上 下
95 / 200
風の国編

儚い花

しおりを挟む

ワイアットはレイメルに戻ってきていた。

朝方、ワイアットは町の外れの墓地にいた。
多くの墓標が立ち並ぶ中、ワイアットはその一つの前に立っていた。

「エイベルが逝ったよ。俺一人になっちまった」

墓地にいるのはワイアットただ一人、そのワイアットの声だけが辺りに響いていた。

「お前の仇を取るどころか、また仲間を失うとはな……」

ワイアットは悲しみの表情を浮かべていた。
墓標は何も言わずにただ佇むだけだ。

「だが……俺は必ずお前らの仇を取る」

そう言うとワイアットはその場を後にした。

ワイアットはアーサル村の住民から情報を聞き出そうとしたが、住民達は関わりたく無いと有力な情報が聞けなかった。

ただワイアットはアーサル村ですれ違った執事風の男に見覚えがあった。
昔ワイアットがクローバル家に食事に行った時にいた執事に似ていた。
確かノアが言うには、その執事は行方不明で、もしかしたらカゲヤマの人質になり、もうすでに殺害されているのではないかとのことだった。

だがエリスを追う手がかりが何も無い以上、この情報だけが頼りだった。
情報を求めてワイアットはクローバル家の屋敷に向かった。


________________



アルフィスとナナリーの2人はレイメルに戻っていた。
黒騎士についての情報が全く無いので動きようがない。

ノアがセントラルから戻るまで待機するのが一番いいが、その間にエイベルのように魔法使いが次々と殺害されていると思うと気が気ではなかった。

そんな二人はレイメルの街中をあてもなく歩いていた。

「黒騎士を探すってもどうする?情報が何も無いが」

「……そうでもないわ」

「どういうことだ?」

「この話の発端はクローバル家にある。だからクローバル家の屋敷に行けば何かわかるかもしれないわ」

「確かに」

アルフィスは考えていた。
クローバル家はアゲハの実家だ。
もしアゲハが戻って来ているなら、アゲハに会うのが一番手っ取り早い。

何よりもアルフィスは黒騎士の剣技がアゲハのものと同一なことが気になっていた。

アルフィスとナナリーの二人はクローバル家に向かった。


________________



クローバル家 門前


アルフィスとナナリーが門前に到達すると、一人の魔法使いが屋敷の方を見て立っていた。
それはワイアットだった。
アルフィスは怪訝な顔で話しかける。

「お前、なんでこんなところにいるだよ。エリス探しに行くんじゃないのか?」

「ん?お前らか……関係無いだろうが」

ワイアットのぶっきらぼうな対応にアルフィスはムッとする。

「お前らこそ、黒騎士を追ってるんじゃないのか?」

「なんの情報も無いからここに来たんだよ」

アルフィスの言葉もトゲがあり、それを聞いたワイアットはアルフィスを睨んだ。
今にも殴り合いの喧嘩になりそうな二人にナナリーがため息をつき呆れていた。

そこに門へ近づいて来た一人のメイドがいた。

「あ、あのー。なにかクローバル家にご用意でしょうか?」

ワイアットがアルフィスを突き飛ばし、そのメイドと向き合った。

「おーアンジェラちゃん!久しぶり!」

「あ!ワイアット様。ご無沙汰しております」

そう言ってメイドのアンジェラはワイアットに笑顔で頭を下げた。
アルフィスが今にもワイアットを殴り掛かりそうだったが、ナナリーはアルフィスの前に出て静かに首を横に振った。

そんなやりとりがあるとも知らずワイアットとアンジェラの会話は続いていた。

「今回の件は大変だったな……アゲハはどうしてる?」

「アゲハ様は数週間前に戻って来られたのですが、カゲヤマ様を探してすぐに出て行ってしまわれました……」

「なんだと……」

この言葉にはアルフィスも驚いた。
アルフィスはカゲヤマという男は一体何者なのか気になった。
アルフィスはワイアットを押し除けてアンジェラに向かい合った。

「なぁ、カゲヤマって奴は何者なんだ?」

「え?ああ、カゲヤマ様はアゲハ様の剣の先生でいらっしゃいます」

アルフィスは納得した。
カゲヤマリュウイチがアゲハの剣の師匠で、アゲハはその師匠の剣である"カタナ"を継承したのだと思った。

「とてもお優しい方で、私達のようなものにもよくしてくれました。あんなお優しい方がなぜ……」

アルフィスが考え事をしている最中、今度はワイアットがアルフィスを押し除けて、アンジェラに向かい合った。

「カゲヤマのことはさておいて、ここの執事も行方不明だったよな?そいつの名前はなんだ?」

「え?ああ、ラムザですね」

「そいつは白髪に上品な顎髭がある男だったと記憶してるが」

「ええ、その通りです。とても礼儀正しくて、アゲハ様が慕っておりました」

ワイアットはその言葉でピンときた。
アーサル村にいた執事風の男はクローバル家の執事であるラムザだと。

「カゲヤマ様とラムザは一緒に出て行かれたのです。"すぐ戻る"と言って……それから行方不明に……」

「その二人は繋がっているのか……」

「繋がっている?確かにカゲヤマ様をクローバル家に連れて来たのはラムザですけど……」

3人は驚いた。
最初は全く関係ないと思っていたクローバル家の執事がカゲヤマリュウイチを連れて来ていた。
ということはラムザがカゲヤマリュウイチを転生させたのではないかと思った。

「あ、そうだ、カゲヤマ様からお手紙をお預かりしておりました。アゲハ様宛でしたが、今回の件の証拠ということで聖騎士にお渡ししていたものが、先ほど返ってきてました」

「返ってきた?証拠品なのにか?」

「はい。意味のないものだろうと」

ワイアットは首を傾げた。
証拠品が返ってくるなんて話は聞いたことがない。

「どういうことだ?」

「ええと、読めなかったそうです。多分意味のない文字だろうと」

そう言ってアンジェラはその手紙をワイアットに渡した。
ワイアットが開いて見てみる。

「確かに。この文字は初めて見る」

アルフィスとナナリーはその後ろで顔を見合わせ首を傾げる。
アルフィスは耐えきれずにワイアット持つ手紙を覗き見た。

「おい、俺にも見せろ」

「はぁ?お前が見てもわかるわけねぇだろが。なんかの暗号かなにかだ」

手紙を見せようとしないワイアットからアルフィスは無理やりその手紙を奪い取った。

「おい!てぇめぇ!なにすんだ!」

「どれどれ……って、なんだよ。読めるじゃねぇか」

アルフィスの言葉に一同驚いた。
聖騎士ですら読めないと言ったものを一瞬見て"読める"とはどう言うことなのか。

驚く周囲をよそに、お構いなしにアルフィスはその手紙を読み始めた。


________________


"きたる春の朝露
"ただそれだけを見て過ごしております
"のはらに咲く花は儚くも美しい
"今私は美しい花よりも儚い花のようです
"せかいは広いがあなたは私と共にある
"きみだけを想い私は強く生きる
"二千年経っても
"いまのこの世界は何も変わってはいない
"クローバル家も変わらず平和でいてほしい。

影山龍一

________________


読み終わったアルフィスは首を傾げていた。
ただアゲハに向けた"お元気ですか"のような手紙で、よく読むと旅立ちの手紙にも見える。

なによりもアルフィスは長い間、見ることが無かった"日本語"を見て懐かしくなった。
しおりを挟む

処理中です...