1 / 15
第1話 プロローグ
しおりを挟む
「久しぶりだね·····何年ぶりかな?」
夕暮れ時。俺を呼び止めた転校生の少女は、開口一番にそう言った。
渡り廊下に斜めから差した陽が、その艶やかな銀髪を紅く染める。グラウンドから、運動部の連中の空元気な声が聞こえてくる。そのせいで、会話の間の静けさが際立つ。
今日は高二の一学期始業式だった。式そのものは昼に終わった。でも、その後、生徒会の雑用を押し付けられ、結局帰る頃には太陽が随分、地平線に近づいていた。急いで廊下を走っているところに、「話があるんだけど」と声をかけられたのだ。
高校にしては珍しい転校生は·····
「ずっと、再会できる、この時を待ってたんだからっ」
などと意味不明なことを供述しており·····
「私たち、やっと夫婦に成れるのねっ‼」
目には光るものを湛えている。
傍から見ると、いわゆる、感動的な再会と言える場面なんだけど·····。
うーむ·····全く覚えがない。
俺の前世は在原業平か何かだったのか?
「あの日の約束の紙だって、ちゃんと持ってるんだよっ。片時も手放したことなんてないんだから‼」と、少女は何やら黄ばんだ紙を俺に見せてくる。
そこには崩れた字で、こう書いてあった。
「ぼく、あねこうじ きいちは、おおきくなったら、りょうびちゃんとけっこんします」
漢字を一切使っていない。
幼稚園児ぐらいの人間が書いたみたいだ。
それはまあ、良いのだが、大きな問題がある。姉小路貴一というのは俺の名前。そして、りょうびちゃんというのは、僕の目の前でこの紙をひらつかせている銀髪少女、篠塚 椋薇の名前である事だ。
姉小路 貴一という人間は日本中探せば何人かいるだろうし、篠塚 椋薇もまたしかり。偶然の一致である可能性もある。
しかし、黄ばんだ紙と共に、篠塚の白い手が持つ写真が俺の関係を主張している。
そこに写っているのは、まだ黄ばんでいない婚約書(仮)を無邪気な笑顔で持っている幼稚園児の男女。男のほうは俺に似ている·····というか俺だ。この鼻水を垂らして、あほ面をかましているのは残念ながら間違いなく俺だっ(泣)。
女の子の方も特徴的な美しい銀髪だし、端正な顔のパーツの端々に今の篠塚の面影が見られる。
篠塚 椋薇に間違いない。
ってことはこの婚約書(仮)は俺と篠塚 椋薇との間に交わされた物なのか?
「私の身も心も貴方に捧げます」
「·····え⁉」
「結婚するんだから! 私たち」
篠塚は「当然でしょ?」と言わんばかりの顔をしつつも、顔を赤らめる。
これって·····
「これはどういう状況だ?」
つい、リヴ〇イ兵長の千倍は間抜けな声で、そう言ってしまった。生まれて初めて、俺は空いた口が塞がらない状態を経験している。
「もう。とぼけちゃって! きー君の恥ずかしやさん♪」
何がどうなってる?
俺のことを、そのあだ名で呼ぶのは家族だけだ。
「おじいちゃんに頼んでもう二人で住む家も用意しといたんだから! はい、これ合鍵!」
そう言って満面の笑顔で鍵を俺の胸に押し付けてくる。
俺の脳内は今、極度の混乱にある·····。
俺はこんな銀髪美少女と婚約した覚えはない‼
写真という証拠もあることだし、俺が忘れているのか?
それとも、この写真自体が合成で詐欺か何かの道具として利用している?
なら、今俺に押し付けられている合鍵は何なんだ?
とにかく、同じ幼稚園であるか確かめねばっ!
「お前、本当に俺と同じ幼稚園だったのか?」
「はい」
「幼稚園の名前は?」
「変な質問ですね。市立桜幼稚園ですよ?」
合っている。俺が通っていた幼稚園だ。
じゃあ、貴一君検定一級(貴一のことは貴一と同じぐらい知っているので、嫁にもらってもいいレベル)の質問だっ!
「俺が使っていた手提げバッグに書かれていたキャラは?」
「ドラ〇ンボールの悟〇がスーパーサイ〇人スリーになったやつですね」
「俺の口癖は?」
「オラに元気を分けてくれ! ですね」
「俺がリス組の時に告白した人は?」
「しょうこ先生です」
「俺が当時挑戦していたことは?」
「スーパーサイ〇人になるとか言って、いつも力んでましたね。それが原因でお漏らしもしてたなあ」
「俺が幼稚園にいつも持って行って読んでいた本は?」
「そらまめくんのベットですね。きー君読み終わったら毎回号泣してたんだから。今思うと、どこに号泣する要素があるのか分からないけど、きー君が泣いてるから私も泣いてたなあ」
くそおおおおおおおおおおおおお!!
