AIは電気脳の死を喜ぶか?

幻奏堂

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「悠久(ゆうく)ー! また寝坊ー?!」

 聞き慣れた声と、激しいノック音。

 ここはどこ? 今はいつ? 僕は誰?

 深く眠っていたようで、頭が働かない。ベッド横の窓を覆う、青いカーテンが目に入る。隙間から漏れる光が眩しい。目覚まし時計から今日が八月三日だということが分かった。
 やがて、ベッド近くに置かれたキャリーケースが目に入り、全てを思い出す。

「愛利(あいり)ちゃんごめん! 今起きた!!」

 大慌てで玄関へと、手狭い1LDKを駆け抜ける。今日から一週間、幼なじみの五人組で卒業旅行に行くことになっていたのだ。滑りの良いフローリングに足がもつれそうになる。玄関に辿り着くと、ドア越しに大きなため息が聞こえた。焦って手間取りながらも解錠し、ドアを開ける俺。

「もうっさすがに今日は起きてくれると思ってたのに……! 電車は待ってくれないんだよっ」

 重そうなキャリーケースを手に玄関前に立つ、幼なじみの愛利(あいり)ちゃん。桃色のキャリーケースは髪色とお揃いだ。腰まで届くほど長いツインテール、黒目がちな緑色の瞳、華奢な肢体。

「本当にごめん! すぐ用意する!」

 俺はドアを支えながら、怒り心頭の愛利(あいり)ちゃんを迎え入れる。玄関脇にキャリーケースを置き、白いアンクルストラップサンダルを脱ぐ愛利ちゃん。

「そこに座ってて、そのクッションのとこ! あ、飲み物いる?」

 洗面所に向かいながら部屋を案内する俺。愛利ちゃんは立ち止まり、呆れ顔で俺を見つめた。瞳に朝日が乱反射している。俺は首を傾げた。

「あのね、状況わかってる? 時間ないの!」

 そう言ってクッションの上に勢いよく座る愛利ちゃん。ゲームキャラクターモチーフのクッションが大きく歪んだ。

「ごめんマジで急ぐ!!」

 俺はそう叫ぶなり、歯を磨きながら顔を洗い始めた。飛沫でジャージの襟元がびしょ濡れになる。



「お父さん、まだ帰ってこられないの?」

 俺が歯磨きと洗顔を終えたのを見計らい、愛利ちゃんがぽつりと呟く。俺はスポーツタオルで顔を拭きながら、愛利ちゃんを見やる。

「うん。なかなか……終わりが見えないみたいで。やっぱり」

 父さんは海外の紛争地域で医者をしている。母さんも一緒に働いていたが、銃撃戦に巻き込まれ亡くなった――らしい。俺が物心ついた頃には既に母さんはいなかった。母さんの死後、父さんは赤ん坊だった俺と供に帰国し、しばらくは国内で仕事をしながら俺を育ててくれた。そして俺が高校生になると、再び海外へと発っていった。
 この部屋で一人暮らしを始めてから、もうすぐ三年になる。ベッド脇のテーブルに置かれたデジタルフレームには、結婚当時の両親の写真が映し出されている。二人とも幸せそうな笑顔だ。

