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第2話 幸せの鳥をお守りに
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「ふふ~ん♪ やっぱり素敵だわ 」
召使いさんと庭園を散歩した日の夜、彼女は生涯の宝物(予定)のシロツメクサの花冠を抱きしめながら就寝しようと横になっていた。...もっとも、テンションも上がって眠りにつけないのだが。
「この花冠もそうだけど、やっぱりあの召使いさんは素敵な女性だわ! 」
召使いさんは私が出来ないことを、苦手なことを何でもできる凄い人だった。
...もっと彼女のことを知りたい。
そう思ったとき、脳裏にとある疑問が浮かんだ。
『シロツメクサ、でございますか。可愛いらしい名前でございますね 』
...そう、名前だ。私は召使いさんの名前を知らない。お父様からも何も聞いてないし、ここしばらくはお屋敷に帰ってきてすらいない。
「明日にでも聞いて見ましょうかね。きっと素敵な名前に違いないわ 」
そんなことを考えているうちに、いつのまにか意識が夢の中へと吸い込まれていった。
「はぁ、私の名前でございますか? 」
次の日の朝食にて、召使いさんに思い切って聞いてみた。
「えぇ!きっと素敵なお名前なのでしょう? 」
目を輝かせながら返答を待っている私に対して、召使いさんはバツの悪そうに苦笑しながら口を開いた。
「...実はお嬢様、私には自分の名前がございません 」
「...え? 」
名前がない。確かに今彼女はそう言った。しかし私には意味がわからなかった。
「...驚かれるのも無理もないでしょう。私は生まれてすぐにご主人様の、お嬢様のお父様が経営しておられる施設に預けられた、と聞いています。物心ついたときから施設で過ごしていましたから寂しいと感じたことはありませんが 」
衝撃だった。私のお父様は孤児院も経営しているけれど、召使いさんもその出身だったなんて。
召使いさんは続けた。
「その施設でも私は古参の方だったから、でしょうかね。施設の子供たちや職員たちからも『お姉ちゃん』と呼ばれていたのです。施設の名簿にも目を通しましたが、名前のない子供は番号で管理されていたので名前で呼ばれたことは一度もないのです 」
「...そうだったのね。ごめんなさい 」
思わず謝ってしまったが、召使いさんは首を横に振った。
「謝る必要はありませんよ、お嬢様。名前は無くてもこうやって今、ご主人様に天職を頂いているのですからね 」
召使いさんはそういってウインクしたが、どこかぎこちなかった。...やはり少し気にしているみたいだ。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは、召使いさんだった。
「...あ、あのお嬢様、もしよろしければお願いがあるのですが 」
「え、えぇ、何かしら。私にできることならなんだってするわよ 」
こんなに真剣な表情の召使いさんを見たのは初めてかもしれない。そして召使いさんはこう言った。
「お嬢様、私に名前を頂けませんか? 」
...それからしばらく後。
「あぁぁぁぁぁ!!いい名前が思いつかないわ!!!! 」
屋敷中に響くほどの大声で鈴は発狂した。
「どうしてお父様の集めてらっしゃる本の登場人物は外国の方々ばかりなのよ!?これじゃあ参考にならないじゃないの!! 」
...素敵な名前をつけてあげるわ!
そう召使いさんに伝えて早3時間。お父様の書斎にある本なら参考になるのでは?と閃いて来てみればご覧の有様であった。
召使いさんみたいなTHE和風美人に、キャシーだの、クリスティーナだのといった名前を付ける勇気は私には無かった。そして最も怖いのは彼女ならきっと抵抗もせずそのような名前を受け入れてしまうのだろうということだ。容易に想像できてしまう。
『わかりました、お嬢様。本日より私はゴンザレスと名乗ることにします 』
...そういうのが一番つらい。後々後悔すること待ったなし。だから真剣に考えなきゃ。
「...そういえば、お父様が前に私に鈴って名付けた理由を教えてくれたっけ 」
...それは去年の誕生日、15歳になった私に、どうしても外せない仕事があるから、とお父様が送ってくれたお祝いの電報の中に書かれていた。
『お前が生まれてすぐの頃、本当によく泣いて母さんと僕を困らせたものだった。そんなとき、母さんが持っていた鈴の音を聴かせると不思議とすぐに泣き止んで可愛く笑ったんだ。それを見て、この子の好きな鈴を名前にしようと、母さんと一緒に決めたんだ 』
...そうだ、召使いさんの好きなものだ!好きなものを名前にしたら絶対に気に入ってもらえるはず!そうと決まれば早速聞きに行かなきゃ!
