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英雄達の肖像編

ラルフ・ギュスタスという画家

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ガイが目を覚ますと、いい香りがした。
見たこともない立派な天井。

体を起こして周りを見ると、広い部屋の一番奥に置かれた天蓋てんがいベッドの上だった。
カーテンは四つの柱に結ばれ開いている。

窓の外を見ると、もう夜だった。
部屋は蝋燭が各所に灯って明るい。
中央には丸テーブル、椅子が二つ向かい合わせで置かれており、その一つに人影が見えた。

「ローラか……」

その呟くと、座りながらテーブルに置いた腕に顔を埋めて寝ていたローラが目を覚ます。

「ガイ……ガイ!」

ローラが飛び起きた勢いで椅子が倒れる。
だが、そんなのはお構いなしにベッドに走りよってガイに飛びついた。

「お、おい!」

「よかったー、よかったよー。死んだかと思った……」

「あの程度で死ぬかよ!」

涙目のローラはガイを強く抱きしめていた。
いつもと様子が違うローラに、ガイは応えるように背中をさすった。

「俺は大丈夫だよ」

「よかった……」

そんなやり取りをしていると部屋のドアが開かれた。
入ってきたのはゼニア・スペルシオ。

長い青髪をサイドテールにし、肩にかけている。
くるぶしまである丈の青いワンピースドレスに身を包み、白いハイヒールを履いていた。
胸元の露出が高く、鎧の上からではわからなかった、その大きな胸が谷間をのぞかせて刺激的だった。
スカートは片側が腰のあたりまでスリットで太ももまで見えていた。

「あら、お邪魔だったかしら?」

ゼニアは笑顔でそう言うと、ローラはすぐにガイから離れて俯いて立つ。
その顔は真っ赤になっていた。

「俺は……あの後どうなったんだ?」

「あなたが使った炎の波動で私の鎧と服は原型を留めないほど焼かれてしまった。ギリギリのところで私は波動を使ったけど、使わなかったら灰になってたでしょう」

「そうか……俺は……負けたんだな」

「あなた、駆け出し冒険者と言っていたけど、戦闘はどこで習ったの?」

「習ってねぇよ。俺はベスタって村の出身で、農家なんだ。戦い始めたのも最近だ」

ガイの言葉にゼニアは驚く。
この短期間で、あの身のこなしと波動の属性転換は今までに類を見ない。

「なるほど。凄まじいバトルセンスね。私は子供の頃から剣技や体術を習っていたけど……」

「そうだろうな。全く歯が立たなかった」

ゼニアはガイがいるベッドに近づく。
すると、だんだんと真剣な表情に変わった。

「でも、恐らく私はすぐにあなたには勝てなくなるわ」

「え?」

「あなた、本当に波動数値は"7"なの?私を騙しているんじゃない?戦ってわかった。あなたの波動圧は明らかに100万を超えている」

「……」

「何か隠してるでしょ?」

「俺は……"ワイルド・ナイン"ってやつらしい」

ゼニアは眉を顰めて困惑するが、何かを思い出すように、すぐにハッとした。

「昔、団長から聞いたことがある……まさか、あの話は本当だったの?」

「それは、どんな話だ?」

「この世界で最も強いのは低波動で、さらに数値が"1"のワイルド・ナインという存在。それは世界を支配するほどの力だと。聞いた時は冗談だと思っていたけど……」

「それは初めて聞いたな」

「あの方が冗談を言うはずはない。だけど結局、信じられなくて忘れていたわ」

ローラはそのやり取りについていけずにガイとゼニアの顔を交互に見ていた。

「あなたに興味が沸いた。もう少しお話してたいけど、私も用事があってね……残念だわ」

「そういえば、お父様はなぜお姉様を呼び戻したのです?その格好も関係しているのですか?」

この詳しい話は聞いていなかった。
王都で激務のはずの第一王宮騎士団・副団長のゼニアがなぜ戻って来ているのかローラには疑問だったのだ。

「ええ。この町で開かれてる絵画コンクールの話は知ってる?」

「絵画コンクール?そういえば昨日そんな話を聞いたような……」

「私はそのモデルで呼び戻されたのよ。最後の審査テーマは美人画らしいから。"是非うちの娘を"ってお父様が。まったく面倒ったらないわ」 

「お姉様ならピッタリだと思いますけど」

ローラの言葉にガイは納得だった。
目の前にいるのは長身でスタイル抜群の美女。
これほどの女性をモデルとして絵を描いたとすれば、見る者たちは感嘆の声を上げるだろう。

