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大賀 零

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ソウルゲート

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「ウェルカム トゥー サイバーシティ!ミスター ゴードン アーンド ミス ローズ!」
 陽気なアナウンスが流れる星の形をしたゲートを潜り抜けると、パステル調の丸みを帯びた建物が並び立つ街並みへ出た。
 空には満天の星空が映し出され、季節ごとの星座がイメージ画像と共に現れては消えていく。頭上に浮かぶ無数のカラフルなディスプレイからは、にぎやかな音楽と共に企業CMや話題の映画の宣伝が引っ切り無しに上映されていた。
 ソウルゲートシステムの電脳ネット上に栄える街―――――サイバーシティの一つ、スターラップだ。
 街の中心には広場があり、巨大な噴水を模したオブジェクトが居を構え、虹色のシャワーを空高く舞い上げていた。周辺を行き交うのは、世界中の人々がその目を通して電脳世界を体験する為のアヴァター(虚像)達だ。
 CGで形成されたその外観は様々で、普通に成人の姿をしているものもあれば、何処か奇抜な色彩―――派手なテクスチャを体に貼り付けていたり、鮮明さを追求する余りに解像度を高めまくって怖いくらいリアルな実像を形成する者もいる(もっともこういう奴はデータが重すぎてまともに動くのも難儀するのだが)。
 アヴァターの見てくれの奇抜さは現実世界のそれと同じくユーザー側の自己主張の現われであり、データ改造自体はそれ程困難では無いこともあって、自然とこういったものはエスカレートしていくのが常である。
 従って人の形をしていればそれはまだマシな方で、中には雲をつく程に背が高い者や、その逆に足首までしか無いような背の低い者、頭だけが顔文字で出来ている者、手足が合わせて16本ある者、全体が透けて見えている者とやりたい放題な輩も数多くいる。
 国際博覧会の何倍も混沌としたそうした風景の中では、標準仕様のアヴァターである二人は逆に目立つ存在だった。
「やはり以前と比べて人の往来がまばらですね。皆ウィルス騒ぎのせいでこっちに来るのが怖いんでしょうか」
 ピンクのワンピースに麦藁帽子をかぶり、ポーチを下げた格好の甲斐がそう話す。
「そうなのか?十分混雑してるように見えるがな」
 ヒゲをはやしスーツを着込んだ桐生の姿は、何処からどう見ても平凡なサラリーマンだ。
「混んでいる時はこんなもんじゃありませんよ。広場を抜けるまでに3回は処理落ちしますし、アヴァターもあの5倍はいます。アヴァター同士はぶつかっても基本的にはすり抜けますからね。広場の面積に関係なく詰め込めてしまうんですよ」
 せいぜい射撃訓練の為にシューティングゲームに興じるくらいで、サイバーシティなど滅多に来ない桐生には、その辺りの感覚はイマイチ分からない。
「ふーん…。で、甲斐、こっからはどう行けばいいんだ?」
「先輩」
 甲斐がこちらを睨み付ける。CGであっても表情は意外と忠実に再現されるのだな、と桐生は変なところで感心した。
「あ、そうかすまねぇ。本名はやばいんだったな、ローズ」
 桐生は慌てて甲斐のハンドルネームを呼び直す。
 甲斐は分かりやすいように気を遣ってか、ややオーバーアクション気味に溜息をつく。
「先輩、気を付けて下さいよ。それから、今の先輩は滝沢さんとしてログインしてるってことも忘れないで下さいね。いいですか。マリーナの前では、自分はゴードンだと言い張るんですよ」
「ゴードン?それが滝沢のハンドルネームか」
「そうですよ、メニュー画面の名前見たでしょう?それから、メニュー画面もちゃんとチェックしといて下さいよ!向こうに何聞かれるか分かんないんですから」
 桐生は確認の為に右手を伸ばして、宙に自身のメニュー画面を表示させた。そこには滝沢自身のものと思われる個人情報や所有ファイル、データ履歴などがまとめられている。
 本当に上手くいくのかよ、こんなの…
 桐生は今、甲斐がプロバイダから回収してきた滝沢のアカウントIDを使用してログインしていた。サラリーマン風のこのアヴァターも、滝沢が死ぬ前に使用していたものである。滝沢に成りすましてマリーナと会い、依頼した内容について詳しく聞き出そう、というのが甲斐の作戦であったのだが…
 確かに正面切って乗り込んだところで、あちらが素直に教えてくれるとは思えない。さりとて甲斐のアイディアで上手く情報が引き出せるとも思えなかった。
