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【第11部】トヨノクニ黄金狂時代(ジパング・ラプソディ) ~技術と筋肉の力技で、数百年分の文明開化を「強制執行」しますわ~
第108話 【聖女のビジネス①】ステーキは熱いうちに食え。……夢も料理も「冷めたら」終わりよ(アリス覚醒)
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トヨノクニ平定から一ヶ月。
戦火の傷跡も癒えぬオワリ城の天守閣、その一室にあるわたしの私室では、ささやかだが贅沢なティータイムが開かれていた。
テーブルに並ぶのは、ミリアが試作したばかりの「タカニシキの米粉クッキー」と、香り高い紅茶。そして、わたしの目の前には、昼食代わりの分厚いステーキが湯気を立てて鎮座している。
同席しているのは、わたしの「共犯者」であるミリアと、元・聖女のアリスだ。
「……ねえ、レヴィちゃん。私、思うんだ」
アリスが、湯気の立つティーカップを見つめながら、ポツリと漏らした。
彼女の空色の瞳は、ここではないどこか――遠い過去、あるいは前世の記憶を見ているようだった。
「私ね、この世界に転生して教団に拾われる前は、辺境の牧場で暮らしてたの。両親は早くに亡くなって、おじいちゃんとおばあちゃんに育てられたんだけど……あの頃が、一番幸せだったな」
彼女は懐かしそうに目を細めた。
「前世の記憶があったからさ、最初は思ったの。『あ、これスローライフ系の牧場ゲームに転生したんだ! ラッキー!』って。 毎日牛の世話をして、搾りたての牛乳を飲んで……。不思議と牛たちが私に懐いてくれてね。私が撫でると、怪我をした牛が治ったり、難産だった仔牛がスルッと生まれたりしたの」
「へえ。無自覚な聖女様ね。才能の無駄遣い……とは言わないけれど、贅沢な話だわ」
私がナイフで肉を切り分けながら相槌を打つと、アリスは苦笑した。
「うん。当時はそれが『聖女の力』だなんて知らなかった。ただ、牛やおじいちゃんたちが元気でいてくれるのが嬉しくて。……でも、その噂が教団に伝わっちゃったの。『奇跡を起こす少女がいる』って」
アリスの表情が曇る。その瞳に、暗い影が落ちた。
「ある日、教団の馬車が来て、私は無理やり連れて行かれた。泣いてすがるおじいちゃんたちを引き離して。それからは、地獄の『聖女教育』と『運営』による洗脳の日々。……私の手は、牛の背中を撫でるためじゃなく、教団の権威を示すための道具にされた」
彼女は、自分の白く綺麗な掌を見つめ、ギュッと握りしめた。
「だからかな。この国に来て、レヴィちゃんたちが自由に暴れて、国を変えていくのを見て……思い出したの。私、本当は『牧場主』になりたかったんだ。そして前世のもう一つの夢……歌と踊りでみんなを笑顔にする『アイドル』にもなりたかった」
アリスは顔を上げ、少し照れくさそうに笑った。
「変だよね。牧場とアイドルなんて、属性がとっ散らかりすぎてるし。……でも、いつかこの国がもっと落ち着いて、平和になったら。私も聖女の仮面を完全に脱いで、また牛を育てながら、みんなを楽しませるようなことができたらいいなって……」
「却下よ」
私が即答すると、アリスが目を丸くして固まった。
「えっ? だ、ダメかな? やっぱり不謹慎……? 今のトヨノクニは復興で大変な時期だし……」
「違うわ。わたしが言ってるのは『いつか落ち着いたら』なんて寝言についてよ」
私は、肉汁が滴るミディアムレアのステーキをフォークで突き刺し、アリスの目の前に突き出した。
鉄板の上でジュウジュウと音を立てる肉の香りが、彼女の鼻先をくすぐる。
「アリス、見なさい。このステーキ、今が一番美味しいわ。熱々で、脂が溶けて、最高にジューシーよ。でも、これを『落ち着くまで』放置したらどうなると思う?」
「え……冷めて、脂が白く固まって……」
「そう。ゴムみたいに硬くなって、不味くなるわ。……『やりたいこと』も同じよ」
私は肉を口に放り込み、咀嚼して飲み込んだ。
……美味い。命の味がする。
「牧場での幸せな記憶? アイドルの夢? ……それが今、あんたの中で熱くなっているなら、それが一番の『食べ頃』なのよ。熱いうちに食らいつかないでどうするの? 『いつか』なんて待ってたら、情熱も機会も冷え切って、不味い残飯になるだけだわ」
わたしの暴論とも言える食欲理論。
だが、それを聞いたミリアが、バタン! と机を叩いて立ち上がった。眼鏡がキラリと光る。
「……その通りです、レヴィーネ様!!」
ミリアが魔導計算機を片手に熱弁を振るう。
「それは経済学で言う『機会損失』です! 市場は待ってくれません! アリスさんの『原体験に基づく情熱』と『前世のエンタメ知識』という無形の資産を、陳腐化するまで寝かせておくなど、経営的観点から見て最大の愚策!」
「えぇ……!? ミリアちゃんまで!?」
「やりましょう、アリスさん! 今すぐに!