「最初は断ったんだけどね。でも"王宮画家になる男だから今のうちに"ってお父様がしつこく手紙をよこすものだから仕方なくね」

その言葉はガイは眉を顰めた。

「なんか、そいつが確実に王宮画家になるような言い回しだな」

「どちらも天才画家とは言われてるけど、"ラルフ・ギュスタス"は飛び抜けて凄いって聞いたわ」

「へー」

「ラズゥ家で絵画を見た時は、どちらも上手かったように見えたけど……」

「もう一人の方も上手いって聞いたけど、前回の審査で出した絵が酷かったって聞いてるわ。だからお父様はラルフに描かせるのでしょう」

「酷かった?どう酷かったんだ?」

「それは知らない。私はずっと王都にいて、今日着いたばかりだし」

ガイとローラは顔を見合わせた。
確かにリリアンの屋敷で見た絵はどちらも綺麗で美しく完成度は高かったように思える。
"下手"であることで酷評を受ける要素など微塵も感じなかったのだ。

「じゃあ、私は行くわ。画家を待たせてるの」

そう言ってゼニアは部屋の入り口へ向かうとドアノブに手をかける。
そして、ふと思い出したかのように振り返り、口を開いた。

「ああ、そうだ。ガイ君」

「え?」

「ローラをよろしく頼むわ」

「お姉様……それって……」

「お父様には私から言っておく。それと今、この町で若い女性だけ狙った殺人事件が起こってるから気をつけて」

ただそれだけを笑みを浮かべて言うと、ゼニアは部屋から出ていった。

取り残されたガイとローラ。
2人は再び顔を見合わせると、お互いが何故か顔を赤らめ俯く。

この気持ちが一体なんなのか、この時の2人はわからずにいた。

_________


ゼニアが入ったのは客間の一つ。

窓の外はもう暗かったが、部屋の中は蝋燭が各所に灯り明るい。

部屋はさほど広くはなく、暖炉があるくらいで何も無い。
ここは普段使われていない客間だった。

部屋の中央に二つの椅子が向かい合わせで置かれており、一つの椅子の前にはイーゼルと、その上にかけられた少し茶色かがったキャンバス。
近くには台車もあるが、その上には絵を描くための道具が一式置かれていた。

そして、その椅子の前に立っていた男。
上品なスーツ姿、ブロンドの整えられた髪で、顔立ちも美しい若い男性だった。

ゼニアは"ほう"と笑みを溢す。
それは相手の容姿に対する思いが自然に口に出たものだった。

「申し訳ないわね。こんな夜にわざわざ来てもらって」

「いいえ。まさかスペルシオ家のご令嬢を描く機会を頂けるとは。光栄の極みです」

「ラルフと言ったか。よろしくお願いするわ」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

そう言って画家のラルフは頭を下げた。
格好もさることながら、その丁寧な身のこなしは明らかに平民とは違う。

ただ、一つだけ気になることがあった。
それは首に下げられた物。

「冒険者でもないのに波動石を下げてるなんて。珍しいわね」

「え?ええ。父の形見でして」

笑顔で答えるラルフ。
その波動石の色は青に白が混ざった色だった。
ゼニアはすぐに"氷の波動"の影響を受けて色がついたものだとわかった。

「席にどうぞ。少し時間が掛かるかもしれませんが、その分、完璧に仕上げてみせます」

「そう。それは楽しみ」

ゼニアは笑みをこぼし、ラルフの目の前にある椅子に座った。
ラルフも席に着くと道具を準備し始める。

ここから深夜にいたるまで作業は続いた。
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