 気乗りはしないが如何せん他の考えが思いつく訳でもなく、不承不承のろのろと歩を進める桐生を尻目に、甲斐は街中をどんどん進んでいく。
 プロバイダから回収してきた滝沢の個人データには、死亡日までのネットの接続履歴も保存されていた。それによると滝沢は死亡する直前、このスターラップの街中にある検索サイトからマリーナに会いに行ったらしい。二人はそれと同じルートを辿り、マリーナに接触しようと考えたのだった。
 メニュー画面に映し出された滝沢のデータ履歴を参照しながら、甲斐は迷いの無い足取りで大通りを突き進んでいった。交差点の脇にある裏路地に入ると、袋小路となっているその一番奥にある四角いゲートの前で歩を止める。
 細い路地の左右には何もない。無機質な立方体の建物が一番奥をふさぐ形で建っており、四角いゲートは恐らくその建物への出入り口だ。
「ここ…ですね」
 甲斐はそれだけ言うと、ゲートの中へと足を向ける。桐生もそれに続いた。
 ゲートを潜り抜けた先は、壁も床も真っ白な円柱型の部屋になっていた。部屋は割合広かったが、真ん中に四角い半透明の板が浮かんでいるのと、隅に申し訳程度にベンチがある位で、殆ど何も置かれていない。
「…この部屋がマリーナを呼び出す為のサイトなのか?」
 部屋の周辺を見回しながら、桐生は甲斐に尋ねた。
「ええ、そうですよ。表向きは普通の検索サイトなんですけどね。ほら、ここにある板、これが検索用の端末になってるんですよ」
 そういうと甲斐は、部屋の真ん中にふわふわ浮かんでいた黒板くらいの大きさの板にタッチする。途端に半透明だった板は蛍光色へとその色を変え、中心に文字を打ち込む為のウィンドウが表示された。ウィンドウの脇には、丁度電子メディアが入るくらいのスロット挿入口がある。
「通常はここに入力した文字列をもとに、サイバーシティ内のデータを検索出来るワケです。先輩、ここからマリンコードのデータを入力して下さい」
 甲斐に促された桐生は、右手を伸ばして目の前に浮いている自身のメニュー画面から、コンピューター内のメディアドライブを選択する。すると、桐生の手元に先程の電子メディアが何処からか現れた。甲斐の導きに従い、ウィンドウ脇のスロットにそれを差し込む。
 入力画面に目で追えない程の猛スピードで、無数の文字が何行にも渡って書き連ねられていくのが見える。物凄い速さでメディア内のデータが読み込まれているようだ。
「おいおい…パスコードなんだろ?どんだけ重いデータなんだよ」
「分かりませんけど…結構な量みたいですね」
 どのくらいの間、読み込みが続いていたのだろうか。
 唐突に室内にファンファーレが鳴り響くと、部屋の背景は一瞬にして闇に包まれた。
「何だ?」
 突然の異変に桐生は辺りを見回すが、何処まで続くか知れない漆黒の空間に阻まれ、何も視界に入らない。検索ウィンドウが放つか細い明かりで、かろうじてその周囲の狭い範囲は見えるものの、せいぜい目の前の2つの人影を確認するのが精一杯―――え?
 2つ?
「!」
「わぁっ!」
 背後の気配に不意をつかれて甲斐が飛びのく。
 甲斐が飛びのいた先の空間から、闇を縫うようにして女性型アヴァターが姿を現した。
 桐生達とそう変わらない年頃の背格好をしたその女性は、CGとは思えないほど異様に精巧な輪郭をしており、目鼻立ちの整った部分や口元のみずみずしさの描写は怖いくらいにリアルに描かれていた。その際立った美しさは、アヴァターではなく現実に存在する人物が、そのまま電脳空間に現れたような―――そんな奇妙な感覚を桐生に抱かせた。
 しかもその動きは驚くほど滑らかで、全くデータ量の負荷を感じさせなかった。普通ここまで丹念に書き込まれていたなら、その外観に掛かるデータの重さは並じゃないはずだ。当然読み込みも困難になり、アヴァターの動きも鈍くなるのが普通なのだが…。
 女性はモノトーンの服に身を包んでおり、髪の色も雪の様に白い。キャップこそないものの、その服装は一見するとメイド服のようにも見えた。
「ようこそおいで下さいました。私はマリーナ様の秘書をしております、スノーホワイトと申します」
 スノーホワイトと名乗る女性は、一息にそう告げた。抑揚が無い、感情のこもらない声は何処か寂しげな印象を感じさせた。
「ご用件をお伺いします」
「えっ、えっと、あの―――」
 甲斐は急なことに動転していて、上手く言葉が出ないようだった。
「ちょっと待て。肝心のマリーナは何処にいるんだ?」
 桐生が問い質す。
「マリーナは只今手が放せない状態にありますので、代わりに私がお話をお伺い致します」
「代わりに伺われても困るんだよ。マリーナを呼んでくれ」
 ぶっきらぼうにそう返すと、スノーホワイトは困ったように言い淀む仕草をする。
 埒が明かない。
