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最終章

前進

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ルーキー、水の魔法使いエリクスと火の国出身の聖騎士ティアは初任務のため風の国に入った。

モルノアトラで馬車を降りて、南西の洞窟前にある森に到着する。

時刻は昼過ぎ。
もし魔物がいるとするならば、最も活発に動くであろう時間。
2人は緊張感の中、警戒して森の中を進んだ。

生い茂る木々は太陽の光を遮り、森に入る前までは強く吹いていた風すら感じさせないほど、外界と切り離された世界。
誰が作ったかわからない荒れた一本道を進む。

そんな中、2人は違和感を感じていた。

「動物が……いないようだが……」

「ええ、鳥の声も聞こえないわ」

モルノアトラで別れたボロボロのフードの男性が言っていた言葉。

"ヤバいと思ったら引き返せ"

もうエリクスはすでにそんな気持ちだった。
明らかに、この森の雰囲気は異常。

逆にティアは、もしかしたら名声を上げられるのではないかと興奮気味だ。
もしここで、魔人と出会って、たった2人で撃破できたとなればすぐに有名になる。
それは過去に学生でいた、ある劣等生の話を思い出してのことだった。

「ティア、今回の任務は"森の奥にある洞窟の調査"だ。討伐任務じゃない。洞窟の周囲の安全を確認したら、すぐに撤退する」

「はぁ?何、怖気付いてるの?」

「い、いや、そういうわけじゃ無いよ。ただ、この森は何度も調査されてると言っても、環境なんてすぐに変わる。あの見習いの魔法使いが言っていたように、危険だと判断したら、すぐに引き返すべきだ」

「名を上げるには、強い敵を倒さないといけないわ。何年か前にいたでしょ?魔法使いが一人で魔人を倒したっていう」

「ああ。"魔拳のアルフィス"だろ。一年の対抗戦で優勝した」

「そうそう。ド田舎のベルートだっけ?火の国出身の私でも行ったことないわよ。そんなところの、お坊ちゃんが倒せたなら、私達二人にだってやれないことはないわ」

「……確かに。だけど闘技場をあれだけ破壊した生徒は今までいなかったって先生も言ってたよ。"魔拳"には特別な何かがあるのかも……シックス・ホルダーになったって噂もあるし」

エリクスとティアは2人とも決勝戦を観戦していたが、かなり後ろから見ていたせいで、どちらも"アルフィス"という人物の顔がイマイチわからなかった。

「それはわからないけど、ド田舎の下級貴族が二つ名を手に入れれるくらいよ。私達だって可能性はある」

「そう……だね」

エリクスが、歯切れの悪い返事をしてすぐのことだった。

正面から二頭、犬型の魔獣が姿を現す。
2人はそれを確認すると息を呑んだ。
エリクスとティアにとっては初めての実践だったからだ。

「エリクス、後ろに」

「ああ」

ティアは腰に差したレイピアを抜くと、すぐに構えて、何歩か前に出た。
後方に下がったエリクスも大きな杖を構えて詠唱準備に入る。

二匹の魔獣は歯を剥き出しにし、今にも襲い掛かりそうな雰囲気だった。

「水よ、我が敵を切り裂け……」

「エンブレム!」

エリクスが詠唱を始め、ティアがエンブレムを発動した瞬間、何かを感じた二匹の獣は一気に間合いをつめにきた。

ティアはエリクスへと向かおうとする魔獣の前に立つ。
飛びかかってきた一匹目の魔獣に突きの攻撃。
その攻撃は魔獣の目元を貫き、さらに一瞬で剣を引くと、体勢を低くして首を切り裂いた。

