共学の学校にもしも男子が1人しかいなくなったら?

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8. 揺れる気持ちと舞台の灯

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文化祭が一週間後に迫り、クラスは毎日遅くまで準備に追われていた。

演劇班も例外ではなく、放課後の教室は舞台セットや小道具、衣装が積み上がり、まるで秘密基地のような賑やかさに包まれていた。

その中で、涼は一つの違和感に気づいていた。

美咲を見るたび、胸の奥がざわつくのだ。

稽古中に手が触れたとき、目が合ったとき、何気ない言葉をかけられたとき――小さな瞬間が、いつまでも頭から離れない。まるで、舞台の上の“彼氏役”の気持ちが、少しずつ現実に染み出してきているようだった。

(……まさか、俺、本当に美咲のこと……?)

そんな自問自答を繰り返しているうちに、ある日、演劇の通し稽古が行われた。

教室の端には、他クラスの友人たちが見学に来ており、いつもよりも張り詰めた空気が流れていた。

涼の出番は終盤。舞台の中で、美咲が演じるヒロインに心の内を吐露し、抱きしめるシーンがある。

(演技だ。これは、演技…)

何度もそう自分に言い聞かせながら、涼はセリフを口にする。

「俺は、誰にも心を開けなかった。でも、お前だけは…違った。お前が笑うたびに、俺の世界が変わっていった。」

そして、そのセリフのあと――

美咲が、涙を浮かべながら涼を見つめていた。演技だとわかっているのに、その瞳はあまりにも真っ直ぐで、涼の心に強く突き刺さった。

予定通り、二人はそっと抱き合う。

教室の隅から、静かな拍手が起きた。

「すごい…本物のカップルみたいだった…」

「なんか泣きそうになった…」

周囲の感想が耳に入るたび、涼の胸はざわついた。

(これって、演技…だけじゃない気がする)

放課後、道具を片付けながら、美咲がそっと涼の隣に立った。

「今日の演技、すごくよかったね。」

「…ああ。美咲も…泣いてた?」

「うん。役になりきっちゃったのかも。」

言葉はそれだけだった。だが、言葉にしなくても、ふたりの間には確かな“何か”が生まれ始めていた。

文化祭当日。校内は色とりどりの飾りつけと活気に満ちていた。

涼のクラスの教室前には「演劇:きみに咲いた光」という看板が掲げられ、観客用の長椅子がずらりと並べられていた。開演30分前にもかかわらず、すでに多くの生徒たちが集まり始めていた。

涼は、舞台裏の仮設控室で衣装を整えていた。学ラン風の衣装に身を包みながら、心は不思議と静かだった。

(ここまで来たら、もう逃げない)

稽古を重ねてきた日々。美咲と向き合ってきた時間。どれもが、ただの“演技”以上の意味を持っていた。

そして、今なら――

「涼、準備できた?」

控室のカーテンが開き、美咲が現れた。制服をアレンジしたヒロイン役の衣装に身を包んでいて、まるで舞台の世界から抜け出してきたかのようだった。

「うん。美咲も…綺麗だよ。」

「え…?」

思わず出た本音に、美咲は驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく笑った。

「ありがとう。…涼も、かっこいいよ。」

その一言で、涼の鼓動は早鐘のようになった。



開演のベルが鳴り、観客の前で演劇が始まった。

照明の下、物語は淡々と進んでいく。涼も美咲も、まるで舞台に生きる“もう一人の自分”になっていた。

そして、クライマックスのシーンが訪れる。

心を閉ざしていた少年が、ヒロインに想いを伝える場面。稽古通り、セリフを口にするだけ――のはずだった。

だが、涼はその一瞬、自分自身の言葉を選んだ。

「…俺は、ずっと怖かった。誰かに本当の気持ちを話すのが。嫌われるのが、拒絶されるのが怖かった。」

静まり返る教室。観客も、美咲も、涼を見つめていた。

「でも、お前がいてくれたから、俺は変われた。笑えるようになった。…だから――これは演技じゃない。本当に、ありがとう。好きだよ。」

セリフの一部を、本当の想いに変えた。

美咲の目が揺れ、何かを飲み込むようにしてから、ゆっくりと口を開いた。

「…ありがとう。わたしも、あなたに出会えてよかった。」

予定された脚本ではなかった。

でも、観客の拍手は大きく、温かかった。



舞台が終わったあと、涼と美咲は裏庭のベンチに並んで座っていた。誰もいない静かな空間。

「…さっきの告白、本気だったの?」

「うん。」

涼は正面を向いたまま、力強く答えた。

「演技のつもりだった。でも、何度も練習してるうちに、自分の本当の気持ちがわかってきたんだ。」

「…私も、嬉しかった。ちゃんと伝えてくれて。」

美咲の声は、震えていた。でも、その手はそっと、涼の袖を掴んでいた。

「これからは、演技じゃなくても、隣にいてくれる?」

「もちろん。」

その日、舞台の灯が照らしたのは、演技の結末ではなく、ふたりの新しい始まりだった。
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