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第1話 想い出の花を冠に
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「おはよう召使いさん! 」
「おはようございます、お嬢様 」
---最近お屋敷にいるのが楽しい。
私、天音 鈴はいわゆる箱入り娘で、幼い頃にお母様を亡くし、お父様は大手製薬会社、天音製薬の社長を務めているためいつも帰りは遅い。その上お父様はとても過保護で、一人で家から出てはダメだという。
つまり今まで長い時間を広いお屋敷の中、ひとりぼっちで過ごしていたのだ。幸いにもお父様の書斎には本がたくさんあったし時間を持て余すことはなかった。
けれど、やはり寂しかったのだ。1人布団に潜り毎晩毎晩泣いていた。しかしお父様も心配させるわけにもいかず、表向きは元気に振る舞った。流す涙の量は日に日に増えていったのだが。
そんなある日、お父様が1人の和服を装った女性をお屋敷に連れてきた。
「彼女は今日からここで働いてもらうことになった。仲良くしてやってくれ 」
年は私より3歳ほど年上だろうか。長い艶やかな黒髪が陶器のような白い肌に映え、とても凛とした瞳をもった、大人びた雰囲気の美人さんだった。ヤマトナデシコ、という言葉を形にすると彼女になるのだろう。
そして私と目が会うと、彼女は人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「はじめましてお嬢様。これからしばらくの間、よろしくお願い致します 」
その日から私の世界の全てが、毎日が楽しく変わったのだ。
「お嬢様、お皿を洗うのでしたら私にお任せください。これでも召使いとして雇われていますので 」
「大丈夫よ、これくらい!お父様に家事ぐらいできるようになれって言われて毎日頑張っているんだから 」
「お嬢様、...大変申し上げにくいのですが...その... 」
「なぁに?気になるじゃなキャァァァ 」
鈴の悲鳴とともに、パリンッと鋭く皿が割れる音が屋敷に響いた。
「...本日10枚目でございます。お怪我はありませんか? 」
「...ごめんなさい、元気です 」
召使いの彼女はため息をつきながら持っていた箒で鈴の周囲に散らばった破片を掃除した。
どうやら私はとても不器用らしい。お父様もいつも仕事から帰って来るなり、「今日は何枚葬ったんだ? 」と言われるくらいだし。
...ちなみにその後、私がいつも1時間かけて(破壊しながら)終わらせてる量のお皿を、召使いさんはわずか5分で(当然一枚の犠牲も出さずに)完璧に洗い終えてしまったのだった。
それから数日後、雨が多いこの街では珍しく雲ひとつない青空が広がったいい天気になった。
私は勇気を振り絞って、召使いさんに話しかけた。
「ねぇ召使いさん、一緒にお花を摘みに行きましょう! 」
今まで友達はできたことがなく、このように人を誘うのに緊張してやや語尾が強くなってしまった。召使いさんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつものように優しい顔で微笑んで言った。
「かしこまりました、お嬢様 」
天音家の屋敷の庭園はいわゆる世間では『ハイカラ』と呼ばれているものだった。煉瓦造りの花壇には多数の花が色彩豊かに植えられており、そしてその花壇の奥には鯉池もある広場があり、タンポポやシロツメクサなどが生息している。
「ここよ、召使いさん! 」
「まぁ、素敵なお花畑でございますね。...おや、この花は 」
召使いさんは白いふわふわした花を一本摘んだ。
「そのお花はね、シロツメクサって言うのよ。気に入ってくれたかしら? 」
召使いさんはシロツメクサを見つめたままどこか懐かしむように語り始めた。
「えぇ、私の育った場所にもたくさん咲いていましたが名前までは知りませんでした。よくご存じでしたね 」