難易度高めの恥ずかしいことまで完璧に答えられるだとっ。だめだ。こいつはここで消さないと·····バラされるとヤバい事ばっか覚えてやがるっ。
これだけ俺のこと知っているって事は、かなり仲の良かったやつなんだろう。だが、やはり思い出せない。
俺は幼稚園の事なんてほとんど忘れてしまっている。小学校、中学校と連続して受験したストレスのせいだと思う。
「お前が俺と親しい存在だったのは分かった。でも、すまない。お前のことを思い出せない」
「そ、そんな‼」
篠塚は悲痛に顔をゆがめた。その手から鍵が落ちた。渡り廊下のコンクリート製の床にあたって、無機物的な音が周囲に広がる。
「思い出せない以上、お前と結婚することなどできないし、もちろん、この合鍵も受け取ることは出来ない」
俺は落ちた鍵を拾ってホコリを払い、それを篠塚の手に戻した。
これで良かったんだ。いきなり、よく知らない人に同棲だの結婚だの迫られたら、誰だってこうするだろう。
たとえ相手が銀髪美少女だったとしてもだ。
この事は忘れて明日から、また普通の日常を楽しもう。早く帰って俺はおじゃ〇丸の録画したのを見ないといけない。
俺は靴箱に向かうべく篠塚に背を向けた。
「待って」
篠塚が俺の腕に抱きつき、俺の歩みを止めた。腕を包む柔らかい二つの半球体の熱が伝わってくる。その感触は十七歳童貞の俺の歩みを止めるには十分すぎる力を持っている。
「すまない。俺は帰ってしなければならない大事な用事があるんだ。帰らせていただきたい」
そう言いつつ篠塚の顔を見て驚いた。
篠塚の瞳から、雫が途切れることなく流れていた。
「え?その、あの……」
ど、どうすれば? 今グーグル先生には頼れないし·····
篠塚は声を詰まらせ、
「きー君·····忘れたとか·····言わないで。私は、きー君のこと忘れたことなんて一度もないのにっ」
今、スマホを取り出せるものなら「女 涙 止め方」で検索できるけどな。
人気がないと言っても、まだ学校には多くの生徒が残っている。こんな状況を誰かに見られたら、転校生を初日に泣かせたヤバイ人というレッテルを張られてしまう。
ただでさえ、何故か、好きなアニメについて熱く語ったらみんなに引かれるというのに、ヤンキーのレッテルまで背負って学校生活を送るなど俺には耐えられないっ!
「あの、泣き止んでください」
それがスカスカの恋愛脳を振り絞って出したセリフだった。これで泣き止むのなら、そもそも泣いてないだろうな。
案の上、篠塚は泣き止まない。
このまま無視して逃げちゃうか?
いや、でもそれで明日誰かに言いつけられたら、俺は社会的に死ぬ。
「どうしたら、泣き止むんだ? お前」
「きー君が私のことを思い出したらです」
それが一番難しいんですけどっ!
「そんな事言われても·····思い出せないものは思い出せないし」
篠塚は一向に俺の腕を離そうとしない。
「忘れたなんて、許さないんだからっ!」
篠塚の瞳は、俺をジッと捉えて離さない。女子の顔も直視できない陰キャの俺には結構恥ずかしい。
「忘れたもんは、しょうがないです」
「こうなったら力尽くで思い出させます!」
「どうやるんだよ?」
「幼稚園の時、きー君といつも私は一緒にいました。だから、きー君のそばに私がずっと居ることで思い出してもらいます!」
ナニイッテンノ、コイツ?
