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92話「入学試験 その1」
しおりを挟むその日の夜、ベットに横になっていたニケは疲れていたのかすぐに寝息をたて始めた。そんな横顔を、ベットの端に座りながらミーチェが眺めていた。すっかり成長してしまった弟子に対し、思うところでもあるのだろう。
「とうとう私を追い抜いたのか……
思えばなんで弟子にしたのだろうか、今となってはわからないな。そして、お主と初めて出会ったあの日から全てが変わった、本当に感謝しているのだぞ?」
返事が返ってくるはずもない横顔にささやくミーチェは、どこかしら寂しそうな顔をしていた。
どこか寂しそうに、それでいてどこか楽しそうに。そんなミーチェが考えているのは父の顔だった。昔から一緒に生活をしていた父がいなくなってからと言うもの、孤独を突き通しながら森からあまり出ようとしなかった――ニケと出会うまでは。
ニケと出会って、村を救い、そして旅にでた。やがて仲間が増えて、旅は楽しくなった。
旅はこんなに楽しかっただろうか。
ふと思い返す父との旅。あの旅に意味はあったのか、ただ協会を恐れて逃げ出したのではないだろうか。ユッケルで過ごし始めてから考えるのを止めていた辛い過去。母親が殺され、父親と王都へ逃げた記憶。
今となってはどうでもいいことに感じる。
大切なもの。
ただその言葉に胸が熱くなるものを感じながら、寝息を立てる弟子の頭を撫でた。
「ほんと、お主といると世界が変わって見える。
なにかあれば、お主はすぐに飛び出していく。いずれ、私の下からも飛び出して行ってしまいそうで心配だぞ……」
撫でられて幸せそうに微笑むニケ。
優しく撫でる手。
嬉しそうな笑顔。
幸せ、ただその一言だった。
顔を近づけーーその頬にキスをした。
「おやすみ、ニケ。
明日から入学試験が始まるから、頑張るのだぞ」
そう言うとミーチェはベットから離れ、部屋を出て行った。
誰もいない部屋の中、少し照れくさそうな顔をしながら少年は何もない虚空へ、
「ありがとう、師匠」
と。呟いた。
朝日が窓から差し込む。
眩しさと共に、頬を舐める相棒に起こされたニケ。白いもふもふに顔を埋め、肌寒さを和らげようとしたがその毛皮は雪の如くひんやりとしていた。
「シロ……冷たい!」
ぴょんっと飛び起きると、寝巻きから普段着へと着替える。そして、部屋の扉を開け、廊下へと足を踏み出す。
今日から入学試験だ。
まるで高校の受験をしたときと同じような緊張感に駆られながら、廊下を歩き玄関を目指した。
外に出ると、そこは辺り一面雪で覆われていた。たった一晩で積もった雪とは思えないほどの光景。掻き分けられた屋敷の前のベンチで王とミーチェが話しをしていた。だが、邪魔をするのは悪いと思い、ニケは食堂へと足を向けることにした。
食堂には先客がいた。
赤い長髪のポニーテールに、茜色の瞳。美形の顔立ち、以前どこかで見たような気がする。
そんなニケに気が付いたのか、彼女は勢いよく立ち上がると此方を指しながら、
「なんで君がここにいるのよ! 貴族でもなんでもないでしょ!」
と。再会早々に声を張り上げられた。
対するニケは、やれやれといった感じに肩を落とし無言のまま席に着いた。
「なんで無視するのよ……」
心なしか寂しそうなオーラを醸し出し始める彼女。
「はぁ……なんでって、俺は西の魔女の弟子だからだよ」
「っは! そんな嘘に騙されるほど馬鹿ではないわ」
これ以上何を説明すればいいのだろうか。
ふとした事から顔見知りではあるが、身の上話をしたことがない上に相手の事も不明の状態。こんな状況下に置かれ、なおかつ嘘と決め付けられては説明のしようがない。そして、なによりなぜ彼女がここにいるのか。ただそのことだけが、ニケの中で引っかかっていた。
しかし、彼女の最初に口にした言葉。「貴族」という単語が気がかりでもある。
貴族以外ここに入れないのかな。
そう考えると納得がいく話である。彼女は貴族で、どこからしらの名家の出なのだろうと。
「それで? 本当はなんでここにいるのよ」
「だから、西の魔女の弟子って言ってるじゃん……」
「まだそれ言うの?」
「まだって、事実だし。別に嘘なんてついてないし」
その後も何度も説明を求められたが、「西の魔女」としか答えなくなったニケに対し興味をなくしたのだろう、彼女は話しかけてこなくなった。
無言のまま気まずい雰囲気に呑まれ、朝食を済ませたニケは王とミーチェの下へと行くことにした。
なぜかその後ろについてくる彼女のことは、もうこの際無視でいいだろう。
そう考えながら玄関を出て、王とミーチェの座るベンチを目指した。
「起きたか、ニケ」
「朝からなにを強張った顔をしておる。もう少し肩の力を抜くがよい」
2人に声を掛けられ、ニケは頭を掻きながらミーチェの隣に座った。すると、王は目の前に佇む彼女に目を向けると、
「ふむ。朝から入学試験の試験官とご対面をしておったとはのう」
「試験官? この人がそうなんですか?」
「うむ。彼女は魔法学校在籍の一年生主席の生徒だ」
王の説明に、ニケは少し驚いた様子で彼女を窺った。目が合うと、彼女は胸を張りながらふんっと息を吐き出した。紹介されたのが嬉しいのか、その頬は若干の茜色を帯びていた。
「私の名前は、エレナ・テルフィオーレ。公爵家の三女であり、魔法学校一年生の主席です」
胸に手を当てながら、エレナは高らかに自己紹介をして見せた。纏うオーラからお嬢様のような雰囲気は感じ取れるが、どことなく庶民のような口ぶりに違和感を感じるニケであった。
流石に三女と言うこともあり、放任されて育ったのではないだろうか。しかし、家名を背負う身としてそれはないと思うが、王都の城下町を自由に歩き回るのはいささか自由過ぎなのではないだろうか。
そんな事を考えていると、3人の目線がニケに集まった。
どうやら自己紹介をしなければならないようだ。
「お、俺はニケ・スワムポール。西の魔女の弟子だ」
「……それって、本当なの?」
「うむ。ニケは私の弟子だぞ?」
「そ、そうなんですか」
本人の言うことだ。流石に確信をもてたのか、エレナのニケを見る目が少し変わっていた。
そして、今日の試験官であるエレナを前に、ニケは少し引き締まった表情を見せるのであった。
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