「はぁ、私の好きなものでございますか? 」
玄関で箒をかけていた召使いさんを見つけたので聞いてみた。
「そうよ、大切なもの、とか? 」
召使いさんは少々首を傾げ考え、そして答えた。
「勿論お嬢様でございます 」
「...わたし? 」
...そう来たかぁ。確かに物凄く嬉しいけどややこしくなるから。私と召使いさんの区別つかなくなっちゃうから、読者的に。
「それは嬉しいんだけど...。じゃあ何か宝物とかはない?あ、私とかあのワラ人形はなしね! 」
一応釘を打っとく。彼女なら言いかねないし。
「宝物ですか?うーん、あ、ひとつだけあります 」
召使いさんは思い出したように手をポンと叩くと、彼女は自分の部屋に向かった。
間もなく召使いさんがこちらにやって来た。...右手に何かを握り締めながら。
「こちらです、お嬢様。私の宝物、というよりは形見の品でしょうかね 」
彼女の手には小さなお守りが握られていた。紫色の布に大きな鳥が刺繍されていた。...この鳥もお父様の書斎の図鑑で見た気がする。確か...
「鷹、よね? 」
「えぇ、おそらく。私が施設を出るときに、院長から頂いたのです。なんでも、私の親から預かっていたものなのだそうです 」
「...素敵なお守りね。鷹って夢で見ると幸せになれるって本で読んだわ。きっとあなたの両親もあなたの幸せを願っているのよ! 」
「.....!お嬢様、ありがとうございます 」
召使いさんの目が少し潤んでいた。
「私決めたわ!あなたの名前には鷹って文字を入れるの!でももう少しだけ待ってて欲しいの、絶対に最高の名前をつけてあげるわ! 」
こうして私に、召使いさんに名前を付けるという1つの目標が出来たのだった。
召使いさんと庭園を散歩した日の夜、彼女は生涯の宝物(予定)のシロツメクサの花冠を抱きしめながら就寝しようと横になっていた。...もっとも、テンションも上がって眠りにつけないのだが。
「この花冠もそうだけど、やっぱりあの召使いさんは素敵な女性だわ! 」
召使いさんは私が出来ないことを、苦手なことを何でもできる凄い人だった。
...もっと彼女のことを知りたい。
そう思ったとき、脳裏にとある疑問が浮かんだ。
『シロツメクサ、でございますか。可愛いらしい名前でございますね 』
...そう、名前だ。私は召使いさんの名前を知らない。お父様からも何も聞いてないし、ここしばらくはお屋敷に帰ってきてすらいない。
「明日にでも聞いて見ましょうかね。きっと素敵な名前に違いないわ 」
そんなことを考えているうちに、いつのまにか意識が夢の中へと吸い込まれていった。
「はぁ、私の名前でございますか? 」
次の日の朝食にて、召使いさんに思い切って聞いてみた。
「えぇ!きっと素敵なお名前なのでしょう? 」
目を輝かせながら返答を待っている私に対して、召使いさんはバツの悪そうに苦笑しながら口を開いた。
「...実はお嬢様、私には自分の名前がございません 」
「...え? 」
名前がない。確かに今彼女はそう言った。しかし私には意味がわからなかった。
「...驚かれるのも無理もないでしょう。私は生まれてすぐにご主人様の、お嬢様のお父様が経営しておられる施設に預けられた、と聞いています。物心ついたときから施設で過ごしていましたから寂しいと感じたことはありませんが 」
衝撃だった。私のお父様は孤児院も経営しているけれど、召使いさんもその出身だったなんて。
召使いさんは続けた。
「その施設でも私は古参の方だったから、でしょうかね。施設の子供たちや職員たちからも『お姉ちゃん』と呼ばれていたのです。施設の名簿にも目を通しましたが、名前のない子供は番号で管理されていたので名前で呼ばれたことは一度もないのです 」
「...そうだったのね。ごめんなさい 」
思わず謝ってしまったが、召使いさんは首を横に振った。
「謝る必要はありませんよ、お嬢様。名前は無くてもこうやって今、ご主人様に天職を頂いているのですからね 」
召使いさんはそういってウインクしたが、どこかぎこちなかった。...やはり少し気にしているみたいだ。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは、召使いさんだった。
「...あ、あのお嬢様、もしよろしければお願いがあるのですが 」
「え、えぇ、何かしら。私にできることならなんだってするわよ 」
こんなに真剣な表情の召使いさんを見たのは初めてかもしれない。そして召使いさんはこう言った。
「お嬢様、私に名前を頂けませんか? 」
...それからしばらく後。
「あぁぁぁぁぁ!!いい名前が思いつかないわ!!!! 」
屋敷中に響くほどの大声で鈴は発狂した。
「どうしてお父様の集めてらっしゃる本の登場人物は外国の方々ばかりなのよ!?これじゃあ参考にならないじゃないの!! 」
...素敵な名前をつけてあげるわ!