そんな事で記憶が戻るのってアンビ〇ーバボーに出てくる人達ぐらいでしょ。
「迷惑なんだが」
「迷惑? 小学校と中学校と高校一年生の間の十年間私の心を奪い続けたきー君のほうが迷惑ですよ。どうしてくれるんですか?」
そんな事言われてもさ·····
「俺はどうしたら·····?」
「私と同棲して、結婚すればいいんですよ」
ふふんっと鼻歌交じりに篠塚。それが可能な事なら今すぐにしているのだが。
「あのな、篠塚。お前は今日この高校に転校してきたばかりだ。だから俺はお前のことはよく知らない。そしてそれはお前も一緒だ。お前は幼稚園の時の俺の事しか知らない。今の俺がどんな人間なのか知らないだろ?」
「まあ、そういうことになりますけど·····」
「どんな奴か知らないやつに急に同棲だの結婚だの迫るもんじゃない。俺が変態だったらどうするつもりだったんだ? お前は·····その·····綺麗だ。だから変態だったらすぐに同棲してお前にあんなことや、こんなことをしていたかも知れないんだぞ?」
「きー君·····綺麗だってもう一回言って?」
上目遣いの篠塚。
俺の話を聞け。
「黙れ。それに、俺もよく知らない女の子と同棲なんてしたくない。いろいろ気にして神経擦り切れてごぼうみたいになっちまうわ。フリーザの部下のバーダックの如くな」
「きー君·····そのギャグ、面白くないよ?」
「黙れ。だから俺はお前と同棲も結婚もできない。結婚はしたかったとしても、できないけど。それじゃあな。俺は帰るからっ」
今度こそ俺は帰るっ。そしてお〇ゃる丸を見て癒される。
「ちょっと待って、きー君」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「きー君は良く知らない人とは同棲も結婚もできないって言ったよね」
「ああ。そうだけど?」
「もう♪ きー君たら恥ずかしがり屋なんだからっ。久しぶりに会ってお互いに変わった所を知りたいから、お付き合いから始めようって、ちゃんと言ってくれたらいいのに♪」
「どう解釈したらそうなるんだよっ。お前、俺の話聞いてたのか?」
「分かった。お付き合いから始めよっ。きー君は今日から私の彼氏ね!」
こいつ現在進行形で話聞いていないっ!
「なんでそうなるんだよっ?」
「ああっ。嬉しすぎてメイクが崩れちゃうっ。直してくりゅっ」
「嬉しすぎて崩れるメイクがあるかっ。あ、おい! 待てっ! 逃げるな‼」
自分の顔を両手で覆い、疾風の如く篠塚は走り去った。あいつ、すっぴんだったよな?
篠塚のシャンプーの香りが辺りに漂っている。
「何だったんだ·····あいつ?」
今日から俺が自分の彼氏だ。そう言い放った篠塚はその後、戻って来ることはなかった。
新年度早々、変な奴に絡まれてしまった。篠塚の席は俺の隣。明日、俺はどんな顔して学校に行けば良いのか·····。
でもまあ良い。さっさと家に帰って押しキャラの某伝書蛍のデン〇でも愛でるか。
俺は家路を急ぐ。
右腕にかすかに残る篠塚の胸の感触が少し鬱陶しかった。
夕暮れ時。俺を呼び止めた転校生の少女は、開口一番にそう言った。
渡り廊下に斜めから差した陽が、その艶やかな銀髪を紅く染める。グラウンドから、運動部の連中の空元気な声が聞こえてくる。そのせいで、会話の間の静けさが際立つ。
今日は高二の一学期始業式だった。式そのものは昼に終わった。でも、その後、生徒会の雑用を押し付けられ、結局帰る頃には太陽が随分、地平線に近づいていた。急いで廊下を走っているところに、「話があるんだけど」と声をかけられたのだ。
高校にしては珍しい転校生は·····
「ずっと、再会できる、この時を待ってたんだからっ」
などと意味不明なことを供述しており·····
「私たち、やっと夫婦に成れるのねっ‼」
目には光るものを湛えている。
傍から見ると、いわゆる、感動的な再会と言える場面なんだけど·····。
うーむ·····全く覚えがない。
俺の前世は在原業平か何かだったのか?
「あの日の約束の紙だって、ちゃんと持ってるんだよっ。片時も手放したことなんてないんだから‼」と、少女は何やら黄ばんだ紙を俺に見せてくる。
そこには崩れた字で、こう書いてあった。
「ぼく、あねこうじ きいちは、おおきくなったら、りょうびちゃんとけっこんします」
漢字を一切使っていない。
幼稚園児ぐらいの人間が書いたみたいだ。
それはまあ、良いのだが、大きな問題がある。姉小路貴一というのは俺の名前。そして、りょうびちゃんというのは、僕の目の前でこの紙をひらつかせている銀髪少女、篠塚 椋薇の名前である事だ。
姉小路 貴一という人間は日本中探せば何人かいるだろうし、篠塚 椋薇もまたしかり。偶然の一致である可能性もある。
しかし、黄ばんだ紙と共に、篠塚の白い手が持つ写真が俺の関係を主張している。
そこに写っているのは、まだ黄ばんでいない婚約書(仮)を無邪気な笑顔で持っている幼稚園児の男女。男のほうは俺に似ている·····というか俺だ。この鼻水を垂らして、あほ面をかましているのは残念ながら間違いなく俺だっ(泣)。
女の子の方も特徴的な美しい銀髪だし、端正な顔のパーツの端々に今の篠塚の面影が見られる。
篠塚 椋薇に間違いない。
ってことはこの婚約書(仮)は俺と篠塚 椋薇との間に交わされた物なのか?