教団に奪われた時間を取り戻すのです。混乱と復興の最中にある今だからこそ、民衆は飢えています。
腹を満たす『食』と、心を満たす『夢』に!」
レヴィーネの「食欲」と、ミリアの「計算」。
二つの熱に背中を蹴飛ばされ、アリスの瞳に火が灯った。
彼女は頬を紅潮させ、拳を握りしめた。
「……そうだね。……私、馬鹿だった。二度目の人生なんだもん。冷めたご飯なんて食べたくない!」
アリスが立ち上がる。その顔つきは、もう迷える聖女ではなく、野心あふれる「プロデューサー」のそれだった。
「やるよ! 私、会社を作る! 名前は『アリス乳業』! 美味しい牛乳と、最高のエンターテインメントをセットで届ける、世界初のアイドル企業だよ! おじいちゃんたちに見せたかった景色、この国で作ってみせる!」
「よし。じゃあ具体的な話をしましょう」
私が地図を広げると、アリスが急に現実に引き戻されたような顔をして、地図の一点を指差した。
「で、でもレヴィちゃん。トヨノクニって、そもそも『牛を飼う』文化があんまりないよね? 農耕用の牛はいるけど、乳牛なんていないし……何より『餌』が大変だよ?」
「餌?」
「うん。牧草地を作るには広大な土地がいるし、冬場の飼料はどうするの? 飢饉から立ち直ったばかりのこの国で、人間が食べる穀物を牛にあげるなんて……そんなことしたら、私が石を投げられちゃうよ」
アリスが専門的な(そして元聖女としてもっともな)悩みを吐露する。
だが、そこでミリアが眼鏡の位置を直し、ニヤリと笑った。
「餌なら、腐るほどありますよ」
「えっ?」
「レヴィーネ様が推進している『タカニシキ』の裏作……大量の『大豆』です」
ミリアが計算書を提示する。
「現在、復興政策の一環として味噌や醤油の生産を拡大していますが、その過程で大量の『おから』が出ます。 それに、収穫後の大豆の茎や葉。これらは産業廃棄物として処分に困っていたところです。……これ、牛の飼料になりませんか?」
「えっ……おからと、茎?」
アリスがきょとんとする。
「うーん、おじいちゃんの牧場では使ってなかったなあ。牧草と、高い麦を食べさせてたけど……」
「あら、そうなんですか? 私の実家の領地では、貧乏……いえ、資源を有効活用するために、豆の茎葉も搾りかすも、発酵させてサイレージにしていましたよ? 栄養価も高くて、牛がよく太ると評判でしたが」
「え? 本当!?」
アリスが身を乗り出した。
「すごい……! それなら、人間と食料を取り合わずに、廃棄物を利用して牛をお腹いっぱいにしてあげられる! おからが牛のご飯になるなんて……!」
「決まりね」
私は最後の一切れのステーキを口に放り込み、宣言した。
「わたしの直轄地である『黒鉄領』は、今や大豆の一大生産地よ。そこに牧場を作りなさい。土地と餌は、V&C商会が全面的にバックアップしてあげるわ」
「ありがとうレヴィちゃん! ミリアちゃん! 私、日本一……ううん、世界一の牧場アイドルになるよ!」
こうして、聖女のビジネスが動き出した。
冷めたステーキを拒絶した彼女の情熱は、やがてこの国全体を温めることになる。
戦火の傷跡も癒えぬオワリ城の天守閣、その一室にあるわたしの私室では、ささやかだが贅沢なティータイムが開かれていた。
テーブルに並ぶのは、ミリアが試作したばかりの「タカニシキの米粉クッキー」と、香り高い紅茶。そして、わたしの目の前には、昼食代わりの分厚いステーキが湯気を立てて鎮座している。
同席しているのは、わたしの「共犯者」であるミリアと、元・聖女のアリスだ。
「……ねえ、レヴィちゃん。私、思うんだ」
アリスが、湯気の立つティーカップを見つめながら、ポツリと漏らした。
彼女の空色の瞳は、ここではないどこか――遠い過去、あるいは前世の記憶を見ているようだった。
