俺、メイド始めました

雨宮照

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プロローグ

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「萌え萌え~きゅんっ♡」

 店内に響く、甘ったるい声。
 両手で作り出されるハートは、ここに通う男女を骨抜きにするには十分過ぎるほどの破壊力を持った必殺技だ。
 オムライスに文字なんて書かれてしまったらもう、この楽園からは抜け出せない。
 いや、この幸福から抜け出す必要なんて元々一切ありはしないのだ。

 だってここは、この世の楽園ーーメイド喫茶!

 誰もが笑顔になれる、夢の場所!
 店内ではかわいい女の子がフリフリのメイド服を着て接客してくれて、話を聞いてくれたり、チェキを一緒に撮ってくれたりする。
 ここに通う男女は「ご主人様」「お嬢様」と呼ばれ、誰であっても幸せな体験をすることができるのだーー!

 が、しかし!

 この夢の世界にて、俺だけは幸福を感じていなかった。
 むしろ、地獄を味わっている感覚だ。

「萌え萌え~きゅん♡」

 再び店内に、魔法の呪文が放たれる。
 ……だけど、今回は決して甘ったるい声なんかじゃない。

 男子高校生による、最大限に高い声を出そうとした結果のかすれ声。
 ウィッグの隙間からあらわれる、引き攣った笑顔。

(あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙、もう! こんなことやってられっかよ!!!)

 そう。今呪文を放ったのは、かわいいメイドの女の子なんかじゃない。
 今の呪文はこの俺、栄田瑛介によるものだったのだ!

 俺の接客を受けた三十代くらいの小太りの男性は、男がメイドとしてやって来たことにどんな感情を抱いているんだろうか。
 一緒にノリノリで「萌え萌え~きゅんっ♡なのだ」とかなんとか言いながらポーズを取っていたけど、果たしてーー

 固唾を飲んで見守っていると、男性は目の前に提供されたオムライスを食べるためにスプーンを持つと、恋をしているような幸せそうな笑顔で呟いた。

「え、瑛子ちゃんが魔法をかけてくれたから、と、とっても幸せな気分なのだ~」

 ……あれ、俺……男だってバレてない?

 確かにウィッグも被っていれば、メイクも施しているし、最小限のことはしたはずだ。だけど、それだけで男子高校生が男だとバレない……だと……?
 嘘のような状況に、さらに表情が引き攣ってしまう。だけど、

「うわぁ~瑛子ちゃんが作ってくれたオムライス、とっても美味しいのだ~」

 ご主人様に幸せそうな顔で喜んでもらえると、なぜか嫌な気持ちは湧いてこないのであった。

 ……ちなみに、オムライスは冷凍のチキンライスに店長が卵を乗せただけのものである。俺は一切作っていない。

 ま、まあ、とにかくだ。
 俺は男子高校生ながら、どういうわけかメイド喫茶でメイドとして働いている。

 そのきっかけになった出来事を説明するにはーー
 今から、一週間前に遡らなければならない。
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