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大迷宮ニクス・ヘル編

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クロードとローラはアダン・ダルの領主、オーレル卿の書斎に案内された。

書斎に入るとすぐに酒の匂いが立ち込め、ローラは眉を顰める。

大きな部屋だったが、半分ほど本棚で埋まるだけで、もう半分は殺風景な部屋だった。
部屋が二つに分かれていると言ってもいい。

本棚のある部屋の窓を背にして大きな机が置かれ、手前には客をもてなすためなのか、長めのテーブルと3人がけのソファが向かい合わせで置かれている。

テーブルの上には大量のお酒が入った瓶があり、そのほとんどが半分以下しか入っていなかった。

ソファに深く座って酒を飲む1人の初老の男性がいた。
小太りで上品な白い髭を生やした男性。
髪も白髪だが、頭のてっぺんの髪は全くない。
執事同様にヨレヨレの貴族服に身を包んだ50代ほどのおじさんだった。

「ん?おお!ローラ様、よくここまで来られました!」

「え、ええ……」

オーレル卿はローラに気がつくと笑顔で立ち上がり、少し頭を下げた。
そして促されるまま向かい側のソファへ座るが、その際なぜかローラは首を傾げていた。
クロードはソファの後ろ側へと移動して立った。

「今日はどういうご用件で?」

「それは、僕の方から話しても?」

「ん?あなたは?」

「僕はローラお嬢様の護衛としてお供させて頂いております、クロードと申します」

「クロード?まさか英雄と同じ名前とは」

オーレル卿はニコニコとクロードを見た。
スペルシオ家の護衛となれば失礼があってはならないと感じたのかかしこまる。

「あの依頼の件です」

「依頼?ああ、西の遺跡の件ですかな?」

「ええ。この町に魔物が現れたのいつですか?」

「半年くらい前かな?」

「なるほど。西の遺跡がああなったのも、同時期なんですね?」

「おそらく……そうだったと思いますけど」

オーレル卿の返答がぎこちなくった。
間髪入れずにクロードが口を開く。

「でも冒険者が多く来るようになってよかったですね。半年となれば少し長い気はしますが、攻略されるのも時間の問題でしょう」

「え?」

クロードの言葉にオーレル卿が眉を顰めた。

「いや、貼り出してからほとんど来てないですよ。いつになったら"アレ"が無くなるのか不安で不安で夜も眠れません……」

そう言ってオーレル卿は肩を落として手に持ったグラスに口をつける。
この発言にはローラも困惑していた。
だが、クロードは平然な表情で続けた。

「そうですか……ちなみに魔物の姿を見たのはオーレル卿ですか?」

「いえ、私は見てないです。見たのは"アンナ"ですよ」

「アンナ?」

「さっき会いませんでしたか?」

それは、ここの着いた時に会った褐色肌の女騎士だろうと2人は思った。

「彼女はどうしてここに?」

「ああ、毎日来るんですよ。町の防衛力の話をするためにね」

「"毎日"ですか?」

「ええ。毎日ですけど」

何故かクロードは念を押すように聞いた。
そして少し思考してから口を開く。

「では、"魔物を追い詰めた冒険者"というのも見ていない?」

「見てないですよ。みんなアンナから聞いて、それであの依頼書を作って貼り出したのですよ」

「なるほど」

オーレル卿との会話はこれだけだった。
なぜか婚約者であるはずのローラとの会話はほとんどせずに屋敷を出て来てしまった。

屋敷の敷地を出るために庭を歩くクロードとローラ。

「おかしい……」

「なにがだ?」

「前に会った時は、手とか体とかベタベタ触られたのに……自慢話も多かったわ。"私の土の波動は世界一だぞ!"って」

「恐らく、今は君のことよりも町の現状での不安が大きいのだろう」

「それは、それでショックね……」

「オーレル卿と最後に会ったのはいつだい?」

「半年以上前よ。あたしが女学校を卒業してすぐだから」

「そうか。やはりか……」

「何かわかったの?」

「僕の予想通りなら、かなり厄介な魔物が相手だな」

クロードが眉を顰める。
あまり見ない表情にローラは珍しさを感じた。

「雑貨屋に行こうか。もう少し調べたい」

「え、ええ……」

「どうした?」

