書に書いてあった奇跡を自分の手で作り上げた。ささやかな奇跡では失望されてしまう。より派手な奇跡を演じた。
事故に見せかけ他人を傷つけ、自分の手で治療した。
街に火を放ち、燃え盛る家を用意していた泥水で消火した。
盗んで、奪って、汚して…聖女の奇跡を自分の手で作りあげていった。
いつ失敗するかビクビクおびえていたが、慎重にしていたおかげか失敗することはなかった。信者の前でお告げを語り、裏でそれを実行する。何の力を持たない詐欺まがいの言葉に、自分の手で意味を持たせる。震えは止まらなかったけれど、そんな私を皆信じてくれた。これでいい…これで、いいんだよね?
そうしているうちにいつの間にか私を信仰する人が増えていった。みんなでお金を出し合って私のために教会を建ててくれた。
「聖女さまにこの教会を捧げます!ですので今後も…我々に救いの言葉を授けてください!」
信者たちは必死で私をまつり上げた。さすがに恐怖を感じてきた私は逃げ出そうかと考えた。でも…そうすれば彼らはどうなる?私を見る瞳の奥には深い闇。お願い…そんな目で、見ないで。どうしていいか、わからなくなる。
私は必死に彼らに奇跡をみせつけた。毎日、毎日。自分の手を汚し、あらゆることをした。そうしなければ、彼らは聖女を信じなくなる。救いなんてないと、皆わかってしまう。そうすれば…私はどうなる?立派な教会を与えられた私は、毎日聖女らしく啓示を与え、必死になってどんどん奇跡を作り上げた。
そうして休む暇もなく奇跡を作っていると、教会はより大きくなっていった。どんどん、救いを求めている人がやってくる。どんどん、後に引けなくなっていく…。私を見上げる信者の瞳が、この身を縛り付けた。もはや止まれない…やるしか、ないんだ。
信者が増えてきた私は彼らの力も借りようと思った。
最初はみんなで助け合えればと思っていた。けれど、気づけば私は人に商売をさせ、食べ物を取りに行かせていた。私のお願いを聞くやいなや、とりつかれたように働く信者たち。その姿が…なんだか少し怖かった。
それでも…スラム街は豊かになっていった。ボロボロだった街に笑顔があふれる。私は嬉しかった。グズな女のウソっぱちのお告げでも、ここまで皆を幸せに導けたんだ。救いになれたんだ…。
しかし教会の規模が増えるにつれて、私の奇跡を疑うものも増えていった。私が秘密裡に工作していることに感づく人もいた。バレたくない。絶対にバレたくない。誰か一人でも私を疑うのならば、救いは不確かなものになる。いつ信者の考えがひっくりかえるかわからない。
だから、そんな人は──いなくなってもらうしかなかった。
プライドの高い貴族の息子も、やり手の商家の主人も、生真面目な警官も、優しそうだったパン屋さんも…私を信じない者は誰であっても、消えてもらった。
私が直接手を下すことも、信者を使って彼らを消させたこともあった。信者はみな、私の言葉に従ってくれる。私が聖女でいるかぎり。だから、私に疑いを投げかける人には消えてもらわなければならないんだ。絶対。絶対。
ある日、私のもとに一人の女性が訪れた。悲しい顔で私に訴えかける。
「ねぇ…もうやめてよ、こんなの。これ以上見てられないよ…」
とても必死だった。彼女は私の奇跡を止めようとしているのだろうか?
「──が、殺してるん、でしょ…?そんなの、しなくて…いいから」
ああ、この人も知ってしまったんだ。私の真実を。どうして…。
「もう聖女ごっこはおしまい…全部やめて、二人で逃げよう?」
ならば、消すしかない。イヤなのに。
「お願い…!優しかった──ちゃんに…戻って…」
残念だ…この世に神はいない。
「やっ!やめ、て…ッ…おね、…ちゃッ…!」
だから…消えたら命はそれっきり。
次の日も、教会には信者でいっぱいだった。
皆の前で聖なる啓示を語り聞かせる。震える口で、思いつくままに言葉を並べる。
信者たちは涙を流し感謝した。やはり聖女様は偉大なお方だと口々に話す。
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