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冬の訪れと高鳴る鼓動(此木視点)
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「遥君」
敬久さんがこちらに向かって歩いて来た。
「何だか表情が強張っているね。風が冷たいから、もう行こうか」
「あ、いや、考えごとをしていました……」
「そうなの?」
気遣うように声をかけられた。冬の海の雰囲気にあてられて、センチメンタルなことを考えていたのが顔に出ていたのかもしれない。
「敬久さんは海とかよく来るのかなって。前にインタビュー受けていた記事に載っていた気がしたから、切り抜き、どこにやったか考えていて……」
「……ああ、すごく昔にインタビュー受けたことあったなあ……」
敬久さんは気まずそうな顔になった。
「遥君……記事見ていたんだ……昔のインタビュー見られていたのって恥ずかしいな……でも、記事を探すよりも、直接僕に聞いた方が早いと思うよ」
「そ、それもそうですね」
目の前には本人がいるのでそちらの方が確実だ。敬久さんは首を傾げた。
「すみません……本当は、海を見ながら少し……おかしなことを考えていました」
オレはモゴモゴと口籠りながら言った。
「あなたとあの時、書店で再会していなかったら、どうなっていたんだろうって……」
「遥君……」
敬久さんはオレを見つめた。波の音が耳の中に響いてくる。
「寒いせいか妙なことを考えてしまいました。もしも、とか、あの時そうしていたら、なんて考えても埒が明かないんですけどね」
「……僕もそういうことを考えてしまう時、あるよ」
「敬久さんにも、あるんですね」
「もちろん、あるよ」
彼はどこか寂しげに見えた。
「君にあの書店で出会えていなかったら……妹の会社の手伝いかな……それ以外なら多分、何か車を運転する仕事をやっていたかなあ」
「そうなんですか?」
「うん、あの頃は別の仕事を探していたから。別の仕事を始めたら、もう小説は書かないんだろうなって考えていたかなあ」
敬久さんは海の向こうを見ながらぽつりと呟いた。そんな話は初めて聞いた気がする。確かに再会した時は家の仕事を手伝っていると言っていた。
「君は? もしも僕とあの時に出会っていなかったら」
「……オ、オレは、文芸出版部に異動して……別の仕事をしている柊山敬久先生に執筆依頼をしに行って…会社のツテや、大学の後輩であることを利用して、何とか書いてもらおうと画策していたと思います……」
「それだと、結局どこかで僕達出会っているね……?」
オレはハッとして彼を見た。センチメンタルな話をしていたはずなのに、憧れの小説家にふてぶてしく仕事を頼みに行くオレの話になっただけだった。
「本当そうですね……」
「ふっ……ふふっ……」
彼は口元を押さえて笑っている。少しだけ困った顔にも見える。内心どう反応したものかと思っているのかもしれない。
「遥君って……本当……楽しいよね。寂しそうな顔しているから、心配しちゃったのに……ふっ」
「すみません……いや……でも……そんなに、笑わないでくださいって……」
自分でも気まずくなり、目を伏せた。オレはどうしていつもこうなのだろう。顔が熱いのでだいぶ赤くなっている気がする。
「遥君はけっこうグイグイ来るタイプだからなあ……」
「はい……まぁ……どちらかといえば……」
「でも、そっかぁ……僕がどんな選択をしても、君は会いに来てくれるんだね」
「……まぁ、そうなりますね」
オレは曖昧な返事をしながらマフラーに顔を埋めた。彼はカメラを構えて気まずさに震えるオレをパシャパシャと撮影している。
「撮らないでくださいよ……」
「記念だよ」
彼は笑いながら言った。
「何の……記念ですか……」
「僕の側に、君がいてくれて良かった、の記念」
「あ……」
それは敬久さんの本が久々に出た日の夜、彼がオレにかけてくれた言葉だった。
「本当に心からそう思っているよ」
彼はカメラを下ろすとオレの耳元に顔を近づけた。
「ありがとう。愛してるよ、遥君」