「警察学校に行って警察官になりたいって、もう言ったの?」

 心配そうに俺を見つめる愛利ちゃん。普段はパンツスタイルだが、今日は珍しくワンピース姿だ。白地のシフォン生地、裾にはパステルカラーの蝶の刺繍。

「言ったよ。立派な夢だって、応援してるって言ってくれた」

「そっか……」

 愛利ちゃんは少し困ったように微笑んだが、すぐにいつもの明るい表情に戻った。色々と心配してくれたのだろう。俺は胸が温かくなるのを感じた。

「てかそれ、付けてくれたんだ。気に入ってもらえなかったかと思ってた」

 俺は愛利ちゃんの髪ゴムを示し、そう言った。総レースのリボンが付いたゴム。繊細な編み目が美しい。七月五日の愛利ちゃんの誕生日に俺があげたものだ。

「えっ違うよ~大事すぎて付けられなかったのっ。今日は特別!へへ」

 愛利ちゃんは照れくさそうに、両手で髪飾りに触れた。ツインテールと共にリボンが可憐に揺れる。

「って時間!! 悠久(ゆうく)、早く着替えて!」

「あ、そうだった! やばい」

 俺は荷物の横に用意してあった洋服を手に取り、ジャージを脱ぎ――かける。こちらをじっと見つめる愛利ちゃんと目が合った。

「あの、俺、着替えるから」

「うん? どーぞ」

 それが何?とばかりに目を瞬かせる愛利ちゃん。さりげなく座り直し、正座で俺に向き直る。

「いやだから、そんなに見られてると……なんか」

「え~いいじゃん。だめ?」 

 愛利ちゃんは上目づかいで口を尖らせた。完全にからかわれている。

「だ、だめじゃないけどっ……なんかだめ!」

 俺は愛利ちゃんに背を向け、目にも止まらぬ速さで着替えを終えた。背中に刺すような視線を感じながら。こういうのって逆じゃない?





「佳乃(かの)ちゃんー蜜花(みっか)ちゃんー!!」

 愛利ちゃんが息を切らしながら、駅前で待つ二人に手を振る。お詫びの気持ちも込めて荷物持ちを申し出た俺だったが、キャリーケースを両手に走るのは意外と難しい。数秒遅れで愛利ちゃんに追いついた。

「遅かったじゃん。時間まじギリだよ」

 佳乃(かの)ちゃんが苛立った様子でスマホの画面を確認する。赤みがかった茶髪に、オレンジ色のインナーカラー。夏の強い日差しに照らされ、眩しい。大きな猫目、瞳はマゼンタ色だ。カラーコンタクトを入れているらしい。服装はハーフオフショルダーの黒いバンドTシャツ、赤いチェックのミニスカート、透かし柄の白いニーハイ、黒いレースアップサンダル。いつものパンクファッションだ。

「ごめん寝坊した……!」

 俺は息も絶え絶えに手を合わせて見せる。夏の強い日差しに肌がひりつく。
 「だろうね」と、佳乃ちゃんは肩をすくめた。俺は眠りが深すぎるきらいがあり、よく迷惑をかけてしまっている。

「はい、これ。二人の分」

 蜜花(みっか)ちゃんが手にしたクリアファイルから切符を取り出す。他にも観光パンフレット等が挟まれているのが見える。
 蜜花(みっか)ちゃんは大人っぽくて容姿端麗なインテリ女子。演劇部の花形役者で、親衛隊が存在するほど人気がある。今日はネイビーの花柄オールインワン、麦わら仕様のマリンキャップ、カーキのスニーカー、といった装いだ。

「ありがとー! やっぱ密花ちゃんに持ってもらっててよかった~忘れたら大変だもん。ねっ」

 愛利ちゃんが密花ちゃんから切符を受け取りながら、俺を見て悪戯っぽく笑った。遅刻したうえに切符まで忘れたら……と俺が恐ろしい想像をしていると、カンカンと踏切が鳴り出した。

「あっこれ多分うちら乗るやつ! 急ご!!」

 佳乃ちゃんがそう叫んで駆け出す。俺も慌てて後に続くが、先ほどの疲労で思うように足が動かない。二つのキャリーケースがかわるがわる足にぶつかり、鈍い音を立てる。痛い。

「大丈夫? 私、リュックだから持てるよ」

 後ろから蜜花ちゃんが救いの手を差し伸べてくれる。艶やかで長い黒髪が肩の上でたゆむ。両サイドの編み込みがおしゃれだ。

「ありがとう……! ごめん」

 俺は情けなくもありがたく、愛利ちゃんのキャリーケースを密花ちゃんに手渡す。駅員さんのアナウンスと共に、電車が近付く音が聞こえてくる。

「そっちも」

 すると蜜花ちゃんは俺のキャリーケースまでつかみ取った。そして軽々と持ち上げて走り出す。

「ぁ待って! それは、だめ……っ」

 まさかの手ぶらになり、慌てて追いかける俺。平日の午前中だからか駅構内は空いていた。

「大丈夫!」

 蜜花ちゃんは俺を見向きもせず、そのまま走り続ける。こういうのって逆じゃない?再。





「っしゃーなんとか時間通り! 着いた!」

 去っていく電車に向かって、ガッツポーズをする佳乃ちゃん。その横で蜜花ちゃんはなにやらスマホを操作している。

「あっつーい」 うなだれている愛利ちゃん。

「思ったよりも田舎なんだね。ふぁ……」

 俺は辺りを見回しながらあくびをする。新幹線に乗り換えた後、少し眠ろうとしたらトランプに付き合わされ、さらに駄菓子の食べ比べに付き合わされ、しまいには大喜利大会に付き合わされ、一睡もできなかった。
 到着した駅のホームはとても簡素な作りで屋根もなく、周辺の景色が丸見えだ。眼前には海と港町、背後には青々とした山肌がそり立っている。

