JOKER

いしもりえりか

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ガヤガヤとうるさい、きらびやかな空間に顔をしかめながら、会場の隅でシャンパンをたしなむ女。
その空間に紛れるため、黒のカクテルドレスを着ているが、そもそも女の容姿は目立つもので。男性の多くの視線を独占しているといっても過言ではない。 

「…あと、2分。」

そう呟いた女は、ウエイターに空いたグラスを渡し、目標が射程圏内に入るぎりぎりまで近付く。わざとハンカチを落とし、拾う為にしゃがみつつブレン・テンに指をかけた。
きっかり2分。会場が暗闇に包まれ、突然のことに会場中で悲鳴が上がる。その騒ぎと暗闇の中、女はターゲットの眉間に一発…撃ち込んだ。

「─…До свидания. 」

女は暗闇に紛れ、会場を後にする。およそ1分にも満たない出来事。
女が立ち去った後…照明が復旧した会場では、再び悲鳴が上がった。

…夜は、始まったばかりである。

----

ドレスのまま路地裏を歩く女。
とある建物の裏口を通り、地下へと続く階段を下りる。電子ロックに暗証番号を打ち込み、扉を開ければそこには違法カジノ。

「いらっしゃいませ。」

ボーイが頭を下げ、中へと招き入れる。

「お飲み物はいかがなさいますか?」
「…結構よ。」
「かしこまりました。」

一礼し、下がるボーイ。
女は視界の端で、ブラックジャックのディーラーが、正面に座る男に耳打ちをするのを捕えた。そのテーブルを見据え、真っ直ぐ近づく女。
周りの客は皆、女に魅入る。

「…お隣、いいかしら。」

妖艶(ようえん)に微笑めば、先ほどディーラーに耳打ちされていた男が鼻の下を伸ばし、勿論、と答える。
歳は、48。160程度の身長に、贅肉だらけの身体。この中年男は、このカジノのオーナーだ。
当たり前の様に腰に回された手に吐き気を覚えつつ、少し自らの身体を中年男に寄せる女。

「賭け事はお好きかな?」

…気持ちの悪い笑み。

「…女は“危険なもの”に無条件で惹かれる生き物よ?」

私の言葉に、獲物を狙い定めたかのように、にやり、と笑う中年男。そんな中年男を見て、心の中で嘲笑あざわらう。

「…では、私ともっと危ない“火遊び”をしないかい?」

「…楽しませてくれるのなら、喜んで。」

女は、この上なく艶美えんびな微笑みを浮かばせた。
中年男は女をエスコートし、奥にあるエレベーターに乗り込む。扉が閉まった後、中年男が最上階のボタンを押し、暗証番号入力と指紋照合をすると、エレベーターは上へ。腰に回された手が少し下がり、引き寄せられた女の身体が一層中年男に密着した。

先ほどのパーティー会場でドレスの下に潜めていたブレン・テンは、クラッチバッグの中。

静かに止まったエレベーターから降りれば、中年男の部屋が広がる。女は、まっすぐ寝室に向かおうとする中年男を止め、入浴を勧めた。

「ありきたりな火遊びは嫌いなの。少し準備をさせてくれないかしら?」

挑発的な目を見せれば、中年男はさらに興奮を見せ。

「ほう…、では入るとするかな。」
「15分、私に時間を頂戴。その間、キッチンを借りるわ。15分経ったら寝室で待っていて?」

あぁわかった、と足取り軽く、ベッドルームの奥にあるバスルームに向かう中年男の後ろ姿を確認した後、寝室の扉を閉め、女は隣の部屋に向かう。書斎だ。音もなく入り込み、ついたままのPCに持ってきたUSBを差し込み、データを全てコピーする。机の引き出し、本棚、チェスト、…隅々から必要な書類を写真に残し、USBを抜き取って書斎を出た。
5分30秒。

他の部屋も一通り確認し、一度キッチンに向かった。グラスに、ワインセラーから取り出した白ワインを注ぎ、バスルームへ。シャワーの音は止んでいる。湯船に浸かっているようだ。
ノックのあと、ドアを開けて少しだけ中に入り、グラスを渡す。

「ドイツ産の白ワインを、開けさせてもらったわ。」
「気が利くな。…そうだ、一緒に入ったらどうだ。」

グラスを受け取り、女の腕を掴む中年男。

「…そうね、そうさせてもらおうかしら。でも、後ろを向いていてくれるのなら、よ?」
「…シャワーが終わるまでだけだぞ?」

ニヤニヤと下品な笑みを浮かべていて、内心冷めた目で見ながらも、これも女にとっては計画の内。

「ありがとう。」

一旦、脱衣所に出た女は、ゆっくりとした動作でドレスを脱ぎながら、片手で中年男のスマートフォンを操作する。クラッチバッグの中からコードとスマートフォンを取り出し、データをコピーしながら、バスローブを身に纏った。そしてドアを開け、中年男が眠っているのを確認し、その手からグラスを取り。コピー完了後、全てを元に戻した女は、キッチンへとグラスを置きに行く。
…微量の睡眠薬を盛ったのだ。あと15分ほどで、目が覚めるだろう。
キングサイズのベッドが置いてあるベッドルームに戻る。クローゼットの中に隠してある書類を全てカメラに収め、クラッチバッグとドレスをベッドの下に隠した女は、ブレン・テンのポケット・モデルを枕の下に忍び込ませた。
少しすると、バスルームから物音がして。中年男が、バスタオルを腰に巻き、ベッドルームに入ってきた。

「目が覚めた?私が入ったら寝てしまっているんだもの、寂しかったわ。」
「すまない。」

怪訝けげんな顔をしていた中年男は、ベッドの上から声をかけた女に気づき、すぐにニヤつきをその顔に取り戻して。ベッドの上に乗り、女の上に覆いかぶさる。
そして。

「―…ッ!!」

心臓に当てられた枕とその向こうにあるハンドガンに気づき、声にならない悲鳴を上げた。枕の下からポケット・モデルを取り出した女は、一瞬で中年男の上に跨り、銃を向けたのだ。

「…女に#__おぼ__#れると、自らを滅ぼすことになる。まぁ…あんたの人生は今日で終わりだけどね。」
「お前…っ!!」
「金庫の場所は?」

つい数十分前までの笑みが全て嘘だと叩きつけるかのように、淡々と問う。

「はっ…誰が「…自分の立場わかってる?」
「…っ、港第48番倉庫の…地下だ。」
「そう、ありがとう。」
「た、助けてくれ、私は悪くない…!!」

女は冷たく見下ろす。

「─…До свидания.」

ベッドルームに銃声が響き、枕の綿が部屋に舞った。女に返り血は、ない。
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