悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第4部】聖教国ラノリア・殴り込み編 ~聖女の「運営」システム、ちゃんこ鍋で破壊しました~

第028話 自称ヒロイン(聖女)の魅了魔法。筋肉の鎧で弾き返したら、相手が勝手に自滅しました

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 放課後。わたしはオルガ先生から託された紹介状を手に、学園の裏手にある旧校舎へと向かっていた。
 「現地の協力者」は、そこにいるらしい。

 廃墟同然のその場所からは、ドスン、ドスンという、何かが何かにぶつかるような鈍い音が聞こえてくる。

「……?」

 崩れかけた石壁の隙間から中庭を覗くと、一人の少年が、上半身裸で巨大な岩と格闘していた。
 金髪に碧眼、整った顔立ちだが、その体は細く、筋肉も薄い。必死に岩を持ち上げようとしているが、ビクともしていない。手は血だらけだ。

 彼が、ラノリア王国第三王子、ギルベルトだ。
 この国では「魔力を持たざる欠陥品」として蔑まれ、王位継承権も事実上剥奪されている不遇の王子。

「くそっ……! なぜだ、なぜ上がらない! 筋肉さえあれば……魔法などなくとも……!」

 彼は血の滲む拳で岩を殴りつけ、悔し涙を流していた。
 その姿に、わたしはかつての自分――病室で動かない体を呪っていた前世の自分を重ねた。

 (……ああ。この子は、「こちら側」ね)

 わたしは茂みから歩み出た。

「――腰が入っていませんわ」

「なっ!? 誰だ!」

 ギルベルトが驚いて振り返る。
 わたしは優雅にカーテシーをしてから、彼が格闘していた岩(大人の胴体ほどの大きさ)の前に立った。

「物には持ち方というものがあります。そして、力任せでは動きません」

 彼の問いには応えず、わたしは岩に向き合うと、両腕で抱え込み、岩肌にフィットさせた臍下丹田との三点で岩の重心を制御する。
 そして身体を捻ってそのまま反り投げる。岩を人に見立てたベリートゥーベリーフロントスープレックスだ。こんなこと程度は身体強化を使わずとも「獣の穴」出身者ならできて当然だ。

 ズゥン……!!

「なっ、ななな……!?」
 ギルベルトの目が飛び出る。

「あ、あなたは……一体……魔法を使ったのか? いや、魔力の波動を感じなかった……純粋な、腕力で……?」

「ええ、魔法は一切使っておりません。それと『腕力』ではなく全身の『筋力』ですわ。そしてそれ以上に必要なのは重心を感じ取り、制御する力です。闇雲に筋肉だけを鍛えても、到達できる高さはたかが知れておりましてよ?」

 わたしは彼の前に立ち、淑女の笑みを浮かべると、懐から封筒を取り出す。

「紹介状を持って参りました。オルガ先生の使いです」

「オルガ……! あの『鉄の淑女』の!?」

 どうやらオルガ先生は、この国でも伝説になっているらしい。
 ギルベルトはわたしの手を取り、目を輝かせた。

「教えてくれ! その強さを! 僕は……僕は、魔力がないと馬鹿にする奴らを、この手で見返してやりたいんだ! 魔法が全てだというこの国の腐った常識を、ぶん殴ってやりたいんだ!」

 彼の魂の叫びに、かつての前世で「持たざるもの」だった、わたし鷹乃の記憶が「共鳴」した。
 魔力至上主義のこの国で、物理の力を求め価値観の変革を志す者。この国で活動する上の協力者とするには、悪くない。

「いいでしょう。わたしの荷物持ちマネージャー兼、パシリになるのなら、鍛えて差し上げますわ」

 わたしは扇子で彼の顎を持ち上げた。

「やります! 何でもします! 師匠!」

「師匠はやめなさい。……そうね、『ねえさん』でよろしくてよ」

 こうして、現地の協力者に会いに来たはずが、何故か舎弟ができた。

◆◆◆

 ギルベルト王子を舎弟パートナーにして数日。
 早朝の旧校舎裏庭で、わたしはギルベルトの基礎トレーニングを監督していた。

「ほら、腰が高いわよ! 屈伸スクワットはもっと深く! 勢いだけでやらない!」
「は、はいッ! ……うぐぐ、もう足が……」

 生まれたての子鹿のようにプルプルと震えるギルベルト。
 まだ基礎体力が足りない。これでは「漆黒の玉座」のメンテナンス(磨き上げ)を任せることすらできないわね。

 その時だった。
 背後の茂みから、ガサリと音がした。

「……誰?」

 わたしは瞬時に鉄扇を抜き、殺気を飛ばした。
 教団の監視者か? それともアリスの取り巻きか?