瞬間、ティアの剣の振り抜きの隙を狙い、二匹目の魔獣が飛びかかる。

「水刃!!」

水刃はエリクスの体の横に二つ発生した。
二つの水の刃はティアをかわして大きな円を描くように、魔獣へ向かい、胴体に当たると、それを両断する。

二体の魔獣は地面に転がり動かない。
2人は大きく、深呼吸すると笑みをこぼした。

「どうだ!三年の対抗戦はベスト8だったのよ!私達にだってできる!」

ティアが笑顔で振り向いた。
エリクスも満面の笑みだ。

だが、ティアは、すぐにその表情を崩す。
エリクスはハッとして、自分の後ろにある気配を察知すると振り向いた。

「ガキギガギガ」

"声"なのか判別が難しい音が鳴る。

それは3メートルほどの人型。
上半身が異常なまでの筋肉質で、逆に足元は細い歪な体をしていた。
長いボサボサの黒い髪のようなものが生えているが、それは蛇のようにウネウネと揺れている。
全身が真っ黒で瘴気を放つが、その姿で2人は一瞬で魔人であることを悟った。

「エリクス!!」

「クソ!水の刃よ……う、うぐぁ」

詠唱しようとすると魔人から放たれた瘴気の量に、エリクスが口を押さえて俯く。

魔人は長い髪を揺らし、右手を振り上げると、エリクスの頭、こめかみを拳で殴って飛ばす。
衝撃で横に数十メートルもの距離を吹き飛ばされたエリクスは、凄まじスピードで木に激突した。
頭から大量の血を流しているが、かろうじて意識はあった。

「エリクス!!」

「ティア……逃げろ……」

ティアは動揺していた。
興奮しているのか呼吸が荒く、心臓の鼓動が早い。
魔人に向けて剣を構えているが、あまりの恐怖に手が震える。

魔人は意識を失いそうなエリクスへと、ゆっくり歩いて向かう。
ティアは、"エリクスにトドメを刺そうとしている"と感じた。

その瞬間、ティアは無意識に体が動き、地面を蹴っていた。
目を見開き、剣を前に構えると突きの体勢。
一気に魔人の顔面狙いで、それを放った。

「これでも食らえぇぇ!!」

突きは狙い通り、魔人の頭へ向かう。
しかし、剣は魔人まで届かなかった。

「か、髪の毛……」

魔人の髪が伸びて、ティアの剣をグルグル巻きにし、突き攻撃を止めていた。

魔人がティアの方を見ると、剣を持っている腕を掴むと凄まじい力で、それを握った。

「があああああ!!」

バキバキと骨の砕ける音が響く。
悲痛な表情のティアは、思わず剣を離す。
魔人は、そのまま自分の目線までティアを持ち上げた。
片腕を掴まれたティアは宙吊り状態で、魔人を見た。

その表情を確認しようにも、魔人には顔はない。
どんな感情なのか、はたまたそんなものすら無いのかティアにはわからなかった。

「た、たすけ……」

ティアの頬に涙が伝う。
だが、無常にも魔人はティアの羽織っていた革の鎧を無造作に剥いで捨てると、広げた手を胸の辺り押し当てた。

痛みで意識が朦朧とするティアですら、その行動の意味はわかった。

"心臓を抜かれる"

魔人の爪が服に穴を開け、皮膚に辿り着くと、さらに奥まで入り込んできた。
白いワイシャツの胸元が血で滲む。

「いああああああ!!」

ティアの悲鳴が響き渡る。
そして激痛と悲しみの中、力なく目を閉じた。


だが、魔人の行動は止まった。
ティアは薄目を開けると、周囲の気配を伺っているようで、キョロキョロと首を横に動かしていた。

ティアの額には汗。
それは動いたことによる、体の熱さではない。
明らかに、この森の温度が上昇している。

「な、なに?……凄く……熱い……」

体感もそうだが、目にもハッキリと見えるほどの熱量。
温度がどんどんと上がると同時に、周囲の風景が熱で歪む。

そして、その声は魔人の立つ、後方から聞こえてきた。

「おい、今すぐエンブレムを解除しろ」

男の声だった。
それは聞き覚えのある声。

ティアはエンブレムを解除する。
すると魔人は、すぐに腕を離した。
糸の切れた人形のように、ティアは地面に倒れ込む。

魔人が振り向くと、そこにはボロボロのフードを着た人間が数十メートル先にいた。
ティアも、それを薄目を開けて確認する。

「あ、あんた……なんで……」

「まったく……世話が焼ける。お前らみたいなのが早死にするだよ」

近づくにつれて、その男の着ているフードがゆっくりと炎で燃え、だんだんと姿を現す。

フードが全てのが灰になると、銀色で短髪の男が姿を現す。
その男は魔人に鋭い眼光を向けているのがわかった。
白いワイシャツに黒いジャケット、黒いレザーパンツで、腕には銀色のガンドレットを装着している。
ガンドレットには鋭利な爪があったが、男は構わず両手を握って拳を作る。
その瞬間、ガンドレットから放たれていた赤黒いオーラは、すぐに"黒い炎"に変わった。

