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④穏やかな日々(4)
******
「モモネリア、ここにいたのか」
「リードさん」
モモネリアが図書室で、大好きな小説を読んでいると、ドアが開かれリードネストが入ってきた。
「リード、と呼んでくれ。さん、はいらん」
少し口を尖らせ、拗ねる素振りをみせるリードネスト。
「....リード」
「あぁ」
ニコニコと本当に嬉しそうにするから、結局いつもリードネストのことを拒否できず、最近では可愛いとさえ感じてしまっている。
私.....すっかり絆されない?
内心そんなことを思っていると、読みかけの本をリードネストが覗き込んできた。
「何を読んでいたんだ?」
「あ.....好きな小説。リードが全巻揃えてくれたから、嬉しくて。......すごく面白いわ。ありがとう」
「....そうか。それは良かった」
リードネストは一瞬目を見開いてから、それはもう蕩けるような笑みを浮かべる。
愛おしむ目で見つめられて、落ち着かず目を伏せてしまった。
ゆっくりリードネストの大きな手が伸びてきて、モモネリアのふわふわの髪を撫でた。
.......あ。......気持ちいいな。
リードネストのあたたかくて大きな手で撫でられると、モモネリアの目は心地よさでトロンとしてくる。
うっとりしていると、しばらくして手が離れていこうとした。
思わず、もっと撫でて欲しくて、モモネリアはリードネストの手首を掴んで引き留めていた。
手首を掴まれたリードネストは、目をパチパチさせた。
それから、椅子に腰掛るモモネリアに目線を合わせるように少し屈んで、ふんわり笑って優しい声音で問いかける。
「......ん?どうかしたか?」
それだけでも、モモネリアは胸がふわふわして。
体の中から溶けてしまいそうな変な心地だ。
しかし、決して嫌ではない。
むしろ、くすぐったくて、気持ちよくて。
もっと、もっと、とリードネストに甘えたくなってしまう。
「.....あのね?....もっと、撫でて、ほしいの....すごく心地よくて。.....ダメ?」
上目遣いに、遠慮がちに、されど甘えた口調でおねだりするモモネリアは、凶悪的に可愛かった。
どうしようもなく、モモネリアが愛おしい。
全身が、モモネリアを求める。
......抱きしめたい。キスしたい。モモネリアを....今すぐ俺のものにしてしまいたい。
本能が暴れまわる胸の内をなんとか抑え込み、リードネストは自身の左胸をぎゅっと掴んだ。
「.....仰せのままに、俺の可愛い桃姫」
そう言ってまた伸びてきたリードネストのあたたかな手は、モモネリアの頭を撫でる。
心地よさに片目を瞑りながら、モモネリアは少し拗ねた声で言い返した。
「....ん。....もう。その呼び方、恥ずかしいんだけど」
「....ふ。いいだろう?俺にとったら、この世でたったひとりの愛しいお姫様なんだ」
リードネストが以前モモネリアの昔の記憶を頼りに探してきてくれた果物は、「桃」というらしい。
リードネストが暮らすトーリェンシア国は元々モモネリアが暮らしていたミネトーネ国とナターシェリア国に挟まれる形で位置している。
「桃」は、ミネトーネ国とは反対側の隣国ナターシェリア国が原産地で、果肉は甘くてジューシーで女性に人気があるらしいが、とても柔らかく傷がつきやすい。
そのため輸入にはあまり向かず、自国、トーリェンシア国内で栽培されたものが出回るくらいなのだ。
ただ、気候が安定しないこのトーリェンシア国では、栽培数も伸びず、それ故に高価でとても希少だ。
モモネリアがあの瞬間にそんな桃を食べられたのは、奇跡のような偶然が重なったからである。
リードネストが昔仕事で行った場所に希少な桃の木が生えていたのを覚えていたこと。
今年は気候に恵まれ、育ちにくいこの国でもあれだけたくさん実をつけたこと。
モモネリアが食べたいと求めた時期がちょうど桃の旬の時期だったこと。
そのおかげで、運良く手に入り、モモネリアは母との宝物の記憶に思いを馳せることができた。
そんな奇跡を起こしてくれたリードネストには、感謝してもしきれない。
あの出来事をきっかけに、母に愛されていたことを思い出し、生きる気力を得たのだから。
