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彰久が優勝した。その事実に。優勝した時の彰久の喜びように、由香里は興奮を覚えていた。すっかりと日も沈んだ頃に家へと帰り着き。そのころにはテンションががくっと落ちていた。
「ただいまー」
扉を開けると、友梨佳が出迎えた。普通の母親のように「おかえりなさい、ごはんできてるわよ」なんていう朗らかな感じではなく。
「由香里!いったい何時だと思ってるの!いくらなんでも遅すぎでしょう!?」
相変わらずのヒステリーを爆発させている。
「遅すぎって、まだ七時にもなってないでしょ」
「まあまあ、お母さん。落ち着いてよ。ご飯冷めちゃうよ?」
「あなたは黙ってなさい!」
「はいはい。わかったよー」
友梨佳の剣幕に、父親であるケントは肩をすくめて引き下がる。いつも通りの光景に、由香里はため息をつく。
「いい加減にしてよ。お父さんだって遅くなるときあるじゃん」
「そうだけど、こんなに遅いのは滅多にないじゃない!」
「そんなこと言ったって……」
「いいから早く手を洗ってきてちょうだい。食べちゃうわよ」
「ああ、もう……!」
「はいはい。お腹空いたよね?急ごうね」
「……」
友梨佳は怒ったような表情を浮かべたまま台所へと向かう。そんな母親の背中を見つめながら、由香里はため息をついた。
「お腹空いてるんでしょう?食べようよ」
「そうだね」
食卓につくと、既に四人分の食事が用意されていた。由香里と沙耶の分。友梨佳とケントの分だ。
由香里の父親であるケントはアメリカから日本に来て、友梨佳と結婚をしてこの家に暮らしている。アメリカからやってきた理由は、仕事の関係らしい。詳しいことはよくわからない。
だから由香里はハーフであり、髪の色が金色なのもそのためだ。
(お父さんはお母さんのどこが良くて結婚したんだろう?)
由香里はそんな疑問を抱かずにはいられなかった。
「いただきます」
「いただきます……」
由香里と沙耶が手を合わせると、遅れて友梨佳とケントも合掌した。
「ん~、おいしい!やっぱり、お母さんの料理は最高だねー」
「ありがとう。でも、あなたが作ってくれたハンバーグだって美味しかったわよ?」
「そう?えへへ、ありがと」
友梨佳の言葉に、嬉しそうに微笑むケント。そんな二人を見て、由香里は複雑な気分になった。
(どうして私の作ったハンバーグより、お母さんが作ったハンバーグの方がおいしく感じるのかな……)
そんなことを考えてしまうのだ。別に料理が下手というわけでもない。むしろ上手い方だとは思うのだが、なぜか由香里が作るよりも友梨佳やケントが作る方がずっとおいしいと感じてしまう。
「どうしたの、由香里ちゃん。食欲ないの?」
「あ、うん……。ちょっと疲れたみたい」
「大丈夫?無理しない方がいいんじゃ……」
「平気だよ。ごちそうさま」
心配そうな顔の友梨佳に笑顔を向けてから、由香里は立ち上がった。
「先に部屋に行ってるね」
「ええ、ゆっくり休みなさい」
「はーい」
由香里はそう返事をすると、自室へと向かった。
「ふう……」
ベッドの上に寝転がると、大きく深呼吸をした。
「疲れてるなぁ……」
体を動かして疲れているわけではない。精神的に疲れているというか。なんだかとても嫌な予感がするというか。とにかく、うまく言えないけれどモヤモヤとしたものが胸の中にある感じだ。
「彰久君、かあ……」
自分のやりたいことと全力で向き合って、自分の夢に向かってただまっすぐに進んでいる。その輝きは、由香里にとってまぶしいものに。まぶしすぎるほどに見えた。
「私に、あんな風にできるかな……」
思わず呟いてしまった言葉に、由香里は自分で驚いてしまった。
(なんでそんなこと言っちゃったんだろ)
あの輝きは、自分にはできない輝きだ。由香里はそう思っていたはずなのに。いつの間にか自分も彰久と同じように輝けるんじゃないかと思い始めていたことに気が付いてしまう。
もちろん、そんなことはないとわかっている。でも、それでも心のどこかで期待している自分がいるのも確かなのだ。
「私ってほんと馬鹿なのかも」
そんなことを思いつつ苦笑していた。
***
「ただいま!」
彰久たちと別れて、小百合は家に帰り着いた。
リビングの明かりがついており、父と母がなにか言い争っている声が聞こえてくる。
「どうしたの?お父さん、お母さん」
心配になった小百合がリビングに行くと、二人はちょうど口論を終えたところだった。
「あら、おかえり」
「おう」
母と父が同時に口を開く。それから父は何かを誤魔化すかのように咳払いをしてから、言った。
「小百合、座りなさい」
父に言われ、ソファーに座る。母はキッチンの方へと行ってしまった。
「実はな……父さん、北海道に転勤することが決まったんだ」
父の突然の言葉に、小百合は耳を疑うしかなかった。母がお茶を持ってくるまで呆然としたまま固まっていたくらいだった。
「……えっ?」
やっと出てきた言葉がそれだ。頭が混乱していて何を言えばいいのか全く分からない状態だった。
せっかく雄介と付き合えたのに。せっかく彰久がプロ格闘家への道を踏み出し始めたというのに――
気が付けば小百合はぼろぼろと涙を流し始めていた。
