魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~

雪柳ケイ

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1章

07.今後の方針

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 お母様と戦った次の日のお昼過ぎ。

 ——カァン!

 という、けたたましい音がアドニス邸の庭に響いた。

「どうですか、師匠。 力み癖は直ったと思うんですけど」

 昨日の経験を経て、私は脱力のコツを完璧に掴んだ。
 そしてその成果を、いま師匠にお披露目していたのだ。

「お、驚いた。 想像以上だよ。 凄いね、もう直してくるとは」

 そう言って左手をヒラヒラと動かしたあと、握ったり開いたりしている。
 どうやら痺れたらしい。

「ダリル先輩の娘だけあって剣の才能が十分あるみたいだね」

「ふへへ」

 と、師匠に褒められたのが嬉しくて笑顔が漏れた。

 とは言え実のところ私自身も、たったの一日でできるようになって少し驚いている。
 一昨日には全くできなかった事が、半日師匠と稽古して、素振りして、お母様と戦っただけで出来るようになるなんて驚きだ。

 しかし、これはきっとお父様との三年間があったからだと、私は思う。

 毎日の基本的な体づくりと基礎的な素振り。
 これがなければ師匠の言う通り、時間が掛かってただろう。

  お父様に猛烈感謝だね。

 なんて心の中でお父様を拝む想像をしたところで稽古が次の段階へ進んだ。


「——それじゃあ、そろそろエルの目指すべき目標について話そう」

 師匠はそう言うと真面目な表情で話を始めた。

「まず、剣術には主に三つの流派が存在してるけど、今エルはその中でも最も使いやすい、聖王流を使ってるね?」

「はい」

 そう、私がお父様に教えられた剣術は聖王流。

 英雄王レイド・ヴァーミリオンの剣技を元に作られてて、歴史が一番長いとされている。 先手を取ることに重きを置いており、一撃離脱を主体にしている。
 ヴァーミリオンの王国騎士団では公式で採用されていて、この国で剣を持っている者の九割以上が聖王流を使っている。


「——でもエルは魔術が使えない分、剣術だけでその差を埋めなきゃいけない。 そうなると、どうしても聖王流だけじゃカバーしきれないと俺は思うんだ」

 なるほど......。
 師匠が言いたいことが、私にも見えてきた。

「つまり、今後はほかの流派も学ばないと行けないって事ですね?」

 きっと聖王流が主にしている一撃離脱の戦い方では、手練の魔術師を相手にした時、苦戦する。
 昨日一度だけお母様と戦っただけだけど、何となく想像がつく。

 戦闘に慣れた魔術師は、相手を自分に近づかせない。

「うん、そう言うこと。 けど暫くは聖王流の稽古を続けようかな。 俺とある程度渡り合えるくらいになったら賢王流と千戦流も教えようと思ってる」


 ——賢王流と千戦流とは、三大流派と呼ばれている流派のうちの二つのこと。

 賢王流は近距離での魔術詠唱の為に、時間稼ぎを目的に作られた流派で、ヘカーティア王国の騎士団が主に使っているらしい。 防御のための受け流しやカウンター技が多いとされていて、聖王流が先の先なら、北王流は後の先って感じだろう。

 千戦流は東の島国で使われている片刃の剣を扱うための独特な流派。
 攻撃こそ最大の防御を地で行くスタイルで、斬って斬って押し斬るってのが特徴だと聞く。


「あとは、魔術師相手の経験を多く積む事だね。 来年、学院に入ったら魔術の得意な子とも沢山出会えるだろうし、そういう子達と沢山模擬戦をやるといいよ。 俺も今後は打ち合いの最中に初級魔術を使ってくから、そのつもりで」

 ふむ、なるほど。 確かに、今までは魔術を知識として頭に入れてきただけだったけど、実際にどんな使われ方をしてどう言うふうに対処すべきか、実際に肌で感じてその驚異を知るってのは重要そうだ。