リードネストは、「モモネリアの愛らしい名前にも同じ響きが入っているし、大切に守らないと壊してしまいそうなほど可憐で小さくて可愛い。髪の毛の色や瞳の色も、瑞々しい桃のように美しい。そして、モモネリアは俺の唯一無二の番で俺だけのお姫様だ」と溺愛ぷりを見事に発揮する理由をつけて、『桃姫』と時折呼ぶようになったのだ。
身長が190センチを超えるリードネストにとったら、女性の平均身長であるはずのモモネリアでも小さく感じるらしい。
ちなみに、桃をもいで戻ったリードネストが負っていた怪我は、翌日にはほぼ完治していた。
リードネスト曰く、獣人は元々体が強く怪我を負っても治りやすい傾向にあるらしい。
特にリードネストは、体質なのか、他の獣人よりもその傾向が強いと聞いた。
まるで魔法みたいで、思わずペタペタ腕や顔を触って確かめてしまったら、リードネストが真っ赤になりながらなぜか喜んでいた。
それでも、痛かったものは痛かっただろうと気遣うと、「大切なモモネリアが笑ってくれたんだ。痛さなんて吹っ飛んださ。それに、こうしてモモネリアが俺に触れてくれたのだ。むしろ役得だったと思うが?」と真面目な顔で言うものだから呆れた。
そんな出来事を含め、モモネリアは今までのリードネストを思い返す。
照れて顔を赤く染めながら、ぷいっとわざとむくれてみせた。
「......もう、本当にリードは私に甘すぎる....と思う」
「当たり前だ。モモネリアを甘やかすのは、俺の特権だ。誰にも譲らん」
至極当然のように、リードネストはそう言った。
獣人は、番という存在にどこまで尽くし、どれだけの愛を捧げるのだろう。
その愛情がとてつもなく深く.....深く感じ、底が見えず困惑する。
けれども、確かにその深い底なし沼のような愛情に喜びを感じている自分がいるのだ。
リードネストは、モモネリアがお願いすれば何でも聞き入れるきらいがあるし、モモネリア自身、リードネストにかなり甘え始めている自覚があった。
しかし、一方ばかりが頼り甘える関係は、いつか歪みがでたり、一方だけが苦しくなるのではないだろうか。
リードネストはモモネリアに頼ってこないし、ただ純粋にモモネリアに愛情を注ぐに徹して、絶対にリードネストと同等の気持ちをモモネリアに強要したりしない。
まだ、リードネストとの関係に迷っているモモネリアにとっては有り難いが、リードネストはそれでいいのだろうか、と心配になる。
リードネストにとってモモネリアは番で、本能的に愛する唯一の存在だ。
だからこそ、リードネストもモモネリアに愛されたいと思う気持ちがあるはずだ。
一般的な恋愛関係でも、やはり好きな相手には好きになってもらいたいし、愛されたいと願う。
番ともなれば、相当だろう。
なのに、リードネストはモモネリアの気持ちを優先し、モモネリアが甘えたい時には甘えさせて、モモネリア自身が望まないことは重荷にならないよう我慢している気がする。
....私は、彼に何ができるだろう。
最近、モモネリアはそんなことを思う。
リードネストは、「引け目なんて感じることない」「素直に甘えてほしい」とつつみこんでくれる。
でも、これは引け目でもなんでもなく。
ただいつも愛してくれるリードネストにモモネリアも何かしてあげたい、と感じるようになったのだ。
......こんな気持ちは、初めてだわ。
モモネリアは、両親と姉に尽くしてきた。
けれど、それは両親と姉に家族として愛されたいと潜在的に願うが故に、尽くすことで愛を乞うていたに過ぎない。
これだけ尽くしたのだからいつか愛してくれるはずだ、と。
だが、リードネストに対するこの気持ちは、それとは違う。
見返りを求める気持ちではなく、ただリードネストに喜んでほしい。リードネストの力になりたい。支えたい。
そんな純粋な思いだった。
モモネリアは、彼に何かしてあげたい気持ちが抑えられなくなっていた。
そして考え、行動した。
モモネリアを甘やかすときの蕩けるような笑顔とは違う、リードネストの驚きや歓喜に溢れた表情を想像して、ニマニマ頬を緩ませながらーーーーーー。
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