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学園ソロモン 002

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 東門からレザールの街中へは特にトラブルもなく入ることができ、レグは胸を撫で下ろす。それだけ、この都市の魔族を見抜く力が優れているということなのだが。

 東西南北に四つしかない検問所も、魔法による侵入を拒む巨大な壁も――全ては魔族の侵攻を防ぐための装置なのである。壁は言わずもがな、検問所は魔族と人類を見分ける役割を持っているのだ。


「でっけえ……」


 この世界に転生して初めて、街という街に足を踏み入れたレグは、その発展具合に感嘆する。


 整備された街道に、活気ある人々……見る人が見れば、中世ヨーロッパの街並みを思い浮かべるのだろうが――ここ十五年間、森で育ったレグにとっては、人がたくさんいるというだけで圧倒されてしまうのだ。


「まずは宿って思ってたけど、そもそも金がないんだよなあ」


 右肩のずた袋には、干した肉と水が少し。これでは到底金にならない。

 学園ソロモンの入学試験が始まるまでの数日間をどう過ごすか……目下の悩みはそれだった。


「イリーナさんのメモによると、あと二日で試験だけど……まさか、こんなきれいな街の中で野宿するわけにもいかないし」


 学園に入学さえしてしまえば、希望者には下宿先を斡旋してもらえる。衣食住完備で、授業料もかからない。魔族に対抗するため国力を上げたいオーデン王国にとって、ソロモンの学生は貴重な人材なのだ。入学さえできれば、それなりの厚遇が約束されている。

 しかし、それは同時に、学園に入学するハードルの高さの裏付けでもあるのだ。

 ソロモンの入学試験は実技と知識に別れ、その合計点で合否が決まる。そして両試験共に、国内最高水準の難易度を誇っている。

 特に実技試験は、中堅どころの魔族と同等の実力がなければ話にならないと言われており、多くの受験生が苦しむ難関だ。


「ま、イリーナさんは余裕だって言ってたから、試験は何とかなるはず」


 しかしそんな難しい試験であると知る由もないレグは、実に楽観的である。彼の不安は、既に入学した後のこと――学校生活の方へと、向いている。


「学校、か」


 学生とか青春とかいう響きを聞くと、頭が拒否反応を起こしてしまう……彼の足取りは、段々と重さを増していった。

 入試に落ちてしまったことにして、もう森に帰ってしまおうか。いや駄目だ、イリーナさんは絶対に帰ってくるなと言っていた……彼女の中には、自分が学園に入学する以外の選択肢はないのだろうと、溜息をつく。


「にしても……本当に賑わってるな。毎日こんな感じなのか?」


 ブツブツと独り言を垂れ流す彼の横を、活気ある人波が通り過ぎる。横だけではない。前方に見える広場にも、左右に広がる大通りにも、人が溢れかえっていた。

 その様は何らかの祭りのようで、人混みの苦手なレグにとっては喜ばしい状況ではない。



「私の息子も、とうとう受験なんですよ」


「あら、それは楽しみですね。お宅の息子さんは優秀だから、きっと大丈夫ですよ」



 ふと、無意識下に、カフェのテラス席で歓談するマダムたちの会話が耳に入る。彼は決して察しの悪い方ではないので、すぐさま嫌な予感が頭をよぎった。

 周りを見れば。
 商店や飲食店の壁に、ポスター。


「……」


 その内容を読むと、学園ソロモンの入学試験開催を祝い、数日の間お祭り的に市内が盛り上がるらしい。王国を代表する学園の入学試験ともなれば、それだけの注目を集めても不思議はないだろう。

  レグは冷静にそう考え……一呼吸おいて、一気に駆けだした。

 ポスターには、今日の日付と数時間前の時刻。
 つまり、ソロモンの入学試験は現在進行形で執り行われているということだ。


「まずいまずいまずいまずい!」


 試験を受けて落ちたなら、まだ最悪言い訳ができるが……受けられなかっと知れたら、イリーナさんが許すはずない! 