「時間がないんだ。さっさとマリーナのところへ案内してくれないか」
 スノーホワイトは少し逡巡していたようだったが、やがて分かりました、と答えてまた闇の中へと消えていった。
「…?」
 しばし沈黙の時が訪れる。
 甲斐はまだ落ち着かないようだった。普段沈着冷静な甲斐が珍しく動揺しているので、桐生は苦笑混じりにしっかりしろよと声を掛ける。
「す、すいません…急に出てきたんでびっくりしちゃって」
「しょうがねえなあ。…ま、兎に角だ。あのコードは本物だったみたいだな。後は上手くマリーナから情報が聞きだせるかどうかだが」
 そうですね、と甲斐が相槌を打ち終わるかどうかという間に、突如背景の闇が一瞬で取り払われ、幻想的な光景が二人の眼前に広がった。
 円柱型の部屋はいつの間にか消え去り、白い床は遥か彼方まで広がっている。
辺り一面は淡いエメラルドブルーに包まれ、光の筋がそこかしこに揺らめく。見上げると、遥か頭上にゆらゆらと霞掛かった光が見え、それに照らされるように無数の魚群が漂っているのが見えた。
 よく見ると、桐生たちの周囲にも無数の魚が泳いでいる。それはまるで自分達が海底に迷い込んだかのような光景だった。
「やけにメルヘンチックな趣味じゃないか」
 桐生が笑いながらそう呟く。
 横の甲斐を見ると、本気で見とれているようだ。こいつも妙なところで少女趣味だな。
 二人の立っている場所からかなり離れたところに、先程のスノーホワイトの姿が見えた。
 その脇には上へと続く螺旋状の階段があり、頭上に浮かぶ楕円形の雲のようなものにつながっていた。よく見ると雲は高さを違えて大小幾つも浮かんでおり、そのそれぞれが同じように螺旋状の階段でつながっている。
「この上にマリーナが居るのか?」
 桐生の問いに、スノーホワイトは無言で頷いた。
 彼女の導きに従い、階段を昇っていく。
 階段を上がってみて分かったが、雲のように見えたものは実際はただの白い板であった。
 床と同じ素材で出来たものが、あちこちに浮かんでいるだけだ。
 桐生はふと階段の途中で立ち止まり、辺りに浮かぶ他の雲―――というよりは板で出来た島のようだ――――をざっと見渡してみる。板の上は殺風景で、たまに珊瑚とかソファセットとかのオブジェが申し訳程度にある以外は、殆ど何も置かれていないようだった。
 スノーホワイトと甲斐は歩を止めることなくどんどんと先へ進んでおり、桐生も慌ててそれを追いかけた。
 高度を上げるにつれ、妙な電子音が耳に入るようになってきた。
 年代物のテレビゲームによくあるような、無機質で単調な音。それが結構な音量でどこからか響いてきている。
 耳障りな電子音はどうやら一番高いところの島から聞こえているようだ。桐生は足早に階段を駆け上がる。
 最上段に位置する島の中心に浮かんだ横長の画面には、荒いドット絵のゲームが映し出されていた。今じゃよっぽどのスキモノでなければ手を出さないような、名前すら思い出せないシューティングゲームだ。ゲーム好きの桐生ですら、ネットやゲーム雑誌でしか見たことがない。これが発売されたのって、俺の爺さんが生まれる前じゃないのか?
 スクリーンの前に陣取った高級そうに見えるふかふかのソファに深く腰掛けながら、この部屋の主はこちらに背を向け、そのアンティークなゲームに興じていた。
 ――――こいつが。
「お前がマリーナか」
 こちらから声を掛けても反応は無く、ゲームの画面から目を離す様子がない。
「おい、聞いてるのか?」
「今いいとこなんですよ。邪魔しないでくれますか」
 即座に答えが返ってきた。少年のように高い、よく通る声だ。こちらの方を見ようともしない。肩をいからせて歩み寄ろうとする桐生を、甲斐が静止する。
「先輩、少し待ちましょう。まずは相手に合わせないと」
 甲斐が耳元で囁いた。喉まで出掛かった反論を飲み込み、ここは意見を汲んでしばし静観する。
 十五分くらい経っただろうか。どうやらゲームは無事エンディングを迎えたようだ。
 主が指を鳴らすと、スクリーンは上にせり上がるようにして消えていった。コントローラーを床に放り投げ、大きく伸びをする。スノーホワイトが声を掛けると、漸く思い出したかのようにこちらを向いて立ち上がった。
 立ち上がった姿を見ると、思っていたよりもかなり低い身長だったことに驚く。こちらの方を向いた主の外見は、小学生くらいに見えた。
 スノーホワイトと同じく、非常に精巧に作られた、リアリティ溢れる外観。髪の色は瞳と同じく緑がかったブルーで、CG処理されているのかグラデーションパターンのように色彩が波打っていた。じっと見ていると吸い込まれそうな、そんな奇妙な感覚を覚える。オレンジ色のライフジャケットのようなものを着込み、頭には額宛のついたヘッドホンをつけていた。額宛の真ん中には数字のゼロに斜線の入った珍妙なマークが刻印されている。何かプログラミング系の記号なのかもしれないな。桐生は漠然とそんな考えを巡らせた。
