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土の国編
マーシャの決意
しおりを挟む土の国 中央ザッサム
ダイアス家の屋敷の前にマーシャとイザベラがいた。
マーシャは白ワイシャツに聖騎士学校のスカート。その上に軽装の鎧と大きいワインレッドのマントを羽織る。
大剣の宝具を背負い、腰にはショートソードを差していた。
母のイザベラは緊張の面持ちでマーシャを見ていた。
「初任務か……気をつけて」
「はい。お母様」
イザベラはそのマーシャの返事に驚いた。
それはいつものマーシャじゃない。
凛々しい表情と力強い声だった。
「では、行って参ります」
「ああ」
マーシャがそう言うと馬車に乗り込む。
イザベラはその馬車が屋敷から見えなくなるまでずっと見守っていた。
____________
マーシャはリーゼ王から手紙をもらっていた。
その手紙にあったのは今回の任務についてだった。
土の国は竜血によって地方の村や町が被害を受け、最悪の場合には無くなるという状態だった。
そこに難民も増える中、カイン王がその難民達をザッサムや比較的安全な町に避難させていた。
だが、今その難民の件である事件が発生していた。
"難民が移動中に消えている"
この衝撃的な事件を調査するため、マーシャは派遣されたのだった。
そしてもう一つ、手紙の中には依頼内容があり、それは"アルフォード"なる人物の情報を手に入れること。
この人物は風の国のシックス・ホルダー事件に関与している可能性があるとのことで、調べて欲しいとのことだった。
マーシャ自身は聖騎士としての初任務。
そこでリーゼ王もカイン王も気を遣ってか、ベテランの魔法使いをマーシャのバディとして派遣したとのことだ。
マーシャの不安は一気に加速した。
なにせマーシャはあまり男性の免疫がない。
アインですら、まだ話すのに緊張するくらいなのにまさか面識のない男性といきなりばバディを組むことになるとは思わなかったのだ。
マーシャはその魔法使いと合流するため、一旦ザッサムから少し南西に行ったところにあるジバールを目指していた。
「優しい人ならいいけど……」
マーシャは馬車の窓から砂に覆われた大地を見ながら呟く。
そして数日後、馬車はようやくジバールに到着した。
____________
ジバールは小さな町だ。
もう少し南西に行くと炭鉱町であるムビルークがある。
調査対象となっているのがその炭鉱町周辺の村だった。
マーシャがジバールに到着し馬車を降りる。
町はやはり砂に覆われ、家屋はレンガ作りの家が多い。
町を歩くマーシャは周囲にいる住民に横目を向けるが、皆が俯き生きる力が感じられなかった。
「領主は何をやっているの……」
マーシャは独り言を呟いていた。
町の現状を見るに、この町は明らかに貧困している。
マーシャの感情は悲しさと怒りが入り混じっていた。
そうこうしているうちにバディになる魔法使いと合流地点に到着していた。
そこはこの町にひとつしかない宿の前だった。
その宿のドアの横の壁にもたれかかった1人の魔法使いがいた。
マーシャはその魔法使いを見ると、魔法使いは鋭い眼光でマーシャを睨む。
「あんたがノア団長の後釜か?ガキじゃねぇか」
魔法使いの発言にマーシャは一気に青ざめた。
この魔法使いは絶対に優しくない。
そう思ってしまった。
その魔法使いは短髪に緑色の髪に銀が混ざる。
古臭いベージュのローブに身を包み、腰には中型の杖を差した魔法使いだった。
「は、はい。マーシャ・ダイアスです。あ、あなたがワイアット・スコルピ様でしょうか……?」
「いかにも。俺がワイアットだ」
マーシャは内心、間違いであってくれと思った。
そんな心を見抜いてか、ワイアットはため息をつく。
「まさかガキの面倒を見ることになるとはな……こんなのがシックス・ホルダーになるなら俺でもなれるぜ」
「……」
マーシャはその言葉にひどく心を揺さぶられた。
なりたくてなったわけでは無いというのはもう言い訳でしかないが、"自分なんかが"という劣等感は拭いされていなかった。
