夏の終わりに

佐城竜信

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「ちわーっす!千葉酒店です!ご注文のお届けに来ましたー!」
「あら、彰久ちゃん。ご苦労さま。お店のお手伝い?偉いわねえ」
配達に来た彰久を出迎えてくれたのは昔からの顔見知りのおばあちゃんだった。
「いえいえ、そんなことないですよ!配達くらい誰にでもできますって!」
そう言いながらも、彰久は満更でもない表情をしている。おばあちゃんはそんな彰久の様子を見てニコニコしながら言う。
「あらあら、今どきおうちのことくらい誰でもできるなんて言える男の子は珍しいわよ?やっぱり彰久ちゃんはいい子ねえ」
「いやいや、それほどでもないですよ!」
おばあちゃんの言葉に、彰久は思わず照れる。昔からこのおばあちゃんには可愛がってもらっていたこともあり、褒められるとついつい調子にのってしまうのだ。
(まあでも……悪い気はしないな)
そんなことを考えていると、おばあちゃんがにこにこしながら言った。
「夏休みだからおうちのことお手伝いしてるの?偉いわねえ」
「いやあ、それほどでもないですよ!うちの親父がぎっくり腰なんてやらかしたせいなんですけど」
「あらあら、そうなの?お父さん大変だったわねえ。お大事にって伝えておいてちょうだいね」
「はい!あ、それで注文の品ですけど……」
そう言って彰久が注文票をおばあちゃんに見せる。普段よりも多く注文をしているようだ。もしかして、これは。
「あの、息子さんとかが帰省するから、たくさん作るんですか?」
「ああ、そうなのよ。うちの子達はいつも飲みすぎちゃうからね。……まあ、それもこれもお父さんが飲むせいでもあるんだけれど」
(やっぱりな)
彰久は思わず苦笑を浮かべた。このおばあちゃんの息子さんは、うちの親父と気が合うらしい。たまに飲みに出かけることもあるし、そのときは決まって大量の酒を買って帰るのだ。
まあ今日はぎっくり腰で寝てないといけない親父に代わって俺が代わりに配達しているわけだし、多少多めに注文されようが構わないのだが……
(それにしても結構な量だな)
渡されたメモを見ながら、彰久はそんなことを考える。
「それじゃあこれ、注文の品です」
そう言って彰久はおばあちゃんに伝票を手渡した。そして注文されていたビールをケースから取り出し、おばあちゃんに渡していく。
「どうもありがとう。ごめんなさいね、自分で買いに行ければいいんだけど。重くて私じゃ持てそうになくてね」
「いえいえ、全然そんな!気にしないでください!」
彰久は笑顔で言う。その笑顔を見て、おばあちゃんも微笑んだ。
「さすが男の子ねえ」
そう言うと、おばあちゃんは慣れた手つきでビールを運び始めるのだった……。
「そういえば彰久ちゃんはお店を継ぐの?」
おばあちゃんはビールが入ったケースを運びながら、ニコニコした表情のまま言った。
「えっ?あ、いや……俺は……」
「昔から彰久ちゃんのお家にはお世話になってたからねえ。お店がなくなっちゃうのは寂しいけど、彰久ちゃんが継いでくれるなら安心できるわ」
おばあちゃんの言葉を聞き、彰久は思わず苦笑する。
「いやあ……俺はそんなつもりないですよ……」
そんな様子の彰久を見て、おばあちゃんは意外そうな表情になった。
「あらそう?もったいないわね」
「そうですかね?別に店を継がなくても、普通に働いてるだけで充分生活できると思うんですけど……」
「それもそうねえ」
おばあちゃんは納得した様子で頷いた。それから少しだけ真面目な表情になって言う。
「私たちは彰久ちゃんのお家に生活を支えてもらってるから、お店がなくなるのはちょっと不安になっちゃうのよ。だから彰久ちゃんには、将来はおうちの跡を継いでほしいなって」
「まあ、そのへんは親父と話し合って決めた方がいいとは思いますけどね……」
そう言って苦笑する彰久をおばあちゃんはしばらく見つめた後、またニコニコとした表情に戻った。
「それじゃあ俺はこれで失礼します」
彰久は代金を貰いおばあちゃんに会釈をすると、再び自転車を走らせる。
(千葉酒店が生活を支えてきた……か)
おばあちゃんの言葉を思い出しながら、彰久は自転車を走らせた。
その後も配達に回る先で彰吾がぎっくり腰になったから彰久がしばらくは配達をすることを言って回った結果、同じようなことを言われた。
(そりゃあそうだよな、駅前のデパートじゃ配達はやってないもんな……)
そう思いながら、彰久は自転車を走らせる。そうして配達先の最後の一軒に到着した。
「ちわーっす!千葉酒店です!」注文の品を届けに来ましたー!」
そう言いながら玄関のチャイムを鳴らすが、中からはなにもきこえてこない。留守かと思ったが、明かりはついているようだ。
この家は男性が一人で住んでいる。もう八十歳を超える高齢で、歩くのもやっとという様子だった。だが、酒を飲むことが辞められず、彰吾が苦言を呈していることも知っていた。
彰久はもう一度チャイムを鳴らすが、やはり返事はない……
(もしかして倒れてるんじゃ)
不安に襲われた彰久だったが、とりあえず玄関の戸を開けてみることにした。すると鍵はかかっておらず、扉は簡単に開いたのだった。
「お、おじいちゃん……!?」
玄関先で倒れている老人に彰久は思わず声を上げた。慌てて駆け寄り抱き起すも、気を失っているようだ。
「大丈夫か!?おじいちゃん!」
大声で呼びかけるが、返事はない。彰久は必死に考えた末、昔自分が教わった人工呼吸を思い出した。
(確か……こうやって胸とあごを広げて……)
そんなことを思い出しながら、老人の顎を上向きにさせ、心臓マッサージを開始する。だがすぐに違和感に気づく。それは、老人の胸から下、つまり心臓の脈動が伝わってこないことだった。
(まさか……)
嫌な予感に思わず表情をこわばらせる彰久だったが、救急車を呼ぶために一旦人工呼吸をやめ、スマホを取り出した。
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