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ポーションの飲んだくれ。2

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 突然の出来事に、定員は顔色を悪くしてその場で腰を抜かしてしまったのだが、レイラは違った。少女の元へといち早く駆け寄り、傷の具合から打ちどころ、その他怪我に対しての応急措置を取るための確認を済ませた。

「シヴィー! あんたのポーション貸して! 腕が切れてるわ。きっと、ガラスが割れた時に引っかかったのよ!」
「いや、その心配はない」
「はぁ!? 傷口が深くて出血してるわ! このままじゃ危ないじゃない!」
「その辺の常人だったらそうだろうな。まぁ、見ててみろ」
「見ててみろって、怪我人を前にしてその態度はないんじゃないの!?」

 シヴィーは何かを察している様子で、血を垂れ流す少女を見ている。しかし、本来ならば怪我人にポーションを飲ませて治療や、救助を行うのは調合師の仕事のはずだ。だが、シヴィーはそれらを行わずに見ていろと言うのだ。

 レイラがシヴィーを頼るのはわかるが、このような緊急事態が目前で起きているのに対し、『なにもしない』シヴィーに怒るのも無理もない。

「安心しろ、そろそろ傷口が塞がってるはずだ」
「な、なに言って……うそ、本当に塞がってる!」

 そう、少女は事前に多数のポーションを飲用している。そのため、治癒のポーションを飲んでいたことをシヴィーはガラス越しに見ていたのだ。しかし、『その辺の常人』とはどういう意味だったのだろうか。

「おーい、傷は塞がったぞ。隠れてないで出てきたらどうだ?」
「……だ、大丈夫だったのですか?」
「あぁ、さっき治癒のポーションを飲んでたみたいでな。外に放り出されるまでに、効果が出てて良かったな」
「よ、よかったぁ。これで、殺人沙汰になっていたら自分はどうなることか……」
「強引に引っ張るからだ。それで、この子はいくつポーションを飲んだんだ?」
「えっと、治癒のポーションが……8個ですね」

 商人ギルドの提供する治癒のポーションは1瓶、銅貨10枚だ。

「そうか、銀貨1枚渡すから。あと2つ治癒のポーションを」
「わ、わかりました。しばしお待ちください」

 銀貨を渡すと、店員はそそくさと店の中へと消えていく。それを見ていたレイラは、シヴィーがお金を持っていることに疑問を抱いたのか、ずかずかと肉薄すると、

「あんた……そのお金はどこから湧いたのよ!?」
「ちょ、近い近い!?」
「っう……それで? そのお金はなんなのよ」
「昨日、冒険者ギルドに俺のポーションを売りつけたんだ。それのお金だって」
「はぁ!? 先に返す相手が目の前にいるでしょ!? なに考えてんのよ! この無頓着!」
「──い、いたい! スネを蹴るなって!」

 そうこうしている間に店員が追加のポーションを抱えて走ってきたので、一時的にではあるが、レイラからの蹴り地獄から解放されたシヴィーであった。そして、少女を背負うシヴィーと、頬を膨らませて怒っているレイラは、当初の目的であった朝食を諦めて帰宅することにした。そろそろマスターがレイラを迎えに来る時間だったこともあり、仕事を与えてもらう側からしたら不在なんて失礼なことはできない、と、そそくさと足を進める事となったのだ。



 ~冒険者ギルドの寮~

 ふたりが寮に着く前にマスターが来ていたらしく、机の上で泡を吹いて突っ伏していた。

「「…………」」

「あ、おかえりなさい! どこいってんたですか? まだ寝てるとばかり思って起こしにいったのですが……」
「あー、いや。ちょっと散歩をだな……んで、何があった?」
「ふふふ、それはこの僕が! 説明しよう!」

 なんだろうこのデジャヴ。

 昨晩のレイラと同じような内容をぺらぺらと喋るアルティミスと、どうしたらいいかわからずにいたリリーは謎料理を隠していた。

「また、か。リリー、おめぇは今日から鍋調合も料理も禁止だ」
「わ、わかりました……何度も何度もすいません……」
「か、彼女は悪くない! 悪いのは料理、だ!」
「その料理を作った本人も悪いと思うのは、私だけなのかな?」
「……ま、まぁ。そういうこともある! だが、リリーさん! 諦めたら駄目だ! 諦めたらそこで試合終了なんですよ!」
「アル。おめぇはリリーの料理がそんなに食べたいんだな?」
「あ、いや……こ、この僕が! そ、そそそそんなこと思ってなど……」

 結論、リリーに鍋調合も料理禁止令が発令されたのだが、反対する者はいないようだった。

「そ、それで! シヴィー君の背負っているロォォッリ! は、どこからさらってきたんだい?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれ。いろいろとあってな、保護したんだ」
「ほんっと、すぐにトラブルに飛び込んでいくんだから……」
「そんなに呆れる事か? なんで、いっつも俺が悪いみたいになるんだ」
「当り前じゃない! あんたが、勝手に声を掛けに行かなければこうなってなかったかもしれないじゃないの!」
「そ、それは……否定できない点が多いが──」
「まるでお人形さんみたいですね。寝顔が作り物みたいで可愛らしいです」

 シヴィーの背中で眠る少女に興味を示したアルティミスとリリー。しかし、少女のフードに違和感を覚えたアルティミスが無理やりフードを脱がせようとするのだが、そこはシヴィーがプライバシーを大事にしろとげんこつを放った。

「さてと、マスターはまだ起きないのか?」
「私も気が付いたら真っ暗な時間だったわよ……」
「そろそろ、スタァァァンドアァァァップ! するんじゃないかな?」
「いちいちうるせぇよ、アル」
「で、でもなんか賑やかで好きですよ? アルティミスさんの喋り方」

 どこが。

 シヴィーとレイラは、考えが一致したらしく苦笑いを浮かべていた。すると、長い時間少女を背負っていたシヴィーに限界が近づいてきたようで、ソファーに少女を横たわらせた。

「んじゃ、お顔を拝借するとしますか」
「なんでプライバシーがどうとか言ってたあんたが、そういうことしてんのよ!?」
「え、あ!? そうだっけ!?」
「そうだっけじゃないでしょ!? この馬鹿!」

 今度は、フードを脱がそうとするシヴィーに対して、レイラが怒り狂い始めてしまった。
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