「雅仁(まさひと)くん、もう来てるって。改札のとこ」

 蜜花ちゃんが顔を上げ、火照った頬をパタパタと手で扇ぐ。前髪が風を受けて僅かに浮く。

「雅仁(まさひと)んち、冷房効いてるかな」 佳乃ちゃんが呟く。

 とにかく早く、せめて日陰に入りたいと一同足早に歩き出した。アブラゼミが大音量で鳴き叫んでいる。

「曰降(いわくふり)駅かぁ。おもしろい名前だね」

 愛利ちゃんが駅名標を見上げている。古い駅のようで、経年劣化で文字が消えかけている。

「この辺りの地域には昔、宇宙人がいたっていう民話があるらしいから、曰く付きの曰、だったりして。ふふ」

 楽しげに微笑む蜜花ちゃん。ホラーが苦手な俺は思わず身構えた。

「え~オカルトじゃん」 佳乃ちゃんが吐き捨てる。

「あっそっか! 上から降ってきたイコール宇宙人ってこと?!」

 愛利ちゃんがなぜか興奮し、俺の腕を上下に激しく動かす。もげそう。



「お、こっちこっちー! 長旅お疲れさん」

 改札の向こうから手を振る、派手なアロハシャツを着た青年。雅仁(まさひと)くんだ。ブラウンのコンフォートサンダル、白いハーフパンツ、サテン生地でコーラルピンク色のアロハシャツ、淡く色のついたサングラスを胸ポケットにかけている。

「久しぶり~!」

 見知った顔に安堵し、俺は手を振り返した。一同、切符を片手に改札へと近付く。

「改札ってこれ? ただの柵じゃん。駅員いないの?」

 困惑する佳乃ちゃん。無人駅のようで、簡素な待合室にも人影はない。

「いやここ、箱あるだろ?」

 雅仁くんが柵に取り付けてある、小さな木箱を示す。手作り感満載、塗装がところどころ剥げている。

「通り抜け放題じゃん」

「そういう低俗な発想はおやめなさい。神はいつも、あなたを見ているのです」

 憤慨する佳乃ちゃんに対し、雅仁くんがわざとらしく胸に手を当てて見せる。そこはかとない既視感。

「うち無神論者だし?」 跳ねのける佳乃ちゃん。

「あははザビエル~似てる~っ」

 雅仁くんを指さし、一泊遅れで吹き出す愛利ちゃん。

「頭が?」

 蜜花ちゃんが愛利ちゃんに耳打ちする。それがまたツボに入ったようで、愛利ちゃんが腹を抱えて笑い出す。

「だからこの生え際は生まれつきだっての! っそれはそうとレディジェン! 楽しもうぜ卒業旅行~!」

 無人駅に不釣り合いなスタイルとテンションで、雅仁くんが声を張り上げる。束の間の沈黙が流れた。

「……レディジェン?」「adies and gentlemenの略かな」「ださ」

 囁き合う佳乃ちゃんと蜜花ちゃん。一方、雅仁くんは満足そうな表情だ。 
 雅仁くんはアメリカ人と日本人のハーフで、帰国子女だ。アッシュブロンドの短髪、ブルーグレーの瞳。高身長イケメンで文武両道の御曹司という完璧超人ぶり。兄貴肌で明るい性格なことから女子はもちろん、男子からも慕われている。
 雅仁くんの別荘がこの駅の裏手、曰降山にあり、これからしばらく滞在させてもらうことになっている。大人は不在、子供だけで行く初めての旅行だ。