「私の身も心も貴方に捧げます」
「·····え⁉」
「結婚するんだから! 私たち」
篠塚は「当然でしょ?」と言わんばかりの顔をしつつも、顔を赤らめる。
これって·····
「これはどういう状況だ?」
つい、リヴ〇イ兵長の千倍は間抜けな声で、そう言ってしまった。生まれて初めて、俺は空いた口が塞がらない状態を経験している。
「もう。とぼけちゃって! きー君の恥ずかしやさん♪」
何がどうなってる?
俺のことを、そのあだ名で呼ぶのは家族だけだ。
「おじいちゃんに頼んでもう二人で住む家も用意しといたんだから! はい、これ合鍵!」
そう言って満面の笑顔で鍵を俺の胸に押し付けてくる。
俺の脳内は今、極度の混乱にある·····。
俺はこんな銀髪美少女と婚約した覚えはない‼
写真という証拠もあることだし、俺が忘れているのか?
それとも、この写真自体が合成で詐欺か何かの道具として利用している?
なら、今俺に押し付けられている合鍵は何なんだ?
とにかく、同じ幼稚園であるか確かめねばっ!
「お前、本当に俺と同じ幼稚園だったのか?」
「はい」
「幼稚園の名前は?」
「変な質問ですね。市立桜幼稚園ですよ?」
合っている。俺が通っていた幼稚園だ。
じゃあ、貴一君検定一級(貴一のことは貴一と同じぐらい知っているので、嫁にもらってもいいレベル)の質問だっ!
「俺が使っていた手提げバッグに書かれていたキャラは?」
「ドラ〇ンボールの悟〇がスーパーサイ〇人スリーになったやつですね」
「俺の口癖は?」
「オラに元気を分けてくれ! ですね」
「俺がリス組の時に告白した人は?」
「しょうこ先生です」
「俺が当時挑戦していたことは?」
「スーパーサイ〇人になるとか言って、いつも力んでましたね。それが原因でお漏らしもしてたなあ」
「俺が幼稚園にいつも持って行って読んでいた本は?」
「そらまめくんのベットですね。きー君読み終わったら毎回号泣してたんだから。今思うと、どこに号泣する要素があるのか分からないけど、きー君が泣いてるから私も泣いてたなあ」
くそおおおおおおおおおおおおお!!
難易度高めの恥ずかしいことまで完璧に答えられるだとっ。だめだ。こいつはここで消さないと·····バラされるとヤバい事ばっか覚えてやがるっ。
これだけ俺のこと知っているって事は、かなり仲の良かったやつなんだろう。だが、やはり思い出せない。
俺は幼稚園の事なんてほとんど忘れてしまっている。小学校、中学校と連続して受験したストレスのせいだと思う。
「お前が俺と親しい存在だったのは分かった。でも、すまない。お前のことを思い出せない」
「そ、そんな‼」
篠塚は悲痛に顔をゆがめた。その手から鍵が落ちた。渡り廊下のコンクリート製の床にあたって、無機物的な音が周囲に広がる。
「思い出せない以上、お前と結婚することなどできないし、もちろん、この合鍵も受け取ることは出来ない」
俺は落ちた鍵を拾ってホコリを払い、それを篠塚の手に戻した。
これで良かったんだ。いきなり、よく知らない人に同棲だの結婚だの迫られたら、誰だってこうするだろう。
たとえ相手が銀髪美少女だったとしてもだ。
この事は忘れて明日から、また普通の日常を楽しもう。早く帰って俺はおじゃ〇丸の録画したのを見ないといけない。
俺は靴箱に向かうべく篠塚に背を向けた。
「待って」
篠塚が俺の腕に抱きつき、俺の歩みを止めた。腕を包む柔らかい二つの半球体の熱が伝わってくる。その感触は十七歳童貞の俺の歩みを止めるには十分すぎる力を持っている。
「すまない。俺は帰ってしなければならない大事な用事があるんだ。帰らせていただきたい」
そう言いつつ篠塚の顔を見て驚いた。
篠塚の瞳から、雫が途切れることなく流れていた。
「え?その、あの……」
ど、どうすれば? 今グーグル先生には頼れないし·····
篠塚は声を詰まらせ、
「きー君·····忘れたとか·····言わないで。私は、きー君のこと忘れたことなんて一度もないのにっ」
今、スマホを取り出せるものなら「女 涙 止め方」で検索できるけどな。
人気がないと言っても、まだ学校には多くの生徒が残っている。こんな状況を誰かに見られたら、転校生を初日に泣かせたヤバイ人というレッテルを張られてしまう。
ただでさえ、何故か、好きなアニメについて熱く語ったらみんなに引かれるというのに、ヤンキーのレッテルまで背負って学校生活を送るなど俺には耐えられないっ!