「まぁ、任務だから仕方ないが。とりあえず時間はあまり無い。今すぐムビルークへ向かうが問題は?」
「……大丈夫です」
マーシャの暗い表情に再びため息をつくワイアット。
ワイアットはそれ以上何も言わず、先を歩き、町の南西の出口へと向かった。
____________
ワイアットの後ろを歩くマーシャは町の現状を横目で見て歩く。
やはりどこを歩いても変わらず、住民は俯き、すれ違う者の足は重い。
だが皆がマーシャをすれ違いざまに見ている。
聖騎士や魔法使いともすれ違うが、やはりマーシャを見ていた。
そのことにマーシャは少し首を傾げた。
「注目されてるな土の国のシックス・ホルダー」
「え?」
「知らないのか?この国にシックス・ホルダーが数百年ぶりに誕生したってのは、もうデカい噂になってるぜ」
前を歩くワイアットの発言にマーシャの鼓動が早くなる。
まさかこんなに早く噂が広まるとは思ってもいなかったのだ。
「それがダイアス家の呪われた子ってのもな」
「それは……」
マーシャ自身、自分が呪われた子というのは忘れかけていた。
それはアインと出会ったことによるものだった。
しかしそれがまた思い出され涙目になる。
「まぁ俺はなんだっていいがな」
ワイアットがそう言った瞬間、ワイアットの足に何かがぶつかった。
その反動か少しワイアットがよろけた。
「なんだ!?」
マーシャがワイアットの足元を見ると子供が倒れていた。
遊んでいた男の子がワイアットの足にぶつかったようだった。
マーシャは急いでワイアットを払いのけて男の子の前にしゃがみ込むと手を差し伸べた。
「大丈夫?立てる?」
マーシャは男の子が怖がらないようにと笑顔でそう言った。
男の子がマーシャの手を掴もうとするが、男の子の後ろから女性が現れ、マーシャの手を払ってしまった。
「え?」
マーシャは何が起こったのかわからなかった。
女性は鋭い眼差しでマーシャを見ると男の子を抱きかかえて走って路地に消えていった。
マーシャはこの出来事で確信してしまった。
自分は必要とされている存在ではないと。
リーゼ王が言う通り、この国の希望になれればという考えからシックス・ホルダーになったが予想以上に現実は甘くは無かった。
「私は……必要なんでしょうか……?」
別に誰に言ったわけでもない。
ただのマーシャの独り言だった。
ダイアス家は大きい家柄ではあるが、シックス・ホルダーになったのが姉ではなく"呪われている妹"だと知れば、この反応も頷けた。
悲しげなマーシャの表情を見たワイアットは、ようやく口を開いた。
「マーシャとか言ったな」
「は、はい……」
「最初っから認められている奴なんていない。それ以上にマイナスから始まるやつもいる。俺はそんな人間を1人知ってるが、そいつは今では魔法使いの憧れなんて言われてる」
「……」
「あんたの役割は戦いに勝つことだけじゃない。もう戦いは始まってるんだぜマーシャ。この国の希望を目指すなら、ここからの苦難は覚悟したほうがいい」
ワイアットの言葉にマーシャは再び俯いた。
そんなマーシャを見てもワイアットはさらに続けた。
「だが……」
「え?」
「だが、俺があんたのバディになった以上は全力でバックアップする」
「ワイアット様……」
マーシャがワイアットを見る目には涙があった。
ワイアットが思うにマーシャの重積は計り知れない。
一国のシックス・ホルダーで、さらにはこの国においては何百年も存在しなかったのだから。
「今回の任務で自分の存在価値を証明しろ。この"迅雷"が必ずお前を守る」
「……はい!」
マーシャの表情にはもう迷いは感じられなかった。
そしてマーシャはワイアットのことを勘違いしていたことに気づく。
ワイアットはただ口が悪いだけで、しっかりバディのことを考えていた。
一緒に戦っていく者のバックアップは戦いの時だけではない。
お互いの"心の励まし合い"も必要なのだ。
こうしてマーシャはワイアットと共に炭鉱町・ムビルーク方面へ向かうこととなった。
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