「私ね、この世界に転生して教団に拾われる前は、辺境の牧場で暮らしてたの。両親は早くに亡くなって、おじいちゃんとおばあちゃんに育てられたんだけど……あの頃が、一番幸せだったな」
彼女は懐かしそうに目を細めた。
「前世の記憶があったからさ、最初は思ったの。『あ、これスローライフ系の牧場ゲームに転生したんだ! ラッキー!』って。 毎日牛の世話をして、搾りたての牛乳を飲んで……。不思議と牛たちが私に懐いてくれてね。私が撫でると、怪我をした牛が治ったり、難産だった仔牛がスルッと生まれたりしたの」
「へえ。無自覚な聖女様ね。才能の無駄遣い……とは言わないけれど、贅沢な話だわ」
私がナイフで肉を切り分けながら相槌を打つと、アリスは苦笑した。
「うん。当時はそれが『聖女の力』だなんて知らなかった。ただ、牛やおじいちゃんたちが元気でいてくれるのが嬉しくて。……でも、その噂が教団に伝わっちゃったの。『奇跡を起こす少女がいる』って」
アリスの表情が曇る。その瞳に、暗い影が落ちた。
「ある日、教団の馬車が来て、私は無理やり連れて行かれた。泣いてすがるおじいちゃんたちを引き離して。それからは、地獄の『聖女教育』と『運営』による洗脳の日々。……私の手は、牛の背中を撫でるためじゃなく、教団の権威を示すための道具にされた」
彼女は、自分の白く綺麗な掌を見つめ、ギュッと握りしめた。
「だからかな。この国に来て、レヴィちゃんたちが自由に暴れて、国を変えていくのを見て……思い出したの。私、本当は『牧場主』になりたかったんだ。そして前世のもう一つの夢……歌と踊りでみんなを笑顔にする『アイドル』にもなりたかった」
アリスは顔を上げ、少し照れくさそうに笑った。
「変だよね。牧場とアイドルなんて、属性がとっ散らかりすぎてるし。……でも、いつかこの国がもっと落ち着いて、平和になったら。私も聖女の仮面を完全に脱いで、また牛を育てながら、みんなを楽しませるようなことができたらいいなって……」
「却下よ」
私が即答すると、アリスが目を丸くして固まった。
「えっ? だ、ダメかな? やっぱり不謹慎……? 今のトヨノクニは復興で大変な時期だし……」
「違うわ。わたしが言ってるのは『いつか落ち着いたら』なんて寝言についてよ」
私は、肉汁が滴るミディアムレアのステーキをフォークで突き刺し、アリスの目の前に突き出した。
鉄板の上でジュウジュウと音を立てる肉の香りが、彼女の鼻先をくすぐる。
「アリス、見なさい。このステーキ、今が一番美味しいわ。熱々で、脂が溶けて、最高にジューシーよ。でも、これを『落ち着くまで』放置したらどうなると思う?」
「え……冷めて、脂が白く固まって……」
「そう。ゴムみたいに硬くなって、不味くなるわ。……『やりたいこと』も同じよ」
私は肉を口に放り込み、咀嚼して飲み込んだ。
……美味い。命の味がする。
「牧場での幸せな記憶? アイドルの夢? ……それが今、あんたの中で熱くなっているなら、それが一番の『食べ頃』なのよ。熱いうちに食らいつかないでどうするの? 『いつか』なんて待ってたら、情熱も機会も冷え切って、不味い残飯になるだけだわ」
わたしの暴論とも言える食欲理論。
だが、それを聞いたミリアが、バタン! と机を叩いて立ち上がった。眼鏡がキラリと光る。
「……その通りです、レヴィーネ様!!」
ミリアが魔導計算機を片手に熱弁を振るう。
「それは経済学で言う『機会損失』です! 市場は待ってくれません! アリスさんの『原体験に基づく情熱』と『前世のエンタメ知識』という無形の資産を、陳腐化するまで寝かせておくなど、経営的観点から見て最大の愚策!」
「えぇ……!? ミリアちゃんまで!?」
「やりましょう、アリスさん! 今すぐに!