 レグは懸命に走った。街の中心にそびえる、壁よりも高い巨大な塔――学園ソロモンへ向けて。

 メモに間違った日付が書いてあったことは、最早重要ではなかった。それは即ちイリーナの所為なのだが、そんなことを言っても無駄であることを、彼は知っているからだ。


「とにかく間に合わせないと……!」


 両脚に力を込め、疾風が如く駆ける様は、並大抵の人間とは一線を画す。イリーナとの十年に及ぶ修行と、一人で旅をしてきた一カ月の経験値が――彼の類稀なる運動能力を保証していた。

 その脚力のお陰で、そう長くかかることはなく街の中心へと辿り着く。

  そこに鎮座する、巨大な塔の元に。

 塔へと続く道の入り口は大きな門で閉ざされており、その前には複数の学園関係者らしき人物が机を並べて座っていた。


「あ、あのー……」


 数秒逡巡した後、レグは意を決して一人の人物に声をかける。自分から話しかけるという行為がすこぶる苦手な彼にとって、それは簡単ではなかったが――事ここに至っては、尻を叩かないわけにはいかなかった。


「……はい?」


 声を掛けられた人物は訝し気に反応する。

それもそのはずで、レグの格好はお世辞にも小綺麗とは言い難く、レザールの街に似つかわしいとは到底思えないからだ。

 そして何より、由緒ある名門魔法学校の眼前において、この少年は浮いてしまっている――門の周囲にいる誰もが、そう感じていた。


「えっと、入学試験を受けたくて……」


 ソロモンの試験は、事前に申請を必要としない。できるだけ多くの才ある学生を集めるために、当日ぶっつけの試験を実施しているのだ。

 それは現学長の実力主義的考えに基づいているのだが、試験を担当する教師や生徒会にしてみればいい迷惑でもある。


「……入学試験か」


 声を掛けられた人物――ソロモンの上位魔法学主任、トルテン・バッハも、実に迷惑そうな表情を浮かべていた。三十歳という若さで主任を任されている彼は、目の前の怪しい少年を値踏みするかのように睨みつける。


「お前、見たところノーマルのようだが、種族は?」


 トルテンの言う「ノーマル」とは、主に魔術師が人間を指して使う蔑称のことだ。姿形が似ているのに魔力のない人間のことを、魔術師は酷く見下している……その差別意識の表れが、ノーマルという呼称なのだ。


「……えっと、人間だけど」


 トルテンの高圧的な雰囲気を感じ取り、レグは内心めんどくさいなと感じていた。

 イリーナから話だけは聞いていたが、どうやらこの世界の人間は難儀な立場らしいと実感する。


「ノーマルの試験時間はとっくに過ぎている……今は魔術師のターンだ。つまり、お前は試験を受けられない」


 トルテンの言い分は正しく、現時刻は魔術師の試験時間である。

  人間であるレグは、数時間前にその受験資格を失っていたのだ。


「そこを何とか。この日のために、一カ月も旅をしてきたんだ」


 他人ともめるのは至極面倒臭いが、諦めずに説得を試みる。

 本当なら「はいそうですか」と背を向けたい……しかしそんなことをしたら、イリーナに何をされるか、彼には想像もできなかった。


「くどいぞ。そもそも、時間も守れないような輩はこの学園に必要ない」


「いや、そんな固いこと言わないでさ。ちょっと手違いで遅れただけなんだって」


 本来、トルテンはこんなところで受験者の対応をするような立場ではない。

 今年は見込みある魔術師が複数受験予定なので、その顔を拝もうと気まぐれに門を出たのだが――今となっては、その判断を悔いていた。

――くそ。なんで私がこんなノーマルを相手にしなければならないんだ。


「……わかった。ではこうしよう」


 本音を言えば今すぐ魔法で追い返してやりたかったが、他の教師や生徒が見ている手前、穏便に解決しようとトルテンは考えた。

 そこで、自身の背後にある門を指さし――レグに告げる。


「我が校の誇る鉄壁の門……あれを――実技試験に合格したことにしてやる」


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