波の音でかき消されそうな低い声で言われた。オレは少しだけ泣いてしまった。
敬久さんがこちらに向かって歩いて来た。
「何だか表情が強張っているね。風が冷たいから、もう行こうか」
「あ、いや、考えごとをしていました……」
「そうなの?」
気遣うように声をかけられた。冬の海の雰囲気にあてられて、センチメンタルなことを考えていたのが顔に出ていたのかもしれない。
「敬久さんは海とかよく来るのかなって。前にインタビュー受けていた記事に載っていた気がしたから、切り抜き、どこにやったか考えていて……」
「……ああ、すごく昔にインタビュー受けたことあったなあ……」
敬久さんは気まずそうな顔になった。
「遥君……記事見ていたんだ……昔のインタビュー見られていたのって恥ずかしいな……でも、記事を探すよりも、直接僕に聞いた方が早いと思うよ」
「そ、それもそうですね」
目の前には本人がいるのでそちらの方が確実だ。敬久さんは首を傾げた。
「すみません……本当は、海を見ながら少し……おかしなことを考えていました」
オレはモゴモゴと口籠りながら言った。
「あなたとあの時、書店で再会していなかったら、どうなっていたんだろうって……」
「遥君……」
敬久さんはオレを見つめた。波の音が耳の中に響いてくる。
「寒いせいか妙なことを考えてしまいました。もしも、とか、あの時そうしていたら、なんて考えても埒が明かないんですけどね」
「……僕もそういうことを考えてしまう時、あるよ」
「敬久さんにも、あるんですね」
「もちろん、あるよ」
彼はどこか寂しげに見えた。
「君にあの書店で出会えていなかったら……妹の会社の手伝いかな……それ以外なら多分、何か車を運転する仕事をやっていたかなあ」
「そうなんですか?」
「うん、あの頃は別の仕事を探していたから。別の仕事を始めたら、もう小説は書かないんだろうなって考えていたかなあ」
敬久さんは海の向こうを見ながらぽつりと呟いた。そんな話は初めて聞いた気がする。確かに再会した時は家の仕事を手伝っていると言っていた。
「君は? もしも僕とあの時に出会っていなかったら」
「……オ、オレは、文芸出版部に異動して……別の仕事をしている柊山敬久先生に執筆依頼をしに行って…会社のツテや、大学の後輩であることを利用して、何とか書いてもらおうと画策していたと思います……」
「それだと、結局どこかで僕達出会っているね……?」
オレはハッとして彼を見た。センチメンタルな話をしていたはずなのに、憧れの小説家にふてぶてしく仕事を頼みに行くオレの話になっただけだった。
「本当そうですね……」
「ふっ……ふふっ……」
彼は口元を押さえて笑っている。少しだけ困った顔にも見える。内心どう反応したものかと思っているのかもしれない。
「遥君って……本当……楽しいよね。寂しそうな顔しているから、心配しちゃったのに……ふっ」
「すみません……いや……でも……そんなに、笑わないでくださいって……」
自分でも気まずくなり、目を伏せた。オレはどうしていつもこうなのだろう。顔が熱いのでだいぶ赤くなっている気がする。
「遥君はけっこうグイグイ来るタイプだからなあ……」
「はい……まぁ……どちらかといえば……」
「でも、そっかぁ……僕がどんな選択をしても、君は会いに来てくれるんだね」
「……まぁ、そうなりますね」
オレは曖昧な返事をしながらマフラーに顔を埋めた。彼はカメラを構えて気まずさに震えるオレをパシャパシャと撮影している。
「撮らないでくださいよ……」
「記念だよ」
彼は笑いながら言った。
「何の……記念ですか……」
「僕の側に、君がいてくれて良かった、の記念」
「あ……」
それは敬久さんの本が久々に出た日の夜、彼がオレにかけてくれた言葉だった。
「本当に心からそう思っているよ」
彼はカメラを下ろすとオレの耳元に顔を近づけた。
「ありがとう。愛してるよ、遥君」
波の音でかき消されそうな低い声で言われた。オレは少しだけ泣いてしまった。
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