「旅行といえば観光だろ! 最高にincredibleなとこ案内するぜ」

 意気揚々と出口へと向かう雅仁くん。逆光でその後ろ姿が強調される。時刻は十四時七分。気温は最高潮だ。湿気のこもった強烈な熱気に、俺はめまいを覚えた。





「着いたぞ! 曰降湖だ」

 雅仁くんに連れられ、山道を登り始めてから一時間くらいだろうか。額の汗を拭いながら顔を上げると、木々の切れ目が見えた。

「わ~すごいっ!」

 俺の少し先を歩いていた愛利ちゃんが感嘆の声を上げる。ツインテールが軽快に弾む。

「めっちゃ歩くじゃん……」

 後ろで佳乃ちゃんが不満げに呟く。汗で髪の毛が額に張り付いている。

「おぉ……でか」

 開けた場所に出るなり、俺は思わず立ち止まった。
 ――目の前に広がる巨大な湖。水位が低い為、深くえぐられた穴のようにも見える。対岸まで五百メートルはありそうだ。周囲は森林に囲まれ、日本にいるとは思えないスケール感。

「柵ないから気を付けろよ」

 水面を覗き込む愛利ちゃんを見て、雅仁くんが声をかける。愛利ちゃんは目を輝かせながら小さく頷いた。

「神社があるね」

 蜜花ちゃんが前方を指し示す。湖の中心に小島があり、赤い鳥居が立っているのが見える。御神木ならぬ御神石だろうか、しめ縄の巻かれた大岩が鎮座している。

「大昔、ここに隕石が落ちたんだ。でっかいクレーターができて、そこに水がたまって湖になった」

 自然の神秘を感じさせる絶景に、「すごい」という言葉しか出てこない。あまり乗り気でなかった佳乃ちゃんでさえも、圧倒されているようで口数が少ない。

「で、あれは人工島。隕石と共に現れた宇宙人を鎮める為に、神社が建てられたとか。なんでも……人食い鬼って呼ばれてたらしいぜ? まだどっかに潜んでたりしてな、ふはは」

 雅仁くんの一言に、嫌な汗が流れる。セミの声が心なしか遠くなったような気がした。

「下降りると船あるから、役所で予約すれば神社まで行けるぜ。村長のガイド付き」

 少し離れた場所にある急な木製階段を、雅仁くんが見やる。それは桟橋に繋がっていて、古びたボートが係留されていた。

「いやここでいい。充分充分」 頭を振る佳乃ちゃん。

「お、怖いのか?」

 雅仁くんがからかう。雲行きが怪しい。

「んなわけないじゃん! うちは海行きたかったの、海! せっかく水着持ってきたのに」

「は~海なんていつでも行けるだろ、島国なんだからさぁ。これはここにしかないんだぞ? わかってないねぇ」

「そんなのどうでもいい! 暑けりゃ海! 山だけはない!」

「まぁまぁ落ち着いて」

 睨み合う二人を、蜜花ちゃんがなだめる。佳乃ちゃんと雅仁くんは喧嘩とまではいかないが、口論になりがちだ。

「わたしも水着持ってきてる! 海行こう~楽しいよ絶対っ」

 愛利ちゃんが力強い眼差しを雅仁くんに向ける。

「おう……まぁ、元々行くつもりだったけどな。時間あるし。明日にでも行くか」

 ばつが悪そうに頭をかく雅仁くん。佳乃ちゃんが軽く鼻を鳴らした。

「あっそうなんだ。持ってきてないわ水着」

 まぁ海に入らなきゃいいかと思いながら、俺はそう言った。

「大丈夫っ悠久の分もあるから!」

 俺に向かって、親指を立てて見せる愛利ちゃん。嫌な予感。

「俺のも……?」

「あ、もちろんメンズだし新品だよ! お揃いのやつ買ったの! 安心してっ」

 雅仁くんが爆笑する。押し黙っていた佳乃ちゃんも吹き出した。

「え~なんで笑うの~」 愛利ちゃんが頬を膨らませる。

「私は楽しみにしてるよ、すっごく」

 蜜花ちゃんが何度も頷いて見せる。どうか無地でありますように、と俺は強く祈った。

「そうだ、お揃いといえば! はいこれ。おみやげ」

 雅仁くんがおもむろに手にした紙袋を差し出す。

「やった~おみやげ大好き!」

 すぐさま両手を差し出す愛利ちゃん。袋の中にはベルベット素材の青いケースが四つ。愛利ちゃんからケースを一つずつ受け取る三人。佳乃ちゃんは渋々といった様子だ。
 ――開けてみると、高級そうなブレスレットが現れた。金属質の球体が、蔦のような形状の台座にはめ込まれている。

