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第九章
第三十九話 エコンドル杯決着
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最後のギミックのスライムが暴走し、落下する前から走者を襲うようになった。
ギミック用に用意されたモンスターの行動に観客たちはある意味の悲鳴を上げる。
怒りや喜び、そして戸惑いなどの様々な感情が入り混じった悲鳴であった。
スライムの肉体に触れれば衣服が全部溶かされ、全裸にされてしまう。俺の裸なんてものは、マーヤくらいにしか需要がないだろう。
それでも、スライムは必要以上に俺を攻撃してきた。余程邪魔をされたことに対して憤慨しているのだろうな。
スライムをいかにして倒すか。
「アタイの靴をよくも溶かしてくれたな! あれがいくらすると思っているんだ! オーダーメイドの特注品なんだぞ! 絶対に許さない! こいつでくたばれ! ファイヤーボール!」
思考を巡らせていると、激怒したコールドシーフが火球を放つも、スライムにはほとんど効果がないように見られた。
スライムはモンスターの中でも上級に位置する。魔法は殆どダメージを通らないし、斬っても肉体が直ぐに引っ付いて元の状態に戻る。更に取り込まれてしまえば肉体が溶かされて骨になってしまうのだ。
今回のスライムは、品種改良を施され、衣服の繊維を食べる。しかし、品種改良を施されたスライムと言っても、取り込まれたら窒息死してしまうはずだ。
全裸で死ぬなんて格好悪すぎるだろう。
「コールドシーフ! スライムを倒すには、内部にある心臓や脳の役割を持つ核の破壊が必要だ!」
コールドシーフに攻略法を伝えつつ、床下のいるスライムを見る。ジェル状の肉体の中に、赤い球体のようなものが見えた。
あれが核だな。さて、どうやって取り出すか。
思考を巡らせるも、良いアイディアが思いつかない。
とりあえずは片っ端から攻撃してみるか。
「アイシクル!」
氷の魔法を発動し、空気中の水分を集めて三角錐の形状に変え、その後水の気温を下げて氷へと変化。氷柱となった物体をスライムの核に向けて投げ飛ばす。
氷柱は真っ直ぐにスライムの核に目がけて飛んで行き、肉体に接触した。だが分厚く、弾力のあるジェル状の肉体は氷柱を受け止め、核に到達することができない。
俺たちは協力して炎、水、氷、雷、風、土など、様々な属性の魔法で攻撃してみるも、スライムには効果があるようには見えなかった。
「くそう。アタイたちの魔法が通用しないとはな。品種改良されていても、さすがスライムだ。こうなったら、アタイのアイテムで攻撃してみるか。えーと、何かあったか。基本的には妨害アイテムしかなかったような?」
コールドシーフが、勝負服のポケットから次から次へと様々なアイテムを取り出しては、使えないと判断したのか周辺に放り投げていた。
彼女の勝負服のポケットは簡易的なアイテムボックスになっていたのか。
「チッ、どれもこれも使えそうもないアイテムばかりだ。最後に出てきたのが調味料とか、泣けてくる」
砂糖と塩と思われる瓶を握りしめていたコールドシーフは苦渋の表情をしている。しかし、俺は彼女の持っている物を見た瞬間、大きく目を見開いた。
「それだ!」
「あ? それってどれだ?」
「お前が持っている砂糖と塩だ! そいつをスライムに向けて投げろ!」
「どうしてスライムに調味料を投げる必要があるんだよ。お前、とうとう頭がおかしくなったのか?」
俺の言動に疑っているコールドシーフだが、説明している暇はない。何せ、スライムが標的を変え、コールドシーフにジェル状の肉体を伸ばしていたからだ。
「コールドシーフ、危ない!」
「チッ、これで全裸にされたら、お前に責任取ってもらうからな!」
コールドシーフが瓶の蓋を開けて砂糖を掴むと、触手のように伸ばされたスライムの肉体に向けて砂糖を投げる。
その瞬間、スライムの肉体が溶け、そのまま霧散した。
「マジかよ。いったいどうなっているんだ?