アマチュア格闘大会の夜はこうして更けていく。さまざまな思いを乗せて――
「ただいまー」
扉を開けると、友梨佳が出迎えた。普通の母親のように「おかえりなさい、ごはんできてるわよ」なんていう朗らかな感じではなく。
「由香里!いったい何時だと思ってるの!いくらなんでも遅すぎでしょう!?」
相変わらずのヒステリーを爆発させている。
「遅すぎって、まだ七時にもなってないでしょ」
「まあまあ、お母さん。落ち着いてよ。ご飯冷めちゃうよ?」
「あなたは黙ってなさい!」
「はいはい。わかったよー」
友梨佳の剣幕に、父親であるケントは肩をすくめて引き下がる。いつも通りの光景に、由香里はため息をつく。
「いい加減にしてよ。お父さんだって遅くなるときあるじゃん」
「そうだけど、こんなに遅いのは滅多にないじゃない!」
「そんなこと言ったって……」
「いいから早く手を洗ってきてちょうだい。食べちゃうわよ」
「ああ、もう……!」
「はいはい。お腹空いたよね?急ごうね」
「……」
友梨佳は怒ったような表情を浮かべたまま台所へと向かう。そんな母親の背中を見つめながら、由香里はため息をついた。
「お腹空いてるんでしょう?食べようよ」
「そうだね」
食卓につくと、既に四人分の食事が用意されていた。由香里と沙耶の分。友梨佳とケントの分だ。
由香里の父親であるケントはアメリカから日本に来て、友梨佳と結婚をしてこの家に暮らしている。アメリカからやってきた理由は、仕事の関係らしい。詳しいことはよくわからない。
だから由香里はハーフであり、髪の色が金色なのもそのためだ。
(お父さんはお母さんのどこが良くて結婚したんだろう?)
由香里はそんな疑問を抱かずにはいられなかった。
「いただきます」
「いただきます……」
由香里と沙耶が手を合わせると、遅れて友梨佳とケントも合掌した。
「ん~、おいしい!やっぱり、お母さんの料理は最高だねー」
「ありがとう。でも、あなたが作ってくれたハンバーグだって美味しかったわよ?」
「そう?えへへ、ありがと」
友梨佳の言葉に、嬉しそうに微笑むケント。そんな二人を見て、由香里は複雑な気分になった。
(どうして私の作ったハンバーグより、お母さんが作ったハンバーグの方がおいしく感じるのかな……)
そんなことを考えてしまうのだ。別に料理が下手というわけでもない。むしろ上手い方だとは思うのだが、なぜか由香里が作るよりも友梨佳やケントが作る方がずっとおいしいと感じてしまう。
「どうしたの、由香里ちゃん。食欲ないの?」
「あ、うん……。ちょっと疲れたみたい」
「大丈夫?無理しない方がいいんじゃ……」
「平気だよ。ごちそうさま」
心配そうな顔の友梨佳に笑顔を向けてから、由香里は立ち上がった。
「先に部屋に行ってるね」
「ええ、ゆっくり休みなさい」
「はーい」
由香里はそう返事をすると、自室へと向かった。
「ふう……」
ベッドの上に寝転がると、大きく深呼吸をした。
「疲れてるなぁ……」
体を動かして疲れているわけではない。精神的に疲れているというか。なんだかとても嫌な予感がするというか。とにかく、うまく言えないけれどモヤモヤとしたものが胸の中にある感じだ。
「彰久君、かあ……」
自分のやりたいことと全力で向き合って、自分の夢に向かってただまっすぐに進んでいる。その輝きは、由香里にとってまぶしいものに。まぶしすぎるほどに見えた。
「私に、あんな風にできるかな……」
思わず呟いてしまった言葉に、由香里は自分で驚いてしまった。
(なんでそんなこと言っちゃったんだろ)
あの輝きは、自分にはできない輝きだ。由香里はそう思っていたはずなのに。いつの間にか自分も彰久と同じように輝けるんじゃないかと思い始めていたことに気が付いてしまう。
もちろん、そんなことはないとわかっている。でも、それでも心のどこかで期待している自分がいるのも確かなのだ。
「私ってほんと馬鹿なのかも」
そんなことを思いつつ苦笑していた。
***
「ただいま!」
彰久たちと別れて、小百合は家に帰り着いた。
リビングの明かりがついており、父と母がなにか言い争っている声が聞こえてくる。
「どうしたの?お父さん、お母さん」
心配になった小百合がリビングに行くと、二人はちょうど口論を終えたところだった。
「あら、おかえり」
「おう」
母と父が同時に口を開く。それから父は何かを誤魔化すかのように咳払いをしてから、言った。
「小百合、座りなさい」
父に言われ、ソファーに座る。母はキッチンの方へと行ってしまった。
「実はな……父さん、北海道に転勤することが決まったんだ」
父の突然の言葉に、小百合は耳を疑うしかなかった。母がお茶を持ってくるまで呆然としたまま固まっていたくらいだった。
「……えっ?」
やっと出てきた言葉がそれだ。頭が混乱していて何を言えばいいのか全く分からない状態だった。
せっかく雄介と付き合えたのに。せっかく彰久がプロ格闘家への道を踏み出し始めたというのに――
気が付けば小百合はぼろぼろと涙を流し始めていた。
アマチュア格闘大会の夜はこうして更けていく。さまざまな思いを乗せて――
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