教団に奪われた時間を取り戻すのです。混乱と復興の最中にある今だからこそ、民衆は飢えています。
腹を満たす『食』と、心を満たす『夢』に!」
レヴィーネの「食欲」と、ミリアの「計算」。
二つの熱に背中を蹴飛ばされ、アリスの瞳に火が灯った。
彼女は頬を紅潮させ、拳を握りしめた。
「……そうだね。……私、馬鹿だった。二度目の人生なんだもん。冷めたご飯なんて食べたくない!」
アリスが立ち上がる。その顔つきは、もう迷える聖女ではなく、野心あふれる「プロデューサー」のそれだった。
「やるよ! 私、会社を作る! 名前は『アリス乳業』! 美味しい牛乳と、最高のエンターテインメントをセットで届ける、世界初のアイドル企業だよ! おじいちゃんたちに見せたかった景色、この国で作ってみせる!」
「よし。じゃあ具体的な話をしましょう」
私が地図を広げると、アリスが急に現実に引き戻されたような顔をして、地図の一点を指差した。
「で、でもレヴィちゃん。トヨノクニって、そもそも『牛を飼う』文化があんまりないよね? 農耕用の牛はいるけど、乳牛なんていないし……何より『餌』が大変だよ?」
「餌?」
「うん。牧草地を作るには広大な土地がいるし、冬場の飼料はどうするの? 飢饉から立ち直ったばかりのこの国で、人間が食べる穀物を牛にあげるなんて……そんなことしたら、私が石を投げられちゃうよ」
アリスが専門的な(そして元聖女としてもっともな)悩みを吐露する。
だが、そこでミリアが眼鏡の位置を直し、ニヤリと笑った。
「餌なら、腐るほどありますよ」
「えっ?」
「レヴィーネ様が推進している『タカニシキ』の裏作……大量の『大豆』です」
ミリアが計算書を提示する。
「現在、復興政策の一環として味噌や醤油の生産を拡大していますが、その過程で大量の『おから』が出ます。 それに、収穫後の大豆の茎や葉。これらは産業廃棄物として処分に困っていたところです。……これ、牛の飼料になりませんか?」
「えっ……おからと、茎?」
アリスがきょとんとする。
「うーん、おじいちゃんの牧場では使ってなかったなあ。牧草と、高い麦を食べさせてたけど……」
「あら、そうなんですか? 私の実家の領地では、貧乏……いえ、資源を有効活用するために、豆の茎葉も搾りかすも、発酵させてサイレージにしていましたよ? 栄養価も高くて、牛がよく太ると評判でしたが」
「え? 本当!?」
アリスが身を乗り出した。
「すごい……! それなら、人間と食料を取り合わずに、廃棄物を利用して牛をお腹いっぱいにしてあげられる! おからが牛のご飯になるなんて……!」
「決まりね」
私は最後の一切れのステーキを口に放り込み、宣言した。
「わたしの直轄地である『黒鉄領』は、今や大豆の一大生産地よ。そこに牧場を作りなさい。土地と餌は、V&C商会が全面的にバックアップしてあげるわ」
「ありがとうレヴィちゃん! ミリアちゃん! 私、日本一……ううん、世界一の牧場アイドルになるよ!」
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