「スライムの身体は、コロイドと呼ばれる原理でジェル状の肉体を形成している。スライムの肉体に砂糖が身体に触れると、砂糖の粒子が浸透圧によって水分を出し、ドロドロにさせることができるんだ」
モンスターの中でも上位に君臨するスライムだが、その弱点は砂糖や塩といった調味料だ。
スライムの体内のポリビニルアルコールは高分子の鎖であり、ホウ砂のイオンが鎖を留めて網目構造を作っている。
この小さな部屋に水分子が入り込むことで、ぷにぷにとした弾力のある身体になっている。
ナメクジに塩をかけると溶けるように、砂糖が身体に触れると、砂糖の粒子が浸透圧によって水分が出て、ドロドロになったのだ。
「今度は食塩を投げてみろ。また違ったことが起きる」
「分かった」
俺の指示に従い、コールドシーフがスライムに向けて食塩を投げる。すると、スライムの肉体から水分が吹き出し、弾力がなくなってぐったりとした。
これで触手のように体を伸ばすことができなくなったはずだ。
食塩をかけたことにより、スライム内の水と周りにかかっている塩化ナトリウムとの間で、濃度の違いが生じ、塩化ナトリウムが高張液となって、スライム内の水分が塩化ナトリウムの濃度差を埋めようとするため、水が出てきたのだ。
「これでこのギミックを妨害するものは居なくなった。俺は先に行かせてもらう」
俺は動く床のチャレンジに戻り、床を渡って最後のギミックを突破する。
『色々とトラブルのあったエコンドル杯も終わりが見えて来ました。先頭はシャカール、続いてコールドシーフが追いかける展開となっています。しかし、2人が最後のギミックに苦戦している間にも、他の走者が追い付いて来ています。これは漁夫の利があるかもしれませんね』
残り200メートルを切った。ここからが魔法禁止エリアだ。さて、ここでフィニッシュと決めますか。
俺はユニークスキルを発動し、過去に投与された薬物の効果を体内で再現する。これにより、足の筋肉の収縮速度が速くなり、加速魔法を使った時と同様の速度で走ることができる。
『ここでシャカール走者のお得意の走りが発動だ!』
『彼は、魔法禁止エリアからの加速と言う不思議な力を持っています。これは決まったでしょうか』
「負けてたまるか! このレースに勝つのはアタイだ! 走者界の怪盗のプライドにかけて、絶対に優勝してやる!」
後方から物凄い勢いで追い掛けるコールドシーフに思わず萎縮してしまった。そのせいか、速度が僅かながらにも落ちてしまった。
『ゴールまで後もう少し! このままシャカール走者の勝ちで決まったか!』
どうにかギリギリで俺の勝ちのようだな。これで俺の方はどうにかなった。後はクリープの勝利を祈るのみ。
そう考えていた瞬間、突然俺の足に何かが捕まり、そのまま転倒してしまった。
『おっと! ここでコールドシーフがバランスを崩して転倒だ! そしてその勢いでシャカール走者の足を掴んでしまい、彼も巻き込まれるようにして転倒! そして、そして後方から追いかけていたカリン走者が2人を追い越してそのままゴールだ!』
実況の言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が早鐘を打つ。
嘘だろう。俺が、負けたのか。
しかし、動揺してしまっても仕方がない。今は2着でもゴールしなければ。
俺は立ち上がると、重たい足取りのままゴールした。
『ここでシャカール走者が2着、そしてコールドシーフが3着となりました』
「異議有りだよ!」
実況担当のアルティメットの言葉を遮り、異を唱える者の声が耳に入った。
この声、マーヤか。
「勝ったのはシャカールちゃんだよ! マーヤはこの目で見えていたもの!」
ギミック用に用意されたモンスターの行動に観客たちはある意味の悲鳴を上げる。
怒りや喜び、そして戸惑いなどの様々な感情が入り混じった悲鳴であった。
スライムの肉体に触れれば衣服が全部溶かされ、全裸にされてしまう。俺の裸なんてものは、マーヤくらいにしか需要がないだろう。
それでも、スライムは必要以上に俺を攻撃してきた。余程邪魔をされたことに対して憤慨しているのだろうな。
スライムをいかにして倒すか。
「アタイの靴をよくも溶かしてくれたな! あれがいくらすると思っているんだ! オーダーメイドの特注品なんだぞ! 絶対に許さない! こいつでくたばれ! ファイヤーボール!」
思考を巡らせていると、激怒したコールドシーフが火球を放つも、スライムにはほとんど効果がないように見られた。
スライムはモンスターの中でも上級に位置する。魔法は殆どダメージを通らないし、斬っても肉体が直ぐに引っ付いて元の状態に戻る。更に取り込まれてしまえば肉体が溶かされて骨になってしまうのだ。
今回のスライムは、品種改良を施され、衣服の繊維を食べる。しかし、品種改良を施されたスライムと言っても、取り込まれたら窒息死してしまうはずだ。
全裸で死ぬなんて格好悪すぎるだろう。
「コールドシーフ! スライムを倒すには、内部にある心臓や脳の役割を持つ核の破壊が必要だ!」
コールドシーフに攻略法を伝えつつ、床下のいるスライムを見る。ジェル状の肉体の中に、赤い球体のようなものが見えた。
あれが核だな。さて、どうやって取り出すか。
思考を巡らせるも、良いアイディアが思いつかない。
とりあえずは片っ端から攻撃してみるか。
「アイシクル!」
氷の魔法を発動し、空気中の水分を集めて三角錐の形状に変え、その後水の気温を下げて氷へと変化。氷柱となった物体をスライムの核に向けて投げ飛ばす。
氷柱は真っ直ぐにスライムの核に目がけて飛んで行き、肉体に接触した。だが分厚く、弾力のあるジェル状の肉体は氷柱を受け止め、核に到達することができない。
俺たちは協力して炎、水、氷、雷、風、土など、様々な属性の魔法で攻撃してみるも、スライムには効果があるようには見えなかった。
「くそう。アタイたちの魔法が通用しないとはな。品種改良されていても、さすがスライムだ。こうなったら、アタイのアイテムで攻撃してみるか。えーと、何かあったか。基本的には妨害アイテムしかなかったような?」
コールドシーフが、勝負服のポケットから次から次へと様々なアイテムを取り出しては、使えないと判断したのか周辺に放り投げていた。
彼女の勝負服のポケットは簡易的なアイテムボックスになっていたのか。
「チッ、どれもこれも使えそうもないアイテムばかりだ。最後に出てきたのが調味料とか、泣けてくる」
砂糖と塩と思われる瓶を握りしめていたコールドシーフは苦渋の表情をしている。しかし、俺は彼女の持っている物を見た瞬間、大きく目を見開いた。
「それだ!」
「あ? それってどれだ?」
「お前が持っている砂糖と塩だ! そいつをスライムに向けて投げろ!」
「どうしてスライムに調味料を投げる必要があるんだよ。お前、とうとう頭がおかしくなったのか?」
俺の言動に疑っているコールドシーフだが、説明している暇はない。何せ、スライムが標的を変え、コールドシーフにジェル状の肉体を伸ばしていたからだ。
「コールドシーフ、危ない!」
「チッ、これで全裸にされたら、お前に責任取ってもらうからな!」
コールドシーフが瓶の蓋を開けて砂糖を掴むと、触手のように伸ばされたスライムの肉体に向けて砂糖を投げる。
その瞬間、スライムの肉体が溶け、そのまま霧散した。
「マジかよ。いったいどうなっているんだ?
