上 下
9 / 68

落第組 002

しおりを挟む


 一階から九階に割り振られている一年生用の階層は、神内功が生きていた世界の学校と似た部分が多く見られた。見たことはないのに知っている不思議な感覚に襲われながら、レグは廊下を歩く。

――高校……っていうよりは、大学の方が近いか。

 ふらふらと廊下を歩き、目に入った教室内を覗くと、中は緩やかな階段状になっていた。木製の長机が複数、段々になっていて、一番低い入り口側に教壇がある。

 その内装を指して大学だと思ったのだが、しかし自分は大学を知らないはずなのに、神内功は知っているという不調和に頭を抱えた。

――やっぱり、俺は神内功でもあるんだよな。

 一週間前、学長室で告げられた自身の出自。

 自分は転生者で、呪いの子だと――レグはまだ、受け止めきれずにいる。本来なら処刑されなければならない存在だと聞かされ、はいそうですかと納得できる程、彼は成熟していない。


「……」


――俺が使える人間だと示さなければ、命はない、か。

 イリーナと学長のやり取りを思い出す。

 卒業までの間に、いかに自分が有能だと周りに認めさせるか――しかも、呪いの子だとバレないように。結構な無理難題だとレグは思ったが、しかしあの場で即殺されるよりは大分マシな判決なのは確かだ。