「あの、泣き止んでください」
それがスカスカの恋愛脳を振り絞って出したセリフだった。これで泣き止むのなら、そもそも泣いてないだろうな。
案の上、篠塚は泣き止まない。
このまま無視して逃げちゃうか?
いや、でもそれで明日誰かに言いつけられたら、俺は社会的に死ぬ。
「どうしたら、泣き止むんだ? お前」
「きー君が私のことを思い出したらです」
それが一番難しいんですけどっ!
「そんな事言われても·····思い出せないものは思い出せないし」
篠塚は一向に俺の腕を離そうとしない。
「忘れたなんて、許さないんだからっ!」
篠塚の瞳は、俺をジッと捉えて離さない。女子の顔も直視できない陰キャの俺には結構恥ずかしい。
「忘れたもんは、しょうがないです」
「こうなったら力尽くで思い出させます!」
「どうやるんだよ?」
「幼稚園の時、きー君といつも私は一緒にいました。だから、きー君のそばに私がずっと居ることで思い出してもらいます!」
ナニイッテンノ、コイツ?
そんな事で記憶が戻るのってアンビ〇ーバボーに出てくる人達ぐらいでしょ。
「迷惑なんだが」
「迷惑? 小学校と中学校と高校一年生の間の十年間私の心を奪い続けたきー君のほうが迷惑ですよ。どうしてくれるんですか?」
そんな事言われてもさ·····
「俺はどうしたら·····?」
「私と同棲して、結婚すればいいんですよ」
ふふんっと鼻歌交じりに篠塚。それが可能な事なら今すぐにしているのだが。
「あのな、篠塚。お前は今日この高校に転校してきたばかりだ。だから俺はお前のことはよく知らない。そしてそれはお前も一緒だ。お前は幼稚園の時の俺の事しか知らない。今の俺がどんな人間なのか知らないだろ?」
「まあ、そういうことになりますけど·····」
「どんな奴か知らないやつに急に同棲だの結婚だの迫るもんじゃない。俺が変態だったらどうするつもりだったんだ? お前は·····その·····綺麗だ。だから変態だったらすぐに同棲してお前にあんなことや、こんなことをしていたかも知れないんだぞ?」
「きー君·····綺麗だってもう一回言って?」
上目遣いの篠塚。
俺の話を聞け。
「黙れ。それに、俺もよく知らない女の子と同棲なんてしたくない。いろいろ気にして神経擦り切れてごぼうみたいになっちまうわ。フリーザの部下のバーダックの如くな」
「きー君·····そのギャグ、面白くないよ?」
「黙れ。だから俺はお前と同棲も結婚もできない。結婚はしたかったとしても、できないけど。それじゃあな。俺は帰るからっ」
今度こそ俺は帰るっ。そしてお〇ゃる丸を見て癒される。
「ちょっと待って、きー君」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「きー君は良く知らない人とは同棲も結婚もできないって言ったよね」
「ああ。そうだけど?」
「もう♪ きー君たら恥ずかしがり屋なんだからっ。久しぶりに会ってお互いに変わった所を知りたいから、お付き合いから始めようって、ちゃんと言ってくれたらいいのに♪」
「どう解釈したらそうなるんだよっ。お前、俺の話聞いてたのか?」
「分かった。お付き合いから始めよっ。きー君は今日から私の彼氏ね!」
こいつ現在進行形で話聞いていないっ!
「なんでそうなるんだよっ?」
「ああっ。嬉しすぎてメイクが崩れちゃうっ。直してくりゅっ」
「嬉しすぎて崩れるメイクがあるかっ。あ、おい! 待てっ! 逃げるな‼」
自分の顔を両手で覆い、疾風の如く篠塚は走り去った。あいつ、すっぴんだったよな?
篠塚のシャンプーの香りが辺りに漂っている。
「何だったんだ·····あいつ?」
今日から俺が自分の彼氏だ。そう言い放った篠塚はその後、戻って来ることはなかった。
新年度早々、変な奴に絡まれてしまった。篠塚の席は俺の隣。明日、俺はどんな顔して学校に行けば良いのか·····。
でもまあ良い。さっさと家に帰って押しキャラの某伝書蛍のデン〇でも愛でるか。
俺は家路を急ぐ。
右腕にかすかに残る篠塚の胸の感触が少し鬱陶しかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる