【完結】今日、愛する妻が死にました。

こころ ゆい

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見知らぬハンカチ

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 今日、愛する妻が死にましたーーー。


「......お悔やみ申し上げます」

「.........」

 僕は、力を抜けば流れ落ちてしまいそうな涙を必死で堪えた。

 今日、僕の妻、のぞみが死んだ。

 病気だった。
 半年前に体の不調から、医者にかかって....検査でがんが見つかった。
 もう既に手遅れで、余命宣告。

 そんなドラマみたいなことが自分の身にも起こるのだと、僕はひたすら固まった。

 のぞみは、笑っていた。最初から最後まで。
 僕の大好きな笑顔で。
 どんどん衰弱していく彼女を見ているのは辛かった。

 葬式の最中、住職のお経をききながら現実逃避するように僕の意識は昔に引きずられていった。


******


 妻と出会ったのは、高校三年の夏。受験戦争の真っ只中で、予備校にこもっていた時。

 他県からの引越しで、学校も転校。今まで通っていた予備校もアクセスの都合が悪く、僕の通う予備校に移ってきたのだと、授業前に先生に紹介されていた。

 こんな時期に転校生か、と不思議に思った。
 でも自分のことでいっぱいいっぱいで、すぐに忘れた。

「.....山本くん?」

「......え?」

「初めまして。私、久能のぞみ(くのう のぞみ)。隣、いいかな?」

「......」

 第一印象は、綺麗な子。同い年のはずなのに、高校生らしからぬ大人っぽさがあった。
 そしてなぜ、僕に話しかけてきたのだろう、とドキドキした。

 年頃の男女だ。そこからお互いを意識するのは早かった。
 もちろん、受験というブレーキがあったから意識するだけ。
 本当に、甘酸っぱい片想いの記憶。

******

 冬がやってきた。それぞれ、受験に全神経を集中させた。
 そして、キラキラ目を輝かせる者、涙をのむ者、次に期待をかける者がでてきた。

 僕は、無事志望校に合格した。
 春からは大学に入学するため、上京する。
 この田舎での生活も、終わりなのだ。


「.....あの。山本、くん?」

「あ....久能さん。はよ。....君も、先生に報告?」

「おはよう!うん!.....山本くんも?」

「あぁ。合格したんだ」

「私も!ふふ、ホッとしちゃった。おめでとう」

「だよな~。もうずっと生きた心地しなかったもん。久能さんも、おめでとう」

「あ、ありが、と。あの.....もし、良かったら、この後お祝いでもしない?.....あ、えっと....もし嫌じゃなければ、二人で.....とか」

 ちら、と視線をあげて目が合えば、恥ずかしそうに顔を赤くしてまた下を向いてしまった。

「あ.....あぁ。うん、いいよ。お祝い、しよう。二人で」

「いいの?やったぁ~.....嬉しい」

「.......」

 すごく嬉しそうに笑うから、僕まで顔が赤くなって....照れてしまった。

「あの、あのね。すぐに、先生に報告してくるから、ちょっと待ってて?絶対、待っててよ?帰っちゃやだよ?....約束、したんだから」

「ははっ、わかってる。僕はもう報告済んだから。久能さんが戻ってくるのここで待ってる」

「う、うん!じゃ、すぐに行ってくるね」

 可愛いなと思った。
 元から意識していた存在だったから、受験というブレーキがなくなって解放感に溢れていた僕たちは、そこからはとんとん拍子に関係が進んでいった。

 のぞみの大学が、僕の通う大学と近かったのも後押しした。
 ちょうど空いていた隣同士の部屋を契約し、荷物をまとめた僕らは同じ日に上京した。

 付き合いが長くなるにつれて、小さな諍いや喧嘩は増えた。でも、のぞみも僕も、言葉できちんと話し合うタイプだったから、そんなに大きなすれ違いもなく大学生活は穏やかにすぎて行った。

 可愛い彼女と過ごす生活はとても充実していた。

*****

 就職するとき、迷った。
 地元に戻るか、このままここで就職するか。
 給料が高いのはもちろん、大学がある都内。
 だが、のぞみにも聞いてからにしようと決めた。

 その時には既に自分の中で漠然と、このままのぞみと結婚するのだろうな、という思いがあった。

 のぞみもそう感じていたようで、俺たちは話し合った末、このまま地元に戻らず都内で就職。2~3年したら結婚しよう、ということになった。

 結局、家もそのまま。大学の時に住んでいた家を契約更新し、ずっとお隣同士で過ごした。

 就職すると、家が隣同士なのは都合がいいことにも気づいた。
 なかなか時間のとれない新人時代。
 のぞみが心折れそうになった時、すぐに支えることもできたし、僕が忙し過ぎて倒れた時は、のぞみがすぐに駆けつけてくれた。

 そうして、僕たちは今まで以上に、関係を深くして。
 ある時、思った。

 あぁ、この子と離れちゃダメだ。
 早く彼女との関係を確実なものにしておかないと、と。

 漠然とのぞみと結婚するのだろうな、という気持ちは、僕の中で形を変えて、のぞみと結婚したい、に変わっていた。

 のぞみは喜んでくれた。
 プロポーズも。まだ給料が上がらない時のあまり高価でない婚約指輪も。

*******

 僕の意識は、葬式の場に戻ってきた。
 
 もう僕は抑えられずに、静かに涙を流した。

 結婚してからも、何かと自分を支え続けてくれた妻。
 愛する、唯一の、大事な存在。

 もうあの笑顔に会うことも。
 落ち込んでる時に背中を思いっきり叩かれて喝を入れられることも。
 一緒に夜の散歩に出ることも。

 .......生涯ないのだ。

 僕はこれから、どう生きていけばいいのだろう。
 彼女のいない人生を実りあるものにできると思えなかった。



 その時ーーー。



「あの.....」

「........?」

 突然声をかけられた。
 いつの間にか葬式は終わっていたようで、参列者はちらほら残っているくらいだった。
 皆、頭を下げて会場をあとにした、とのことだった。


 全く周りが見えていなかった僕は、その声に力なく顔を上げた。
 黒のスーツを着た女性だった。


 ふと見ると、手にハンカチを持っている。




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