「あ、あんたは……一体……」

涙目のティアが思わず口にする。
その言葉に銀髪の男はニヤリと笑った。

「俺は火の国のアルフィス・ハートル。シックス・ホルダーだ」

「シックス……ホルダー……?アルフィスって……まさか」

「そこで大人しく寝てろ」

そう言うと、アルフィスはドン!と蹴るように右足を前に出して地面を踏み締めた。
瞬間、地面に二つの"黒い炎"が線となって走り出す。

それを見た魔人は猛スピードでアルフィスへと向かった。

二つの黒い炎は、魔人を横にかわすと、エリクスとティアへ行き、その炎が2人に到達する。
すると2人の体を一気に燃え上がらせた。

熱さを覚悟して目を閉じる2人だったが、その炎は熱いどころか、先程まであった痛みを完全に消し去り、一瞬で傷を癒してしまった。

「腕が……治ってる……」

ティアが完治した腕を見る。
胸元も触れるが、痛みも傷も無かった。

その瞬間、ズドン!!という轟音が森林内に響き渡る。

ティアが魔人が走った方向に視線を向けると、魔人の胸には大きな風穴が空いていた。
纏っていた瘴気が無くなり、魔人は黒い炎に包まれ、瞬く間に灰となって消えてしまった。

「ま、まさか一撃……?」

それを見届けたティアは緊張の糸が切れたのか、すぐに気を失った。


____________



ティアはモルノアトラの宿で目を覚ました。
窓の外を見ると夜で、星空が見ていた。
少しの灯りが部屋を照らす。

「ティア!よかった!」

ティアが寝るベッドの横、椅子に腰掛けているエリクスがいた。

「エリクス……よかった……無事だった」

「ごめん……僕が油断していたから……」

「エリクスは悪くない。森の異様な気配は感じてたわ……あの魔法使いの言うように引き返してれば……」

そう言ってティアはハッとした。
自分達は、1人の魔法使いに助けられたのだった。

「彼は……アルフィスって人は?」

「ああ、君を背負って、ここまで運んでくれたんだよ。この町に着いたら、急ぐと言って、すぐにレイメルに向かったよ」

「彼がいなかったら……私達は……」

「……」

ティアは、その言葉と同時に涙した。
今の感情は自分でもよくわからなかった。

「彼が言ってたんだ」

「なんて?」

「"弱いのに無理するな"ってさ」

「弱い……私達は弱い……」

そう静かに呟くとティアの心には失望感が充満した。
この世界で"弱い"と言われては、もはや未来は無い。
さらにそれを言っていたのは、この世界で最強のシックス・ホルダー"魔拳のアルフィス"だ。
その最強の男から見て"弱い"と言われては、もはや言葉すら出なかった。

「でも、こうも言ってたんだ」

「え?」

「身体的な強弱じゃない。心の話だと」

「心?」

「ああ。"簡単に負けを認めるな、簡単に生きるのを諦めるな。強い心さえあれば道は開ける"と」

「でも……あんなのに勝つなんて……」

不可能……と言ってしまえば、もうそれまで、永遠に勝てないだろうと思い、ティアは口を閉じた。

「僕達が学ぶべきことは、まだまだ多いよ。強さに上級貴族も下級貴族も関係ない。バディがいるかどうかすらね」

そう言うとエリクスは笑みを浮かべた。

「心の強さ……」

そう呟いたティアは目を閉じて、自分の弱さを恥じ入るとともに、アルフィスが残した言葉を噛み締め、前に進むことを決意するのだった。
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