「スライムの身体は、コロイドと呼ばれる原理でジェル状の肉体を形成している。スライムの肉体に砂糖が身体に触れると、砂糖の粒子が浸透圧によって水分を出し、ドロドロにさせることができるんだ」
モンスターの中でも上位に君臨するスライムだが、その弱点は砂糖や塩といった調味料だ。
スライムの体内のポリビニルアルコールは高分子の鎖であり、ホウ砂のイオンが鎖を留めて網目構造を作っている。
この小さな部屋に水分子が入り込むことで、ぷにぷにとした弾力のある身体になっている。
ナメクジに塩をかけると溶けるように、砂糖が身体に触れると、砂糖の粒子が浸透圧によって水分が出て、ドロドロになったのだ。
「今度は食塩を投げてみろ。また違ったことが起きる」
「分かった」
俺の指示に従い、コールドシーフがスライムに向けて食塩を投げる。すると、スライムの肉体から水分が吹き出し、弾力がなくなってぐったりとした。
これで触手のように体を伸ばすことができなくなったはずだ。
食塩をかけたことにより、スライム内の水と周りにかかっている塩化ナトリウムとの間で、濃度の違いが生じ、塩化ナトリウムが高張液となって、スライム内の水分が塩化ナトリウムの濃度差を埋めようとするため、水が出てきたのだ。
「これでこのギミックを妨害するものは居なくなった。俺は先に行かせてもらう」
俺は動く床のチャレンジに戻り、床を渡って最後のギミックを突破する。
『色々とトラブルのあったエコンドル杯も終わりが見えて来ました。先頭はシャカール、続いてコールドシーフが追いかける展開となっています。しかし、2人が最後のギミックに苦戦している間にも、他の走者が追い付いて来ています。これは漁夫の利があるかもしれませんね』
残り200メートルを切った。ここからが魔法禁止エリアだ。さて、ここでフィニッシュと決めますか。
俺はユニークスキルを発動し、過去に投与された薬物の効果を体内で再現する。これにより、足の筋肉の収縮速度が速くなり、加速魔法を使った時と同様の速度で走ることができる。
『ここでシャカール走者のお得意の走りが発動だ!』
『彼は、魔法禁止エリアからの加速と言う不思議な力を持っています。これは決まったでしょうか』
「負けてたまるか! このレースに勝つのはアタイだ! 走者界の怪盗のプライドにかけて、絶対に優勝してやる!」
後方から物凄い勢いで追い掛けるコールドシーフに思わず萎縮してしまった。そのせいか、速度が僅かながらにも落ちてしまった。
『ゴールまで後もう少し! このままシャカール走者の勝ちで決まったか!』
どうにかギリギリで俺の勝ちのようだな。これで俺の方はどうにかなった。後はクリープの勝利を祈るのみ。
そう考えていた瞬間、突然俺の足に何かが捕まり、そのまま転倒してしまった。
『おっと! ここでコールドシーフがバランスを崩して転倒だ! そしてその勢いでシャカール走者の足を掴んでしまい、彼も巻き込まれるようにして転倒! そして、そして後方から追いかけていたカリン走者が2人を追い越してそのままゴールだ!』
実況の言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が早鐘を打つ。
嘘だろう。俺が、負けたのか。
しかし、動揺してしまっても仕方がない。今は2着でもゴールしなければ。
俺は立ち上がると、重たい足取りのままゴールした。
『ここでシャカール走者が2着、そしてコールドシーフが3着となりました』
「異議有りだよ!」
実況担当のアルティメットの言葉を遮り、異を唱える者の声が耳に入った。
この声、マーヤか。
「勝ったのはシャカールちゃんだよ! マーヤはこの目で見えていたもの!」
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