「ひゃうっ!?」

 茂みから飛び出してきたのは、小柄な人影だった。
 見覚えのある栗色の髪と、小動物のような瞳。そして、その背中には……異様に巨大なリュックサックを背負っている。

「……ミリア?」

 わたしは目を疑った。
 そこにいたのは、帝国の貴族院で「レヴィーネ様親衛隊」を率いていたはずの、ミリア・コーンフィールド男爵令嬢だったのだから。

「レ、レヴィーネ様ぁぁぁッ!!」

 ミリアは感極まった声を上げ、猛ダッシュでわたしに抱きつこうとした。
 わたしはそれを鉄扇で額を押さえて止める。

「ちょっと待ちなさい。なぜあなたがここにいるの? 貴族院はどうしたの?」

「えへへ……。レヴィーネ様がいない学園なんて、茶葉の入っていない紅茶のようなものですから!」

 ミリアは鼻息荒く言い放った。

「いてもたってもいられず、休学届を出して追いかけてきちゃいました! よいしょっと」

 ミリアは巨大なリュックを下ろしながら事もなげに言う。
 ズシン、と岩を落としたような音を立てて降ろされたリュックからは、どこか懐かしい匂いがした。

「追いかけてきたって……あなた単位は……いえ、それより国境はどうしたのよ? 海を渡るのよ?」

 帝国とラノリアを結ぶ航路には「魔の海域」がある。正規の交易船でさえ護衛が必要なのだ。


「貴族院の単位は全部取得済みです! それと海は貨物船の中に隠れて密航……あ、いえ、『非正規留学』してきました!!」

「……たくましいわね、あなた」

 わたしは呆れると同時に、感心した。
 魔力も腕力も乏しい彼女が、単身海を渡るなど正気の沙汰ではない。それを可能にしたのは、純粋すぎる信仰心狂気か。
 その一点だけを評価すると、ひょっとしたら彼女はかなりの「怪物」なのかもしれない。

「あ、あの……姐さん。この方は?」
 ポカンとしていたギルベルトが尋ねる。

 ミリアの目が光った。

「姐さん……? あなた、新入りですね?」

 ミリアはギルベルトに歩み寄り、ジロジロと値踏みするように観察した。
 その態度は、さっきまでの忠犬のようなものとは一変し、古参信者ファンとしての貫禄マウントに満ちている。

「あ、ああ。ラノリア王国第三王子のギルベルトだ」
 ギルベルトが屈伸しながら応えた。

「王子殿下? ……ふうん。まぁ、身分なんて関係ありません。ここではレヴィーネ様への忠誠度と、筋繊維の太さが全てですからね」

 ミリアはリュックからジャージを取り出すと旅装の上から羽織り、堂々と言い放った。ジャージには「親衛隊長」と刺繍がされている。

「私はミリア。あなたの『姉弟子先輩』にあたります。……その屈伸、型が甘いですよ? 膝がつま先より前に出ています!」

「えっ、あ、ああ。そうだな」

「レヴィーネ様の美学を体現するには、指先一つの角度までこだわらなくてはなりません……ほら、こう!」

 ミリアが手本を見せる。
 得体の知れない重そうな荷物を背負っての長旅直後だというのに、そのフォームは深く、美しく、そして一切のブレがない。いつの間にか随分鍛えこんだようだ。
 帝都でわたしの行く先々に現れ、これみよがしにトレーニングをしながらチラチラ見てくるのを見かねて、何度かアドバイスをしたのが功を奏したらしい。

「す、すごい……! なんてリズミカルでしなやかなんだ……!!」
 ギルベルトが戦慄する。

 わたしはフッと笑った。
 使える手駒が増えた。それも、わたしの流儀を熟知している、最高の即戦力が。

「いいでしょう、ミリア。その根性に免じて、随伴を許可します」

「本当ですか!? やったぁ!」

「ただし! ギルの指導係と、身の回りの世話、マネージャー業務、そして……現地の情報収集。こき使うわよ?」

「望むところです! 一生ついていきます、レヴィーネ様!!」

 海外遠征先の裏庭で鍛錬をしていたら、舎弟弟子が二人生えたのだった。
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