「下の商店街に売ってたんだけどさ、この玉、隕石を加工したやつなんだよ。あそこの岩の破片な。で、表面に酸かけたりすると、こういう模様が出てくるんだけどさ……」

「ウィドマンシュテッテン構造?」

 蜜花ちゃんがなにやら呪文のような言葉を発する。

「そう! お客さん詳しいね」

 嬉しそうに反応する雅仁くん。テレビショッピング?
 石の表面をよく見てみると、規則性があるようでないような、幾何学模様のようなものが浮かび上がっている。

「でもこれ、かなりお高いやつですよね……?」 ノリノリな蜜花ちゃん。

「まぁまずは着けてみてくださいよ! 私も愛用してるんですけどね、宝くじが当たりそうな気配がしないでもなくて!」

 雅仁くんはそう言うなり片目を隠すようにして、ブレスレットを見せつける。目力が強い。

「はしゃいでんじゃねーぞ」

 佳乃ちゃんが釘を刺すが、雅仁くんは全く堪えていない様子だ。しなやかな動きでブレスレットに口づけをする。
 俺も右手首にブレスレットを着けてみる。意外と重みがあり、ひんやりとした肌触りが気持ちいい。自然と神社に目が吸い寄せられる。破片だと思うと、あの大岩と繋がっているような不思議な感覚におちいる。

「なんかいいねっ五人お揃いって初めてじゃない?」

 愛利ちゃんがブレスレットを頭上にかざし、目を細めた。華奢な手首にプラチナの地金がよく映える。

「いいね。これがあれば、離れ離れになっても寂しくないかも」

  同意する俺。四人とは小学生の頃からの付き合いで、高校生になってからは特にお世話になっている。一人暮らしの俺を気遣い、色々と手助けしてくれた。愛利ちゃんはモーニングコール、雅仁くんは勉強、蜜花ちゃんは家事、佳乃ちゃんは……ギターの弾き語り?

「大げさだなぁ。引っ越すわけじゃねーんだから、会おうと思えばいつでも会えるだろ」

 雅仁くんが笑い飛ばしながらも、照れくさそうに視線を落とす。

「定期的にお泊まり会しようよ」

 優しく微笑む蜜花ちゃん。佳乃ちゃんも頷いて見せる。

「そうだよ~それに……もう言っちゃう! わたしとは多分これからも一緒だよ! 悠久と同じ試験受けるつもりだから!」

 愛利ちゃんが意を決した様子で言う。俺は耳を疑った。

「えっうそ! そうなの?!」

「あ~女だって需要あるんだよ? 婦人警官っ」

 敬礼しながらウインクをする愛利ちゃん。一瞬、制服姿の愛利ちゃんが脳裏をよぎった。

「いやそういうんじゃなくて……っ」 俺は言葉を詰まらせる。

「ほんとは受かるまで秘密にするつもりだったけど、言っちゃった! へへ」

 愛利ちゃんは落ち着かない様子で、左右にツインテールを揺らした。

「割とすぐ言っちゃったねぇ」 目を細める雅仁くん。

「相変わらず仲良しだね。もしかして、ついに付き合い始めてたり……?」

 蜜花ちゃんが遠慮がちに、しかし興味津々で尋ねる。

「それ思ってた」 佳乃ちゃんも身を乗り出す。

「いやいや恋愛はまだ早いよ、高校生なんだから」

 俺が即座に否定すると、なぜか場が白ける。

「堅物ジジイかよ」

 苦虫を噛み潰したような顔になる佳乃ちゃん。蜜花ちゃんも無表情になる。やだ怖い。

「う、うぅ~嫌なんだ~~わたしと同じ進路なのぉ~」

「それは違う! 心強いし、嬉しいと思ってる」

 下を向いて泣き出した愛利ちゃんを、俺は必死で慰める。しかし顔を覗き込むと、涙は出ていなかった。俺と目が合うと、舌を出して見せる愛利ちゃん。またしてもからかわれている。

