遼遠の獣宿し~異世界にTS転移させられた俺は世界を救うことになった~

遠野紫

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54 力が欲しいか

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「ふんっ! これでもう百体近く倒したが……まだまだ出てくるじゃねえか」

 王国へと向かって来る龍型の魔物を倒し始めてもう数分が経っただろうか。フレイムオリジンは未だ遠くにいるだけで特に目立った動きは無い。記憶だと極龍の魔石を飲み込んで強化されたら手が付けられなくなっていたな。……なら吸収されないようにすれば良いんじゃねえのか?

 極龍も極水龍も極氷龍も、そもそも吸収されなきゃ良いんだ。つまり、何とかして今の内にフレイムオリジンを倒せりゃあそれで終わるってことだ。……とは言ったものの魔物の数が多すぎるからな。今ここを離れれば戦線が崩壊しかねない。せめてもう少し戦力があれば……うん? 

 何か巨大な魔力が近づいて来ていた。なんか以前にも感じたことのある魔力のような気がするが何だったか……。

「……君は」
「んぁ……? アンタは……そうかあの時の」
 
 姿を見せたのはあの時コテンパンにボコボコにしたあのSランクパーティのリーダー、クライムだった。

「どうしてアンタがここにいるんだ?」

 逃げ出してきやがったのか? 何にせよこのタイミングで出会っちまったのは厄介だな。

「待ってくれ。僕はもう君と争う気は無い」
「本当か? ……いや信じられるわけねえだろ」
「そうだろう。それだけ僕は酷いことをしてしまった。でも、今は……今だけは共に戦う事を許して欲しい」

 また騙そうとしているのか……ただ、それにしてはちょっと違和感と言うか何と言うか……。俺にも国王が使っていたような能力があればなぁ。

 とは言え、今この混乱に乗じて俺に復讐をしに来たと考えてもおかしくは無い。変なことをされるよりも先に無力化しておくか……?

「……! 危ない!!」
「うぉっ!?」

 クライムは俺のすぐ横を通り抜けるように魔力の塊を放って来た。しかしそれは俺を狙って物では無く……。

「ウググゥゥゥ……」

 すぐ後ろへと迫っていた魔物に対してのものだった。

「何故こんなことを……」
「言っただろう。僕は争いに来たわけじゃない。今は君に協力したいんだ」

 ……以前のコイツなら今の攻撃をそのままにして、隙を付かれた状態の俺に追撃をして盛大に馬鹿笑いをしていただろう。コイツの全てをわかっている訳じゃねえが、少なくとも今の行動は異質だ。断言できる。……信用しても良いのかもしれない……か?

 実際、今戦力が欲しいのは事実だ。コイツの実力なら、この魔物達相手に十分戦えるだろうしな。

「……わかった。だが変な行動をしたら真っ先に潰す」
「感謝する。この戦いを終えてまだ生きていたら、その時は改めて償わせてもらうよ」
「あ、あぁ……」

 正直なところ、気持ちが悪いくらいに透き通っていて怖い。以前までのコイツとは偉い違い過ぎてヤバいんだが……。クズさが露呈する前の外向けの性格とも違うってどういうことだよ……。

 ま、まあいい。戦力が増えたのは良いことだしな。極水龍と冒険者たちにコイツも加われば少しは持ちこたえられるはず。その隙に俺はあいつを、フレイムオリジンを叩く。

 戦線を離脱してフレイムオリジンへと飛んで行くと、案の定と言うかほぼわかっていたことだが奴が出て来た。

「おやー? なんでここに居るんだい? 天空都市を見捨てるなんて酷い奴だねえ君は」
「悪いが既にそちらの手口はわかっているんだ。天空都市が落とされていないこともわかっているさ」
「……ふふっ。なーんだ、もうわかってるのか。なら別に待つ必要も無かったかな」

 学者は合図を出し、フレイムオリジンを動かした。同時に大量の魔物も周りを取り囲むように動き始めた。

「おいおい嘘だろ、まだ魔物が出てくんのかよ」
「数はそれなりに用意しているからねえ。君の力の前だと焼け石に水かもしれないけど」

 学者の言う通り一体一体の能力は対して問題じゃない。ただ、数が多いのが厄介過ぎるんだ。こうやって纏まってくれている分には良いんだが、広範囲に広がって面で攻められると対処するにも人数が必要になるからな。

「さあ、やってしまえ。私の野望のために」
「ウガアアァァァ!!」

 フレイムオリジンが飛んでくる。だが、この状態ならば問題は無い。極龍の力を取り込んだ後の状態だとキツかったが、今はただのフレイムオリジンだ。蝕命があれば十分戦える。

