SMの世界

静華

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番外編

颯斗と龍哉の日常1. R18

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「颯斗」
 リビングで龍哉に名前を呼ばれ、颯斗は思わず体をすくませた。
 一緒に夕食を食べ、ゆっくり風呂に入って、あとは寝るだけ。リビングでゆったりとくつろいでいたところだ。
「おいで。メンテナンスをしよう」
 唐突に言われ、颯斗は「げっ、マジか」と思わず呟いてしまった。
 メンテナンスというのは、メンテナンス・スパンキングという、お仕置きとは別に定期的に行われるスパンキングのことだ。懲罰が目的ではなく、自分の立場を忘れないためのリマインダー的なスパンキングだから、イスに座れないほど叩かれるわけではない。
 龍哉と一緒に生活をするようになった当初はこれが週に一回あった。普通にお仕置きもされるから、ほぼ毎日スパンキングされていた。
 それが今では、龍哉のルールを守ることにも慣れ、生活も改善、お仕置きされる頻度も減った。メンテナンスもやや不定期で、一か月に一度あるかないかくらいにまで減った。
(何にもしてないのにケツ叩かれるって、マジ理不尽じゃねぇ?)
「颯斗、返事は?」
「っ、はい」
 颯斗は慌てて返事をした。
 手招きされ、ソファに座った龍哉の目の前に跪いた。目を伏せ、手を後ろで握り合わせる。
「メンテナンスをするのは久しぶりだな」
「はい」
 久しぶりすぎて忘れていた。忘れたままでいられたらよかったのに。
「準備をしよう。服を脱いで待っていなさい」
 龍哉が立ち上がった。
 足音が遠ざかっていくの聞いて、颯斗はのろのろと服を脱ぐ。
(メンテナンスなのに、全部脱ぐのか? ……なんかいやな予感する)
 メンテナンス・スパンキングなら尻だけ丸出しにすることの方が多い。尻だけ出すのは小さな子どもみたいで屈辱的だが、全裸でのスパンキングもそれと同じくらい、いやそれ以上に死ぬほど恥ずかしい。
 衣服を軽く畳み、邪魔にならないようにダイニングのイスの上に置き、颯斗はまたソファの前で膝をついた。
 程なく、龍哉が戻ってくる。
 龍哉が持ってきた道具がテーブルに並べられる音がした。
(スパンキング自体、ちょい久しぶりだよな。……メンテナンスならパドルくらいまでか……?)
 できたらハンドスパンキングだけがいい。パドルやトォーズ、ケイン、他の道具を使われると、一気に難易度が上がる。
 テーブルを確認したい気持ちを抑え込んで、姿勢を崩さない。プレイのシーンで許可もなく目線を上げることは反抗的な態度として見られる。
 下手なことをしたら、メンテナンスどころじゃなくなってしまう。
 フローリングの床の木目を一心に見つめた。
「颯斗、始めようか」
 龍哉の低い声に、体が勝手にぶるっと震える。
「俺が、……いい奴隷でいられるように、体に教えて、ください」
 声が掠れた。心臓の音がうるさい。後ろで握った手がじっとりと汗ばんでくる。
 何年経っても、こういうのは慣れることがない。スパンキング自体はもう何十回と数え切れないくらいされているのに、毎回心臓が飛び出しそうなほどどきどきする。
「いい子だ。――おいで。まずはウォームアップをしよう」
 ここにおいで、と龍哉が軽く膝を叩いた。
 颯斗はにじり寄っていって、龍哉の膝の上に上半身を伏せ、ひっそりと息を吐いた。
 体の力を抜かないと自分がつらくなる。
 龍哉の大きな手に臀部を撫でられ、握り合う左右の手に力が入った。
「声は我慢しなさい」
「はい。――っ!」
 返事の後すぐにパシっと乾いた音が響いた。
 一打ごとに、感触を確かめるように丸みを撫でられる。
 じわじわと臀部に熱が広がり、またそこを叩かれる。一定のリズムで左右に満遍なく平手が降ってくる。徐々に強くなる打擲に、颯斗は奥歯を噛み締めた。
「っ、……ぅ、ぁ……」
 小さな呻きが口をついてしまう。
 全身に力が入る。そうすると、痛みが増して悪循環だ。
(くそっ……痛ぇ。ウォームアップでこれかよ……)
 じっとしているのがつらくて、颯斗は無意識に体を捩った。
 スパンキングをする手とは反対の手が、動くなというように、背中を押さえつける。
 その間も厳格な平手は止まらない。
 尻全体が熱をもち、じくじくとした痛みが引かなくなった頃、やっと龍哉の手が止まった。
「そろそろ良さそうだね。颯斗、次はどれにしようか?」
 選ばせてあげよう、と龍哉がテーブルの上を示した。
 あえて見ないようにしていた道具が目に入ってくる。
 革のパドル、木のパドル、トォーズ、ベルト、乗馬鞭、ケイン。口枷やクリップも端に置いてある。
 すんでのところで、口から粗野な言葉が飛び出してしまうのを堪えた。
 颯斗の眉間にびしっと縦皺が寄る。余計なことを言わないように下唇を噛んで耐えた。
(メンテスパなのに、このラインナップはなしだろっ! ……考えろ、颯斗。考えろ!)
 ここでチョイスをミスると大変なことになりかねない。
 この中で一番マシなのは革製のパドルだ。でも、それを選ぶのはたぶん間違いだ。
 ――それで本当に、自分の立場を理解できるのかい?
(とかなんとか言われて、マジで酷いことになるよな……)
 だからといって、ケインは絶対に選びたくない。軽く打たれただけでも飛び上がるほど痛い。まさに懲罰用の道具だ。
 メンテナンスとしてなら、そこまでしなくてもいいはずだ。
 木製パドルかトォーズ、ベルトあたりが妥当な気がする。どれも痛い。颯斗はどれも苦手だ。
「颯斗?」
「……っ、トォーズで、お願いします」
 颯斗は目をぎゅっとつむって、声を絞り出した。喉が干上がって、がらがらとしわがれた声しか出ない。
 木製パドルは無理だった。最終的にトォーズとベルトで迷って前者を選んだ。
 トォーズは幅広ベルトに切れ込みを入れて先端が二つに分かれたような形だ。厚さによってだいぶ痛みが違う。薄いものならそこまで痛くないが、厚みがあれば容赦ない痛みが襲い、猛烈に反省させることができる。
「そうか。なら、トォーズにしよう」
 取っておいで、と言われて、颯斗は一旦龍哉の膝から降りた。ローテーブルに置かれたトォーズを両手に持ち、もう一度龍哉の方に向き直る。恭しくトォーズを差し出した。
「これで、……お尻を、叩いてください」
 男の足元に跪いてお尻叩きを乞うなんて、どうかしてる。
 でも、こうしている時、なぜか逃げ出せないのだ。
 もうやめる、嫌だ、頭おかしいんじゃねぇの、と罵倒して、出ていけばいいだけなのに。それができない。
 それどころか、認めたくはないが、ほんの微かに期待が入り混じっていた。

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