 ――――しかし…随分とチビっちゃい小僧だ。それが桐生の第一印象だったが、電脳空間でのアヴァターがどんな姿に見えようと、モニターの向こう―――現実の人間を知る上では何の役にも立ちはしない。だがその少年のような声も手伝ってか、妙にらしく見えてしまうのも確かだった。
「スノーホワイト。今は誰も入れるなって言っただろう?僕は忙しいんだから」
 ゲームやってたクセして何処が忙しいんだ。桐生は胸のうちで激しく抗議した。
「申し訳ありません。こちらの方々がお急ぎのようでしたので…」
 ふーん、とマリーナは大して興味もなさそうにこちらを見た。
「それで?…僕に何の御用でしょうか」
 桐生は一瞬戸惑った。
 …さて、どう切り出したものだろうか。
 一応事前に甲斐と打ち合わせてはあったのだが…本当にこんなので大丈夫だろうか。
 桐生が少し考え込んでいると、甲斐がそのわき腹を小突いた。桐生は仕方なく口を開く。
「あー…今日はワタシの依頼内容についてかか確認にきたのだが」
 甲斐は動揺を悟られぬよう、視線を余所にやった。
 ひどい。学芸会の小学生も裸足で逃げ出す程の、見事なまでの棒読みだ。しかも噛んでる。
「その…進捗状況はどうなってるのかな?マリーナ……さん」
 不自然極まりない。
 マリーナは答えずに、冷ややかな視線をこちらに向けている。
 永遠とも思われるような長い沈黙が続いた。
 桐生は嫌な汗が背中を流れていくのを感じた。
「あなた方は誰ですか」
 えっ?と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「だっ…誰って…!その…ゴードンだよ。前にも来ただろ?」
「IDごまかそうったって無駄ですよ」
 そう言ってマリーナは悪戯っぽく笑った。
「……シミュレーターの身体情報を読み取れば、同一人物かどうかぐらいすぐに分かります。そんなものでは僕は騙せませんよ」
 な――――
 桐生は顔に手をあてて天を仰ぐ。
 甲斐ははがっくりと肩を落としていた。
 だから無理だと言ったんだ。相手はネットのあらゆるセキュリティを破る超一流のハッカーだろう?この部屋に入った時点で、俺達は丸裸同然だったんだ。ちょっと考えりゃ分かりそうなもんじゃねえか。桐生は心の中で毒づいた。
 甲斐はすぐさま前に歩み出ると、マリーナに向けてすいませんと頭を下げる。
「騙そうとした事は、丁重にお詫びします。これには事情がありまして…!こちらに以前、ゴードンという者が来ましたね?実は私達はゴードンの代理で来た者でして、彼の調査を引き継ぐ立場にあるのです。そこで、彼があなたにした依頼の内容を是非、私共に教えて頂きたいのです」
「それは出来ませんね」
 マリーナはあっさり言ってのける。
「事前に依頼人からそういう連絡があった場合には対応させて頂きますが。何かしらの証明がなければ信用するわけにもいきませんので」
「彼のアカウントIDでは証明になりませんか」
「それは彼の意志に関係なく手に入れられるものでしょう」
 それでは証明になりません、とマリーナは一蹴した。
「ゴードンはここに来たんだな?」
 桐生が問う。
「それもお答え出来ません」
「じゃあ言ってやる。ゴードンは一昨日事故で死んだ。恐らくは直前まで調査していたウィルス『ホワイトアリス』が原因だ。奴はお前にもこのウィルスに関して何か調べるよう依頼した筈なんだ。俺達はゴードンの調査を引き継いだ以上、奴がお前に調べさせていた内容を知る必要がある」
 桐生さん喋りすぎです、と甲斐が非難の声をあげたが関係ない。どうせもう騙し討ちは出来ないんだ。駆け引きが苦手な桐生は、手の内を全てさらしてしまうつもりでいた。
「仮に依頼人が死んだ場合でも、事前に取り消されない限りは依頼内容は有効です。他人にお教えするわけにはいきません。御用がそれだけなら、どうぞお引取り下さい」
 マリーナはにべもなくそう答えると、またゲーム機に手を伸ばす。甲斐は慌てて続けた。
「待って下さい。それなら、正式にあなたに依頼したい。今世間を騒がせているウィルス『ホワイトアリス』のことはご存知ですよね?あのウィルスを流している犯人を特定して欲しいのです。勿論調査費用も、ご希望の額をお支払いします」
 甲斐は必死に懇願したが、マリーナは答えずにゲームを起動させる。脇で見ていた桐生はいい加減限界だった。
「おい、どうなんだ。出来るんだろ?」
「まぁ…出来ますけどねぇ…、めんどくさいなあ」
