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1章:辺境の村、風の道
届ける者
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日が高くなるにつれて、村はにわかに賑やかさを増していた。
収穫の時期が近づいているのだろう。大人たちは畑に出て、子どもたちも手伝いながら村中総出で、泥にまみれていた。
その光景の片隅に、クラリスの姿があった。
袖をまくり、腰をかがめ、土にまみれた根菜をひとつひとつ丁寧に洗っている。
宮廷の香油の香りも、きらびやかなドレスも無い。
だが今の方が、自分はずっと“生きている”と感じられた。
老女が一人、クラリスのもとにふらりと寄ってきた。
「よくやってるねぇ。バルバラから聞いてるよ。あんたみたいなお嬢様には無理だろうと思っていたがね」
「こう見えて、小さい頃はここと似たような村で暮らしていたんですよ」
クラリスは顔をあげると笑顔で答えた。
「……こんな辺境にだって、”愉快”な話はすぐに届く。あんたが来た時期が時期だけにね、王都の“神託の騒ぎ”と無関係なはずがないと思ってたが」
老女の視線は鋭いものだったが、クラリスには、もう何も隠すつもりは無かった。
「私は……王太子の許嫁でした。でも、神託にある“聖の座を汚すもの”だと言われ、王都を追い出されました」
クラリスは苦笑すると視線を下げた。
「ふん。捨てられたってわけだ」
「……はい。でも、今はそれもよかったと思っています」
土を洗う手が止まる。
老女は、じっとその横顔を見つめたあと、小さくうなずいた。
「うん。そうさね。……あんたは“あんた”だ。畑仕事も様になってるよ」
クラリスは静かに頭を下げた。
「ありがとうございます……」
それからしばらくして、夕暮れが近づいたころ。
セラヴィアが村の薬草棚の前で、仕分けをしている姿を見つけた。
クラリスは、少し迷ったが、やがてためらいがちに声をかけた。
「……加護って、何のためにあると思いますか?」
セラヴィアは手を止めたが、顔は向けなかった。
「わたしは人を救うためなんて考えたことはないわね。ただ、“そこにあった”から使ってきただけね」
「私は……これまで、人を癒したり、救ったりなんてことが、私にできるとは思えなかったんです。でも、今は少しだけ……“届けたい”と思うんです」
クラリスが言い終わると、セラヴィアはゆっくりとクラリスの方に振り返った。
「あは……いいわ、それ。最初は絹に包まれた”お姫様”かと思ってたけど。今は──泥にまみれた、加護師」
言い終わると、セラヴィアは仕訳を再開しだしたが、やがて小さくつぶやいた。
「“与える”者は選ばれる。“届ける”者は、自分で選ぶ」
“その力を届ければいい、自分で選んだ誰かのために”
その夜、クラリスはひとりで納屋の外に出て、星を見上げた。
自分には、身分や、証も、称号もいらない。ただ、明日もまた誰かこの力を必要とする人たちのためになれれば、それでいい。
クラリスは、セラヴィアに言われた言葉を、繰り返した。
「“与える”者は選ばれる。“届ける”者は、自分で選ぶ──」
名もなき加護師として、彼女の祈りは、静かにこの地に小さな灯りをともし始めていた。
収穫の時期が近づいているのだろう。大人たちは畑に出て、子どもたちも手伝いながら村中総出で、泥にまみれていた。
その光景の片隅に、クラリスの姿があった。
袖をまくり、腰をかがめ、土にまみれた根菜をひとつひとつ丁寧に洗っている。
宮廷の香油の香りも、きらびやかなドレスも無い。
だが今の方が、自分はずっと“生きている”と感じられた。
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クラリスは顔をあげると笑顔で答えた。
「……こんな辺境にだって、”愉快”な話はすぐに届く。あんたが来た時期が時期だけにね、王都の“神託の騒ぎ”と無関係なはずがないと思ってたが」
老女の視線は鋭いものだったが、クラリスには、もう何も隠すつもりは無かった。
「私は……王太子の許嫁でした。でも、神託にある“聖の座を汚すもの”だと言われ、王都を追い出されました」
クラリスは苦笑すると視線を下げた。
「ふん。捨てられたってわけだ」
「……はい。でも、今はそれもよかったと思っています」
土を洗う手が止まる。
老女は、じっとその横顔を見つめたあと、小さくうなずいた。
「うん。そうさね。……あんたは“あんた”だ。畑仕事も様になってるよ」
クラリスは静かに頭を下げた。
「ありがとうございます……」
それからしばらくして、夕暮れが近づいたころ。
セラヴィアが村の薬草棚の前で、仕分けをしている姿を見つけた。
クラリスは、少し迷ったが、やがてためらいがちに声をかけた。
「……加護って、何のためにあると思いますか?」
セラヴィアは手を止めたが、顔は向けなかった。
「わたしは人を救うためなんて考えたことはないわね。ただ、“そこにあった”から使ってきただけね」
「私は……これまで、人を癒したり、救ったりなんてことが、私にできるとは思えなかったんです。でも、今は少しだけ……“届けたい”と思うんです」
クラリスが言い終わると、セラヴィアはゆっくりとクラリスの方に振り返った。
「あは……いいわ、それ。最初は絹に包まれた”お姫様”かと思ってたけど。今は──泥にまみれた、加護師」
言い終わると、セラヴィアは仕訳を再開しだしたが、やがて小さくつぶやいた。
「“与える”者は選ばれる。“届ける”者は、自分で選ぶ」
“その力を届ければいい、自分で選んだ誰かのために”
その夜、クラリスはひとりで納屋の外に出て、星を見上げた。
自分には、身分や、証も、称号もいらない。ただ、明日もまた誰かこの力を必要とする人たちのためになれれば、それでいい。
クラリスは、セラヴィアに言われた言葉を、繰り返した。
「“与える”者は選ばれる。“届ける”者は、自分で選ぶ──」
名もなき加護師として、彼女の祈りは、静かにこの地に小さな灯りをともし始めていた。
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