悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第15部】大陸横断大工事編 ~神の雷を買い取り、断絶の壁をブチ抜いて、最愛(既読スルー男)に右ストレートを叩き込みますわ~

第166話 小さな家出人:未来の義兄上(あにうえ)の背中を追いかけて

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 ガルディア帝国、東の辺境。
 ここヴィータヴェン辺境伯領には、とてつもない噂が風に乗って届いていた。

「聞いたか! あのお嬢様が、大陸の真ん中に国を作っちまったそうだ!」
「ああ! 谷を埋めて、空飛ぶ城を落としたんだとよ!」
「さすがは我らが領主様の長女だ。スケールが違うぜ!」

 領民たちは興奮し、酒場でジョッキを掲げている。
 僕――ソレン・ヴィータヴェンは、その熱狂を屋敷の窓から眺めながら、小さな溜息をついた。

「……姉上、か」

 僕には、姉がいるらしい。
 名前は、レヴィーネ・ヴィータヴェン。
 「らしい」というのは、僕が物心ついた時には、彼女はもうこの家にいなかったからだ。
 僕が生まれた直後、彼女はとある事情で家を出て、はるか西の国へ行ったという。

 父上(辺境伯)と母上は、姉上の話をするとき、いつも少し困ったような、でも誇らしげな顔をする。
 祖父のマラグおじい様に至っては、「あやつはワシの若い頃にそっくりじゃ! 岩をも砕く破壊の申し子じゃ!」と豪快に笑う。
 年に数回、すごいお土産を持ってやってくる「海運王」サカモト・リョウマというおじさんは、「姐さんは規格外ぜよ。世界の半分を買い占めるつもりじゃき」と目を輝かせる。

 破壊の申し子。世界の半分を買い占める女帝。
 ……僕の中での姉上は、もはや人間というより、絵本に出てくる「伝説の魔神」みたいなイメージになっていた。

 でも。
 そんな伝説の姉上に、どうしても会ってみたい。
 だって、彼女の話をする人たちはみんな、すごく楽しそうで、キラキラしているから。

◆◆◆

 その日、ヴィータヴェン辺境伯邸に、一人の客人が訪れた。
 帝国の第二皇子にして、時折お忍びで僕に帝王学や剣術を教えてくれる家庭教師センセイ
 アレクセイ・ガルディア殿下だ。

「やあ、ソレン。剣の腕は上がったかな?」

 アレクセイ先生は、いつものように優しく、洗練された動作で微笑んだ。
 先生はすごい人だ。頭も良くて、剣も強くて、政治のことも何でも知っている。
 僕は先生が大好きだ。そして、先生が僕の「姉上」のことを話すときに見せる、熱っぽい瞳も知っている。

 今日の先生は、いつもの貴族服の上から、実用的な旅装束を羽織っていた。
 応接室に通された先生は、僕の両親に向かって深く頭を下げた。

「辺境伯、夫人。……長い間、ソレンの教育を任せていただき感謝します。ですが、当面の間、ここへ来ることはできなくなります」

「殿下……。それはやはり、例の計画のためですかな?」

 父上が尋ねると、先生は力強く頷いた。

「はい。『東方開拓計画』。……大陸中央に国を興した彼女レヴィーネを迎えに行くため、私自ら現場に入り、東側から道を繋ぎます」

 そして、先生は一度言葉を切り、居住まいを正した。
 その瞳には、決死の覚悟が宿っていた。

「それと……もう一つ、ご相談があります。私は既に、帝国の皇籍を離脱する手続きを進めています」

「なっ……殿下、それは!?」

「道が繋がり、彼女と再会できた暁には……私は、彼女に求婚するつもりです。ヴィータヴェン家への婿入りをお許しいただきたい」

 その言葉に、部屋の空気が止まった。
 父上と母上は顔を見合わせ、それから……嬉しそうに笑った。

「……あのおてんば娘の夫が務まるのは、世界広しといえど殿下くらいでしょう」
「ええ。娘を、よろしくお願いしますわ」

 先生が、姉上の夫に。
 その瞬間、僕の中でパズルがハマった。
 大好きな先生が、本当の「義兄上(あにうえ)」になるんだ。
 そして、二人は世界を繋ぐ大工事に挑もうとしている。

「……僕も!」

 気がつくと、僕は叫んでいた。

「僕も連れて行ってください! 僕も姉上に会いたい! 先生のお手伝いがしたいです!」

 大人の話に割って入るのはマナー違反だと分かっている。でも、いてもたってもいられなかった。
 先生は、少しだけ目を見開き、それから困ったようにしゃがみ込んで、僕の目線に合わせた。

「ソレン。気持ちは嬉しいよ。……でも、君はまだ7歳だ。これから行く場所は、魔獣が出る森や、険しい山岳地帯だ。子供には危険すぎる」

「大丈夫です! 僕だってヴィータヴェンの男です! 牙鹿ファング・ディア森熊フォレスト・ベアくらいなら、一人で倒せます!」

「……ははは。頼もしいな。だがダメだ。君には、この家を守るという大事な仕事がある。君が立派な領主になることが、姉上にとっても一番の喜びなんだよ」

 先生は僕の頭をポンと撫でると、立ち上がってしまった。
 子供扱いだ。
 僕の膂力りょりょくが、既に大人の騎士を凌駕していることを、先生は「子供の背伸び」だと思っている。

 先生が帰った後、僕は部屋で荷造りを始めた。
 悔しかった。
 何も知らない子供扱いされたことが。
 そして何より、大好きな先生と伝説の姉上が、命がけの冒険に行こうとしているのに、何もできない自分が。

