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「それじゃあ、彰久君の大会優勝を祝って……乾杯!!」
「「「かんぱーい!!」」」
鏑木空手道場では宴会が開かれていた。彰久がアマチュア格闘大会で優勝したことへの祝賀会なのだが、ただ酒を飲む口実が欲しいだけなのではないかと勘ぐってしまうくらいには思い思いに話に花を咲かせている。
「それにしても、こんなに短期間で2度も宴会を開かせるとは。おまえもやるねえ」
彰吾がにやにやと笑いながら彰久を見ている。
「まあな!俺の実力にかかればこんなもんだよ!」
「ははっ。言うじゃねえか」
彰吾の笑顔を見ていると、彰久はほっと安心する気持ちになる。
「親父。それでプロ格闘家になるっていう話なんだけどさ……」
「ああ?今更その話を蒸し返すのかよ」
「いまさら、って……」
「だってそうだろ?こうして大会で優勝して、いずれ来るオファー待ちで。いまさらプロにはなりません、なんていったらお前に負けて言ったやつらにだって失礼だろうが!」
自分に負けて言ったやつら。そう言われて彰久はどきりとする。後ろめたく思う必要なんてないはずなのに、どうしても考えてしまうのは十郎太のことだ。
「だから、いまさらどうこう言うつもりはねえよ!まあ、うちの店はうちの店でどにかするから、お前は気兼ねなく自分の隙にしていいんだぜ?」
「……それなんだけどさ。俺は、自分の店も継ごうかと思ってるんだ」
「ああ?どういうことだよ」
「だってほら、俺が格闘家として有名になったらうちの店だって繁盛するかもしれないだろ?『あの千葉彰久が経営する店』とか言われてさ。だから……」
彰吾の手が伸びてきて、彰久の頬を軽くつねった。
「おめえはほんっと馬鹿だな!そんな理由で格闘技やってたのかよ!?」
「い、痛ぇってば!違うって、そんなんじゃなくて……」
「じゃあなんだってんだよ」
「それは……。……やっぱり、自分より強いやつが居るんだなって思ったら、悔しかったし、もっと強くなりたいと思ったからだ」
「……ふうん。そうかい。まあいいけどな。でも、うちの店を経営しながら格闘家の訓練、なんてできるわけねえだろ。若いからってなんてもかんでもできると思い込んでるんじゃねえよ!」
彰吾は呆れたように言ってはいるが、その内心では息子の成長を感じ取っていた。
「親父なら分かってくれると思うけど、プロになったとしてもずっとトレーニングばかりしている訳じゃないし、試合に出られる回数だって限られてるだろ?だったら親父のそばでサポートしながら鍛えていきたいんだよ」
「なるほどな。まあおまえがそうしたいってんなら止めねえけどな」
「ありがとう、親父」
「ただし条件があるぞ。お前が本当にやりたいことを見極めて、そいつをやり遂げてから帰ってこい。それが約束できないんなら、俺は許さないからな!」
「分かった。必ず成し遂げてみせるよ」
彰久は拳を握り締めて誓う。
(こいつも成長してるんだな。……いや、昔からこういうやつだったか)
彰吾から見て彰久は、責任感が強くて。そして、なんでも自分で背負いこんでしまう息子だった。千里のことも、鏑木空手道場のことも、千葉酒店のことも。彰久は人よりはるかに秀でている男ではあるが、それでも何もかもを背負い込むには若すぎる。若すぎるからこそそれを無茶だと思わないでやろうとしてしまう。いつか彰久が潰れてしまわないだろうかと、心配しているのだ。
その彰吾の肩がたたかれる。そこにいるのは正義だ。
「お前が何を考えているのかはわかるけどな、彰久君なら心配いらないだろう!もしも駄目だったとしても俺とお前で全力で支えてやればいい!それが父親としての役目ってもんじゃないか?」
「そりゃあそうだが……。おまえがそこまで言うとは思ってなかったぜ」
「ははっ。私をただの脳筋だと思っているのか?俺だってちゃんと考えてるさ。彰久君はきっと大丈夫だ。彼の目はしっかりと前を向いていた。お前に似て芯の強い子じゃないか!」
「ははっ。違いねぇ!」
そう言い合って2人は豪快に笑った。
楽しそうに酒盛りを始める二人の父親をしり目に、彰久はあたりを見渡した。そこに千里と真理の姿はなかった。
(二人ともどこに行ったんだ?)