「お父様の書斎に植物の図鑑があったから、何度も読んだのよ 」
「シロツメクサ、でございますか。可愛らしい名前でございますね 」
召使いさんの顔が綻んでいるのがわかる。きっと彼女にとって特別な花なのだろう。
「ところでお嬢様は冠はお作りになられるのですか? 」
召使いさんが尋ねてきた。
「カンムリ?金属はここには無いと思うのだけれど 」
「...わかりました。少々お待ちを 」
そういうと彼女は長めのシロツメクサを何本か摘んで、器用に巻き付け始めた。
数分後、召使いさんの手には見事な花の輪、花の冠が握られていた。
「わぁ!!すごいわ!!! 」
思わず子供のような声が出てしまった。はしゃぐ私を見て召使いさんも嬉しそうに微笑んだ。
「さぁお嬢様、屈んでくださいませ 」
私が屈むと召使いさんは冠を頭に乗せてくれた。その時、私は今までに感じたことのないなにか温かいものを感じた。
「ありがとう、召使いさん!一生大切にするわね 」
満面の笑みでそう答えると召使いさんは少し赤面していた。
「ねぇ、私にも作り方教えて!私もあなたにプレゼントしたいわ 」
「.....! ありがとうございます。もちろんですよ、お嬢様 」
そう言って召使いさんの見よう見まねでシロツメクサを集めて、絡み付けていった。
数分後、私の手には見事な花のワラ人形が握り締められていた。
「...ごめんなさい、わたし不器用みたい 」
「...は、はぁそれは存じておりましたが... 」
最早不器用というレベルではなかった。
「...これではあなたにプレゼントできないわね... 」
私がしゅんとしていると召使いさんは笑顔でとんでもない、と首を振った。
「お嬢様、私はそのお心使いだけでも十分満たされております。どうかその可愛らしい人形をいただけませんか? 」
「...いいの? 」
「構いません。一生大切に致します 」
そして花のワラ人形を手渡すと、彼女は本当に嬉しそうな笑顔になった。
『あぁ、この楽しい時間がずっと続けばいいのに 』そう強く思った。
その後も庭園の広場で、日が沈むまでたわいもないおしゃべりをして過ごした。
「おはようございます、お嬢様 」
---最近お屋敷にいるのが楽しい。
私、天音 鈴はいわゆる箱入り娘で、幼い頃にお母様を亡くし、お父様は大手製薬会社、天音製薬の社長を務めているためいつも帰りは遅い。その上お父様はとても過保護で、一人で家から出てはダメだという。
つまり今まで長い時間を広いお屋敷の中、ひとりぼっちで過ごしていたのだ。幸いにもお父様の書斎には本がたくさんあったし時間を持て余すことはなかった。
けれど、やはり寂しかったのだ。1人布団に潜り毎晩毎晩泣いていた。しかしお父様も心配させるわけにもいかず、表向きは元気に振る舞った。流す涙の量は日に日に増えていったのだが。
そんなある日、お父様が1人の和服を装った女性をお屋敷に連れてきた。
「彼女は今日からここで働いてもらうことになった。仲良くしてやってくれ 」
年は私より3歳ほど年上だろうか。長い艶やかな黒髪が陶器のような白い肌に映え、とても凛とした瞳をもった、大人びた雰囲気の美人さんだった。ヤマトナデシコ、という言葉を形にすると彼女になるのだろう。
そして私と目が会うと、彼女は人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「はじめましてお嬢様。これからしばらくの間、よろしくお願い致します 」
その日から私の世界の全てが、毎日が楽しく変わったのだ。
「お嬢様、お皿を洗うのでしたら私にお任せください。これでも召使いとして雇われていますので 」
「大丈夫よ、これくらい!お父様に家事ぐらいできるようになれって言われて毎日頑張っているんだから 」
「お嬢様、...大変申し上げにくいのですが...その... 」
「なぁに?気になるじゃなキャァァァ 」
鈴の悲鳴とともに、パリンッと鋭く皿が割れる音が屋敷に響いた。
「...本日10枚目でございます。お怪我はありませんか? 」
