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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

15,仕事の合間にまた仕事

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ナナシは自分の部隊に戻り、事務仕事にとりかかっていた。
部隊長という職は何かと忙しく、自分で暗殺に出向くこともあれば部下の訓練や報告書の確認なども行わなくてはならない。そのせいでナナシの日常はかなり慌ただしかった。
(うへぇ……面倒くさいなぁ)
書類に目を通しながら、ナナシは心の中でぼやく。53歳の彼はそろそろ老眼が始まっているため、細かい文字を読むのは苦手なのだ。
「……ナナシ様、少し休まれたらいかがですか?」
そんなナナシの様子を見て、彼の秘書を務めている少女、シライ・エリカが心配そうに声をかけてきた。エリカは背が低くて東洋人ということもあって十代の少女に見えるが、これでもれっきとした三十歳手前の女性である。
(ハクタケさんといい、本当に東洋人って神秘だよな)
ともすれば60代に見られてしまうことすらあるナナシとしては羨ましい限りだ。
「いやいや、大丈夫だ。それよりも次の任務について教えてくれないか?」「わかりました」
エリカは手に持っていた資料を机の上に広げる。そこにはいくつかの名前が書かれていた。
「まずはこの人物ですが……」
「ああ、こいつか」
ナナシはその名前を知っていた。最近、裏社会を騒がせている大物だ。
「こいつは……」
「はい、かなり凶悪な殺し屋として有名です」
「ああ、わかっている」
その男は殺人や強盗などの罪で何度も逮捕されているにもかかわらず、いつも証拠不十分で釈放されてしまう。そのことから『法の番犬』と呼ばれる警察機関が捜査に乗り出したが、そのすべてが失敗に終わった。そのため、いつしか人々の間ではこう呼ばれるようになった。
「通称、『亡霊』」
「亡霊、ねえ……。おじさんあんまりホラー系統って得意じゃないんだけどなぁ」
エリカの淡々とした口調に、ナナシは思わず苦笑する。
「そういえば、お前さんは幽霊とか平気なタイプなのか?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「ふーん、意外だな」
「ただ、そういう非科学的なものは信じていないだけです」
「ほー、なるほどなぁ」
ナナシは感心しながらうなずく。
「……ナナシ様はどうなんですか?」
「ん?まあ、怖いっちゃあ怖えけど、別にそこまで嫌いでもないかな」
「そう、なんですね……」
「……ん?どうかしたか?」
「いいえ!なんでもありません!」
急に声を大きくして否定するエリカにナナシは首を傾げる。しかし、彼女はすぐに別の話題を振ってきた。
「ナナシ様。こちらの件は誰かに任せますか?それとも……」
「自分でやる、といいたいところなんだがな。もう少しでカジノもオープンするから、一か月の間はかかりきりになりそうなんだ。商戦の間は一日の休みもなく働け、っていう上からのお達しもあるしさ。だから今回はパスさせてもらうよ。悪いね」
「いいえ、お気になさらないでください」
「うん、ありがとう。それじゃあ、この話は終わりにして次いこうか。えっと……この人は……」
それからしばらくの間、ナナシとエリカはカジノオープンに向けて様々な準備を進めていった。
「それとナナシ様、こちらが商戦に参加される方々の一覧表です」
「おっ、ありがとよ。どれどれ……」
ナナシはエリカと一緒に商戦の参加者名簿を確認していた。
(へぇ、結構有名な人がたくさんいるんだな)
商戦に参加できる人間はマクドウェルファミリーの傘下の組織と繋がりがある者に限られるのだが、それでもかなりの人数が参加しているようだ。
大企業が名を連ねている。優勝を狙っているようなところもあれば、自分たちのセールを重ねることで知名度をアップさせることを目的としているところもある。
「特に目立つところはこのくらいかな」
一つ目は『マクドウェルファミリー本社』。その名前が示す通り、マクドウェル・ファミリーは彼らの本拠地だ。代表者として現会長の息子が率いている。二つ目が『株式会社・大海原』。マクドウェル・ファミリーとは違った方向性で大きなシェアを獲得している企業だ。その代表である社長の娘が今回のイベントに参加するらしい。
(さすが大手。金を持ってるだけあって規模が違うな)
だが、それだけではない。
「三つめは『マクドウェル警備保障株式会社』だな」
「ですが、そこは警備部門なのでは?」
「ああ、普通ならそうだ。だけど、この会社は普通の会社とは違うんだよ。簡単に言えば、戦闘に特化した警備会社だ。構成員のほとんどは傭兵や用心棒だし、腕利きの社員が揃ってる。しかも、全員が幹部クラスだ」
「それはすごいですね」
「だが、金を稼ぐ手段に乏しいから、本来なら今回の商戦に出てこれる様な立場じゃないはずなんだが……」
「何か事情がありそうですね」
「ああ、おそらくな」
ナナシは少し考えるそぶりを見せる。
「それにしても、よくこれだけ集めたもんだ。……ん?四つめは『マクドウェルファミリー支社』か。現会長の孫娘が経営している会社みたいだな」
親子で別々の会社から参加してくるというのは珍しい。
「どうお考えになられますか?」
「さあなぁ。あるいはタッグを組んでくるのかもしれないな。まあ、いずれにしてもうちのような新規参入のカジノが勝てるような相手ではないかもしれないが……」
「どうなさいました?」
「いやぁ。ゴルディの奴は本気で勝みたいだからな。爺さんとしては若い奴の夢を応援してあげたい気持ちがあるんだよなぁ」
「確かに、彼はかなりやる気になっているようですね」
「ああ、そうだな」
ゴルディはカジノオープンの準備をしている間もずっと、仕事に没頭し続けていた。まるでカジノのことしか見えていないかのように。
「そんなにギャンブルが好きなんですかね」
「うーん、俺もあいつの仕事っぷりを見ている限り、好きってわけでもなさそうなんだがな」
「では、どうしてそんなに必死に仕事をされているんでしょう?」
「……わからないな」
ナナシは首を横に振る。
「ただ、一つ言えることがあるとすれば、あの男にとっては絶対に負けられない戦いだってことだろうな」
「それってどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味があるってことだ。まあ、今はまだ知る必要はないと思うぞ」
「……わかりました」
エリカは渋々と引き下がる。
「さて、もうすぐ昼時か。飯にしようぜ」
「はい、そういたしましょう」
二人は連れ立って部屋を出た。
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