もしかしたら台所にいるのかもしれない。何か手伝えることがあるかもしれない。そう考えた彰久は立ち上がって道場を出た。
「おい、ちょっとトイレに行ってくる!」
2人にそう声をかけてから、彰久は廊下を歩いていく。階段を下ると、薄暗い空間が広がっていて、その先に明かりがついているのが見える。その先に台所がある。そこには誰もいないが、勝手口の扉がわずかに開いている。
(外に出たのか?あいつら二人で何してるんだろう……)
不思議に思いつつも、彰久は扉を開いて外へ出た。外は月明りに照らされており、夏ということもあってあまり暗くはない。前と同じ駐車場。そこに千里と真理の姿はあった。
「……ねえ、千里。聞いてほしいことがあるの」
「どうしたのよ、お姉ちゃん。改まって」
二人は真剣なまなざしで見つめ合っている。
「あたしさ、ずっと悩んでたことがあってさ……」
「悩み?お姉ちゃんが?珍しいね。それで?」
「うん。あのさ、実は……」
意を決したように息を吸い込み、そして真理は大きく吐きだす。
「婚約をするの!」
「ええええええ!?」
千里は驚きの声を上げて目を大きく見開く。
「相手はどんな人なの!?」
「それが、同じ大学生の同級生なんだけど……。最近よく話すようになって、今日告白されたの」
「おおお……。おめでとう!良かったじゃん!!」
千里の声はうわずっている。それほどまでに姉のことが好きなのだろう。
「ありがとう!……でね、就職して生活が安定したら、結婚するって話になってるの。だから、それまで待ってほしいって言ったんだけど……」
「あー、なるほど……。そういうことか……」
千里は頭を抱えてその場にしゃがみこむ。千里は真理が結婚するという事実にショックを隠せないでいるようだ。
「……真理姉が結婚するのか」
千里は大丈夫だろうか。自分の姉が結婚して生活が変わってしまったらショックを受けないだろうか。そうしたらまた、不安障害を起こしてしまわないか。そんなことばかりが頭をよぎっていた。
「「「かんぱーい!!」」」
鏑木空手道場では宴会が開かれていた。彰久がアマチュア格闘大会で優勝したことへの祝賀会なのだが、ただ酒を飲む口実が欲しいだけなのではないかと勘ぐってしまうくらいには思い思いに話に花を咲かせている。
「それにしても、こんなに短期間で2度も宴会を開かせるとは。おまえもやるねえ」
彰吾がにやにやと笑いながら彰久を見ている。
「まあな!俺の実力にかかればこんなもんだよ!」
「ははっ。言うじゃねえか」
彰吾の笑顔を見ていると、彰久はほっと安心する気持ちになる。
「親父。それでプロ格闘家になるっていう話なんだけどさ……」
「ああ?今更その話を蒸し返すのかよ」
「いまさら、って……」
「だってそうだろ?こうして大会で優勝して、いずれ来るオファー待ちで。いまさらプロにはなりません、なんていったらお前に負けて言ったやつらにだって失礼だろうが!」
自分に負けて言ったやつら。そう言われて彰久はどきりとする。後ろめたく思う必要なんてないはずなのに、どうしても考えてしまうのは十郎太のことだ。
「だから、いまさらどうこう言うつもりはねえよ!まあ、うちの店はうちの店でどにかするから、お前は気兼ねなく自分の隙にしていいんだぜ?」
「……それなんだけどさ。俺は、自分の店も継ごうかと思ってるんだ」
「ああ?どういうことだよ」
「だってほら、俺が格闘家として有名になったらうちの店だって繁盛するかもしれないだろ?『あの千葉彰久が経営する店』とか言われてさ。だから……」
彰吾の手が伸びてきて、彰久の頬を軽くつねった。
「おめえはほんっと馬鹿だな!そんな理由で格闘技やってたのかよ!?」
「い、痛ぇってば!違うって、そんなんじゃなくて……」
「じゃあなんだってんだよ」
「それは……。……やっぱり、自分より強いやつが居るんだなって思ったら、悔しかったし、もっと強くなりたいと思ったからだ」
