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第六章 将来に向かって
しおりを挟む1か月後、入試の結果発表で無事合格が分かり、スキップする気持ちで報告しに喫茶店に行くと、おじさんとノアだけが居た。
いつも賑やかな喫茶店なのに、今日は静かだな…不思議だ。
それでもおじさんの顔を見ると、すぐに告げざるを得なかった。きっと喜んでくれるだろう。
「受かったよ、やったよ!新生活でまた一から馴染まなくちゃいけないことは不安だけど、目標に向かって頑張るね」
すると、おじさんは「本当に、本当に良かった!」と慈愛のまなざしで言い、続けて真剣な顔で「今日でこのお店も閉店かな」という。 ノアはカウンターで静かに話を聞いている。
「え!!?」
「実はこの喫茶店は、ノアに頼まれて期間限定で開いていたんだ。お店が栄えているようにみえたのは、彼女の力で、一番にぎやかだった時代を再現してもらったからなんだ」
「え、これまでのにぎやかさは全部ウソってこと?そんなの信じられない!」
「…いや、本当なんだ。ここは7年前に閉店した、経営が成り行かなくなったさびれた田舎町の喫茶店だ。君の寂しさや不安が安らぐようにと、ノアが魔法をかけてくれたんだ。僕はずっとユカが心配で見守っていた。ユカが心の中に安心感を持って、独り立ちできるように祈りながら。本当はもう気付いてるはずだ、ノアがユカ自身だってことを」
「ノアについては、うすうす気づいてたけど…でも、急に喫茶店が閉店するなんて信じない!」
「たとえ本当の現実に戻ったとしても、君の心の中にずっとこの喫茶店は生き続けるさ」
「いや、今すぐ閉店しなくたっていいじゃない。嫌だ!」
諭すおじさんに対して、嫌だと一点張りの由香に、ノアが口を開いた。
「…私がおじさんに告げたの。私と由香は、もう一緒でも大丈夫だって。ねえ由香、私が泣いた時のことを覚えてる?あれから由香、心の中にいる私を大事にしてくれるようになった。由香は小さな私のことを認めて、やっと自立できるようになったの」
「…本当に、ノアがこの空間を作り出したの?」
「うん。由香が人と繋がるにはまず自分を大事にしないといけないことに気付いてほしくて。おじさんにお願いしたの。由香が昔から思い入れのある、この喫茶店を貸してくださいって」
「そうだったんだ…夢みたいな話だけど、本当にノアのおかげだったんだね…」
「…ねえ由香、最後のお願い。私が小さかったころの由香の心の傷だったって認めてほしい」
「そんなことしたら、ノアは消えちゃうんだよね…?」
「そうだね。大丈夫、自分で自分の心の声を大切にしていたら、由香は楽しく生きていけるよ。あなたの心の中に帰ることが、私の願いなの」
おじさんも「初めは、小さな女の子がこんなお願をしてくるとは思っても居なかったよ。でも彼女がユカの幼い頃の姿だと知り、君自身が寂しがっていると聞いて、久しぶりに店を開けてみることにした。すると、ノアの力で店は賑やかになった。この子の存在は現実のものではないのだと気付きつつも、どんどん成長して前を向いていく君を見て、勇気づけられたよ。僕自身も昔を思い出せて、楽しかったなぁ。そして君は現実の世界で、ちゃんと人と仲良くなれると確信した。苦難も乗り越えられるさ」と言った。
それからは、消えていくノアのことや、再び落ちぶれて閉店してしまうかもしれない喫茶店に思いを馳せて、切ない気持ちになった。
この1年半を振り返ると、涙があふれた。
都度メニューが増える不思議な喫茶店、個性的な常連さんとの鍋パーティ、ノアやおじさんとの交流…泣き続けて、心は少し落ち着いてきた。
「さみしい」という気持ちは消えなかったが、
「さぁ由香、私はあなたの心に帰る時間だよ」とノアが言い、現実を受け止めた由香は「これまでありがとう」とノアを抱きしめた。
…ノアは微笑んだまま徐々に透明になっていき、由香の腕の中で消えた。
しかし、自分の胸の中にノアの気配が濃厚にあるのだった。私の中で、小さな私は生き続ける。
ノアが消えてしまうと、喫茶店の内装はより質素なものになった。
それでも、この土地に戻ってきた時には、この喫茶店に立ち寄りたい。
由香は、ふいにおじいさんに「週末だけでも、ほんの少しの時間でも喫茶店を営業してくれませんか。私、土日に戻ってくるので」と言った。
おじいさんは微笑むと「たしかに、ノアが居た間に僕も、久しぶりに賑やかな喫茶店を味わうことができて、すごく楽しかった。それじゃあ、由香がチラシやパンフレットを作ってくれるようになったら頼もうかなぁ。さすがに毎週営業はできないけど、ごくたまに、日曜だけ営業するとかね。閉店だとは言ったものの、完全に閉めてしまうのは、少し寂しくて」と告げた。
由香は嬉しかった。もしかしたら、なんとか閉店せずに細々とやっていってくれるかもしれない。
「ぜひ、そうしてください!私も頑張ります。インテリア学科の友達も作って、このお店のリニューアルのお手伝いをさせて頂きたいです!絶対またここに来ます!」
そしておじさんは由香がこの地を訪れる際には、臨時営業してコーヒーを一杯振る舞うことを約束した。
「来る1日前には電話してね」と笑顔でおじさんは由香に告げた。
喫茶店の閉店が迫り、お別れする時、おじさんはいつもと同じように「ユカ、何があっても大丈夫だからね。夢に向かって頑張ってね。楽しみにしているよ」と笑顔で由香を励まし、握手して別れた。
明日からは休業してしまう喫茶店を思うと切なかったが、同時にこれまでの感謝の気持ちも胸にあたたかく残っていた。
学校生活も、家族との仲も、喫茶店を励みに、これまでやって来れた。
「専門学校を卒業したら、地元に戻ってきて、臨時開店だとしても、喫茶店を復活させるぞ」という具体的な目標もできた。
由香は一度振り返り、まだ喫茶店の明かりが点灯していることを確かめた。小さくて細々としてる明かりだ、それでもマイペースにこれからも続く明かりだ。
そう確信して、由香は前を向いて歩き始めた。
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ありがとうございます!
コメントとっても励みになります!