僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿 心刃

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第一話

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そこは家の敷地内にある大きな別室だった。
香奈姉ちゃんが、言ってた“あの場所”というのは、ここの事だ。
よく兄貴のバンドメンバーたちが練習する場所として、利用されている。
その証拠に、音楽に使う器具がたくさん備えつけられていた。
僕は、彼女たちを案内するとすぐに明かりをつける。

「ここなら楽器を弾いても騒音問題にならないから、練習にはピッタリだよ」
「ここが、香奈ちゃんが言ってた“あの場所”?」
「そうだよ。ここならミーティングするにも練習するにもうってつけだよ」

近隣の家から少し離れた場所にある部屋のため、騒音問題はまず起きない。

「大丈夫なの? この部屋を使っても」
「騒音問題については、特に問題はないと思う。兄貴も、バンドメンバーを連れてきては、ここで練習とかしてたから」
「そうじゃなくて」
「どうかしたの?」

僕は、思案げな表情を浮かべ奈緒に聞いていた。
奈緒は、神妙な面持ちで部屋の周囲を見やっている。

「ホントにあたしたちがこの部屋を使っても問題ない? あなたのお兄さんが使うってことはないの?」
「その事なら大丈夫だよ。兄貴は、別の場所で練習してるから。最近は、この部屋を使っていないんだ」
「そっか。それなら問題はなさそうだね」
「うん。だから兄貴もこの部屋を勧めたんだと思うよ」
「それじゃあさ。早速で悪いんだけど、君のベースの腕前を見せてくれないかな」

と、女子校前から香奈姉ちゃんたちと一緒にいたツインテールの女の子がそう言ってきた。
あまりに突然の事に僕は

「え?」

と、その場で呆然となってしまう。
香奈姉ちゃんも、ツインテールの女の子の言葉にびっくりしたのか、思わず口を開いた。

「ちょっと美沙ちゃん。…いきなりそれは──」
「だって、彼がどこまでできるのか確認したいじゃん。ここなら騒音で注意されることもないから、ちょうどいいし」
「だけど、いきなりは……」
「別に構わないよ」

香奈姉ちゃんの言葉を遮り、僕は言う。

「弟くん?」
「たしかにメンバーに誘ったのは、香奈姉ちゃんだよ。だけど初めての人にしてみれば、『この人ホントにできるのか?』って言う話だと思うし、この際仕方ないと思う」

僕は、ベースを手に取ると一度かき鳴らし、音源調整を済ませる。

「それじゃ、弾いてみるから、よく聴いててね」

そう言って、僕は演奏をし始めた。

調律よく流れるベースのみの演奏は、みんなにはどう聞こえているんだろうか。
僕自身は絶好調で弾いてるんだけど、こうも静かだと逆に緊張してくる。
そうこうしてるうちに、弾き終える。

「…どうだったかな?」

ご静聴していた四人の女の子は、一様に顔を見合わせていた。

「…まぁ、いいんじゃないかな」
「私は、香奈に任せるよ」
「あたしもリーダーに任せるよ」

どうやら、僕の演奏に文句はないようだ。
香奈姉ちゃんは、どうするつもりなんだろうか。
しばらく香奈姉ちゃんの反応を見ることにする。
香奈姉ちゃんは、悩むこともなく、僕に笑顔を見せて抱きついてきた。
その拍子に、香奈姉ちゃんの膨よかな胸が、僕の顔に当たってしまう。

「…良かったね、弟くん。今日から、うちのバンドメンバーとしてやってもらうからね」
「わかったよ。こんな僕で良ければ力になるよ。みんな、改めてよろしくね」

抱きつかれた状態のままだった僕は、ひきつった笑顔を浮かべる。
いつもの事だが、香奈姉ちゃんに抱きつかれると何もできなくなってしまう。
抵抗して引き離すわけにもいかないし……。
僕は、香奈姉ちゃん嫌われるような事をしたくはないのだ。
香奈姉ちゃんは、すぐに僕から離れる。

「よし。そういう事だから、さっそくみんなで合わせてみようか」
「うん、そうだね」
「新人君も入った事だし、今日はそんな感じでいいんじゃないかな」
「とりあえず、流しのところからやってみる? あたしは別にどっちでもいいんだけどさ」

そう言って彼女たちは、各々楽器を持って準備し始めた。
──さて、僕はどうすればいいんだろうか。

「さぁ、弟くん。私たちに合わせてついてきて」
「う、うん。わかった」

あ……。やっぱり、僕も参加するんだね。
さっそく合わせるなんて、すぐにでも練習したかったんだな。
三人の演奏が始まると、僕はベースを手にして曲に合わせて弾き始めた。
その合奏に合わせて、香奈姉ちゃんの透き通るような歌声が部屋の中に響く。
僕の演奏は、足を引っ張っていないだろうか。
僕の中でそれだけが気がかりとなってしまうが、問答無用で曲が流れていく。
曲は3曲あって、なかば流れ作業的に演奏していった。
みんな文句一つ言わず、自分のパートをこなしていく。
それにもかかわらず、みんなの合奏は不思議と合わさって独特な曲を生み出していった。
いずれの曲も僕には初めてであり、僕はついていくのが精一杯だ。
曲が終わると、みんな揃って息を吐く。

「ふぅ……。まぁ、こんなものかな」
「流しだったけど、いいんじゃない」
「香奈も調子良さそうだったから、問題ないんじゃないかな」
「初めての人がいたけど、ちゃんと合わせてくれたからね。なんとかうまくいったね。これなら本番に間に合うんじゃない?」
「本番って、何の事?」