「そんなもんだよ男なんて。女だけでいいと思わない……?」

 蜜花ちゃんが愛利ちゃんに怪しげな笑みを向ける。ちょうど日が陰り、俺は身震いをした。

「悠久、ラヴに早い遅いはないぜ。俺なんかこう見えて恋多き男でな。愛し愛され通報され……」

 雅仁くんが渋い顔をしながら俺の肩を掴む。むちゃくちゃ力が強い。

「見た目通り」「ヴがむり~」「最後やば」 声を潜める女子三人。

 ――大自然の中、くだらないことばかり言い合う。こんな毎日がずっと続けばいいのにと、俺は心から思った。





 夕方頃、雅仁くんの別荘に辿り着いた。屋根裏付きの二階建てログハウス。立体的な構造が目を惹く。
 夜は別荘前のテラスでバーベキュー。雅仁くんが用意した大量の肉や魚介類、そして申し訳程度の野菜を手分けして焼く。もちろん白米もある。

「うみゃ~!! 肉最高! どんどん焼いて! まだまだ食える!」

 アウトドアチェアに座り込み、食事に徹している佳乃ちゃん。蜜花ちゃんが次々と肉を焼き上げ、佳乃ちゃんの取り皿に追加していく。わんこそばみたいだ。

「おっそういや良いラム肉入ったんだった! 今持ってくる」

 そう言って別荘に戻っていく雅仁くん。雅仁くんのおかげで子供だけの旅行とは思えないくらい、快適だ。

「やば、見たい」 佳乃ちゃんが後を追う。

 俺は気付けば野菜ばかり焼いていた。玉ねぎ、ピーマン、コーン……タレの焦げた香ばしい匂い。どちらかというと肉や魚より野菜の方が好きだ。

「ねっ上見て! めっちゃ星見える! きれ~」

 みんなの飲み物を用意していた愛利ちゃんが手を止め、夜空を見上げる。氷がカランと音を立てた。

「ほんとだ。小さい星まではっきり見える」

 俺も顔を上げ、満点の星空を見据える。地球が宇宙に囲まれていることを意識する、数少ない瞬間だ。

「今夜は新月だから尚更だね。流れ星も見えるかも」

 色素の薄い、蜜花ちゃんの瞳がきらめいている。蜜花ちゃんはブタの形の白い蚊取り線香入れに、線香を追加しているところだった。

「わーい! あっねぇねぇ、もし流れたら何お願いする?」

 愛利ちゃんの質問にしばし沈黙が流れた。キリギリスの鳴き声が草むらから聞こえてくる。

「やっぱ将来のことかな、色々不安だし」  蜜花ちゃんが口火を切る。

「え~蜜花ちゃんなら心配ないでしょ! 美人さんだし、スタイル抜群だし、なにより家庭的! 玉の輿乗り放題っ」

「ふふっそういうわけには……」

 大はしゃぎでまくし立てる愛利ちゃんに対して、蜜花ちゃんは困ったように笑った。

「役者には興味ないの? よくスカウトされてるじゃん」

 俺は野菜を取り分けながらそう言った。繁華街に出かけると、ナンパも含め誰かしらには声をかけられる蜜花ちゃん。いつも上手に断っている。

「役者というよりは……脚本家になりたくて。実は」

 少し照れくさそうに、蜜花ちゃんはそう切り出した。長い睫毛が目の下に影を落とす。

「あっそういえばこの前のやつ、蜜花ちゃんがお話作ったんだっけ? え~と……愛はベトベトだっけ?へへ」

「ふふっ、アイリフドペドね」

「も~覚えらんないっ」

 蜜花ちゃんに訂正されるも、匙を投げる愛利ちゃん。演劇部の発表会は毎回みんなで観に行っている。アイリフドペドは抽象的で難解なストーリーだが、 何か訴えかけるような迫力があり話題になった作品だ。

