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第四章

第二話 早いね。止まって見えるよ

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 扉を開け、来客の対応をしたその時、俺の前にいたのは人ではなく、スライムだった。

 某人気ゲームに登場するような、まん丸い形に先端は突起物になっているものではなく、オモチャのスライムのようにドロドロとした形状をしている。

 スライムがこの町に現れただと!

 確かに期間限定のイベントとして、モンスターが町の中に現れて人々を襲うイベントは存在している。だけど、こんなに早く限定イベントが発生するものなのか。

『プルプル、俺、悪いスライムじゃないよ!』

 このスライム、言葉を喋ることができる。と言うことは!

 ゲームの知識から引用し、このスライムの正体に気付いた俺は、直ぐに扉を閉めようとする。

『なんちゃって、隙あり!』

 扉を閉めようとした瞬間、スライムの肉体が触手のような形状に変わり、俺に突き刺そうとしてくる。

 頼む、間に合ってくれ!

 勢いよく扉を閉めたことで、どうにかやつの侵入を中途半端に止めることはできた。

 伸ばされたジェル状の体は扉に挟まれ、ウネウネと蠢いている。

「ユウリ、どうしたの!」

「カレン、悪いがキッチンから塩と砂糖を持って来てくれ」

「わ、分かった」

 急ぎ調味料を取って来るように言うと、クリーム色の髪を三つ編みとハーフアップの組み合わせにしている女の子が、キッチンへと向かって行く。

「諦めて帰ってくれ。今はお前と争っていられる状況ではない」

 このスライムは神の駒となった転生者だ。今はユニークスキルでスライムとなっている。

 ゼウスとの戦闘を終え、どうにか撤退することに成功した。だが、俺の体は疲弊している。

 今の状態でこいつと戦うことになれば、高確率でアレらをコピーされてしまう。

 俺だけの犠牲で済めば良いが、カレンやアリサたちまで被害を受ければ、とんでもない脅威となる。

「何? どうしたの? なんだか慌ただしいわね」

 先に部屋に戻っていたと思われるアリサまでもが、玄関にやって来てしまった。

 いや、最悪の状況を考えた場合は、手の届くところに居てもらった方が、彼女たちを守ることができるか。

 扉を押さえながらはみ出ているジェル状の肉体を殴る。

 拳がスライムの肉体に触れると、沈むと同時にあの独特な感触が伝わってくる。

 子供の頃はオモチャのスライムで遊んでいたが、今となってはこの感覚も少し気持ち悪いな。

 そんなことを考えながら、ひたすらはみ出ている箇所を殴る。しかし、スキルを発動していない今の俺の攻撃では、ジェル状の肉体を引っ込めることができなかった。

 そう言えば、スライムは痛覚を持たない。コアを破壊しない限りは、どんなに攻撃しても痛みを感じない設定だったよな。

『中々扉を開けてくれないね。まぁいいや。腕一本が入ってくれれば、いくらでもコピーすることができる』

 扉越しにスライムの声が聞こえ、思わず取っ手から手を離す。そして後方に跳躍してアリサの前に立った。

 すると、扉からはみ出ていたジェル状の肉体が手の形となり、器用にドアノブを握ると扉を開けてくる。

『あれ? どうして今の言葉で抵抗を止めたのかな? やっぱり彼女の情報どおり、君には何かしらの情報を持っていると判断した方が良さそうだね』

 扉越しにスライムの声が聞こえると、ゆっくりと扉が開かれる。そしてジェル状の体が屋敷の中へと入って来た。

『君は脅威となりそうだ。悪いが、ここで君を倒してその容姿とユニークスキルを利用させてもらうよ』

「何アレ? スライムなの?」

「アリサ、油断するな。やつは神の駒だ。俺たちを倒しき来た」

 金髪ツインアップの女の子に注意を促す。

『なるほど、情報どおりだ。君も俺と同じように神の駒同士で協力し合っているようだね。と言うことは、神の駒を統べる者ルーラーオブゴッドピーシーズのメンバーかな?』

 神の駒を統べる者ルーラーオブゴッドピーシーズ、それって確か、ゼウスがリーダーを努めている神の駒のチーム集団の名称だったはず。

 なるほど、彼は俺がゼウスの仲間だと思い込んで襲撃しに来たのか。そう言えば、本編でもゼウスとは敵対関係にあったよな。

『さぁ、君の遺伝子情報とユニークスキルを貰い受けるよ』

 スライムの体から無数の触手が現れて一斉に襲いかかってくる。

 仕方がない。少しムリをすることになるが、スキルを発動するしかない。

「【俊足スピードスター】【肉体強化エンハンスドボディー】!」

 二つのバフスキルを発動し、敵の攻撃に備える。素早くアリサを抱き抱えると、やつの攻撃の軌道を見破ろうとする。

 今はスキルの影響で、視野と動体視力までもが強化されている。そのお陰で触手の軌道が見えた。

 人間の視野は、片目で鼻側及び上側で約六十度、下側で約七十度、耳側に約九十度から百度と言われている。両目がほぼ平面の顔上にあるため、両目で同時に見える範囲が広く、左右百二十度を一度に見えることができるようになる。

 そのため、眼球を横に動かし、顔を少し横に動かしただけで、殆どの視覚をカバーすることができる。

 しかしそれだけでは高速で動くものを捉えることはできない。高速で動くものを捉えるには動体視力が必要だ。

 動体視力には縦横と前後の二種類があり、横や上下の動きに対するDⅤA動体視力、外眼筋を使わない前後の動きに対するKⅤA動体視力があるが、このそれぞれの動体視力が働くことによって、物事を瞬時に判断できるようになっている。

 触手の動きに反射的に動体視力が反応し、自然と目で追うことができた。

 僅かな動きで敵の触手を全て躱していく。

『うそだろう! どうして俺の攻撃が当たらない』

「残念だったな。お前の動きは全て見えている。確かにお前の攻撃は早い。だけど俺には止まって見えるよ」

『くそう。一度は言ってみたいセリフを言いやがって、羨ましいじゃないか』

 うん、正直に言って、俺も内心感動している。『早いね。止まって見えるよ』って言うセリフ格好良すぎるだろう。

「ユウリ、お待たせ! 言われた物を探すのに手間取っちゃった」

 敵の攻撃を避けていると、少し息を切らした状態でカレンがキッチンから戻ってくる。

「こうなったら、あの女を狙ってやる!」

 俺への攻撃をやめ、推しに向けて無数の触手が放たれた。

「カレン!」
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