 マリーナは伸びをしながら欠伸まじりに答える。言葉に出すまでもなく、あからさまに面倒臭そうだ。こういう台詞を依頼人の前で平然といえる神経が、桐生には理解出来なかった。現実での素顔を一遍拝みたいものだ。
「明日じゃダメっすか?」
 反射的に殴りかかろうとする桐生を甲斐が抑える。
 後からしがみつく甲斐を振りほどき、桐生は語気を荒げて言った。
「もういい。そもそもハッカーなんぞアテにしたのが間違いだったんだ。もともと俺は乗り気じゃなかったしな。大体こんなとこで引きこもって始終ゲームに興じてるガキがどれ程の役に立つって言うんだ、全く…」
 マリーナのゲームをする手が突然止まり、目を細めて桐生の方を向く。
「――――聞き捨てなりませんねぇ」
「…ハン!図星だろうが。パソコンいじるしか能のない連中に何が出来るってンだよ。大方ウィルスの流出元だって見つける自信がねぇんだろーが!」
 マリーナはコントローラーを置くと、桐生の方に顔を向けて言った。
「桐生慎也、26歳。元軍人」
 マリーナの口から出た予想外の言葉に、桐生と甲斐は驚きで言葉を詰まらせる。
「現在は警視庁ネットポリスに所属の刑事。先の大戦で左半身を負傷し、その際に機械化手術を受けサイボーグとなる。過去の始末書履歴は34件…随分多いですね。殆どが過剰発砲と容疑者への暴行・証拠品その他の損壊についてのもの…能力は優秀だがしばしば上層部の指示を無視して暴走する傾向が見られる…と」
 な、何だこいつ…?何でそんなこと…?
「そのコート、機械化部分を隠す為に着ているんですか?」
 ネット上での桐生のアヴァターは、現実の姿とは似ても似つかないスーツ姿だ。にも関わらずこの小僧は、実際の俺がコートを着込んでいることまで見抜いている。
「て、てめぇ!何でそんな事まで…」
 マリーナが立てた人差し指の先に四角いディスプレイが現れ、そこに警視庁データベース内の桐生の個人データが表示されていた。恐らくは査定用に使われているもので、桐生自身も見るのは初めてだ。
「網膜パターンを基に個人を特定すれば、この程度のデータならすぐに見つけられます。そちらの人のも御見せしましょうか?」
 マリーナはそう言って不敵な笑みを浮かべた。
 桐生は驚愕した。
 …何てこった…!
 こいつは確かに、噂に違わぬ凄腕のハッカーだ。
 こんな奴にIDをごまかして他人になりすました芝居なんか打ったって、上手くいくはずがないじゃないか!
「どうです?これでも役に立ちませんか」
 立ち上がったマリーナは胸を張り、二人のほうへ向き直る。心なしか鼻息も荒い気がする。ひょっとして勝ち誇ってるのか?こいつ。
「フフン……ま、いいでしょう。僕も多忙なんで本当は断りたいとこなんですが、刑事さんがどーしてもというならその依頼、引き受けなくもないですよ?」
 てめえが嫌がっていたんだろーが!
 桐生は怒鳴りつけたい衝動を何とかこらえる。
 マリーナは指を鳴らし、先程のゲームの際のスクリーンを再び目の前に下ろす。続いてソファに腰掛けアームレストの部分にあるキーボードを操作すると、スクリーンの両脇に小さなディスプレイが表示された。
「スノーホワイト。三ヶ月前からのホワイトアリス関連のデータを見せてくれ」
「了解しました」
 返事がした方を振り向くと、いつの間にかスノーホワイトが別のディスプレイを開いて何か操作を始めている。
「刑事さん。お探しのウィルスの正体について、お教えしますよ」
「何?」
 マリーナがそう言うと同時に、正面のスクリーン画面に映像が映し出された。
 その映像を目にした瞬間、甲斐は思わず悲鳴を上げて、顔を覆う。
「どっ、どういうつもりだ!お前…」
 桐生がマリーナに向けて怒鳴った。
「大丈夫ですよ。このウィルスは音声も含め、動いている映像を見ない限り危険はありません。画像だけを見る分には問題ないです」
 それは、サイバーシティ内の何処か閉鎖された空間だった。
 画像はそれ程鮮明ではないが、画面端に横たわっているのは恐らく女性型のアヴァターだ。白目を向き、完全に生気を失っているのが画面越しにも分かる。
 そして、それに覆いかぶさるように広がる白い影――――それは画面の実に半分以上をふさいいでいた――――妖艶な微笑を浮かべ、まるで幻のごとく宙に浮かぶ人型のそれは、紛れもなく話しに聞いた白い少女―――『ホワイトアリス』そのものだった。
「これはあるユーザーが、電脳ネット内でウィルスに襲われた時のスクリーンショットです。たまたまサーバに設置されたカメラが捕らえたのを入手出来ました。このウィルスの正体―――それは恐らく、マインドコントロール作用を持つ立体映像からなるプログラムです。それも視覚と聴覚、両面からの複合効果によって脳に幻惑効果を植え付けるものですね。これによる被害発生箇所の74%がサイバーシティ内、被害人数は今日までで述べ89人。その中で今現在昏睡状態なのが83名、衰弱して治療中なのが5名。そして既に死亡が確認されているのが――――1名ですね」