「まぁどうなるかわからないけどね! 無理そうだったら役者でも何でもやるつもり。早く自立したいし」

 蜜花ちゃんがいつになく語気を強め、真っ直ぐに前を見据える。その目には揺るぎない決意が宿っていた。

「蜜花ちゃんかっこいいっ」

 鼻息の荒い愛利ちゃん。蜜花ちゃんは児童養護施設育ちだ。育児放棄され、姉と供に入所したらしい。蜜花ちゃんには助けられてばかりだけど、俺も何か力になれたらと思う。

「ねーねー悠久は? 何お願いする?」

 愛利ちゃんがコーラを慎重に注ぎながら、俺を見やる。白い泡が飲み口へとせり上がり、繊細なしぶきが上がる。

「俺は、世界平和かな。みんなが安心して生きられますようにって……まぁ難しいだろうけどっ」

 俺はなんだか気恥ずかしくなり、目を伏せた。母さんを戦争で亡くしたこともあり、平和に対しては昔から譲れない思いがある。警察官を志したのも、その為だ。

「叶いますように」

 蜜花ちゃんが優しく呟く。バーベキューグリルの火が爆ぜる音が小気味よく響いている。

「あ、愛利ちゃんは?」

 俺が視線を向けると、なぜか困り顔になる愛利ちゃん。「ん~」と唸っている。

「なんか……そんなすごいお願いの後だと、言いにくい」

 そう言いながら、次々とコップをコーラで満たしていく。コップから跳ね出た水滴が木製のテーブルに染みを作る。

「あっ私はミルクティーがいいな」

 慌てる蜜花ちゃん。愛利ちゃんはハッとした様子で手を止め、ミルクティーのペットボトルに持ち替えた。

「俺も……世界平和、かな……」

 いつのまにか俺の隣に立っていた雅仁くんが、真空パックされたラム肉を片手に前髪をかきあげる。

「俺の作る映画で、平和の素晴らしさを伝えたい……何事もなく今日を終えられる、その素晴らしさを、ね……?」

「うるさくね?」

 両手いっぱいに肉を抱え込みながら現れる佳乃ちゃん。肉の山でもはや顔が見えない。

「そんなに食べるのー?」  蜜花ちゃんが目を見張る。

 雅仁くんは蜜花ちゃんと同じ演劇部の、部長だ。父親がなんとハローウッド俳優で、小学生の頃から映画監督になると話していた。演劇部では裏方に徹して脚本やディレクションを担当しているが、それを残念がる生徒は多い。過去に病欠者に代わって舞台に上がったことがあり、その類稀なるカリスマ性で観客を魅了した。

「うちはやっぱあれだな、ケム様の嫁!」

 蜜花ちゃんが焼き上げた山積みの肉を頬張りながら、佳乃ちゃんが宣言する。

「アイタタタタ」

「は?」

 わざとらしく額を押さえて見せる雅仁くんを、すかさず威圧する佳乃ちゃん。佳乃ちゃんは世界的ロックバンドのREYAMSを応援している。ケムはそのボーカル。REYAMSの来日ツアー時には、全日程のライブに参加するほど大ファンだ。今日着ているTシャツはもちろん、ネックレスやピアスもREYAMSのツアーグッズらしい。

「まぁまぁ。可能性が0.00001%でもあるなら、希望は持ち続けるべきだよ」

 昼間の二の舞になりそうな空気を察し、俺はやんわりフォローする。

「お? 強気か?」

 なぜか苛立つ佳乃ちゃんに俺は思わずたじろいだ。視界の隅で雅仁くんが笑いをこらえて震えている。

「ね、あとは愛ちゃんだけだよ」

 蜜花ちゃんに軽く肩を叩かれ、愛利ちゃんはそわそわと手足を動かす。

「えっとね、その……わたしもお嫁さん? かな。やっぱ」

 そう言うなり、両手で顔を覆う愛利ちゃん。耳が真っ赤だ。

「誰の?」

 すかさず佳乃ちゃんが追い打ちをかける。蜜花ちゃんの頬は緩みっぱなしだ。

「えっえっ誰の? え~誰かぁ。誰って言われると……」

 俺に目配せをする愛利ちゃん。みんなの視線が俺に集中する。

「え、俺知らないよ……?」

 俺が慌てて首を振って見せると、苦々しい表情になる一同。虫の鳴き声がふいに止み、沈黙が流れる。

「花でも食ってろ」

 佳乃ちゃんが悪態をつく。呆れたように頭を振る雅仁くん、めいっぱい頬を膨らませる愛利ちゃん。蜜花ちゃんの底なしに暗い瞳に、俺は縮み上がった。





??????????

 痛み。切り離される。僕を形作っていたもの。手の届かない場所へ。あっけなく、霧に紛れてく。
 目が覚めた後、それは僕といえる? それでいいと思えたとしても。誰が証明する?
 鮮やかなリアルに誤魔化されて、わかったふりで笑う。そもそもどこまでが本物だったんだろう。元々おかしくなかったといえる?
 掘っても掘っても、真っ黒で。始まりが見えない。誰もかも、何も知らない。何も信じられるはずがない。

??????????




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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

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魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

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勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

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