夏の終わりに

佐城竜信

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とうとう夏祭りの日になった。彰久と正志は待ち合わせをして鏑木空手道場に向かっている。
「ごめんね、彰久。でも空手道場ってなんか怖そうでさ……」
正志は申し訳なさそうにそう言った。わざわざ自分を駅前まで迎えに行ってから空手道場を目指さなくてはならない。その手間をかけていることに、申し訳なさを感じているようだ。しかし彰久はそんな正志に向かってにっ、と笑みを浮かべた。
「気にすんなって!こういうのも楽しいしさ!」
そう返事をすると、二人は顔を見合わせて笑うのだった。
「でも、別に空手道場って言っても怖い場所じゃないぞ?それに正志だって、なんども正義さんと会ってるんだから顔は知ってるだろ?」
「まあ、確かにそうだけど……」
そんな会話をしているうちにあっという間に道場に辿り着いた。正志が恐る恐るといった様子でドアを開けると、怒声が聞こえてくる。どうやら門下生たちが練習をしているようだ。
「やっぱり、ちょっと怖いかも……」
正志は顔を引きつらせて、そう呟いた。
「大丈夫だよ!俺がいるんだから!」
そんな正志に、彰久は笑いながらそう言ったのだった。そして道場へと入ると門下生たちが声をかけてくる。
「おう、久しぶりじゃないか彰久!」
「どうしたんだよ、最近練習に来てなかっただろ?」
「ああ、親父がぎっくり腰やっちゃってさ。代わりに配達に回ってたんだよ」
そんな彰久の言葉に、門下生たちは納得したように頷いている。
「なるほどな……。まあ、お前だったらいつでも歓迎するからまた来てくれよ!」
「おう!ありがとう!」
そんな会話をしていると奥の方から千里が顔を覗かせてくる。
「いらっしゃい、二人とも!浴衣の用意はできてるから早く着替えちゃお!」
「ああ、わかった。それじゃみんな、また今度練習の時に!」
そうして二人は鏑木家の居住スペースへと向かった。彰久と正志は鏑木家に集合して浴衣を着ることにしていたため、二人が購入した浴衣は千里に預けてあった。
「いらっしゃい、二人とも」
真理は二人の浴衣を手入れしながら、笑顔で出迎えてくれた。
「あ、お姉さんありがとうございます!浴衣、すごくおしゃれで嬉しいです」
正志は嬉しそうにそう言っている。そんな彼の様子に真理も嬉しそうだ。
「ありがとうね、二人とも!それじゃ千里はこっちで着替えましょうか。正志君は彰久君に任せちゃっていい?」
「はい、大丈夫です!」
真理と千里は隣の部屋に行ってしまい、正志は彰久と二人で残された。
(うわっ!彰久と二人っきりになっちゃったよ……どうしよう)
緊張する正志と違って、彰久はなんでもないという様子で浴衣の用意を始める。そんな様子に少しがっかりしてしまうが、
「よし、じゃあ着替えるか。正志、服を脱げ」
そう指示されて正志は慌てて返事をする。
「わ、わかった……」
(なんかドキドキしてきたよ……)
そんなことを考えていると、彰久が不思議そうに声をかけてきた。
「どうした?早く始めようぜ」
「う、うん!」
そんなやり取りをしながら彰久は正志に浴衣を着せていく。正志の浴衣は、青地に白いあじさいの柄が入ったものだった。
「おっ、似合ってんじゃん!」
彰久は正志の浴衣を見てそう言った。
「そうかな?なんだか大人っぽくてちょっと恥ずかしいかも……」
(でも……)と心の中で思う。いつもとは違う自分になれた気がして、少しだけ嬉しいと感じていた。
「よし、じゃあ帯を巻くぞ」
「う、うん……」
帯を巻いてもらうために後ろを向いていると、彰久が話しかけてきた。
「正志さ、なんかあったのか?」
(え……?)
そんな言葉に驚いて、思わず振り向いてしまう。すると目の前には真剣な表情をした彼がいた。心配そうな眼差しでじっと見つめてくる彰久に、思わず心拍数が跳ね上がる。
「な、なんで?別に何もないけど……」
(なんでそんな顔して見つめてくるの……?)
そんな正志の思いなどお構いなしに、彼は続ける。
「本当に何もなかったのか?」
まるで心の中を見透かされているようで、なんだか怖い……そんな気持ちになりながら、正志はなんとか返事をした。
「い、いや。だからなにもないって!」
「そうか?ならいいんだけどさ。困ったことがあったら言えよ?」
「う、うん……。ありがとう……」
そんな会話をしているうちに、帯も締め終わったようだ。これで正志は浴衣を着て着替えることが出来たのだった。
(困ったこと、って……。彰久が格好良すぎて二人きりになったから緊張してる、なんて言えないよ……)
そんなことを思っていた正志だったが、着替え終わったのを見計らって彰久が声をかけてきた。
「よし、じゃあ俺も着替えちゃうからちょっと待っててな」
「うん……」
彰久は正志に見られているというのに堂々と着替えを始める。
(うわっ……!)
彰久の鍛えられた身体を見て、思わずドキッとする。そしてそんな彼が今自分の目の前で下着姿になっているという事実にドキドキして仕方がなかった。
そんな正志をよそに、彼はズボンを脱いでパンツ一丁になり浴衣を着始めた。その様子を正志がじっと見つめていると、不意に彰久と目が合う。
「なんだよ?」
不思議そうに問いかけてくる彼に、言い訳するかのように慌てて返事をする。
「いや……なんでもない」
そんなやり取りをしながら着替えを終えた二人は真理たちを待つことにしたのだった。その間もずっとドキドキしっぱなしで、どうにかなってしまいそうだったのだが――
「お待たせ、二人とも!今着替え終わったから入って来て!」
真理がそう言いながら襖を開けた。その瞬間、さっきまでのドキドキは一瞬で消え去ったのだった。
(よかった……)
そんな正志の気持ちなど露知らず、二人は和気あいあいと会話を始める。
「うん、千里。浴衣よく似合ってるぞ。やっぱり女の子の浴衣姿は可愛いなー」
「そ、そうかな……?あたしとしては彰久の浴衣姿も似合ってると思うよ!」
そんな二人の様子を見ていると、さっきまでドキドキしていた自分が馬鹿らしく思えてくる。
(ああもうっ!なんで僕がこんな気持ちにならなくちゃいけないんだよ……!)
そんな二人を見ているとなんだか悔しくなってきてしまったため、正志はわざとらしく大きな声を出した。
「もう!二人とも、早くお祭りに行こうよ!」
そんな正志の言葉に二人ははっとしたように答える。
「ああ、そうだな」
「うん、行こう!」
(まったく……二人とも僕の気持ちも知らないでイチャイチャしちゃってさ……!)
そんな二人に呆れながら、三人は鏑木家から出て行ったのだった。
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