「獣宿し『蝕命』!」

 次々と生み出されては放たれる炎を蝕命の力で霧散させて行き、フレイムオリジンの懐へと潜り込んだ。

「獣宿し『天雷』! ゼロ距離から食らいやがれぇ!!」

 超至近距離から光の塊をぶっ放す。いくらフレイムオリジンと言っても、この至近距離で超威力の一撃を受ければただでは済まないはずだぜ。

「……少しはやるじゃないかあ。だが! その程度では私のフレイムオリジンは沈まない!」
「チッ、これでも駄目か」

 確かにフレイムオリジンの体には大穴が開いている。出血だってしている。かなりの量の血が噴き出ているんだ。並みの生物ならもうとっくに死んでいてもおかしくは無い。……いや、並みの生物ならってのがそもそもの間違いか。奴は根源に触れた存在だ。とっくに生物としての超えてはいけない壁を超えかけているってことだろう。事実、記憶によれば根源龍は一度倒した後に復活していた。なら、フレイムオリジンにだってそういった異常性があってもおかしくは無い。

「絶望したかな? 本気の一撃も効かないなんて、絶望するしかないよねえ」
「いや、そんなことは無いさ」
「……何?」

 このままじゃ倒せないってんなら、やることは一つしかねえ。……俺の中の根源龍の力を制御する。

「おやおやぁ? 今更何をするのかな」

 己の中の負の感情を凝縮していく。

「……待て、何故だ。その魔力反応は……! 何故、君の中から根源龍の魔力が出ているんだ……!」

 大事な物を、人を、場所を奪われることを想起する。幸いにも、今俺の中には数えきれないほどの周回による負の記憶が眠っている。一度の人生で得られる負の感情を大きく超えたソレが、俺の中で渦巻いているのがわかる。

(失うのはお前が弱いからだ)

 うるせえ。うるせえうるせえうるせえ!! 俺が弱いのは確かにそうだ……だがそれでも、今はこの声に飲み込まれるわけには行かねえ……!

(全てを投げ出せ。楽になれるぞ)

 くっ……意識が薄れかけたか。だが、ここで意識を失ったら全てが終わりだ。そうなれば俺は暴走し、世界を蹂躙することとなるだろう。

(お前は弱い。何も守れない。お前はいらない。俺に体を寄越せ。お前のために、何もかもを破壊してやる)

「うおおぉぉぉぉ!! いいから言う事を聞きやがれええぇ!!」

 溢れ出る魔力を何とか制御し、意識を保つ。神経が、脳が、体の節々が焼き切れそうだ。それでも俺は止まらない。必ず守ると約束したんだ。

(……)

 気付けば負の感情は消え去っていた。それと同時に、今まで呼びかけて来ていた謎の声も止んでいた。

「はぁ……はぁ……上手くいった……のか?」
「どういうことだ……何故君がその力を……」
「色々とあるんだよ。ま、アンタに話す義理はねえけどな」
「くっ……良いさ。君を倒してその力ごと利用すれば良いだけだからね。フレイムオリジン!」

 学者の声に応じるように、フレイムオリジンが飛び込んできた。体の中心に大穴が開いているとは思えない程に機敏な動きでこちらへと向かって来るが……遅い。今の俺にはまるで遅く感じた。

「グゥゥッ……」
「せめて安らかに眠ってください、極炎龍様」

 届いているのかはわからない。そもそも極炎龍の意識がまだ残っているのかもわからない。それでも、自然とその言葉が出ていた。まるで昔から彼の事を知っていたかのようだった。

「な、何が……」
「フレイムオリジンは落ちた。後はアンタだけだな」
「うぐぐっ……まだだ! まだ私は諦める訳には行かないんだ!」

 学者はその姿を深淵龍のそれへと変化させた。

「ふぅ、まさかこんな形でこの姿を見せることになるとは思っていなかったよ。驚いただろう? まさか私が……」
「深淵龍なんだろ?」
「……はぁ。つまらないなあ全く。んじゃもういいや。さっさと君を倒して根源龍の力を頂くとするよ」

 深淵龍となった学者はフレイムオリジンとは比べようも無い速度で俺に向かって迫って来た。今までの俺だったらギリギリで避けるのがやっとだっただろう。だが今は違う。

「よっ……と」

 軽く避けられる。どうやら根源龍の力によって、魔力だけでなく身体能力も思考能力も上がっているようだ。奴の行動が、軌道が、手に取るようにわかる。

「正直、これは想定外だよ」
「ならどうする。降参するか?」
「とんでもない。だってまだ私には勝機があるんだから」
「何だと? ……ぅっ!?」

 何だ? 後ろから何かに斬られたのか……?

「よーし、いい子だねぇノワール」
「……アンタはあの時の」

 現れたのは、俺が温泉都市で殺したはずのあの獣人の少女だった。
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