絶望の白 〜狼の館から脱出せよ〜

番傘と折りたたみ傘

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狼の秘密

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 薄暗い隠し通路をライターの火を頼りに進んでいく。今俺は、大地に背負って貰っている。此処に来るまで大変だったのだ。当然と言う様に、どっちが背負うかと言う揉め事に巻き込まれた幸平と当事者の俺は冷めた目で二人を見ていた。
 幸平の俺が背負ってあげるよの発言で、海斗と大地の言い合いは一気に治り、大地が背負う事に決まり、現在に至る。


 広場を出る前に、海斗が幸平に言っていた言葉を思い出す。

「お前の気持ち聞けて良かった。置いて行って、すまなかった」

 それを聞いてた幸平が何を思ったのかは分からない。だが、すっきりと晴れたその照れ臭そな表情は、幸平が前向きに受け取ったと思って良いと俺は感じた。


 ちょっとした、仲違い。話すことによって解決できるなら、俺も両親とやり直せるのかな。両親を想って、全てを我慢してきた。しかし、それが両親との間の壁になってしまっていないだろうか。今からでも、少し位ならその壁を壊せるだろうか。

「なぁ、海斗と大地はなんで、幸平を置いて行ってしまったんだ?」

 人のお家事情を聞くは間違っている。分かってはいるが、此処まで深入りしてしまうと気になってしまうのが人間と言うものではないだろうか。

「あきくん、ごめんね。それは話せ」

「大人になったと思ったからだ」

 大地の言葉にかぶせるように海斗が答えをくれた。

「海斗!?」

「大地、良いんだ。あきちゃんに俺達の事話そう」

「でも……」

「あきちゃんは何も知らないのに、俺達と良太兄さん達の板挟みになって潰れてしまいそうになっていた拓也兄さんを救ってくれた。二進も三進も行かなくなった幸平に手を差し伸べてくれた」

 海斗の言葉を聞いて、大地が黙った。

「行く道が見えなくなった俺達の明かりとなってくれた」

「そうだね。……もしかしたら、良太兄さんの事も」

「あきちゃんに全てを押し付けたりしない。だが、聞いてくれるかい? 俺達が抱えるものを」

 海斗が真剣な表情で俺を見てくる。その瞳の奥にある何かが拒絶しないでと苦しそうに訴えてくる。聞いてしまえばもう、後戻りはできないだろう。しかし、苦しむ彼らを置いて行くことなんてできない。

「俺の出来る事はそうそうないと思う。だけど、二人が聞くだけでも、楽になれるなら聞かせて欲しい」

 それを聞いた海斗がほっとした様に思えた。

「ありがとう」 

 そこから、始まった話はとても悲しい日々だった。

 幸せな家族が堕ちていく始まりは、母親の原因不明な死からだった。

 二人が七歳の頃、前日まで元気だった母親が急死した。原因不明の死だった。
 突然の不幸に悲しみにくれながらも、一生懸命兄弟で父親を支えながら過ごしていた。
 その後、二人が十三歳になったその年、父親がいなくなった。父親は死んだと良太に聞かされていたそうだ。だが、本当は浮気し揉めて誤って母親を殺しまって、罪悪感から子供の面倒見ていたんじゃないか。上の子が大きくなったから、今は浮気した相手と暮らしているんじゃないかと周囲から悪い噂で聞いた。そんな邪悪な噂や仕打ちから、良太は兄弟を守ってくれていた。だが、一年後、頼りにしていた良太がいなくなった。それを追う様に一年後、聖司もいなくなった。そのまた一年後、拓也がいなくなる前に二人に言ったそうだ。宗教団体に入った二人を支えてくると。幸平の事を頼むと言って姿をくらました。当時十六歳だった二人は、両親が遺してくれたお金と自分達でバイトして稼いだお金をやり繰りして、広すぎるこの屋敷で三人過ごしていたそうだ。親戚は代理保護者にはなってくれたが、誰も彼らを引き取ろうとしなかった。悪い噂がある事で、周囲の目が気になったからだろう。
 それから、二十一歳になった二人は当時十八歳で高校卒業したばかりの幸平に有り金を全て渡して、逃げ出したそうだ。