 被害人数については滝沢和人が調べていたのと一致している。確か88人だった筈。その後、滝沢が自ら命を絶ったのを入れて89人か。
「マインドコントロール…それを受けて昏睡に陥るということ…?じゃ、じゃあ、それを解くにはどうすれば……今昏睡してる被害者達は、どうすれば元に戻るんですか?」
 桐生の後で耳を傾けていた甲斐が、マリーナに詰め寄る。
「マインドコントロールは外部から脳に作用することで起きるものです。なのでその効果を打ち消すような働きかけを同様に外部から与えればその呪縛から解放することは出来るでしょう。―――但し、その為にはこのウィルスがどのようなメカニズムで、どのような効果のマインドコントロールを見た者に対し仕掛けているのか、その仕組みを知る必要があります。ウィルスデータを解析してみないことには、現時点では何とも言えませんね」
 マリーナはそう言うとソファーを回転させ、ディスプレイを背にして桐生達の方へと向き直る。
「刑事さん。そもそもこの犯人の目的って、何だと思います?」
「何?」
「ウィルスを作った犯人は、被害者達を昏睡状態にした。……何のために、そんな事をしたんでしょうね」
「それは…」
 桐生は言いかけて口ごもる。
 犯人の目的。
 あるのか?そんなものが。
 事件の鍵を握るウィルスの存在すらあやふやであった桐生にとっては、そもそも犯人の姿が全く見えて来ない。
 漠然と愉快犯としか思っていなかった。それ以上に何がある。
 襲われた被害者達は年齢も職業も住所も、全く共通点がない。せいぜい全員が日本居住の日本人で、ヴァーチャルネットに接続していて被害に遭った。後は大都市付近に被害が多い、ということぐらいだ。ウィルスはほぼ無差別に人々を襲撃している。
 これだけでは恐らくまだ全貌は見えて来ないんですよ、とマリーナは言った。
「しかし一昨日、見た者を眠らせるはずのウィルスが原因で死者が出てしまった。……これは一体何を示唆していると思います?僕は案外、このウィルスが持つ真の効果のヒントはここにあるんじゃないかと考えているんですが…。――――すなわち、今眠り続けている被害者達にも、その先があるんじゃないかとね」
「…?何が言いたいんだ」
「被害者の人達―――ただ眠ってるんじゃありませんよ」
「何?」
「死亡した一人は、恐らくウィルス効果が効きすぎてしまった為にそうなったんじゃないかと僕は見ています」
 何だと。
「見たものを眠らせるのは―――ウィルス効果の一部に過ぎないってことか?」
 『ホワイトアリス』が行うマインドコントロールには、見た者の死を誘発するような内容が含まれていると――――?
「で…出来るのか、そんな事が」
 本当に…映像を見ただけで…?
「サブリミナル…いや、催眠術に近いかな。深層意識に作用するそれらの行為は、脳に直接働きかけることが可能な電脳空間でこそ、その威力を発揮します。現実よりもその効果は遥かに深く強烈だ」
「じゃ…じゃあ、ウィルスを流した犯人は、今眠っている被害者達を皆……いずれは殺すつもりだっていうんですか?」
 甲斐の悲痛な問いかけが、二人の間に割って入る。
「ウィルス効果にそういった類のモノが含まれていることも十分考えられます。―――――現にもう、死者は一人出ている」
「な」
 何てことだ。
「ローズ、お前もう一度病院に行ってくれ。被害者達に変化が無いかどうか、急いで確かめるんだ」
「分かりました」
 甲斐は素早くメニュー画面を開き、ログアウトのボタンを押した。途端に甲斐のアヴァターは光に包まれ、その場から姿を消す。
「しかし」
 マリーナの話はまだ続いていた。
「そうすると今度は別の疑問がわいてきます。もし犯人に殺す意志があるのなら、その気になればウィルスを見せた時点で殺せるはずなんです。なのに何故すぐ殺さないのか。何故眠らせたままにしておくのか」
「わ…分かるのか。その意味が」
「分かりません。ただ恐らくは――――」
 マリーナはそこで桐生の目を見据える。
「まだその時ではないということなんでしょうね」
 ………
 マリーナの推理の内容に驚愕しながらも、桐生の胸にはある疑念が湧いてきていた。
 こいつ…
 余りにも知りすぎている。
 情報網が充実しているだけで、果たしてこれだけのデータをそろえられるものなのか?
 滝沢が依頼したから?
 でもそれにしたって、これだけ深くウィルス効果を考察する為には、尋常じゃないデータ量が必要だ。
 滝沢は、一体こいつに何を依頼したんだ?