「……ふうん。そうかい。まあいいけどな。でも、うちの店を経営しながら格闘家の訓練、なんてできるわけねえだろ。若いからってなんてもかんでもできると思い込んでるんじゃねえよ!」
彰吾は呆れたように言ってはいるが、その内心では息子の成長を感じ取っていた。
「親父なら分かってくれると思うけど、プロになったとしてもずっとトレーニングばかりしている訳じゃないし、試合に出られる回数だって限られてるだろ?だったら親父のそばでサポートしながら鍛えていきたいんだよ」
「なるほどな。まあおまえがそうしたいってんなら止めねえけどな」
「ありがとう、親父」
「ただし条件があるぞ。お前が本当にやりたいことを見極めて、そいつをやり遂げてから帰ってこい。それが約束できないんなら、俺は許さないからな!」
「分かった。必ず成し遂げてみせるよ」
彰久は拳を握り締めて誓う。
(こいつも成長してるんだな。……いや、昔からこういうやつだったか)
彰吾から見て彰久は、責任感が強くて。そして、なんでも自分で背負いこんでしまう息子だった。千里のことも、鏑木空手道場のことも、千葉酒店のことも。彰久は人よりはるかに秀でている男ではあるが、それでも何もかもを背負い込むには若すぎる。若すぎるからこそそれを無茶だと思わないでやろうとしてしまう。いつか彰久が潰れてしまわないだろうかと、心配しているのだ。
その彰吾の肩がたたかれる。そこにいるのは正義だ。
「お前が何を考えているのかはわかるけどな、彰久君なら心配いらないだろう!もしも駄目だったとしても俺とお前で全力で支えてやればいい!それが父親としての役目ってもんじゃないか?」
「そりゃあそうだが……。おまえがそこまで言うとは思ってなかったぜ」
「ははっ。私をただの脳筋だと思っているのか?俺だってちゃんと考えてるさ。彰久君はきっと大丈夫だ。彼の目はしっかりと前を向いていた。お前に似て芯の強い子じゃないか!」
「ははっ。違いねぇ!」
そう言い合って2人は豪快に笑った。
楽しそうに酒盛りを始める二人の父親をしり目に、彰久はあたりを見渡した。そこに千里と真理の姿はなかった。
(二人ともどこに行ったんだ?)
もしかしたら台所にいるのかもしれない。何か手伝えることがあるかもしれない。そう考えた彰久は立ち上がって道場を出た。
「おい、ちょっとトイレに行ってくる!」
2人にそう声をかけてから、彰久は廊下を歩いていく。階段を下ると、薄暗い空間が広がっていて、その先に明かりがついているのが見える。その先に台所がある。そこには誰もいないが、勝手口の扉がわずかに開いている。
(外に出たのか?あいつら二人で何してるんだろう……)
不思議に思いつつも、彰久は扉を開いて外へ出た。外は月明りに照らされており、夏ということもあってあまり暗くはない。前と同じ駐車場。そこに千里と真理の姿はあった。
「……ねえ、千里。聞いてほしいことがあるの」
「どうしたのよ、お姉ちゃん。改まって」
二人は真剣なまなざしで見つめ合っている。
「あたしさ、ずっと悩んでたことがあってさ……」
「悩み?お姉ちゃんが?珍しいね。それで?」
「うん。あのさ、実は……」
意を決したように息を吸い込み、そして真理は大きく吐きだす。
「婚約をするの!」
「ええええええ!?」
千里は驚きの声を上げて目を大きく見開く。
「相手はどんな人なの!?」
「それが、同じ大学生の同級生なんだけど……。最近よく話すようになって、今日告白されたの」
「おおお……。おめでとう!良かったじゃん!!」
千里の声はうわずっている。それほどまでに姉のことが好きなのだろう。
「ありがとう!……でね、就職して生活が安定したら、結婚するって話になってるの。だから、それまで待ってほしいって言ったんだけど……」
「あー、なるほど……。そういうことか……」
千里は頭を抱えてその場にしゃがみこむ。千里は真理が結婚するという事実にショックを隠せないでいるようだ。
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