そう召使いさんに伝えて早3時間。お父様の書斎にある本なら参考になるのでは?と閃いて来てみればご覧の有様であった。
召使いさんみたいなTHE和風美人に、キャシーだの、クリスティーナだのといった名前を付ける勇気は私には無かった。そして最も怖いのは彼女ならきっと抵抗もせずそのような名前を受け入れてしまうのだろうということだ。容易に想像できてしまう。
『わかりました、お嬢様。本日より私はゴンザレスと名乗ることにします 』
...そういうのが一番つらい。後々後悔すること待ったなし。だから真剣に考えなきゃ。
「...そういえば、お父様が前に私に鈴って名付けた理由を教えてくれたっけ 」
...それは去年の誕生日、15歳になった私に、どうしても外せない仕事があるから、とお父様が送ってくれたお祝いの電報の中に書かれていた。
『お前が生まれてすぐの頃、本当によく泣いて母さんと僕を困らせたものだった。そんなとき、母さんが持っていた鈴の音を聴かせると不思議とすぐに泣き止んで可愛く笑ったんだ。それを見て、この子の好きな鈴を名前にしようと、母さんと一緒に決めたんだ 』
...そうだ、召使いさんの好きなものだ!好きなものを名前にしたら絶対に気に入ってもらえるはず!そうと決まれば早速聞きに行かなきゃ!
「はぁ、私の好きなものでございますか? 」
玄関で箒をかけていた召使いさんを見つけたので聞いてみた。
「そうよ、大切なもの、とか? 」
召使いさんは少々首を傾げ考え、そして答えた。
「勿論お嬢様でございます 」
「...わたし? 」
...そう来たかぁ。確かに物凄く嬉しいけどややこしくなるから。私と召使いさんの区別つかなくなっちゃうから、読者的に。
「それは嬉しいんだけど...。じゃあ何か宝物とかはない?あ、私とかあのワラ人形はなしね! 」
一応釘を打っとく。彼女なら言いかねないし。
「宝物ですか?うーん、あ、ひとつだけあります 」
召使いさんは思い出したように手をポンと叩くと、彼女は自分の部屋に向かった。
間もなく召使いさんがこちらにやって来た。...右手に何かを握り締めながら。
「こちらです、お嬢様。私の宝物、というよりは形見の品でしょうかね 」
彼女の手には小さなお守りが握られていた。紫色の布に大きな鳥が刺繍されていた。...この鳥もお父様の書斎の図鑑で見た気がする。確か...
「鷹、よね? 」
「えぇ、おそらく。私が施設を出るときに、院長から頂いたのです。なんでも、私の親から預かっていたものなのだそうです 」
「...素敵なお守りね。鷹って夢で見ると幸せになれるって本で読んだわ。きっとあなたの両親もあなたの幸せを願っているのよ! 」
「.....!お嬢様、ありがとうございます 」
召使いさんの目が少し潤んでいた。
「私決めたわ!あなたの名前には鷹って文字を入れるの!でももう少しだけ待ってて欲しいの、絶対に最高の名前をつけてあげるわ! 」
こうして私に、召使いさんに名前を付けるという1つの目標が出来たのだった。
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