 ――――どうも怪しいぜ。
 まさかこいつ……
 調べたんじゃなくて……最初から知っていたんじゃないか…?
「マリーナ。今までの情報は確かに貴重だったが…こちらの要求はあくまで、このウィルスの発信元及び作成した人間の特定だ。そちらについてはどうなんだ?」
「ご心配なく。そちらについてももう始めてますよ」
 マリーナが軽快にキーボードを操作し始めると、周囲に浮かんでいたディスプレイに文字列が走り始め、続いて大小入り乱れた画面が次々と現れ、マリーナを取り囲んだ。
「検索開始」
 マリーナがそう言うと同時に、周囲を取り囲んでいた複数の画面はマリーナの周りを凄いスピードで回転しながら段々と上へ昇り始めた。すると、それと入れ替わるようにして新たな画面が今度は足元からせり上がってくる。
 マリーナの姿はやがて回転する無数の画面に紛れ込み、すっかり見えなくなってしまう。螺旋状に回転しながら足元から頭上に向かって無数に流れ出すデータ画面は、一定の速度でマリーナの周囲を通り過ぎ頭上までいくと消えていく。
 そのそれぞれに文字の配列やグラフ、画像などが羅列されているようだが、流れが速すぎて桐生はとても目で追うことが出来なかった。
 それらを微動だにせず、視線も固定したまま悠々と眺めるマリーナ。その間も指先はせわしなく動き打ち込みを続けている。
 す、凄え。何てヤツだ…!本当に、こんな量のデータをこのスピードで…?コンピューターじゃあるまいし、とても人間業じゃない…!
 その壮絶たる業に桐生はただただ圧倒され、言葉を発することも出来ずに呆然と目の前の光景を見つめるのみだった。
 と。
 突如鳴り響いた低い警告音と共に、それまで物凄い勢いで回転していた無数の画面がぴたりとその動きを止める。
「どうした?」
 不審に思った桐生が問い質してもマリーナは答えず、暫くじっと画面に流れるデータを見つめていたが、やがてぽつりと言った。
「失敗しました」
「何?」
「相手もこちらの動きに気付いたようです。ウィルスの伝染経路には更に多くのジャミングが仕掛けられてしまいました。これ以上無理やり探索を続けてもダミー経路を掴まされる恐れがあるし、ウィルスがトラップとして仕掛けられている可能性もある。このまま追いかけるのはあまりにもリスキーです」
 日を改めるべきですね、とマリーナは肩をすくめて事も無げに言った。
 何だと…?
 この期に及んで何を寝ぼけたことを。
「おいおい……超一流のハッカーなんだろ?たかがジャミングが破れないなんて、信じるとでも思うのか?」
 そんな馬鹿な話があるもんか。それじゃうちの使えない解析チームと同レベルじゃないか。
 しかしマリーナは答えない。静かに、そして表情を崩さずに、画面のデータを見つめ続けるだけだ。
 桐生の疑念はますます深まっていった。
 不自然だ。
 ウィルスの正体についてあれだけ深く考察していながら―――――
 それに足りうるデータをネット中からかき集めておきながら―――
 その大元が分からない?流出源がつきとめられないだと?
 そんな筈ねえだろう!
 そんなアンバランスな探索能力ってあるものか。
 今この場で直接探索する現場を見せることで、あくまでウィルスの流出源については情報不足ってふりを装いたかったんだろうが―――それにしちゃあ不審な点が多すぎる。
 やはり、こいつ……
 犯人と、何処かでつながってるのか…?
 或いは、こいつ自身が―――――
「……わかった。ご苦労だったな、マリーナ。今日はここまでだ。続きはまた、明日にでもやることにしよう」
 桐生の言葉にも反応せず、マリーナはソファに座りこんだまま微動だにしない。
 どちらにしろ今日はこれ以上情報を聞き出すことは出来なさそうだ。本庁に戻るとしよう。
 そう思った桐生がまた明日、同時刻に来る旨を告げた後、部屋を後にしようとする――――と。
「刑事さん」
 その背後から、呼び止めるマリーナの声がした。桐生は立ち止まって振り返る。
「……一応忠告しておきますが。先程言ったように、刑事さんが僕のところに来たこと、そして『ホワイトアリス』について探りをいれていることは相手方も既にキャッチしています。つまり、刑事さんはもう犯人にマークされているということです。出来れば今後捜査を行うにあたって、ネットを利用するのは極力控えた方がいいですよ」
「どういうことだ」
「刑事さんの端末にいつ何時、白い少女の映像が届くか分からないってことです」
 背筋に悪寒が走った。
 この小僧、涼しげな顔で何てこと言いやがる。
 滝沢は…それでやられたっていうのか?

