魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~

雪柳ケイ

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1章

18.学院初日 3

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「——あれ、もう終わり? 思ったより早かったわね......。 仕方ない。 鐘がなったら帰っていいけど、それまで教室内でお話でもしてて」

 二時限目。 クラスメイト全員の自己紹介が思いのほか早く終わった事で、先生から自由時間が与えられた。

 おかげで教室中が話し声で騒がしくなる。

「エル様、この後どうします? お昼休みは三時間目が終わったあとですよね?」

「うん、兄様との約束の時間までなにして過ごそうね」

 一年生の間は一日の授業量が少ない。 
 多くても四時限、早くてお昼休み前の三時限目で終わりとなる。

 しかし、今日は初日なのでどうやら二時限目が終わった時点で帰っても良いらしい。
 なので、約束の時間までかなり余裕があるのだ。

「でしたら、学院内を少し散策してみませんか?」

「あぁ! いいね。 食堂の場所も確認しておきたいし」

 一応兄様から食堂の場所は聞いているけど、実際に学院内を歩いて確認しておけば、いざと言う時に迷うことも無いだろう。

「エル達はこの後食堂に行くのか?」

 と、二時限目からしれっと目の前の列に移動してきたフィスが振り返って聞いてくる。

「貴方は来ないでくださいね」

 セラはそう言って、ムスッとした表情でフィスを睨んだ。

「お前に言われなくても行かないよ。 僕は寮のルームメイトと街で食べてくるから」

「へー、フィスって寮に住んでるんだ」

 王都の学院と言うだけあって、別の街や遠くの村から入学してくる子も少なくは無い。
 そういう子達のために学院内に寮があるのだ。

 一般家庭出身は八割、貴族出身の場合は六割が寮生活を送っており、全生徒での割合だと七割ほどが寮に暮らしているらしい。

「まぁね。僕、リグール辺りの村出身だから」

 確かリグールは北の要塞都市だったか。
 ヴァーミリオンの建国前、魔王との戦争が起こる前から存在している歴史の長い街で、戦時下では重要な拠点として重宝されたんだとか。


 なんてどこかで読んだリグールについての話を、頭の片隅から引っ張り出していると、フィスの話に割り込むようにしてセラが口を開いた。

「——そんなことよりエル様。 魔術の試験の件、先生に聞かなくて良いんですか?」

「あっ、忘れてた」

 セラにそう言われて私は慌てて席を立つ。

 魔術の試験内容について先生に聞いておかなきゃならないのを失念していた。

 私の場合、魔障のせいで実技試験をまともにこなせないので進級に影響が出る可能性がある。
 一応、入学前に両親から魔障について申告をしてあるはずだけど......。
 念の為、私の方から先生に確認をした方がいいだろう。

 という事で、私は席を離れる。

「ちょっと、先生と話してくるね」

 睨み合う二人にそう伝えて、私は教卓に突っ伏して寝ている先生の元へ向かった。



「——えっと、シアニス先生?」

 立ったまま教卓に上半身を預け、突っ伏して寝息を立てている先生に、私は恐る恐る声を掛ける。

「んあ? なにかしら?」

 私の声で目を覚ました先生は、そう言うと教卓に突っ伏したまま顔だけこちらに向けた。

 おでこが赤くなってる......。

「えっと......私エルアリア・アドニスなんですけど。 少し聞きたいことがありまして」

「アドニス? あぁー! 貴方がティアの娘ね」

 と、それまで半開きだった瞼を全開にして上体を起こす先生。

 どうやら、お母様の知り合いだったらしい。

「話は聞いてるわ、魔術のことでしょ? 私の方から話に行こうと思ってたんだけど、完全に忘れてたわ。 ゴメンなさい」

 良かった、どうやらちゃんと対応してくれるらしい。

「試験に関しては、特例で貴方だけ筆記になったから安心して。 授業の方も担当の教師にはもう共有してあるから諸々は大丈夫だと思うわ」

「あ、ありがとうございます!」

 聞きたいこと全て聞く前に教えてくれた。
 髪もボサボサだし、服もサイズあってないし、全体的にシワだらけだけど、仕事は出来るらしい。
 と言うか、もしかしたら仕事が忙しすぎてこんなダラしない状態になってるのかもしれない。

 なんて思っていると、先生は私に近づいて小声で話し出す。

「ここだけの話、私も魔障持ちなの」

 それを聞いて私は目を見開いた。

「そ、そうなんですか?!」

「とは言っても貴方ほど酷くは無いけどね。 この身長、これが私の魔障なの。 英雄の血なんてほんっっっとに薄い程しかないのに、魔障のせいで身体の成長だけ十四歳で止まりやがったのよ」

