薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳

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第九章

第二十三話 シャカール、俺は君が欲しい

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「この前は済まなかった!」

 夏合宿も終わりに近付いたある日、マッスル先生が頭を下げて俺に謝ってきた。

 どうやらルーナにこっ酷く叱られたようで、彼の顔からは反省の色が見える。

「まぁ、これに懲りたら、短気を直してくれ。少しの罵倒くらい、受け止められる程度の心の広さは、教師としては必要だ」

「そうですよ。シャカールトレーナーの心の広さを見習ってください。彼のお陰でわたしは好きなだけバカにすることができるのですから。お陰でストレス発散にもなります。こんな風に」

 どこから話を聞いていたのか、アイリンが現れ、俺の隣に立つといきなり横っ腹を殴ってきた。軽く戯れ合う程度の威力だったので、そこまでは痛くない。

 だから、敢えて無視をしていた。しかしその選択が誤りであることに直ぐに気付く。

 何も言わない俺に対して調子に乗ったのか、彼女は次第に力を入れ始めた。1回、2回、3回と殴られ、軽く痛いから苦痛へと変わっていく。

「おい、異世界の言葉で仏の顔も三度までと言うのがある。異世界の漫画と呼ばれる書物に詳しいお前なら、この言葉の意味が分かるよな?」

 俺は調子に乗っているアイリンの頭を掴み、力を入れる。

「いたたたた。痛いですよシャカールトレーナー! 3回目まではセーフですよね?」

「二度は許すが、三度目はないと言う意味もある。今回はそっちを採用しているからアウトだ」

「いたたたた! 調子に乗ってすみません! 誤りますから許してください!」

 涙目になりながら許しを乞うアイリンに、俺はため息を吐く。

 まったく、謝るくらいなら、最初からするな。

 掴んでいたアイリンの頭を離すと、彼女は涙目の状態で俺を睨んでくる。

「DV反対! そんなんじゃ、お嫁さんになってくれる人なんていませんよ!」

「シャカールちゃんのお嫁さんなら、ここにいるよ!」

 タイミンングが良いのか悪いのか、扉が開かれてマーヤがリビングにやって来る。

「で、何の話なの? マーヤも混ぜて」

「いや、大した話ではない。アイリンがちょっかいを出したから、制裁を加えただけだ」

「マーヤさん聞いてください。シャカールトレーナーは酷いんですよ。ちょっと冗談で殴っただけで、直ぐに怒るのですから」

「お前の攻撃は、冗談で済むレベルじゃなかったぞ」

「ワハハハハ! お前とアイリンは仲が良いな。喧嘩するほど仲が良い! 夫婦喧嘩は犬も食わないと言う。お前たち、ピッタリではないか」

 俺たちのやり取りを見て、マッスル先生が声を上げて笑い出す。

 何がピッタリだ。こんなやつが嫁とかになれば、心休まらない。まぁ、確かに俺とアイリンは喧嘩に近いことは頻繁にやっているし、俺も心おきなく言い合いができるのは、シェアハウスのメンバーの中ではアイリンだけだ。なんやかんやで、彼女との心の距離は一番近いかもしれない。だがそれは俺たちが師弟関係にあるからだろう。

「シャカールちゃん! 今からマーヤと喧嘩しようよ」

「はぁ? 何を言っているんだよ」

「だって、夫婦喧嘩をすればシャカールちゃんのお嫁さんとして相応しいのでしょう? だから喧嘩をするの。でも、喧嘩ってどうすればできるの? マーヤはシャカールちゃんの大好きなところは沢山あっても、嫌いなところは一つもない」

 小首を傾げながら、喧嘩方法について訊ねてくる。

「いや、喧嘩と言うのは、意識してやるものでは――」

「そんなの簡単ですよ! シャカールトレーナーの機嫌を損ねるようなことをすれば良いのです。こんな風に」

 俺と喧嘩するのは簡単だと言いながら、アイリンは再び俺の脇腹を殴って来る。その瞬間、こちらもアイリンの頭を掴み、全力で握る。

「お・ま・え・は! 本当に学習しないやつだな!」

「いたたたた! シャカールトレーナー、タイムです。今はマーヤさんに説明しただけじゃないですか」

「そうだったとしても、少しは考えて行動しろ」

 再び彼女の頭を離す。するとアイリンはこれ以上俺の近くには居たくないようで、全力で逃げ去って行く。

「なるほど、シャカールちゃんを殴れば良いのか」

「いや、アイリンが言ったことは極端だからな。真に受けるなよ」

 勘違いをしているマーヤに注意を促す。しかし、俺の言葉を聞かずに、マーヤが殴りかかってきた。

 これから俺の肉体に襲って来る痛みに耐えるために覚悟を決めた。だが、どんなに待っても痛みを感じることはない。

「えい! えい! これでシャカールちゃんのお嫁さんとして相応しくなるんだね」

 マーヤが言葉を口にしながら、腕を交互に突き出す。しかし遠慮があるようで、軽く触れる程度で全然痛みを感じることはなかった。

 なぜだろうか。先程のアイリンとの落差が激しいだけに、癒しを感じてしまう。

「ほう、これだけ打たれても顔色ひとつ変えないとは中々やるな」

 マッスル先生が手を顎に起き、感心したように言葉を漏らす。

 どうやらマーヤが真剣にやっているだけに、誤解を与えているようだ。

「それに俺のマッスルダンスを初見であれだけ耐え抜いた根性も気に入った。それに着痩せしているが、君の肉体は素晴らしい。そして何より、尻が俺好みだ。俺は君が欲しい」

 突然トチ狂ったことをマッスル先生が口走ると、彼は俺の肩に手を置く。

 その瞬間、俺のアレが立ってしまった。

 交感神経が興奮状態となったことで、毛穴が収縮して皮膚が盛り上がった。

 そう、所謂いわゆる鳥肌が立つと言う状況だ。

「シャカールちゃんがBLに目覚める! それはダメ! シャカールちゃんはマーヤのものなの!」

 いや、別にお前のものでもないだろう。俺は俺自身のものだ。

「ぜひ、俺の生徒として編入してくれないか。一緒に筋トレマスターを目指そうではないか」

「はぁ? 筋トレマスター?」

「ああ、俺が君の先生になれば、筋トレを極めし者だけが挑戦することのできる筋肉コンテストに参加することができる。俺の夢は、そのコンテストで優勝する生徒を作り出すことだ。だから、俺の生徒になってくれないか」

「いや、断る」

 なんで俺がそんなコンテストに出ないといけないんだよ。確かに筋肉は必要だが、無駄な筋肉は逆に走るのに邪魔になるじゃないか。

 俺は彼の申し出を断った。するとマッスル先生は俺に指を差す。

「なら、もう直ぐ開催される走者のレースで、俺の生徒たちに負ければ、君は編入し、マッスル道へと進んでもらう!」

「はぁ?」

 思わず間抜けな声が漏れる。こいつ、全然俺の話を聞いていないな。どうして断ったらレース勝負をすることになるんだよ。

「ほう、それは面白い。極上な展開となってきたではないか」

 困っていると、そこにルーナが現れた。

 こいつ、また俺で何かをしようと企んでいるのか。
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