王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。

實藤圭

文字の大きさ
26 / 44
1章:辺境の村、風の道

ノクテスペラ

しおりを挟む
 その夜、村はひどく静かだった。
 風も止み、虫の音すら遠く、星だけが冷たく輝いていた。

 クラリスは村外れの小高い丘に立っていた。
 手には籠。中には村の子どもたちと摘んだ、薬草や果実の皮が収められている。
 効き目をあげるためにも、よく風にさらして乾かすのが習わしだと教えられたが、確かにここには干し台が数多く並べられていた。

 しかし、彼女の目を惹いたのは別のものだった。

 丘の斜面──月明かりの中で、淡く揺れて咲いているそれ。

 ノクテスペラ。

 夜にしか花を開かないという、不思議な草。
 夜露を受けて薄紫に染まるその花は、まるで静かに光っているようだった。

「きれい……」

 思わず声が、月のもとでこぼれた。


 村では普通に生けられたり、薬草としての利用価値もある普通の植物だが、学者や、一儲けしようとした商人らが、何度か試みてはみたものの、どういうわけかこの地域でしか生育しないらしい。
 そのため、王都や他の地域では非常に高値で取引されるのだと、バルバラが言っていた。

「まあ、この村の特産品だね」

 特に群生地には花を盗賊たちから守るための自警団もいると、誇らしげに語っていたことを思い出す。


「クラリスさん!」

 背後から声がかかる。振り返ると、朝の少女がまたひとりで駆けて来る。
 小さな手には、花を一輪、大事そうに握っていた。
 それは目の前で咲く花だった。

「この花、闇待ち草っていうの。クラリスさんにあげる」

 少女は、恥ずかしそうにクラリスの顔を見上げる。

「闇待ち草……?」
「夜になってから咲くからそう呼ぶんだって。よく眠るためのお薬にもなるんだよ」
「それもセラヴィアさんが?」

 視線を合わせるように、クラリスは膝をつく。

「ううん。村のみんな知ってるよ。みんな頭の下に敷いて寝るの」 
「へえ、そうなのね。ありがとう」

 クラリスは、そっと少女の頭に手を置いた。

「えへへ。あとね……」

 少女は少し周りの人を気にするようなそぶりをしながら言った。

「──この花はね、この村にしか咲かないのよ。すごいでしょ」

 村の子供までもが、この花を大切に思っているのだろうなと、クラリスは思う。

「きっと、ここにしか咲きたくないって思ってるんだろうね」

 少女はそう言うと、ぽんと彼女の手にノクテスペラを渡した。

「……ありがとう」

 クラリスは受け取り、胸元に抱く。
 ──「ここにしか咲きたくない」、この花のように、自分も選べるように。



 そのまま、少女と並んで丘に座り、夜空を仰いだ。

 風が、また少しだけ動き始めていた。
 その流れの中で、クラリスはぽつりと独りごとのように呟く。

「わたしは……まだ、誰かの光にはなれないかもしれない。
 けれど、こうして、ここで咲くことはできる」

 少女はいつの間にか眠っていた。
 クラリスは、その肩にまとっていた毛布を少女にもかけると、もう一度目の前に咲く花を見た。

 ノクテスペラが月に照らされて揺れている。

 闇待ち草。それはひっそりと、けれど、とても美しく咲いていた。
 まるで「ここがいい」と言っているように、静かに咲いていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女らしくないと言われ続けたので、国を出ようと思います

菜花
ファンタジー
 ある日、スラムに近い孤児院で育ったメリッサは自分が聖女だと知らされる。喜んで王宮に行ったものの、平民出身の聖女は珍しく、また聖女の力が顕現するのも異常に遅れ、メリッサは偽者だという疑惑が蔓延する。しばらくして聖女の力が顕現して周囲も認めてくれたが……。メリッサの心にはわだかまりが残ることになった。カクヨムにも投稿中。

聖女を追放した国が滅びかけ、今さら戻ってこいは遅い

タマ マコト
ファンタジー
聖女リディアは国と民のために全てを捧げてきたのに、王太子ユリウスと伯爵令嬢エリシアの陰謀によって“無能”と断じられ、婚約も地位も奪われる。 さらに追放の夜、護衛に偽装した兵たちに命まで狙われ、雨の森で倒れ込む。 絶望の淵で彼女を救ったのは、隣国ノルディアの騎士団。 暖かな場所に運ばれたリディアは、初めて“聖女ではなく、一人の人間として扱われる優しさ”に触れ、自分がどれほど疲れ、傷ついていたかを思い知る。 そして彼女と祖国の運命は、この瞬間から静かにすれ違い始める。

婚約破棄されたら、実はわたし聖女でした~捨てられ令嬢は神殿に迎えられ、元婚約者は断罪される~

腐ったバナナ
ファンタジー
「地味で役立たずな令嬢」――そう婚約者に笑われ、社交パーティで公開婚約破棄されたエリス。 誰も味方はいない、絶望の夜。だがそのとき、神殿の大神官が告げた。「彼女こそ真の聖女だ」と――。 一夜にして立場は逆転。かつて自分を捨てた婚約者は社交界から孤立し、失態をさらす。 傷ついた心を抱えながらも、エリスは新たな力を手に、国を救う奇跡を起こし、人々の尊敬を勝ち取っていく。

聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
 聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。 ——————————————— 物語内のノーラとデイジーは同一人物です。 王都の小話は追記予定。 修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。

「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」 卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。 「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」 私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

聖女を怒らせたら・・・

朝山みどり
ファンタジー
ある国が聖樹を浄化して貰うために聖女を召喚した。仕事を終わらせれば帰れるならと聖女は浄化の旅に出た。浄化の旅は辛く、聖樹の浄化も大変だったが聖女は頑張った。聖女のそばでは王子も励ました。やがて二人はお互いに心惹かれるようになったが・・・

【完結】聖女と結婚するのに婚約者の姉が邪魔!?姉は精霊の愛し子ですよ?

つくも茄子
ファンタジー
聖女と恋に落ちた王太子が姉を捨てた。 正式な婚約者である姉が邪魔になった模様。 姉を邪魔者扱いするのは王太子だけではない。 王家を始め、王国中が姉を排除し始めた。 ふざけんな!!!   姉は、ただの公爵令嬢じゃない! 「精霊の愛し子」だ! 国を繁栄させる存在だ! 怒り狂っているのは精霊達も同じ。 特に王太子! お前は姉と「約束」してるだろ! 何を勝手に反故してる! 「約束」という名の「契約」を破っておいてタダで済むとでも? 他サイトにも公開中

処理中です...