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魔術師の誇り 001

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「お前、魔術師のくせに落第組に入るとか、何考えてるんだ?」


 トルテンの「下位魔法学」の授業が終わり、生徒たちがまばらに姿を消し始める中――教室の入り口付近で、数人の人だかりができていた。

 その中心にいるのは、エルマ・フィール。
 取り囲んでいるのは、魔術師組の生徒だ。


「しかも生徒会選挙に立候補するだって? 冗談も休み休みにしろよな」


 男子生徒がエルマに詰め寄る。
 だが、当の本人はどこ吹く風といった涼しげな表情だ。


「……別に、冗談ではありません。全生徒に立候補する権利がある以上、それを使ったまでです」


「お前みたいな落第魔女に、選挙に出る資格はないんだよ!」


 エルマの反応を受け、一人の生徒が声を荒げる。見ようによっては、彼女の態度は周りを挑発していると取れるからだ。


「あなた方には関係のないことだと思いますが」


「お前みたいな落ちこぼれがしゃしゃると、俺たち普通の魔術師まで笑い者にされるだろうが! グズはグズらしく大人しくしてればいいんだよ」


 言って。

 男子生徒は――エルマが羽織っていたローブを奪い取る。


「っ! 何をするんですか」


「ローブをつけていいのは魔術師だけだ。使魔術師じゃないもんなぁ?」


 男の言葉を聞いて、エルマの眉間が微かに動く。


「どういうことだよ、マックス。こいつ、魔法が使えないのか?」


「知らないのかよシトラス。フィール家の双子の妹は、使、昔から噂になってんぜ」


 ぎゃはははと、マックスと呼ばれた生徒が下品な笑いをする。


「へー、あの噂って本当だったんだ。魔法が使えないくせに、よくソロモンに入れたね? ちょっと可愛いからって、色目でも使ったんじゃないの?」


「やめてやれ、ヘレン。フィール家のお嬢様は、お父さんのお力で入学できたんだもんな? 自分じゃ何もできない、卑怯者さ」


 周りにいる生徒が、一様に笑いだす。

 エルマはただ――毅然とマックスの目を見つめていた。


「……なんだよ、文句でもあるのか」


「いえ。ただ、早くローブを返してください。それは魔術師の誇りですから」


 自分が侮辱されるのは構わない――そんなのは、生まれた時から慣れている。

 だが、ローブだけは。

 自分が魔術師であると証明してくれる唯一の誇りだけは――どうしても、返してもらわなければならない。


「……落第魔女が、魔術師の誇りとか語ってんじゃねえぞ」


 マックスは、右手に持っていたエルマのローブを頭上に放り投げる。


「魔術師は強くなきゃいけないんだ。お前みたいな弱者が魔術師ヅラしてちゃ、他の種族に示しがつかねえだろうが!」


 彼はエルマに向かってそう吠え――左手を天に掲げる。


「【ファイア】!」


 それは、炎の属性を持つ下位魔法。

 マックスの左手から放たれた炎はゴウッと音を立てて直進し、ローブを包む。


「っ!」


 制服やローブには多少の傷を修復する魔法が掛けられているが……この距離で直接魔法にあたれば、修復は追いつかない。

 エルマは咄嗟に自身の魔具を取り出そうとするが――間に合わない。

――だめっ……やめてっ!

 彼女はもう、目をつむるしかなかった。

 そんなエルマの耳に、咆哮が届く。




「【野獣の牙リエーフ】!」




 マックスの放った炎がローブを焼き尽くす寸前。

 教室の後方から――弾丸が飛んできた。

 その弾丸が如き物体は、燃えるローブを掴み取り、くるくると回転して華麗な着地を決める。


「⁉ な、なんだお前は!」


 飛んできたのは、術技を発動したシルバ・チャール。

 そして――


「なあ、あんたさ。やり過ぎって言葉知ってる?」


 術技によって高速移動をしたシルバの腰にしがみつき、同じように飛んできた生身の人間――レグ・ラスターだった。


「っ! お前、ノーマルの分際で俺に触るな!」


 レグは、魔法を放っていたマックスの左腕を掴む。

 そして強く――捻じり上げた。


「ぐっ! 痛い痛い痛い! 何をするこのノーマルが! ふざけるな!」


「人の物を勝手に取って燃やす方がふざけてるだろ。あとノーマルって言うのやめてくれ、何か腹が立つ」


 レグは握る手に力を込める。

 彼が本気を出せば、魔術師の腕の骨などは簡単に折れてしまうため、ある程度の手加減はしているが。


「お、おいノーマル! マックスから離れろ!」


 シトラスと呼ばれていた男子生徒が、レグに向けて右手を構える。

 その目は動揺を隠しきれず――目の前にいる人間が、なぜ自分たち魔術師に歯向かってきているのか、理解できていないようだ。


「……あんたも、ノーマルって呼び方やめてくれよ。俺はレグ・ラスターだ」


「っ! お前の名前なんてどうでもいい! さっさとその手を離せよ!」


「やだね。。悪いことをしたら謝るのは当然だろ」


 至極当たり前といった顔で、レグはシトラスを見る。

 魔術師を前にした人間の表情は大きく二つに分けられる――今までの経験から魔術師に怒りを持つ者と、力の差に怯える者の二つだ。

 だが、レグのあっけらかんとした表情はそのどちらにも当てはまらず――シトラスは困惑する。


「捻り上げたままじゃ謝りづらいっていうなら、離してやってもいいけど」


「だ、誰が落第魔女なんぞに謝るか……いでっ⁉」


 非を認めようとしないマックスの腕を、レグは更に締め上げた。


「ちょ、調子に乗るなよ、ノーマルが! いくぞ、ヘレン!」


 自分の仲間が痛めつけられる様を見て、シトラスが叫ぶ。

 隣にいたヘレンという女子生徒は、呼びかけに応えて両手を前に突き出す。


「【レイン】!」


「【アイス】!」


 直後、二人の魔術師から魔法が放たれた。

 水属性の下位魔法、【レイン】。
 氷属性の下位魔法、【アイス】。

 どちらも単体では物足りない威力だが――同時に使用することで、その脅威は何倍にもなる。


「え?」


 状況が呑み込めなかったレグは、まず全身を覆う水に包みこまれ。

 直後、


「っ!」


 さすがの彼も、その事態には驚かざるを得なかったが……その驚きの声は、誰にも届くことはなかった。

 レグ・ラスターの体は。

 完全に――氷漬けになってしまったのだった。


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