「……子供だと思って。もう熊だって一撃で倒せるのに」

 僕は壁に掛けてあった子供用の剣(特注の重量級)を背負い、リュックに保存食と水筒を詰め込んだ。
 書き置きは……しない。見つかったら連れ戻される。
 先生は帝都で準備をしてから出発すると言っていた。
 ここから帝都までは、大人の足で馬車を使って三日。
 先生のように早馬を乗り換えるなら一日。
 普通の子供なら一週間はかかるだろう。
 僕が生まれる前は大人でもひと月近くかかっていたらしい。
 ヴィータヴェン領と帝都を結ぶ道が整備されたのも、姉上のおかげだって領民のみんなが言ってる。
 あらためて姉上のすごさを感じる。
 でも、僕なら一日で着く。がんばって走ればいいんだから。

「……行ってきます」

 その夜。
 僕はこっそりと窓から抜け出し、満天の星の下、帝都へと続く街道を全速力で駆け出した。

◆◆◆

 道中、何度か「追い剥ぎ」や「人さらい」といった悪い大人たちに絡まれた。
 彼らは「へへへ、上等な服を着た坊ちゃんだな」と下卑た笑いを浮かべて近づいてきたけど、僕が軽くデコピン(物理)をすると、白目を剥いて飛んでいった。僕は悪くない。
 腹を空かせた野犬の群れも襲ってきたけど、撫でてやろうと手を出したら、その風圧だけでキャンと鳴いて逃げていった。かなしい。

 そんな些細な障害などものともせず。
 翌日の昼過ぎには、僕は帝都ガルディアの城門をくぐっていた。

 皇城前の広場は、前代未聞の熱気に包まれていた。
 帝国軍だけでなく、屈強な土木作業員や、冒険者たちが集結している。
 『帝国道路公団・第一開拓旅団』の結団式だ。

 その壇上に、アレクセイ先生の姿があった。
 煌びやかな皇族の衣装ではなく、機能的な作業着にマントを羽織った姿。
 周りの兵士たちに檄を飛ばしている。

「行くぞ! 我々の手で未開の森を切り拓く! 西から来る『彼女』に負けてはいられん!」

「「「応ッ!!!」」」

 地響きのような歓声。
 出発の号令がかかろうとした、その時だった。

「先生ーーーッ!!!」

 警備兵の制止をひらりと躱し、僕は広場の中央へと躍り出た。
 一日中走りっぱなしだったけど、息一つ切れていない。服も汚れていない。
 ただ、全速力で走ってきた爽快感だけがある。

「なっ……ソレン!?」

 壇上の先生が、驚愕に目を見開く。
 周囲の兵士たちもざわめき始める。

「おい、子供だぞ?」
「どこから入ったんだ?」

 そんな視線をものともせず、僕は先生の元へ歩み寄り、貴族の礼儀作法に則って優雅に一礼した。

「お見送りだけでは我慢できませんでした。……追いかけて、来ました」

「馬鹿な……。昨日の今日だぞ? 馬車でも三日はかかる距離を、どうやって……」

「走ってきました。……準備運動にもなりません」

 僕は平然と言ってのけた。
 先生は絶句していたが、すぐにその意味を理解したようだ。
 僕の瞳に宿る、姉上と同じ「ヴィータヴェンの光(狂気)」を見たのだろう。

「先生……いいえ、未来の義兄上(あにうえ)!」

 僕は、先生の目を真っ直ぐに見つめて言った。
 あんなに格好良くて、強くて、姉上一筋の先生を、姉上が振るわけがない。
 だから、もう「義兄上」で決定だ。

「僕は、まだ子供ですが、足手まといにはなりません! 熊も岩も砕けます! ……ですから、僕を使ってください!」

 広場が静まり返る。
 数千の屈強な男たちが、豆粒みたいな僕を見つめている。
 でも、僕は胸を張った。
 ここで引いたら、ヴィータヴェンの名折れだ。

 先生は、しばらく僕を見つめ、それから……ふっと、口元を緩めた。
 困ったような、でもどこか嬉しそうな、あの笑顔だ。

「……ハハッ。そうか」

 先生は、大きな手で僕の頭をガシガシと撫でた。

「その怪力と体力……。やはり、血は争えないな。君の中に、間違いなく彼女がいるよ」

 先生は立ち上がり、周囲の兵士たちに向かって宣言した。

「聞いたか、野郎ども! この小さな勇者は、たった一人で辺境からここまで走ってきた! しかも無傷でだ! このポテンシャル、我ら開拓旅団に相応しいとは思わんか!」

「「「おおおおおッ!!」」」
「すげぇ坊主だ!」
「ヴィータヴェンの血統、伊達じゃねぇな!」

 男たちが口笛を吹き、武器を打ち鳴らして歓迎してくれる。
 先生は僕に向き直り、ニカっと笑った。

「合格だ、ソレン。……いや、未来の義弟(おとうと)よ」

 先生が差し出した手を、僕は強く握り返した。
 大人の骨がきしむくらいの力で握ったけれど、先生は顔色一つ変えずに握り返してくれた。さすがだ。

「君を『従騎士見習い』兼『特攻隊長』として採用する。……ただし、特別扱いはしないぞ。泥にまみれて働いてもらう」

「はいッ! 望むところです、義兄上!」

 こうして、僕は家を出た。
 小さな家出は、大陸を繋ぐ壮大な旅の始まりになった。
 待っていてください、姉上。
 最強の弟と、最高の義兄上が、必ずそちらへ道を繋げに行きますから!
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