 そう不機嫌な表情を浮かべてため息をつく先生。

 身体の成長を止めるなんて魔障もあるのか。
 まぁ、魔障の呪いによって身体に生じる影響は人それぞれとも聞くし、そういうのもありなのかもしれない。

「なのに影響があるのは身長とかだけで、普通に歳はとるし。 ほんと、魔障って何なのかしらね?」

「そ、そうですね......」

 なんて先生の愚痴を聞いているとカーンと鐘の音が響く。

「少し話しすぎたわ。 とにかく授業と試験のことは伝えた通りだから。 魔術が使えないからって授業はサボらないように」

「あ、はい! もちろんです!」

 そう言って、鐘の音が響き終わるのと同時に先生は欠伸をしながら教室の扉へ歩いてゆく。

「それじゃ皆、また明日~」

 扉に手をかけた先生は大声でそう言うと教室を出て行ってしまった。
 
 そして、それを見たクラスメイト達も続々と席を立って廊下へ出てゆく。


「エル様、私たちも行きましょう!」

 セラもそう言って教卓の前まで降りてきた。
 その手には私の鞄が握られている。

「うん、ありがとうセラ」

 私はセラにお礼をいいながら鞄を受け取り廊下へ出ると、そのまま一緒に校内を見て回った——。



——そうして、学院内をある程度散策し終えた私達は、昼前の暖かな日差しの降る中庭のベンチで休む事にした。

「結構広かったですね。 私一人だと迷っちゃいそうです」

 足をぶらぶらさせながら楽しそうにそう言うセラ。

「確かに。 けど一年生のうちはクラスの教室と剣術場しか使わないから大丈夫だと思うよ」

 中等部に上がれば魔術の授業で色々な教室を使うらしい。
 その頃には流石に学院内で迷うことは無くなってるだろう。

「うっ、剣術の授業......。 すごく憂鬱です。 エル様が戦ってるところを見るのは好きですけど、自分が剣を持つってなるとどうしても緊張しちゃうんですよね」

「アル兄様が剣術の授業は基本ペアでやるって言ってたから、私と組もうよ。それなら少しは楽でしょ?」

「それはそれで緊張しそうですけど......。エル様が宜しければお願いしようかな」

 なんて、照れくさそうに笑顔を浮かべるセラ。
 そのコロコロと表情の変わる様が余りにも可愛らしくて、私は自然と笑みをこぼす。


 そうやって、他愛もない会話を続けていると中庭の反対側から他の生徒が歩いてくるのが見えた。

「おいジークのその剣、すげぇな!」

「レギオン! 殿下に失礼ですわ!」

「いいんだアメリア嬢、別に呼び捨てでも構わないと俺が言ったんだ」

「あら。 そ、そうでしたの......」

 そう騒ぎながらこちらに歩いてきたのは、第一王子のパーティーで私に噛み付いてきた赤ドレスの金髪令嬢と、第二王子ジーク。
 そして、始めてみるレギオンとやらだった。

 パーティーでは見かけなかったと思うけど......。
 まぁ、人がかなり多かったし、私が覚えてないってだけかもしれない。

 それにしても、あの赤ドレスのご令嬢、アメリアって名前だったのね。
 私がジーク殿下とぶつかった時も一緒にいたし、仲がいいんだろうな。

 あー、私もジーク殿下と同じクラスが良かった......。
 いや、流石に贅沢言い過ぎか。
 セラとは同じになれたんだし、別に学院内で話せる機会はそう少なくもないだろうし。

 なんて思っている間に気づけば三人はすぐ近くまで来ており、一番最初に私達に気づいたレギオンが鋭い視線を向けてくる。

「あ? なんだお前、なに見てやがる?」

 そうイラついたような声色で、睨みをきかせてくるレギオンとやら。
 その様子に、隣に居るセラがビクッと体をふるわせ、怯えた表情で私の袖を握った。

「い、いえ。 なんでもないです」

 私はニコやかな笑顔を作ってレギオンの相手をする。

 ジーク殿下に一言挨拶できないかと思ったけど、セラがレギオンにかなり怯えている。
 とりあえず、相手を刺激しないようにこの場を離れるのが最善かな。

 そう考えて、警戒しつつ私はベンチを立った。
 しかし、そのタイミングでジークが声を掛けてきた。

「エルじゃないか、久しいな」

 そう微笑み向けてくれるジーク。
 ここで無視するのも失礼か。

「で、殿下。 お久しぶりです」

 あぁ、こんな状況でなければジーク殿下が腰にぶら下げている剣について尋ねられるのに......。
 一応、学院内には武器の持ち込み禁止のはずなんだけど。
 それに、鞘の見た目からして普通の剣じゃなさそうだし。

 なんて、頭の片隅で考えながらセラの手を引いて歩き出そうとした所で、金髪縦ロールに行く手を阻まれる。

「あら、誰かと思ったら」

 やっぱりアメリアも私を覚えて居たか。
 まぁ、忘れるわけないよね。

「どうも。 申し訳ないんですけど、私達用事があるのでこれで失礼しますね」

 また難癖つけられる前に逃げようと、横を通ろうとするも、嫌な笑みを浮かべたアメリアに邪魔をされる。

「もう行っちゃうの? 少しくらい話に付き合ってくれてもいいんじゃなくって?」

「少しくらい話せないか?」

 殿下も背後で寂しそうな目を向けてくる。

 しかし、今回は許してほしい。
 殿下の友人に手を出したくはないし、セラも早くこの場を離れたがっている。

「人との約束なんです。 遅れたくないので」

 まぁ、まだ約束の時間まで余裕はあるんだけどね。

「......なら仕方ないな。 また明日にでも話そう」

 殿下がそう言うと、アメリアが不服そうに道を開ける。
 そうして、私はセラと一緒に足早に中庭を離れた。
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