ツインテールの女の子──美沙が気になることを言ったので、僕は思案げに首を傾げていた。
すると美沙は、僕の顔を見て言う。

「今度、うちのバンドメンバーでライブを行うんだよ」
「ライブ⁉︎ そんな事聞いてないんだけど!」
「あ……。香奈ちゃん、言ってなかったの?」
「うん。言い忘れてた。…ごめんね」
「ううん。別にいいよ。これから説明すればいいだけだし」
「あたしたちは、ライブに出る為に練習してたんだけど、メンバーが足りなくてね。…でも君が加わってくれるなら、何の問題もなく本番に向けて練習できるってわけなんだ」
「それで、どこでライブをやるの?」
「うちらが通っている学校だよ。近々、うちの学校で文化祭があるんだよね。その時に、ライブをやるんだ」
「ちょっと待って! 香奈姉ちゃんたちが通っている学校って女子校だよね?」

もはや錯乱状態だった。
僕は、上ずったような声で訊いていた。
香奈姉ちゃんが通っている学校は女子校で、文化祭などのイベントがある時の男の入場には、チケットが必要になる。

「うん、そうだよ。たしかその日は、弟くんの通っている学校は休みだったよね?」
「うん。その日はちょうど休みだよ」

たしかに女子校の文化祭の日は、男子校は休みになっているけど、それは別にその日に合わせているからでは断じてない。
現に、女子校の文化祭の日はそちらには行かず、男子校の生徒たちは各々で休みを謳歌している。

「だったら何も問題ないじゃない。私たちと一緒にライブをやろう」
「いや……。やるのは構わないんだけど、男が女子校に入るには入場チケットが必要になるんじゃなかったっけ?」
「あ……。そういえば……。必要だったんだっけ? 入場チケット……」

どうやら入場チケットの事をすっかり忘れていたらしい。
香奈姉ちゃんは、呆然とした表情でそう言って頰をポリポリと掻いていた。

「そういえば、チケットが必要になるんだったね。彼…その……」
「…周防楓です」
「そうそう。楓くん。楓くんが入る為には、女子校が発行する入場チケットが必要になるんだよね」
「そんなの当然でしょ。チケットが無ければ彼が入ることができないわよ。そうなったら、ライブどころじゃないわ」
「そんなの、どうやって手に入れるの? 僕には、女子校の女の子の知り合いなんていないよ」

実際、僕には女の子の知り合いは少ない。
香奈姉ちゃんくらいしか、女の子の知り合いはいないと言っても過言ではないし。
たしか入場チケットは、生徒に1枚ずつ渡されるはずだし、香奈姉ちゃんもここにいる3人の女の子たちもライブをやるんだったら、大切な人に見てもらいたいはずだ。

「それじゃ、私が学校側からもらうチケットをあげる。それなら何も問題ないでしょ?」
「え……。だけどそれは、兄貴に渡すはずのものなんじゃ……」
「もういいんだ。私が隆一さんの誘いを断った時点で、もう答えはでてるの。…だから、そのチケットは弟くんにあげることにするね」
「だけど……」
「ああ、もう! 男の子でしょ! ここは素直に喜びなさいよ」

そうは言われても、素直には喜べないかも……。
たしか、女子校ではあるジンクスがあったような気がしたけど。
詳しいことはよくわからないが。

「うん。ありがとう。すごく嬉しいよ」
「それでいいのよ」

香奈姉ちゃんは、そう言って笑顔を浮かべていた。

「──とりあえず話は決まったところでさ、文化祭までは後3週間くらいある。その間、バイトやら文化祭の準備やらで忙しくなると思う」
「そんな事わかっているわよ。要するに、文化祭の準備をこなしながらいつ練習するか──でしょ?」
「そう! 私も出来る限り練習するつもりだけど、みんなで練習となると、なかなか時間が取れないと思うんだ」
「それは、たしかにそうね」
「そこで、しばらくの間は個人練習にしない?」

突然の香奈姉ちゃんの提案に、3人の女の子たちは

「個人練習かぁ~。それも悪くないんだけど……」
「まぁ、文化祭の準備ならしょうがないか」
「みんな、それぞれ忙しくなるしね」

と、神妙な面持ちになる。
まぁ、文化祭の準備ならしょうがないか。僕も、バイトがあるし。

「それじゃ、決まりね。しばらくの間は、バンド活動は個人練習にしましょう。曲合わせするのは土日にしましょう」
「わかったわ。それじゃ、土日にここに集合すればいいのね?」
「うん。それで間違いないよ」
「それじゃ、話も決まった事だし、もう一度曲を合わせしてから解散しようか?」
「賛成!」
「え……。ちょっと待って。まだチューニングが──」

僕の言葉を聞くよりはやく、彼女たちはすでに準備を整えていた。

「ほら、早くして」
「そんな事言われても……」
「なんなら、私がリードしてあげるから」

そう言って香奈姉ちゃんは、僕にぴったりとくっついてくる。

「そんなのいいから! すぐに済ませるからちょっと待っててよ」

照れくさくなった僕は、すぐに香奈姉ちゃんから離れた。
──まったく。
油断も隙もあったもんじゃない。
いつまで僕を子供扱いするつもりなんだ。
こう見えても、僕は高校一年生だっていうのに……。
香奈姉ちゃんより一つ年下ってだけでこの扱いなんだから、たまったものじゃない。
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