「また、忘れられちゃってたらって思うと行きづらいなって……寂しいじゃない」

「そう……かもな」

クロードの暗い表情、それもまた珍しかった。
こんな顔はここまで旅をしてきて見たことはなかった。


________________



昼も過ぎ、中央広場は人で溢れていた。
だが、道ゆく人々はクロードとローラに見向きもせず、ただすれ違うだけ。
それは2人の姿が見えていないが如くだった。

もはや見慣れた雑貨屋に到着すると、クロードが扉を開ける。

いつも通りカランと来店を知らせる鈴が鳴った。
来店は3回目、今日は初めてここに入る。

「いらっしゃい!」

奥のカウンターから女性の声がする。
クロードとローラはケイトであるとすぐに認識した。

「ど、どうも」

ローラがぎこちなく挨拶する。
カウンターにいたのはやはり少し古いワンピースを着た笑顔のケイトだった。

クロードも笑顔で口を開く。

「どうも。ジョシュア君はいるかな?」

「あ、あの、ジョシュアに何かご用でしょうか?」

「こちらの彼女がお尻を触られてね。ここに入って行くのを見たんだ」

それを聞いてケイトは驚く。
そしてすぐに頭を下げた。

「え!?すいません私の弟が!!」

「別にそれはいいんだ」

「……よくないわよ」

ローラがボソリと呟くが、クロードは構わず続けた。

「できればジョシュア君に会いたいんだが、どこにいるのかな?」

「弟は……」

ケイトが何かを言おうとした時、カランと店の扉が開く音がした。
クロードとローラが振り向くと、そこにいたのはケイトの父である少し古い服を着たドミニクだった。

「ケイト、どうしたんだ?この方たちはお客さんかい?」

「お父さん!」

それはケイトの父親であるドミニクだった。
ドミニクはカウンターの方へ向かうと、ケイトからあらかたの事情を聞いた。

「それは申し訳ないことをしたね。謝るよ」

「……」

「私はドミニクという者です。お詫びと言ってはなんですが、この店にある物を半額でお譲りしますよ」

「いや、それはいい。それよりジョシュア君に会いたいんだが」

クロードの言葉にドミニクは無表情になる。
ケイトも同様だった。

「ケイト、ジョシュアは?」

「二階よ」

「そうか」

この会話もリピートされた。
クロードとローラにとっては三度目になる。

「すまないが、今日は店を閉めるんだ。また明日来てくれるかな?」

「わかった。無理を言って申し訳なかったね」

「こちらこそ、ジョシュアが失礼なことをした」

これだけ会話すると、クロードとローラは店を出た。
店の方を少し見ると、ケイトが店の窓にカーテンをかける。

その時、ローラはケイトと目が合った。
その目は無表情に睨んでいるようで、ローラは息を呑んだ。

「な、なんなのよ……」

「今日は、もう一つ確かめておく事がある」

そう言ってクロードは"陽の位置"を見た。
もう夕方というところだった。

「そろそろだな」

「まだ、何かあるの?」

「ああ。この町の入り口へ行く」

「え?」

2人はすぐに中央広場から町の入り口へと移動した。

もう日が沈みそうな頃だった。
そこは最初にナイト・ガイのメンバーが町へと入った場所だった。

「ここに来てどうするの?」

「もう少しか……」

クロードがそう言った瞬間、すぐに背後に気配を感じる。

「きゃ!!」

ローラの小さい悲鳴がし、2人が後ろを振り向くと、そこには綺麗な服を着た少年がニコニコしながら立っていた。

それは、この町に着いた時にローラのお尻を触った少年。

「このクソガキ!!また触ったわね!!」

ローラが激昂すると、少年はそそくさと走って町の方へと逃げていく。
それを追いかけようとローラは走りだそうとするが、クロードに手を掴まれて止められた。

「追っても無駄だ」

「どうしてよ!!」

「恐らく、一日目と同じ結果になる」

「え?」

ローラは唖然とした。
思い出してみると少年は一日目も同じ時間に、同じ場所でローラを触っていた。

「間違いないな。天獄姉妹てんごくしまい……魔幻夢まげんむニクス・ヘルだ。果たして一体誰が夢を見てるのか……」

それは魔物の名前だろうとローラでも容易に想像できた。
だが、あまりにも禍々しい名に身震いするほどの恐怖心をローラは感じたのだった。
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