悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第5部】帝都帰還・数値(ステータス)至上主義粉砕編 ~泥棒猫のチート能力、物理でへし折って差し上げます~

第038話 【鑑定】? その覗き見スキル、私の筋肉には通用しませんが?(計測不能エラー)

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 ヴィータヴェン家の馬車は、数ヶ月ぶりに帝都貴族院の正門をくぐった。

 かつて、わたしがグレビル伯爵令息の手首をへし折り(未遂)、アランとの決闘で闘技場を破壊し、数々の伝説(と被害)を残した学び舎だ。
 懐かしさがこみ上げてくる……と言いたいところだが、車窓から見える光景は、わたしの知るそれとは決定的に異なっていた。

 以前のような、貴族特有の華やかさや、若者らしい活気がない。
 校庭を行き交う生徒たちは、互いの胸元にあるプレートをチラチラと確認し合い、自分より数値が高い相手には卑屈に道を譲り、低い相手には露骨に肩をぶつけて歩いている。

「……まるで、出来の悪い家畜の品評会ね」

 わたしは窓から視線を外し、不愉快そうに吐き捨てた。
 隣に座るアリスも、居心地が悪そうに身を縮めている。

「空気が……淀んでる。ラノリアの大聖堂とは違うけど、なんていうか、みんなが何かに怯えてる感じ」

「ええ。自分の価値を他人の決めた『数値』に委ねてしまった人間の末路よ」

 馬車が止まる。
 わたしが降りようと扉に手をかけた、その時だった。

「――おい、止まれよFランク」

 聞き覚えのない、けれど酷く軽薄な声が響いた。
 馬車の外で、誰かが御者を威圧しているようだ。

「ここはSランク専用の駐馬場だぜ? お前らみたいな低ステータスが使っていい場所じゃねえんだよ」

 わたしは眉をひそめ、勢いよく扉を開け放った。

「……到着早々、騒々しいですわね」

 ステップを降り、石畳の上に立つ。
 そこにいたのは、親衛隊のみんなから話に聞いていたあの男――転入生ケビンと、その取り巻きたちだった。
 彼らは制服をラフに着崩し、胸元には『SSS』や『S』と刻まれた黄金のプレートをこれ見よがしにぶら下げている。

「あ? なんだお前……」

 ケビンがわたしを睨みつける。
 だが、その視線はすぐに驚愕へと変わり、次いで粘着質な欲望の色を帯びた。

「ッ……! すげぇ……」

 彼はわたしの足先から頭のてっぺんまでを舐めるように視姦し、口笛を吹いた。

「マジかよ、こんな極上のが残ってたのか? 『隠しキャラ』か? それともイベントNPC?」

 彼が独り言のようにブツブツと呟く。
 その態度は、目の前の人間を「対等な存在」として見ていない。ただのデータの集合体、あるいは攻略対象としてしか認識していない目だ。