「...ごめんなさい、元気です 」
召使いの彼女はため息をつきながら持っていた箒で鈴の周囲に散らばった破片を掃除した。
どうやら私はとても不器用らしい。お父様もいつも仕事から帰って来るなり、「今日は何枚葬ったんだ? 」と言われるくらいだし。
...ちなみにその後、私がいつも1時間かけて(破壊しながら)終わらせてる量のお皿を、召使いさんはわずか5分で(当然一枚の犠牲も出さずに)完璧に洗い終えてしまったのだった。
それから数日後、雨が多いこの街では珍しく雲ひとつない青空が広がったいい天気になった。
私は勇気を振り絞って、召使いさんに話しかけた。
「ねぇ召使いさん、一緒にお花を摘みに行きましょう! 」
今まで友達はできたことがなく、このように人を誘うのに緊張してやや語尾が強くなってしまった。召使いさんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつものように優しい顔で微笑んで言った。
「かしこまりました、お嬢様 」
天音家の屋敷の庭園はいわゆる世間では『ハイカラ』と呼ばれているものだった。煉瓦造りの花壇には多数の花が色彩豊かに植えられており、そしてその花壇の奥には鯉池もある広場があり、タンポポやシロツメクサなどが生息している。
「ここよ、召使いさん! 」
「まぁ、素敵なお花畑でございますね。...おや、この花は 」
召使いさんは白いふわふわした花を一本摘んだ。
「そのお花はね、シロツメクサって言うのよ。気に入ってくれたかしら? 」
召使いさんはシロツメクサを見つめたままどこか懐かしむように語り始めた。
「えぇ、私の育った場所にもたくさん咲いていましたが名前までは知りませんでした。よくご存じでしたね 」
「お父様の書斎に植物の図鑑があったから、何度も読んだのよ 」
「シロツメクサ、でございますか。可愛らしい名前でございますね 」
召使いさんの顔が綻んでいるのがわかる。きっと彼女にとって特別な花なのだろう。
「ところでお嬢様は冠はお作りになられるのですか? 」
召使いさんが尋ねてきた。
「カンムリ?金属はここには無いと思うのだけれど 」
「...わかりました。少々お待ちを 」
そういうと彼女は長めのシロツメクサを何本か摘んで、器用に巻き付け始めた。
数分後、召使いさんの手には見事な花の輪、花の冠が握られていた。
「わぁ!!すごいわ!!! 」
思わず子供のような声が出てしまった。はしゃぐ私を見て召使いさんも嬉しそうに微笑んだ。
「さぁお嬢様、屈んでくださいませ 」
私が屈むと召使いさんは冠を頭に乗せてくれた。その時、私は今までに感じたことのないなにか温かいものを感じた。
「ありがとう、召使いさん!一生大切にするわね 」
満面の笑みでそう答えると召使いさんは少し赤面していた。
「ねぇ、私にも作り方教えて!私もあなたにプレゼントしたいわ 」
「.....! ありがとうございます。もちろんですよ、お嬢様 」
そう言って召使いさんの見よう見まねでシロツメクサを集めて、絡み付けていった。
数分後、私の手には見事な花のワラ人形が握り締められていた。
「...ごめんなさい、わたし不器用みたい 」
「...は、はぁそれは存じておりましたが... 」
最早不器用というレベルではなかった。
「...これではあなたにプレゼントできないわね... 」
私がしゅんとしていると召使いさんは笑顔でとんでもない、と首を振った。
「お嬢様、私はそのお心使いだけでも十分満たされております。どうかその可愛らしい人形をいただけませんか? 」
「...いいの? 」
「構いません。一生大切に致します 」
そして花のワラ人形を手渡すと、彼女は本当に嬉しそうな笑顔になった。
『あぁ、この楽しい時間がずっと続けばいいのに 』そう強く思った。
その後も庭園の広場で、日が沈むまでたわいもないおしゃべりをして過ごした。
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