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トロツカ村

3 長老様の話

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 翌日、イワンは仕事の前に長老様のお館に行った。長老様は今年70歳になる。小人族の平均寿命は50歳だから、すごい長生きだ。50歳を超え、伴侶と死別した小人は長老様のお館に住む。そして小人族の歴史を記録したり整理したりする。お館には長老達によって記録された書物が保管されてある。長老達はそれを読み込む。村で問題が起きた時に、過去の事例を照らし合わせて助言する。長老様のお館は学問所であり、歴史を管理する部屋であり、小人達の諍いを判決する裁判所であった。

 イワンは村長なのだが、それは皆の投票で選ばれる。実際に行動する仕事が多いので30代が選ばれることが多い。イワンは陶芸の仕事の能力が高く、性格も温和だ。また妻のミーシャも手芸の能力が高く、家事の腕前も高い。夫婦で村長の仕事をすることになるので妻の力量も投票の対象だった。

 イワンが長老様のお館に入る。今日はミーシャが作ってくれたりんごジャムとビスケットをお土産に持ってきた。長老様は甘い物が好きなので喜んで受け取ってくれた。長老様がお茶を入れてくれる。すっきりしたミント茶だ。ミントは簡単に育ち、味も美味しいのでトロツカ村では良く飲まれるお茶だ。

 ミント茶で口がさっぱりしたところで、長老様が古い記録書を見せてくれる。
「ちょうど100年前の満月の夜、月明りの森で黒い髪、黒い瞳の人間が発見されている」

 イワンが思い起こすと、湊が発見された夜も満月だった。

「オメガ女性だった。クロイワユメノという名前でキョートから来たということだった」

「サカキバラミナトさんはトーキョーから来たと言ってました。キョートとトーキョー、似てますね」

「ユメノさんが着ていた衣服がニシジンオリと言って、当時は見たこともない綺麗な着物だったそうだ。ユメノさんに協力してもらって手芸グループが、その衣服を調べ、絹という布を作ることに成功したらしい」

「そういえば、ミナトさんも、不思議な衣服を着ていると、ミーシャが調べたそうでした。まだ、ミナトさんが回復していないのでお願いできていないのですが」

「多分、2人とも、どこか違う世界から来たんだろうね」

「そうしたら、また帰ってしまうんでしょうか。ユメノさんはどうなったんですか?」

「当時は隣国のアスティアが今ほど大国ではなかったので、アスティアの王様も剣の手入れのためにトロツカ村に月に1度くらい来ていたらしい。アスティアの王様は代々アルファなのでオメガのユメノさんと恋に落ちて、ユメノさんはアスティアの王妃になったそうだ」

「と、言うことは、今のアスティアの王様はユメノさんの子孫?」

「ユメノさんは王子様を1人産んだらしい。美しく才能に溢れた王子だったと書かれている。しかし、戦争でユメノさんも王子も死んでしまったそうだ。その戦争で大勝利したアスティアは今の様な大国になれたのだが、王妃と王子を亡くすという犠牲を払ったのじゃな」

「その後、王様はどうしたのですか?」

「王様は王妃様と王子様を亡くされたショックで病気になってしまったらしい。王位を弟王子に譲り、妻子の後を追うように亡くなってしまったそうだ。今の王様は弟王子の子孫だからユメノさんの血は受け継いでいない」

「そうだったんですね」

「わしらは戦争が終わってから産まれたからな。戦争では小人族は戦うことはできず、逃げるのみだ。アスティアに守ってもらうしかない。しかし、平和になると、色々な細工物に価値が出てくる。今の王様の以前の奥方は有能な方で贅沢は好まなかったが、即位してから王妃様になった方は元側室で贅沢好きじゃ。トロツカ村で作られる豪華な衣装は社交界でも目立てるらしい。アスティアのためには最初の奥方がいいのだろうが、トロツカ村にとっては今の王妃様の方がいい。ミーシャ達が頑張って仕立ててくれる王妃様の衣装のおかげで、当分アスティアはトロツカ村をしっかり防護してくれるだろう」

 長老様の広い視野はイワンには目から鱗が落ちるような話ばかりで、色々な話を聞きたくなってしまう。

「最初の奥方は何故離縁されたのですか?」

「最初の奥方は小さな島国のヤマタイの王女だった。ヤマタイの国民は勤勉で知能が高い。機械工業の技術が優れており、その技術が欲しくての政略結婚だ。奥方もアルファで賢い方だったようだ。生まれた王子もアルファで優秀な方らしい。一方、今の王妃様になったお方はオメガで王様の運命の番だそうだ。最初の奥方に王子が1人生まれると、王様はお役御免と運命の番を側室にしてそちらと暮らすようになった。オメガ女性は多産で運命の番なのでアルファの子供がたくさん産まれた。王様は愛する運命の番とのアルファの王子を跡継ぎにしたくなったのだろう。その頃、最初の奥方の出身地のヤマタイが国民の反乱があり、王政ではなく共和政になってしまった。優れていた機械工業の技術力は長引く反乱で低下してしまい、その技術目当ての政略結婚だったのに意味が無くなってしまった。最初の奥方とは離縁され側室を王妃様にしたのだ」

「最初の奥方様と王子様はどうされているのですか?」

「アスティアの北の辺境の地に王子が王位継承権を放棄し伯爵となり、ひっそりと暮らしているらしい」

 夢中になって話を聞いていたら、あっという間に時間が過ぎていた。仕事に行かなければならないイワンは名残惜しかったが長老様のお館を辞した。またサカキバラミナトさんについてご相談にうかがいますと挨拶して帰った。
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