 桐生が部屋を退出し姿を消したのを確認してから、スノーホワイトはマリーナの傍らに身を寄せる。
「…宜しかったのですか?」
「警察に真相まで辿り着く甲斐性はないよ。よしんば辿り着いたとしても、もう殆ど時間は残されていない。彼らに出来ることなんて何も無いさ」
 マリーナはそう言うと、寂しげな表情で目を伏せた。
 ――――そう。彼らに出来ることなんて、何一つ――――無いんだ。

 桐生がサイバーシティの街中に戻ると、相変わらずの喧騒が聞こえてきた。
 メニュー画面を開いて時刻を確認する。思ったより時間を食っていたようだ。
 甲斐はもう、病院に着いた頃だろうか?
 マリーナの情報でウィルスの正体はおぼろげながら分かってきたが、それで犯人に近づいたかどうかは正直なところ疑わしい。 
 マリーナの言うように、あのウィルスが見た者を死に至らしめる凶悪なものであるのなら。そして犯人がその発動の鍵を握っているのなら。それはいつ発動してもおかしくはない。
 今眠っている八十何人は、揃って犯人に捕らえられた人質だ。だとすれば、彼らを助け出すために残された時間は、後どれ程残されているというのか。
 その時、メニュー画面から呼び出し音がけたたましく鳴った。電話が掛かってきたのだ。画面上の通話ボタンを押し、相手を呼び出す。
「先輩、甲斐です」
 甲斐の顔がメニュー画面内に映し出された。
「甲斐か。どうだそっちの様子は」
「先程の病院に今着きました。見て回った限りでは、少なくともこの病院に収容されている被害者達については昏睡状態が続いているようで特に変化は見られません。一応他の病院にも連絡をとっている最中ですが、今のところこれといって問題は起きてないようですね」
「そうか、分かった。他の病院についても確認した上で、暫くそこで被害者達に異状が出ないか見張っていてくれるか。後で交代要員を送る」
「了解です。そちらはどうだったんですか?」
 桐生はマリーナと共にウィルスの流出源の特定を試みたが、失敗した旨を伝えた。
 やはりそう簡単にはいきませんよね―――甲斐は苦笑混じりにそう言ったが、桐生はそんな素直に納得する気にはなれなかった。
 マリーナがウィルスの発信元を特定できなかったというのがどうも解せない。特に根拠があるわけでは無く、あくまで違和感を感じた桐生自身の勘でしかないが、失敗したというのは嘘で、発信元をこちらに教えることが出来ない何らかの理由があったのではないだろうか?
 こちらに知られると不具合が出る理由が。
 発信者と何らかの関係を持っていたか、肩入れをしていた場合。
 或いは――――発信元が自分自身であった場合だ。
 あのウィルスを流したのがもし、マリーナ自身だとしたら……?
 それなら捜査に非協力的なのも納得できる。
「甲斐。滝沢は何故、マリーナに接触したんだろうな」
「え?」
 甲斐は突然の問いかけにたじろいだ。
「滝沢がマリーナを情報屋として雇っていた…本当にそうなんだろうか」
「ど…どういう事ですか」
「マリーナを容疑者の一人としてマークしていた…ってのは考えられないか?」
「そ…」
 甲斐は否定しかけて留まった。少しの沈黙の後、重々しく口を開く。
「それは……どうでしょう。確かに一流のハッカーというのはプログラム技術にも長けています。凶悪なウィルスを作り出す技術も持っているでしょう。うーん、でも…それなら何故彼は、ウィルスについての情報をこちらに教えたんですか?」
「奴は結局、肝心なことは何一つ答えちゃいない。ウィルスの概要についてのデータを見せただけで、その効果については憶測を述べていただけだし、その上で流出源も分からないって言ってるんだ。瑣末な情報を小出しにしてこちらの警戒心を解こうって魂胆なのかも知れねえぞ」
 桐生の心中の疑念は、既に途方もなく膨らんでいた。
 甲斐は暫く沈黙していたが、やがて少し遠慮気味に尋ねた。
「先輩は…そう考えているんですか」
「その可能性を否定する根拠は今のところ無い。それは確かだ」
「じゃあ―――どうします?任意同行でもかけますか」
「いや。これから、俺とお前で奴の動きをマークする。今から俺の言う指示に従え」

 甲斐に指示を伝え終えてメニュー画面を閉じた桐生は、その時初めてサイバーシティの喧騒がぴたりと止んでいることに気が付いた。
 ―――今思えば、そのときにその理由にも気が付くべきだったのだ。
 マリーナはたった今、俺に忠告をしたばかりだったじゃないか。
 突如として襲い来る奇妙な感覚。
 周囲にあれだけ行き交っていた群集が、いつの間にか消えている。
 あれだけけたたましく鳴り響いていた街の喧騒は、今は全く聞こえない。
 空気が一瞬にして様相を変え、全身から汗が噴出すのが感じられた。
 それは人間の持つ動物的な本能から来るものか―――
 或いは戦場で培った、研ぎ澄まされた防衛本能が反応していたのかもしれない。

 ――――眼前に、白い少女が微笑んでいた。
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