「……不愉快ね。人の顔をジロジロと、躾のなっていない猿なのかしら?」

 わたしが鉄扇を広げ、口元を隠して冷たく言い放つと、取り巻きの女子生徒たちが色めき立った。

「ちょっと! ケビン様になんて口を利くの!?」
「身の程を知りなさいよ! ケビン様はこの学園の王なのよ!」

 キャンキャンと吠える取り巻きたちを手で制し、ケビンはニヤリと笑って一歩前に出た。

「いいってことよ。……へぇ、気が強い系か。悪くないね、そういうの『調教』するの、嫌いじゃないぜ?」

 彼はわたしの目の前まで来ると、馴れ馴れしく手を伸ばしてきた。

「俺はケビン。この世界で最強の男だ。……なぁ、俺の女になれよ。そうすりゃ、お前のステータスも底上げしてやるぜ?」

 吐き気を催すような台詞。
 わたしは彼の手を鉄扇でパチンと払い除けた。

「お断りしますわ。……それに、わたくしの価値を決めるのは、あなたのような三流プレイヤーではありませんの」

「あぁ? ……つれないねぇ」

 ケビンは払われた手を大袈裟に振り、そして目を細めた。

「口では強がってても、数値は嘘をつかねぇんだよ。……見せてみろよ、お前の『中身』を」

 彼が懐から取り出したのは、薄い水晶の板のような魔道具――「鑑定プレート」だった。
 彼はそれをわたしにかざし、勝ち誇ったように叫んだ。

「――スキル発動、『神眼鑑定』ッ!!」

 ブォン、と低い音がして、プレートから青白い光が放たれ、わたしをスキャンする。
 周囲の生徒たちが固唾を飲んで見守る。

「出ろよ、SSランク! いや、俺の女になるならURウルトラレア級か!?」

 ケビンは興奮した様子でプレートの画面を覗き込んだ。
 そこに表示されるはずの、わたしの「数値」を見て、優越感に浸るために。

 ――しかし。

「……あ?」

 ケビンの表情が凍りついた。
 彼はプレートを叩き、振って、もう一度画面を見た。

「な、なんだこれ……? 『測定不能』……?」

 プレートの画面には、数値など表示されていなかった。
 代わりに、激しいノイズと、赤く点滅する『ERROR』の文字だけが浮かんでいる。

「おい、どうなってんだ!? 壊れたのか!?」
「ケビン様、どうされましたの?」

 取り巻きたちが心配そうに覗き込む中、ケビンは焦ったように何度もスキルを発動しようとする。

「クソッ! 『鑑定』! 『真・鑑定』! 『全知の書』! ……なんでだ、なんで出ねぇんだよ!?」

 バチバチッ! とプレートから火花が散る。
 わたしの「情報」を読み取ろうとした魔道具が、処理しきれない負荷に悲鳴を上げているのだ。

 わたしは呆れたようにため息をつき、一歩、彼に近づいた。

「……無駄よ」

「あ、あぁ!?」

 わたしは彼の手にあるプレートを、鉄扇の先端でコン、と叩いた。

「たかが板切れ一枚。そんな薄っぺらい物差しで、わたくしの『人生おもみ』が測れると思って?」

「な、なにを……」

 わたしの体から、隠しきれない魔力の余波――そして、長年培ってきた純粋な「筋肉の圧力」が滲み出る。
 それは数値化できるような単純なものではない。
 北の氷獄で積み上げた血と汗。
 ラノリアの地下で神殺しを成し遂げた業。
 そして何より、二度の人生を背負って立つ、魂の質量。

 それらが、ケビンの持つ安っぽい「システム」の容量を、遥かに凌駕していたのだ。

 パリンッ……。

 乾いた音がした。
 ケビンの手の中で、鑑定プレートに亀裂が走り、砕け散ったのだ。
 物理的な破壊ではない。情報の過負荷による自壊だ。

「う、うわぁぁぁッ!?」

 ケビンは悲鳴を上げてプレートを取り落とした。
 破片が石畳に散らばる。

「あ、ありえねぇ……! 俺の『神眼』が……! バグか!? お前、バグキャラなのか!?」

 腰を抜かして後ずさるケビン。
 わたしは彼を見下ろし、極上の「悪役スマイル」を浮かべた。

「バグ? ……いいえ。これは『仕様』ですわ」

 わたしは鉄扇を広げ、優雅に仰いだ。

「覚えておきなさい、お坊ちゃん。この世には、計算機では弾き出せない『強さ』があるということをね」

「ひ、ひぃッ……!」

 ケビンは顔を引きつらせ、這うようにして逃げ出した。
 取り巻きたちも、訳がわからないといった顔で、慌てて彼の後を追う。

 あとに残されたのは、静まり返った正門前と、呆然とする親衛隊のメンバーたちだけ。

「……ふぅ。やかましい虫でしたわね」

 わたしは何事もなかったように振り返り、ミリアたちに声をかけた。

「さあ、行くわよ。……まずは、そのふざけたプレートを捨てさせて、スクワットからやり直しね」

 親衛隊のみんなが、涙目で大きく頷く。
 その目には、先ほどまでの絶望の色はなく、確かな希望の光が戻っていた。

(さて……宣戦布告は済んだわね)

 わたしは学園の校舎を見上げた。
 見えない数値の檻。
 それを物理で粉砕するデスマッチの、始まりのゴングが鳴った。
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