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第五章

第十七話 ダークヒーロー

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 ~シャカール視点~





『何と! シャカール走者がマキョウダービーに参戦を表明した! しかも本来ならダービーをスルーすべきトリプルクイーン路線のウイニングライブとシャワーライトまでもが、ダービーに参加を表明! これは来月行われるマキョウダービーが大荒れになる予感がするぞ!』

 実況担当のアルティメットが会場を盛り上げる中、俺は踵を返して観客席を離れる。

 廊下を歩き、会場の外に向かっていると、角から1人の女の子が顔を出した。

 白髪の長い髪を先端部分で髪留めに纏め、まつ毛も長い女の子だ。頭にはケモノ族の特徴であるウサギ耳が付いている。

「ダークヒーローさんも大変ですね。彼女たちを助けるために、自分を犠牲にするなんて」

「クリープか? お前、いったい何を言っているんだ? 言葉の意味が分からないのだが?」

「あら、あら。誤魔化さなくても大丈夫ですよ。ママは全て分かっていますからね。優勝してトリプルクイーンの1冠を手にしたのに、観客たちから責められるシャワーライトちゃんを助けたではないですか。やっぱり、シャカール君は優しいです」

 おっとりとした口調でクリープが言葉を連ねる。

 やっぱりシェアハウスで一緒に暮らしているから、俺の行動が分かるようになっているのだろうな。でも、俺は今更この性格を変えるつもりはない。ここはシラを切り通すとするか。

「俺がシャワーライトを助けただと? 寝言は寝てから言えよ」

「もう、どうしてシャカール君はそんなに素直にならないのですか。そこは可愛げがなくてママは嫌いです」

 頬を膨らませ、クリープはプイッと顔を横に向ける。そしてチラリとこちらを見て、彼女は言葉を漏らした。

「自らウイニングライブさんを罵倒したことで、多くの人から注目を集め、今度は観客たちから嫌われるような言葉を吐き、怒りの矛先をシャカール君自身へと向けさせる。そして反撃の言葉を言い、ファンを大事にするウイニングライブさんたちまでの怒りを向けさせ、自然にヘイトを向ける相手をシャカール君1人にさせる。こうしてシャワーライトちゃんが、あれ以上責められるのを防いだ」

 彼女の言葉は的確だった。俺の行動から思考を読まれ、真実が彼女の口から告げられる。

 しかも話しが大袈裟になっていない分、真実味のある話しだ。

 ここまで言われれば、多くの人が降参するだろう。だけど俺は、筋金入りのバカだ。ここで降参して認めるのは面白くない。

「お前が言っているのは所詮妄想だ。俺の行動がたまたまあのような結果になったにすぎない。俺はあいつを助けるつもりはなかった。たまたまあいつらを救うような結果に繋がっただけだ。故意ではない」

 可能な限り抵抗をしてみると、クリープはゆっくりと距離を詰め、俺の目の前に立つと腕を回す。

 彼女に抱き締められ、彼女の胸の柔らかさを感じていると、鼓動が早鐘を打つ。

「おい、これは何の真似だ」

「ママがギュッて抱き締めて、頭を撫でて上げます。自分を傷付けてまで誰かを助けようとするような良い子には、その権利があります。だってそうじゃないですか。自分を犠牲にして誰かを助けたと言うのに、何もご褒美がなければ悲しいじゃないですか」

 抱擁を交わす理由をクリープが説明すると、俺の頭に彼女の手が乗せられる。そして優しい手つきで頭を撫で始めた。

「抱きしめるな! 頭を撫でるな! そもそも、お前が言っているのは妄言だ! 俺はお前が思うようなやつじゃない! 俺は悪いやつだ」

「なら、良い子になるように、ママがもっと愛情を込めて頭をなでなでしてあげます」

 どうにかして彼女から逃れようと言葉を言い放つも、全く聞く耳を持ってくれない。

 これはもう、彼女が俺の頭を撫でたいだけではないのか?

「うふふ、口では嫌がっても、抵抗しないと言うことは満更でもないんですよね。本当に嫌なら、もうとっくに抜け出していますもの」

 お前、本気で言っているのか! 人間とケモノ族とでは、そもそも身体能力に差があるじゃないか!

 普通に脱出しようとしても、素の力では彼女の腕から逃れることはできない。ここは肉体強化の魔法を使って脱出するとするか。

「エンハンスド……ムグッ!」

「ダメですよ。競技場内での魔法の使用は禁止です。建物を壊したらどうするのですか?」

 魔法を発動しようとした瞬間、俺を抱き締めていた腕の締め付けが強くなった。頭から手を離した腕の方も使われ、両手でホールドされると頭を彼女の胸に押し付けられる。

 わざとなのか、天然での行動の表れなのか分からない。

 俺は彼女の胸に顔を押し付けられたことで、魔法が中断されてしまった。

 このパターンは前にも見たことがある。いや、あれは夢だったか? まぁ、この際どっちでも良い。俺は一度彼女の胸に顔面を押し当てられ、窒息死しそうになったことがある。

 現状はあの時と酷似している。

 早く彼女の胸から脱出しないとあの時の二の舞だ。

 力を振り濡って彼女の腰と思われる場所を軽く叩く。

 頼む。ギブアップだと言うことに気付いてくれ。

「ひゃぁ! シャカール君、どこを触っているのですか!」

 どこって、腰じゃないのか?

 顔面を胸に押し当てられ、真っ暗な視界の中ではどこを触っているのか分からない。どこを触ったのかは分からないが、これだけは言おう。俺はあくまでも腰を触ったつもりでいる。

「もう、悪戯する悪い子にはお仕置きです」

 更に腕に力を入れられ、頭痛を感じてきた。

 これはやばい。頭を締め付けられて頭が潰れるか、酸欠で死ぬかの2択だ。

 次第に意識が遠退く中、瞼を閉じる。だが、最終的には俺は死ぬことはなかった。

 閉じていた瞼を開けて目が覚めたのは天界ではなく、競技場の医務室のベッドの上だった。

 俺が目覚めた後、クリープは何度も頭を下げて謝ったが、彼女からは悪戯であそこを触らないようにと注意をされた。

 俺はいったいどこを触ったのだろうか? 俺的には彼女の腰に触れたと思っていたのだが?
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