 それにしても......。

「師匠、魔術も使えたんですね!」

 剣術だけでも強いのに、魔術も使えるなんて。 そりゃ、騎士団の副団長にも選ばれるわけですわ。

「まぁね。 さっ、それじゃ早速始めるよ」

 という事で、それから私は師匠の言う通り、まずは聖王流を極めつつ、経験を積むことを目的に稽古に励んだ——。



 ——そうして、それから一週間ほど......。
 私は毎日地面を転る日々を送っていた。


「——微風ゼフィ!!!」

 ほんのさっきまで離れたところにいたはずの師匠は追い風を背に、目の前まで一瞬で踏み込んで、右からの横薙ぎを放ってくる。

 その速度と威力は、この前相手にしたお母様の初級魔術とは比較にならないほど早い。
 毎回避けるか受け流すだけで精一杯なほどで、息が詰まる。

 しかし、この一週間でそれなりに慣れた。
 ここ数回、近距離なら切り返しができるようになってきたのだ。

 私は師匠の横薙ぎを半歩下がって回避する。 しかし、剣先が胸元を掠めた。

 一瞬当たったかと思ってビビったが、空振ったのを確認して、すかさず距離を詰めて師匠の懐に踏み込む。
 そして、脇に構えた木剣を逆袈裟に振り上げた。

 しかし、師匠はそれを余裕で回避して、地面を蹴って後ろへ距離をとる。

 これで状況はリセットされた。
 聖王流は相手が倒れるまでこれを繰り返すのだ。

 今の私の反応速度と技術じゃ、魔術を交えた師匠の攻撃を避けた後、踏み込むまでが精一杯。

 そこから、攻撃を返すイメージが出来てても、それに体がついて来なくて、どうしても一手遅れてしまう......。


「——どう? 一週間前よりは反応できるようになったかな?」

 師匠はそう言いながら木剣を正面に構え直していた。

 次の攻撃が来る......。

「はい、まだギリギリですけどねっ!」

 私はそう返事をしながら、師匠へ向かって走り出す。

 距離が遠いままだとまた魔術で牽制される。 それだと反撃が届かない。

 ——だったら、こっちから攻めるしかないッ!

「ふっ......!」

 ある程度師匠に近づいたところで、更に地面を強く蹴って加速。

 一気に踏み込み、師匠が木剣の間合いに入った瞬間、片手で素早い袈裟斬りを繰り出す。

 だがさっきと同じく師匠は体を傾けて、半身で軽々と避けてしまう。

 それを確認した私は空振った勢いを利用して避けた先に一歩踏み込み、すかさずもう片方の手を添えて、両手持ちで斜めに振り上げる。
 
 しかし、師匠はそれを予想していたと言わんばかりに素早く木剣を振り抜いて、私の攻撃を弾いた。

 その結果、カンッという音を庭に響かせて、私の手から木剣が消える。

「なっ......」

 何が起きたのか一瞬理解が追いつかず、声が漏れる。 
 そして、弾かれた木剣はクルクルと宙を舞い、一拍置いて背後に落ちた。

 私は、悔しさ混じりの溜息をつきながら落ちた剣を拾いに向かう。

 そして、私が剣を拾う為にしゃがんだ次の瞬間......。


「——やってるな、二人とも」

 と聞き馴染みのある声がした。

「ダリル先輩!?」

 驚いて顔を上げた私より先に、師匠が声を出す。
 そう、そこには一週間ぶりに会うお父様が立っていたのだ。

「お父様!」

 私は嬉しさのあまり、お父様へ向かって駆け寄る。

 この一週間、お父様は騎士団の仕事で遠征とやらに行っていて会えていなかった。

「ただいま、エル」

 お父様は私の頭をポンポンと撫でてくれる。
 
「すまんな、稽古中に」

 お父様はそう、師匠に申し訳なさそうな顔を向けた。

「気にしないでください。 それより、何か用があったんじゃ?」

「そうだ。 エルにちょっと話がある」
 
 そう言ったお父様の手には、一枚の封筒が握られていた......。
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