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序章:断罪の儀
祝祭の朝に -前編-
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翌朝、空気はどこか冷え込んでいた。
婚礼の儀は、大きく、朝、昼、夜の三部に分けて執り行われる。
朝、男性側が朝日の昇る前に沐浴をし、一人静かに祈りを捧げる。
昼、男女並び、皆に見守られながら祈りを捧げる。
夜、夕日の沈んだ後、今度は女性側が沐浴をし、一人静かに祈りを捧げる──
婚礼の儀というと、一般には盛大に行われる、昼の祈りのことだけを指すことが多かったが、
三度の祈りが捧げられなかったことは過去に一度もなかった。
リオネルもこれまでの例に倣い、夜の明ける前から祈りを捧げていたが、ちょうど朝の儀式から自室に戻った彼のもとに、ひとつの知らせが届く。
「聖女ミラ様が、お時間をいただけないか、と」
「こんな朝早くに何のつもりだ、聖女は?」
「婚礼の儀について、どうしても、とのことでして……」
その名に、リオネルは眉をひそめた。
彼女は聖女であり、長らく信頼を寄せてきた人物である。
だが、一瞬躊躇した理由──彼女は、彼の心の“隙間”に、最も静かに入り込んでくる者でもあった。
面会の間。
ミラはすでに、儀式用の祭衣を身にまとった姿であった。
静かに立ち、目を伏せたまま深く頭を垂れる。
「早朝よりお騒がせ奉り申し訳ございません。殿下におかせられましては、婚礼の儀の最中でいらっしゃいます中、このようなご無礼をお許しください。しかし、だからこそ、どうしても、お伝えしなければならないことがあり、こうして参りました次第でございます」
「……構わない。話してくれ」
ミラは顔を上げ、リオネルの目をまっすぐに見ると、ゆっくり口を開いた。
「神託が……今、この国の新たな兆しを示しています」
「神託……。あの文言が、か?」
「ええ。これは、あくまで一つの解釈にすぎません。しかし……」
彼女は震える声で続けた。
「“光を戴き、闇を孕みし者”──この一文が、クラリス様のことではないかと、私は……思えてならないのです」
「……!」
リオネルの表情がわずかに歪む。
確かにそのような噂話がいつの間にか王宮中に広まっていることは、一度クラリスからも聞いたことがあった。
神託の予言が現実のものになるという噂。
神託に書かれているのはクラリスではないかという噂。
いつの日から聞こえるようになったかは定かではないが、リオネルの耳にも届いてはいた。
だが、クラリスに限ってそんなことは、という思いが、リオネルの耳を閉じさせていた。
「それは、ただの噂ではないのか。まさか、聖女の口からそのようなつまらぬ噂話を聞かされるとは……」
ミラからの返事は無かった。それはあえて、リオネルの口から言わせようとしているようでもあった。
「では、本当に、クラリスが、災いの象徴だと?」
静かにうなずく。
「……私も噂だと、そう信じておりました。ですが、我々教会にて、神託、クラリス様の加護にまつわる記録との関連性など、詳しくお調べいたしました結果……これは噂話にはとどまらないと──」
ミラは一瞬、言葉をためらうそぶりを見せたが、意を決したように続けた。
「そして……民の一部では、彼女を“見ていると胸がざわつく”という声も」
「何をバカな……」
それは根拠とは言いがたい。ただの“空気”にすぎない。
だが、それを最も巧みに使う者が、今そこにいた。
「もちろん、大司教猊下も、この事をご存じです」
「叔父上が……」
リオネルは椅子の背に寄りかかり、目を閉じた。
「クラリスを……私は……」
その言葉を遮るように、ミラが手を取る。
「どうか、殿下ご自身の目でお確かめください。
私は、神に仕える身として、それだけをお願いにまいりました」
その声は、まさに祈りだった。
あまりにも、純粋すぎるほどに。
婚礼の儀は、大きく、朝、昼、夜の三部に分けて執り行われる。
朝、男性側が朝日の昇る前に沐浴をし、一人静かに祈りを捧げる。
昼、男女並び、皆に見守られながら祈りを捧げる。
夜、夕日の沈んだ後、今度は女性側が沐浴をし、一人静かに祈りを捧げる──
婚礼の儀というと、一般には盛大に行われる、昼の祈りのことだけを指すことが多かったが、
三度の祈りが捧げられなかったことは過去に一度もなかった。
リオネルもこれまでの例に倣い、夜の明ける前から祈りを捧げていたが、ちょうど朝の儀式から自室に戻った彼のもとに、ひとつの知らせが届く。
「聖女ミラ様が、お時間をいただけないか、と」
「こんな朝早くに何のつもりだ、聖女は?」
「婚礼の儀について、どうしても、とのことでして……」
その名に、リオネルは眉をひそめた。
彼女は聖女であり、長らく信頼を寄せてきた人物である。
だが、一瞬躊躇した理由──彼女は、彼の心の“隙間”に、最も静かに入り込んでくる者でもあった。
面会の間。
ミラはすでに、儀式用の祭衣を身にまとった姿であった。
静かに立ち、目を伏せたまま深く頭を垂れる。
「早朝よりお騒がせ奉り申し訳ございません。殿下におかせられましては、婚礼の儀の最中でいらっしゃいます中、このようなご無礼をお許しください。しかし、だからこそ、どうしても、お伝えしなければならないことがあり、こうして参りました次第でございます」
「……構わない。話してくれ」
ミラは顔を上げ、リオネルの目をまっすぐに見ると、ゆっくり口を開いた。
「神託が……今、この国の新たな兆しを示しています」
「神託……。あの文言が、か?」
「ええ。これは、あくまで一つの解釈にすぎません。しかし……」
彼女は震える声で続けた。
「“光を戴き、闇を孕みし者”──この一文が、クラリス様のことではないかと、私は……思えてならないのです」
「……!」
リオネルの表情がわずかに歪む。
確かにそのような噂話がいつの間にか王宮中に広まっていることは、一度クラリスからも聞いたことがあった。
神託の予言が現実のものになるという噂。
神託に書かれているのはクラリスではないかという噂。
いつの日から聞こえるようになったかは定かではないが、リオネルの耳にも届いてはいた。
だが、クラリスに限ってそんなことは、という思いが、リオネルの耳を閉じさせていた。
「それは、ただの噂ではないのか。まさか、聖女の口からそのようなつまらぬ噂話を聞かされるとは……」
ミラからの返事は無かった。それはあえて、リオネルの口から言わせようとしているようでもあった。
「では、本当に、クラリスが、災いの象徴だと?」
静かにうなずく。
「……私も噂だと、そう信じておりました。ですが、我々教会にて、神託、クラリス様の加護にまつわる記録との関連性など、詳しくお調べいたしました結果……これは噂話にはとどまらないと──」
ミラは一瞬、言葉をためらうそぶりを見せたが、意を決したように続けた。
「そして……民の一部では、彼女を“見ていると胸がざわつく”という声も」
「何をバカな……」
それは根拠とは言いがたい。ただの“空気”にすぎない。
だが、それを最も巧みに使う者が、今そこにいた。
「もちろん、大司教猊下も、この事をご存じです」
「叔父上が……」
リオネルは椅子の背に寄りかかり、目を閉じた。
「クラリスを……私は……」
その言葉を遮るように、ミラが手を取る。
「どうか、殿下ご自身の目でお確かめください。
私は、神に仕える身として、それだけをお願いにまいりました」
その声は、まさに祈りだった。
あまりにも、純粋すぎるほどに。
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