「置いて行った兄さん達を恨んだ。自由になりたかったんだ。今まで、ずっと自由が無かったから」

 海斗の苦しそうな声が聞こえる。

「幸平も大人になった。だから、大丈夫だと思ったんだ。でも、違った。頼る宛がなくなった幸平は兄さん達を追って宗教に入ってしまった」

 大地が苦しそうに俯く。

「幸平を無理やり大人に仕立て上げて、置いて行った。置いて行かれて苦しかった事忘れて、それを幸平に被せてしまった。大人になれていなかったのは、俺達だったんだ」

 なんて言えば良いんだ。幼くして両親を失って、周囲の悪い噂に晒され、頼りにしていた兄達が居なくなっていく。親戚も頼れない。高校一年で弟を抱えて、生きていくってどんな感じなんだろう。俺は今高校三年。二年前でそんな状況に陥ったら、発狂としてしまうかも知れない。

「ごめんね。こんな話、嫌だったよね」

 大地が優しい手付きで俺の頭を撫ぜてくれた。

「そんな事ない。でも、なんて言えば……」

「良いんだよ。聞いてくれただけでも、有り難かった」

 海斗が優しく言ってくれたが、俺の心は晴れなかった。二人が話を切ろうとしている。このままじゃダメだ。何か言わないと、何もしないで大切な人の何かを失ってしまう。そんなのダメだ。

「大人って、いつから大人なんだろう」

 言おうと思っていた言葉じゃなくて、別な言葉が口から滑り出てしまった。

「え? あきちゃん?」

 急な発言に驚いたような声だ。

「高校卒業したら大人? 二十歳過ぎたら大人? 一人前に色々と出来たら大人なの?」

「あきくん?」

 大地も驚きを隠せていない。

「俺、大人って自分の意見を言えて、他人の意見を聞ける人が大人なんじゃないかって思うんだ」

 ばあちゃんもそんな人だった。俺の言う事をはいはいと聞いてくれる時もあれば、間違えている事はきちんとはっきり言ってくれる人だった。ばあちゃんは口癖様に俺に教えてくれた事がある。それは、“なんでも言う事を聞いてくれる人。それは友人であってもただの都合の良い人。でもね、やってはいけない事をダメだ教えてくれる人は貴方の為に、踏み台になってくれた優しい人。大事にしなさいね。” 
 今になって、その言葉の意味がわかった様な気がする。

「だから、俺は、二人は大人なんだと思う。だって、自分がやってしまった事、思っていた事をきちんと悪い事だったって認めて、すまなかったって言えたんだ。子供だったら出来ない」

 沈黙が包み込む。俺、変な事言ったかな。場違いなおかしな事だったんじゃないかって、不安になる。その不安を吹き飛ばす様な盛大な溜息を海斗が吐いた。

「あっぱれだよ。大人だな、あきちゃん」

「その歳で、そんな事言えるなんてすごいよ」

 また、俺を二人して馬鹿にしてと思って見た大地の真剣な表情は、俺を馬鹿になんかしていないと訴えていた。

「あきくんの言葉や表情、行動は俺達をどれだけ救ってくれたんだろう」

「数え切れない沢山の救いをあきちゃんは俺達にくれた。君は、俺達を優しいと言うけれど、俺達にとっては君の方が百倍優しいよ」

 そう言ってくれた二人が見れない。何故か分からない。ほろほろとこぼれ落ちる涙が、海斗の肩を濡らしてしまった。同情してしまった心が寂しいのか、苦しいのか分からない。しばらくの間こぼれ落ちる涙を止めれなかった。

 やっと涙が止まった。泣いている間、二人は茶化すことも話すこともせずにゆっくりと歩いてくれていた。

「落ち着いた?」

 前を向いて歩いていた大地が振り返って心配そうに俺を見てきた。

「ごめん。何故だか分からないけど、泣いちゃって」

「感覚が強いのも大変だな」

「感覚?」

「いや、感覚というよりも心が豊かって感じでしょ。俺達の話聞いて、共感しちゃったんだよね」

 大地が優しく微笑む。そんな表情も俺の為にしてくれているんだと思うと、嬉しくなる。

「共感?」

「あきくん、察しがいいっていうか。無意識に相手に寄り添っちゃうんだよ」

「気付いていないとか、心配だ」

「そうだね。悪い人について行ったらダメだよ!」

 それを、誘拐犯兼強姦魔の貴方達がいいますか。だが、恋人ぽくってそれでも良いと思ってしまう。

「うん。俺が危ない時は、助けてくれ」

「任せろ」

「任せて」

 即答してくれる二人は、絶対に俺より千倍優しいと思う。
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