――……それに、イリーナさん。あの人が、俺に生きていてほしいと言ってくれた。

 自分が転生者であると知らされずに育てられてことには、些か不満がある。だが、気丈な彼女が見せた母のような優しさに――レグはある種の感動を覚えていた。

 彼女のためにも、そして何より自分のためにも、何としても死ぬわけにはいかないと、彼は決意を新たにする。


「おい、邪魔だよ」


 そんな風に物思いに耽っていると、背後から声を掛けられた。

 最近何かと後ろから話しかけられるなと思いながら振り返ると――そこには一人の少年が立っていた。


「……」


「……んだよ。じろじろ見てんじゃねえ、人間」


 チッと舌打ちし、少年は教室に入っていく。

 その荒々しさには人を寄せ付けない不良っぽさがあったが……レグは、そんな彼の頭頂部に目を奪われていた。

――ね、猫耳だ……。

 つい一カ月前まで「辺境の森」から出たことのなかったレグは、初めて見る獣人に驚く。

 獣人。外見の特徴として、身体のどこかに固有の動物的形状が見られる種族。

 件の少年は、頭頂部にその特徴が表れていた――猫耳である。


「……って、あれ」


 少年を目で追っていたレグは、この教室こそ自分が通うことになっている「一年・F組」であると、遅まきながら気づいた。

 ふうと息を吐きだし、教室内に入る。

 中には、レグを除いて十四人の生徒が、会話なく着席していた。先程の猫耳の少年は一番後ろの席にふんぞり返り、態度の悪さを隠そうともしない。

 彼にはあまり関わらないようにしようと視線を逸らし、空いている席を探すと――ふと、一人の少女が目に入った。

 その青い髪と瞳は、川のせせらぎのような静かさを帯びていて――凛とした顔立ちは、内から染み出す気品を現わしている。

 そしてこの教室の中で唯一――魔術師のみが着ることの許されている、ローブを身にまとっていた。


「……あなたは」


 青い髪の魔術師は、レグの視線に気づく。この少年が数日前にぼったくり商人に絡まれていた人間だと、彼女の方はすぐに思い出す。

 しかし、レグの方は、全くピンとこずにいた。どこかで見たことがあるような……というくらいの、曖昧な表情を浮かべる。


「あ、レグ!」


 そんな他人に興味のない彼の名を呼ぶ少女――サナ・アルバノ。

 彼女は手を振りながら、立ちすくんでいるレグの元にやってきた。


「ん? あー、えっと、さっきぶり」


 数分前、【ワープ】の使い方を教えてくれた赤い髪の少女、サナの名前を、レグは既に忘れている。


「あなたもF組だったのね。言ってくれればよかったのに」


「……『落第組』がこのクラスだってこと、知らなくてさ」


「……? そうだったの。【ワープ】の使い方も忘れてたみたいだし、レグって抜けてるのね」


「まあ、よくそうやって言われてたらしい」


「なんで他人事なのよ。面白いわね、レグって」


 笑顔で話しかけてくる彼女に悪い気はしなかったが――しかし、ついさっきまで会話のなかった空間で突然始まった掛け合いは、当然周囲の注目を集める。


「ここが落第組だと知らないだって? 人間は呑気なもんだな」


 教室の後ろから、冷笑と共にそんな言葉が飛ぶ。

 声の主は、鋭い目つきをした獣人の少年だった。


「なによ。いきなり感じ悪いんじゃないの、猫のシルバくん。ストレス溜まってるなら、またたびあげようかにゃ~」


 猫耳の少年と旧知なのだろう、サナはそんな風に挑発する。


「……てめー、猫扱いしたら殺すって言ったよなぁ、サナ!」


 猫耳の少年――シルバ・チャールは激昂した。

 勢いよく椅子から、逆さまの体制になって天井に両脚をつける。


「【野獣の牙リエーフ】!」


 シルバがそう吠えると、天井に接していた彼の両脚が光り出し――直後、弾丸の如きスピードで、彼の身体が発射された。

 獣人は体内に魔素を持つが、それをコントロールする。そのため、「術技」と呼ばれる独自の技を編み出した。シルバの用いた【野獣の牙】もその一つである。

 全身の身体能力を大幅に向上させ、魔素によって光(・)の(・)爪(・)を作り出す――シルバの家系に代々伝わる術技だ。


「きゃあっ!」


 彼の動きは、人間が目で追うのがやっとな域に達している。不意打ちで標的にされたサナはその速度に圧倒され、思わず目を閉じてしまった。

 そんな彼女の小さな体を、シルバの右手が捉えようとした瞬間。


「それはちょっと、やりすぎなんじゃないか」


 レグが――シルバの右腕を掴む。


「なっ……てめえ……」


 【野獣の牙】による攻撃が見切られた衝撃と、掴まれた右腕が、シルバは驚愕していた。


「サナも、人が気にしてることを言うのはよくないと思う。ここはお互い悪かったってことにして、一旦手打ちにしようぜ」


「え、ええ……」


 助けられたサナも、目の前で獣人の腕を締め上げているレグを見て、驚きを隠せない。

――人間が、魔具も使わずに「術技」に対抗するなんて……そんなのあり得ないわ。

 彼女の驚きを、クラスにいる全員が一様に感じていた。

 ただ一人。
 青い髪の魔術師を除いて。


「おい、人間、いい加減に離せよ……」


「あ、ああ。ごめん」


 シルバの言に従い、レグは掴んでいた手を離す。その素直な態度に、シルバは毒気が抜かれたように溜息をついた。


「……お前、名前は」


「……俺は、レグ・ラスター」


「そうか。俺はシルバ・チャールだ。覚えとくぜ、レグ」


「そうか。俺は覚えられないと思う」


「……なんだそりゃ」


 レグとの間の抜けた会話に、シルバは笑った。

 神内功時代はぼっちを極め、転生してからはイリーナ以外とまともに話していなかったレグにとって、同級生との会話はどうしてもぎこちなくなってしまうのだ。


「ま、いいさ。精々人間同士、その女と仲良くやってな」


「いや別に、サナとは仲良くないんだけど」


「酷くない⁉ そこまではっきり言う⁉」



「はいはーい、そこまでー。みなさん席についてくださいねー」



 不意にガラッと教室の戸が開き――長身の男が姿を現す。

 その風貌は生徒のそれではなく、教師のもの。

 そして彼の両耳は、ツンと横に尖っていた。


「このクラスの担任を務める、メンデル・オルゾと言います。種族は見ての通りエルフ。落第組のみなさん、一緒に楽しい学園ライフを送りましょー」


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

この異世界転生の結末は

恋愛 / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:313

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:9,966

王子がバカなのが問題なら、知力をバフすればいいじゃない

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:346

人獣逆転

SF / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

異世界召喚に巻き込まれたのでダンジョンマスターにしてもらいました

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:3,513

洗い場はクリエイティブだ!

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...